稲妻が走る。

それは非常に美しい紫。

小紫の閃光が、狗守鬼の瞳に切れ込みを入れた。

綺麗だなぁ。と。誰に言うでもなく、彼は耳を揺らしながら呟く。


百足の室内は、暗かった。






「・・・花龍、大丈夫?」
「・・・・・・・・・」

狗守鬼の問いに、花龍はコクリと頷く。
桜の光沢を宿す黒髪が、少し湿気を帯びて流れた。

大丈夫?と彼は問うたが、別に病を患った訳ではない。
大きな怪我をした訳でもない。


実は雷禅の要塞を訪れる途中、不意を突かれて沼へと落ちたのだ。


すぐに狗守鬼が救出したが、それでも全身ずぶ濡れで。
仕方無しに、丁度通り掛った百足へと乗り込んだのだった。

幸い、躯も快く部屋を貸してくれた。
部屋にはシャワー室もあったし、今は丁度飛影もパトロールでいないとの事。
取り合えず命の保障は出来たな。と、狗守鬼がほっとしたのは内緒である。

ところが、体の汚れと冷えを落としたまでは良かったのだが・・・


服が無い。


百足には男しかいない。
躯は女であるが、それを口にするには命を捨てる覚悟が必要だ。
ソレより何より、彼女と花龍では体格が違う。
服が合う訳が無い。



だから今花龍は、頼り無いバスタオルを一枚だけ、その細い体に巻きつけている。



先程狗守鬼が、『大丈夫?』と問うたのは、その装いも含めての事なのだろう。

花龍は、狗守鬼の事を良く知っている。


「・・・何か変な感じだね」
「・・・・・・・・・」


自分はしっかり服を着ているが、彼女は裸と言って良い。

別に、だから何をすると言う訳でもないが・・・

それでも何だか、変な気分である。

ただでさえ自分は花龍に、食欲のそれを感じる事があるのだから。


あまり彼女の姿を意識しない様にしよう。

そう決めて、気を紛らわす為の話題を振る。


「まぁ、服は洗ったし・・・すぐ乾くと思うけど」
「・・・・・・・・・・・・・・」

また彼女は頷く。
いつもは束ねている髪が、綺麗な流れを描いてソファに散らばっていた。

「それにしても、飛影さんいなくて良かったかも」
「?」

突然父の名を出され、花龍は首を傾げて問う。
それに、狗守鬼は嫌そうに答えた。

「・・・花龍に何をした。って、怒られそう」
「・・・・・・・・・・・」
「うん、まぁ・・・帰って来る前に乾くと良いね」

ぼやく狗守鬼に、花龍が視線で言う。

父はパトロールの仕事が嫌いだから、きっと早く切り上げて帰って来る。

狗守鬼も同じ意見の様で、取り合えず、早く服が乾いてくれる事を祈ってみた。







「・・・・・・・あれ?」







不意に狗守鬼が、疑問に満ちた声を上げる。


血の匂い。


ふと花龍を見ると、彼女もまた視線を合わせて来た。



彼女の唇が、赤い。



いつもはふわりと柔らかそうな、桜色の唇なのに。

そう思い、じっとその唇を良く見た。



「・・・怪我してたっけ?」



狗守鬼が首を傾げる。

確か百足に着くまでに彼女を調べたが、何とも無かった筈だ。

どうしたのだろうか。いつ怪我をしたのだろうか。


すると花龍が、思い出した様に唇に触れ、言った。


「・・・・・・・皮、剥がした」


その一言で理解出来たのか、狗守鬼は、あぁ。と答えた。

恐らく、沼の水とシャワーの所為でふやけ、少しばかり剥けた唇の皮。

それを取ろうとして、他の皮まで一緒に剥がしてしまったのだろう。

どうりで、皮が剥がれている面積が大きく、突然出血していた訳だ。


「・・・痛い?」
「・・・・・・・・・・・」


首を振り、否定する。

実際は少々痛みがあるのだが、気にする程ではない。

その間にも鮮やかな血は彼女の唇を彩り、少し滴った。




「・・・・・・・・・・・・・」




少し腹が鳴りそうになるのを、抑える。

いけないいけない。

自分は肉が嫌いなのに、どうして花龍には食欲が湧くのだろう。


もし本当に食べたりしたら、飛影さんに殺されるけど。


