チチチ。チチチと、小鳥の囀る音が聞こえる。
麗らかな午後の縁側にいるのは、2人の化生。
1人は鬼。1人は龍。
名は狗守鬼。そして花龍。
狗守鬼はコロンと、花龍の膝に頭を預け寝入っている。
スースーと寝息が聞こえて来る事から、随分と安らいでいるのがわかった。
花龍は、膝の上で眠る狗守鬼の髪を、細い指でそっと梳く。
それが終わると、またぼうっと、目の前の景色を見遣るのだ。
今日も平和な幻海の寺。
・・・だが、その平穏も珍しい人物によって断たれてしまった。
「・・・・・・っ」
狗守鬼が跳ね起き、一瞬にして姿を消す。
それに数瞬遅れ、彼の寝ていた場所に白光する一閃。
残された花龍は、視線を少し動かしただけで、何も反応を見せない。
「チッ・・・・外したか・・・・」
その一閃は、刀の鋭い太刀筋。
残像をも残す程素早い捌きを見せたのは、勿論。
「・・・・・・・父者?」
花龍の父である、飛影。
どうやら、狗守鬼が愛娘の膝で眠っているのが気に食わなかったらしい。
「あぁ、花龍・・・・久しいな。変わりは無いか」
「・・・・・・・・・・・・・」
花龍が頷く。
その様子に飛影も安堵したような表情を浮かべ、隣に腰を下ろした。
そこへ、狗守鬼。
「危ないなぁ、飛影さん」
「うるさい」
「折角寝てたのに」
「黙れ・・・」
狗守鬼の飄々とした様子に、飛影の声が地鳴りの様に低くなる。
額には青筋が浮かんでおり、相当に苛立っているのが良くわかった。
狗守鬼は、やれやれと言った様子で、肩を軽く竦める。
狗守鬼が先程花龍を抱えて避けなかったのは、彼女に被害が行かないとわかっていた為らしい。
飛影の腕は、信用している。
・・・そんな事を言っても、睨みしか返って来ないが。
「何の騒ぎだい」
向こうの部屋から、幻海が呆れた様子で出て来る。
だが大して慌てていない所を見ると、大方何が起こっているのか把握している様子だった。
「・・・おや、帰って来たのかい。お帰り」
「・・・・・ああ」
相変わらず淡白な妻に、飛影はふぅと溜息を吐く。
まぁ、突然可愛い性格になられても色々困るので、取り合えずこのままで良い。
今は幻海ではなく、いつも愛娘の傍にいる男が気になるのだ。
・・・悪い意味で。
「ったく・・・アンタもいい加減、娘馬鹿だねぇ・・・」
「・・・・うるさい」
「ふぅ・・・全く。茶でも淹れて来てやるから、大人しくしてな」
やれやれと言った様子で再び奥へと消える幻海。
もうお馴染みの光景となってしまった、狗守鬼と飛影の喧嘩。
・・・主に飛影が食って掛かっているだけだが・・・
その為、幻海は大して止めもしない。
幻海が去ったのを見ると、飛影は花龍に視線を向ける。
「花龍、コイツに膝なぞ貸すな」
「酷いなぁ飛影さん。花龍の膝気持ち良いのに」
「・・・殺してやろうか、貴様」
チキリと刀の切っ先を喉元にやられ、狗守鬼は再び肩を軽く竦めた。
困った時に頭を掻くのと、こうして肩を軽く竦めるのは、彼の癖だ。
「まだ死にたくないなぁ」
「ならば黙っていろ」
「俺花龍じゃないから無理だよ」
「・・・・うるさい」
飛影はまだ苛立っている。
いいや、先程よりも。
花龍は、そんな父の様子に首を傾げた。
「・・・・お前は気にするな」
「?」
「それと、ソイツとあまり関わるな」
「??」
飛影が花龍に向かって真面目に言う。
だが、殺気だけは狗守鬼に向けたまま。
花龍はキョトンとした血色の目で父を見詰めている。
狗守鬼は、もう一度肩を軽く竦め、やれやれと溜息を吐いた。
「ったく、アンタ等はいつもそうだねぇ・・・」
それぞれ冷えた麦茶を持ちながら、縁側に座る。
幻海はお盆を縁に置きながら、ふぅと呆れて飛影を見遣った。
「うるさい」
「狗守鬼、アンタも大変だねぇ」
「もう慣れたよ」
「ほぅ、そうかい?・・・ま、元より気にしちゃいないんだろう」
「まぁ・・・」
狗守鬼も伊達に幻海の寺に住んでいる訳ではない。
元々、他者に対して興味を持たない狗守鬼であるし、飛影に関しては気にしてはいられない。
きっと小瑠璃なら胃痛を引き起こすであろうなと、幻海も狗守鬼も思っている。
飛影は、ただ狗守鬼を睨んでから、娘に声を掛けた。
「花龍、お前もたまには魔界に来い」
「・・・・・・・・」
「・・・だが、来る時には連絡をしろ。迎えに行ってやる」
「大丈夫だよ、俺が送ってくから」
「・・・貴様に花龍を任せられるとでも・・・?」
会話に挟まれた狗守鬼の声に、飛影が過敏に反応する。
その、低級妖怪ならば聞いただけで死に至りそうな低い声色も、狗守鬼には効かない。
ただ彼はケロリと、花龍を見て言った。
「ね?花龍」