実際、一緒にいるだけでも殺されそうなのに。と。軽く肩を竦める。

そんな狗守鬼の姿を、花龍は不思議そうに見詰めていた。


「・・・まぁ、舐めとけば治るかな」
「?」
「消毒。しといた方が良いだろ」


狗守鬼の言葉に、花龍が同意する様に頷く。


それを見て、狗守鬼がやおら彼女の方へと体を寄せた。




「?」
「舐めてあげる」




クルリとした瞳で問うと、狗守鬼は平坦な口調で答えて来た。

特に何の感情を抱いている。と言う訳でもないらしい。

すっと、花龍の白い顔に、自分の顔を近付ける。

花龍も花龍で何の反応も見せず、狗守鬼のしたい様にさせている。



自分が舐めてあげると言ったのは、まぁ、親切心もある。

彼女の血が、どんな味なのかを確かめてみたかったのもある。

その他も少し、色々男の子らしい事も。



誰に言うでもないが、彼女の肩を無意識に抱きながら考える。

あれ。コレ、キス?

と今更ながらに思ったりもしたが、別にしてはならないと言う理由も無い。

花龍も特に抵抗をしないしと、そのまま更に顔を近付けた。






少しだけ、何かが触れる。

















「それ以上近づいたら、洒落抜きで殺すぞ」

















途端響いた、絶対零度と言う言葉が温く感じる程、冷え切った声。




あぁ、やっぱり。と、狗守鬼はその状態のまま思った。

何となく、予想はしていた。

しかし、ここまで気配を消したのは流石だと、こんな状況下で感心する。


「お帰り飛影さん、早かったね」


背中に。正確に言えば、寸分の違いも無く”核”の位置に突きつけられた刀の冷たさ。

それをしっかり感じながら、いつもの通り淡白な口調で言ってみた。

だが彼の膨大な殺気と妖気は一向に収まらず、反って増大した様に思う。

本気だなと、狗守鬼は至って冷静なまま花龍を離した。

それを見て、飛影が花龍を庇う様に割って入り、愛娘の肩に手を添える。


「花龍、何をされた」
「何もしてないよ」
「貴様には聞いていない・・!」


あー、コレはダメだ。
飛影の慌てた様子を見て、軽く肩を竦める。
この時点での弁解は諦めたらしい。
どうせ自分が何か言った所で、事態は悪化の一途を辿るだけであろう。

まぁ様子を見るか。と、山の如し構えで飛影が落ち着くのを待つ事にした。

「花龍、服はどうした」
「・・・汚れたから・・・洗った」
「汚れた?・・・貴様、花龍に何かしたのか」
「いやいや、違う違う」

いっそ気持ち良い程迷い無く疑いが向けられ、狗守鬼は些か呆れを覚えながらも否定する。

自分がもし花龍に何かしていたのなら、彼女は今生き物としての原型を留めていない。

「足滑らせて沼に落ちちゃったからさ、通り掛った躯さんの要塞で、ちょっとシャワー借りたんだよ」
「・・・・・で?」
「ん?」
「それで貴様は、先程何をしようとしていた?」
「あー・・・花龍の口、血が出てたから、消毒しようと思っただけ」

本当である。
が、狗守鬼を睨みつける飛影の眼は明らかに信じていない。

「何故貴様がする必要がある」
「何となく」
「・・・死にたいか」
「いや、まだ生きてたいかな」

今度は喉元に突きつけられた切っ先を、狗守鬼がくっと退ける。
飛影も軽く舌打ちをするだけで、それを素直に鞘に収めた。

今は、花龍の方が気になるらしい。

再び娘の方へと視線を移し、殺気を収めた声色で問うた。

「花龍、本当に何もされていないな?」
「・・・・・・・・・・」

コクリと頷く。
どうやら嘘ではないらしい。

ふぅ・・・と、取り合えずの安堵を得ると、そのまま2人の間に腰を下ろした。

「花龍」
「?」
「コイツに近づくな。良いな」
「アレ、酷いなぁ飛影さん」
「黙れ」

いつもと変わらぬ調子の狗守鬼に、飛影が苛立った様子で返す。
花龍はそれを見て、父と狗守鬼は常に仲が悪いな。と改めて認識した。
だが別に大きな問題でも無いので、特に改善させようとは思わない。




「・・・それで、貴様」
「何?」

自分を名前で呼ばない飛影に、狗守鬼は何の感情も持たず返す。
寧ろ今更名を呼ばれても、一抹の違和感が残るだけで何の得も無い。

「何処へ何しに行くつもりだった」
「父さんトコ。顔見せに来いって言われたから」
「・・・・なら、何故コイツを連れて来た」
「来る?って聞いたら、来るって言ったから」

低い声色にも動じず、機械の様に言葉の遣り取りを繰り返す狗守鬼。
相変わらずいけ好かない野郎だと、再び打たれた舌がそれを物語った。

「花龍、コイツについて行くな。何されるかわからんぞ」
「酷いなぁ。俺、狼じゃないんだから」
「狼より性質が悪い」
「あれ?そう?」

あー、でもそうかも。

と、頭を軽く掻きながら、自身の言葉を否定する。


そんな彼の一挙手一投足が気に食わないらしく、飛影は知らず、眉間に皺を寄せた。


「・・・まぁ良い・・・貴様はとっとと雷禅の要塞に行ったらどうだ」
「花龍も行くけど」
「貴様1人で行け」

問答無用。
そんな言葉を思わせる飛影の声。
だが狗守鬼は一向に意に介さず、花龍へと視線を投げる。

「行く?」
「・・・・・・・・・・」

花龍も頷いた。

その娘の反応に、飛影は痛んだ頭を片手で押さえる。

「・・・ついて行くなと言っただろう」
「?」

わかっていない娘に、飛影ははぁと溜息を吐いた。
・・・だが、彼女が行くと言うなら、それを無碍に引きとめてはならない。
元々、言っても聞かない娘だ。母に似て。


そう、暫く顔を見ていない妻を思い起こしながら、飛影自身も腰を上げた。


「どうしたの?」
「俺も行こう」
「?父さんに用事?」
「違う。貴様に花龍を任せられんだけだ」
「酷いなぁ」
「黙れ。殺すぞ」
「はーい」
「・・・・・俺は躯に書類を出して来る。少し待っていろ」


さっさと先を行き扉を抜ける飛影に、狗守鬼と花龍がのそりと腰を上げる。

何だか鋭く激しい嵐が去った様な気分が、狗守鬼の胸を彩った。


「あー・・・本気で殺されるかと思った」
「・・・・・・・・・・・・」

アレは本気だった。
そう言う狗守鬼に、花龍も一応頷いておく。
何故父が激怒したかはわからないが、取り合えず本気だった事は確かだしと。

「・・・花龍も、そろそろ服乾いたんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・」
「飛影さんが戻って来る前に、着ちゃおうか」
「・・・・・・・・・・・・」

狗守鬼の言葉にコクコクと首を振りながら、花龍が乾かしてある服を取りに行こうとする。


その時






「あ、花龍」






狗守鬼が彼女を呼び止める。

花龍は、躊躇い無く振り向いた。








「消毒、まだしてない」








花龍の綺麗な黒髪が、緩やかに宙を泳いだ。





























END.


お待たせ致しました!!!!(滝汗)
『前回リク絵の小説版』です!!!!
ナチュラルにイチャイチャ、ナチュラルにバイオレンス。
お待たせした割りにこんなんですみませんっ;;;
宜しければ、貰ってやって下さい!!!!
リクエストありがとう御座いましたっ><*

最後、キスしたかどうかはご想像にお任せしますvv
もしかしたら飛影がダッシュで戻って来たかも(笑)
狗守鬼と花龍は、相変わらずな様子です。