「・・・・・・・・・」
花龍も頷く。
飛影は、頭を押さえながら、娘の肩に手を置いた。
花龍の艶やかな黒髪が、サラリとした感触を伝える。
「?」
「花龍、ソイツのペースに飲まれるな」
「??」
「この調子じゃぁ、嫁にも行けやしないねぇ・・・」
「・・・幻海、言うな」
あくまで娘煩悩な飛影に、幻海がしみじみとそう言う。
確かにこの様子では、狗守鬼以外の男が寄って来たとしても、対応は同じであろうし。
結ばれよう物なら、その場で相手を切り捨てそうな勢いだ。
流石に飛影に敵う男なぞそうそういる物でもない。
いるとすれば、やはり・・・
「・・・やっぱり、狗守鬼が一番良いんだがねぇ・・・」
「幻海、それ以上何も言うなよ」
「ったく、良いじゃないか。狗守鬼は強いよ?」
「どーも、幻海さんも強いよね」
「別に世辞を返さなくても良い」
相変わらず無表情のままの狗守鬼に、幻海が呆れ顔で頭を叩く。
狗守鬼は眉1つ動かさず、痛いと小さく呟いた。
痛がっている様には見えない。
「花龍も、狗守鬼以外に良い男もいないだろう?」
「・・・・・・・・・・」
花龍が頷く。
その娘の反応に、飛影はふぅと溜息を吐いた。
「花龍、早まるんじゃない」
「酷いなぁ飛影さん」
「黙れ」
「俺、花龍の事好きだし」
チキッ・・・と、狗守鬼の台詞が終わるよりも早く、飛影の刀が狗守鬼に向けられる。
あぁ、失言だったかな?と、それを見てから狗守鬼はぼんやり考えた。
と言うよりも、狗守鬼の発言は全て飛影の癇に障っている為、それが失言であるかなぞわからない。
ただ、今のは言うべきではなかった様だ。
「一度たたっ斬らねば気が済まんな・・・」
「俺、斬られるのは好きじゃない」
「知った事か・・・!」
「でもさ、俺ちゃんと我慢してるよ?」
「何がだ」
「花龍の事好きだけど、食べない様に努力してるし」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・馬鹿垂れ」
2度目の失言であるが、今回狗守鬼は気付いていない。
代わりに、思わず黙り込んだ飛影と、額を押さえた幻海の仕草が、それを物語っていた。
飛影の刀が、怒りにカタカタと震える。
勿論狗守鬼が言ったのは、食欲としての方。
いや、そちらの意味としても危険である事は確かなのだが・・・
どうやら飛影は、色事の方の意味で取ったらしい。
狗守鬼が色欲沙汰について、そんな遠回しに小洒落た言い方をする訳も無いのだが。
突然妖気と怒気の増した飛影に、狗守鬼と花龍は首を傾げる。
だが何やら無事には過ごせない様なので、取りあえず狗守鬼が立ち上がる。
「少し痛い目を見て貰う必要があるな・・・」
「?」
「・・・来い」
「??・・・リョーカイ」
ざっと姿を消した飛影を眼で追う。
恐らく、人気の無い広場にでも行ったのだろう。
そしてそれは、多分、狗守鬼と戦り合う為。
流石の狗守鬼でも漸く察知したらしく、ふぅと、また、肩を軽く竦めた。
「・・・何だか飛影さんが怒ってるから、行って来る」
「あー・・・まぁ、気をつけて行きな」
「ん」
幻海が、もう何も言わないとでも言いたげに手を振る。
それを見てから、チラリと花龍に視線をやった。
「・・・食べたいって思ってるけど、食べないから大丈夫だよ」
「・・・・・・・・・・」
「約束したしね。花龍を食べるのは、俺か花龍が死ぬ時だろ?」
「・・・・・・・・・・」
花龍が頷く。
その反応を貰い、狗守鬼は軽く屈伸すると、そのまま姿を掻き消した。
残された幻海が、娘の様子を見る。
花龍は、狗守鬼が去った方をじーっと見詰めていた。
「・・・ふぅ・・・史上最悪の舅と婿・・・になるな・・・コレは」
先程の狗守鬼の台詞。
自分も知らぬが、何やら2人で命の終える時すら共にいる覚悟をしているらしい。
コレはもう、色々と時間の問題だと、自分で持って来た茶を含みながら思う。
そして、その時間が訪れた時、飛影がどんな事を仕出かすのか想像し、酷い頭痛を覚えてみた。
取りあえず。
先程の狗守鬼の台詞を飛影が聞かなかったのが不幸中の幸いだ、と。
無理矢理前向きな考えに持って行く幻海だった。
END.
30000hit代打ありがとうございまぁぁす!!!
しかし、お待たせした割にこんなんで・・・
もう、本当、すみません!!代打までして下さったのに!!
こ、こんなんで宜しければ、貰ってやって下さい・・・;;
相変わらず仲悪い飛影と狗守鬼。(ってか飛影)
でも狗守鬼はまったく気にしてない。花龍もわかってない。
頭を痛めるのは幻海さんだけ。頑張れ幻海さん。
最後の狗守鬼の台詞は、漫画『皮算用』にて。