小高い丘。
青い空がやけに近く感じる、その静かな空間。
黒い装束に身を包んだ、一見女の様に整った顔の男が1人、そこに。
特に何をするでもなく、ただただ呆然と眼前に広がる風景を眺めている。
風が生気の無い肌を撫ぜる。
艶やかな黒髪を揺らす。
誰にも邪魔されないこの空間が、男、小瑠璃は好きだった。
「何を黄昏ている?息子よ」
「ぎゃああああああっ!!!!」
だがその心地好い静寂も、”天敵”によって壊されてしまった。
冷たい手で髪を撫ぜられ、悲鳴を上げる。
そして、弾かれた様にバッと背後を振り向くと、やはりそこには
「とっ・・・父さん・・・!!?」
小瑠璃の父、鴉の姿があった。
「な、何で貴方がここに!?」
「家に行ったら、お前の姿だけ無かったのでな」
涼しい顔をして小瑠璃の隣に腰掛ける。
自分と瓜二つの顔が、そこにあった。
自分はこの顔が嫌いである。
綺麗だけれど、父に似ているのが嫌だった。
自分を放って置く、自分達に淋しい思いをさせる父の顔。
それが嫌だった。
「・・・いつ帰って来たんです?」
「先程だ」
「・・・・じゃあ、とっとと家に戻って、つばきの遊び相手でもしてあげて下さい」
あの子は、貴方が好きですから。
と、投げ遣りに言葉を捨てる。
不機嫌と言うか。困惑していると言うか。
何にせよ、突然訪れた父との再会に、良い感情は持っていないらしい。
そんな息子を見て、鴉はその話題から少し離れた事を問うた。
「・・・仕事は終わったのか?」
「ええ」
「そうか。ならゆっくり話が出来るな」
「・・・特に、話す事なんてありませんけど」
「そう言うな。久しぶりに会うのだから」
「貴方がフラフラ遊び歩いているからですよ」
小瑠璃は取り付く島も無く、父の言葉に淡々と返す。
だが鴉は、特に何の感情も持ちえていないらしい。
息子の閉ざした態度にも、動じない。
「楽しい物だぞ」
「それは良かったですね」
「ああ」
「・・・・で?いつになったら発つんです?」
「もう行って欲しいのか?」
小瑠璃の言葉に、鴉は至って冷静に返す。
それに、小瑠璃の方が声を詰まらせた。
行って欲しい?
そうかも知れない。
でも、違うかも知れない。
小瑠璃は、自分の感情を良くわかっていない。
認めたくないと言うのもあるが。
「・・・・・そうですね」
「そうか」
「僕の事は放って置いて、母とつばきと過ごしたらいかがです?」
「もう十分に過ごした」
「どこがですか」
彼の言うそれは、本当に短い時間だろう。
1日と家に留まった事が無い父の言葉。
あまり、信用ならない。
父もそれには、言葉を返して来なかった。
別に肯定している訳ではなく、話を続ける気が無くなったらしい。
本当に勝手だと、小瑠璃は苦く思った。
「・・・そうだ」
「何です」
また鴉は、新しい話題を息子に振る。
今度は何だ。と、小瑠璃は面倒そうに答えた。
「つばきから聞いたが、魔界統一トーナメントにゲスト参加したらしいな」
「・・・ええ」
「そうか、どうだった。楽しめたか?」
「戦闘狂の貴方じゃないんですから。別段楽しいとは思いませんでしたよ」
小瑠璃は相変わらず父を見ない。
その表情は、見事に強張っている。
鴉も鴉で、息子へ視線をやる事がなかった。
同じ顔が揃って宙を見詰めたまま、会話は進む。
「だがお前達が参加したのなら、私も観に行けば良かったな」
「来なくて良いです」
「そうか?愛しい息子と娘の活躍を、この眼で見てみたかったのだが」
「・・・別に僕は、活躍してませんから」
自分が倒した者達は、敗退者の中でも下っ端の奴等だ。
上級者達を倒したのは狗守鬼やつばき。
戦闘能力のあるゲストの中では、自分が一番役に立っていない。
何だかそれを思い出して、苦々しい嫌な感情を思い起こした。
「だが無事戦い抜いたのだろう?」
「・・・・だからって、観に来る様な物でもありませんよ」
「そうか。だが、私は観てみたいな」
「・・・そうですか」
小瑠璃は、必死に興味の無い風を装っている。
父に、関心の無い態度を必死で繕っている。
だが鴉は、相も変わらずの掴めない態度で、息子へ話を続ける。
「最近、何か楽しい事はあったか?」
「特に」
「そうか。私は少し発見があったぞ」
「・・・そうですか。良かったですね」
「ああ、まず1つ目は、鬼らしくない鬼」
「・・・鬼?」
鬼と言われて、まず彼を思い出す。
いつも冷たくて。でも、一番頼りになる彼。
「・・・・狗守鬼?」
「ん?」
「え、あ、いえ・・・何でも」
「・・・そうか。アレは狗守鬼か」
「・・・・・・・・・本当に狗守鬼だったんですか?」
何気無く呟いたそれが、どうやら正解だったらしい。
小瑠璃は、意外そうに問い返す。
その時に、初めて父の顔をしっかりと見据えた。
それに、鴉も同じく顔を向けてくる。
間に鏡でも挟んだかの様に、瓜二つの顔が向き合った。
「・・・狐耳に、頬の紋章。それでも不気味で強大な妖気は鬼の血を感じた」
「・・・・・・別に発見も何も、幻海さんのお寺にいるでしょう。彼は」
「いいや、魔界の西域で見かけた」
「・・・・雷禅さんの支配地域じゃないですか」
「そうだったか?」
父は、人間界も魔界も、色々な所をフラフラ旅している癖に。
あまり常識的な事は知らない。
恐らく、今の魔界を誰が統一しているかも、知らないのだろう。
・・・・いいや、それ以前に、興味が無いのだろうと小瑠璃は思った。
興味の無い事は、まるで覚えようとしない。
「そうか。狗守鬼は雷禅の孫か」
「忘れていたんですか?」
「彼等とは殆ど交流が無いからな」
確かにそうだ。
父は自分達家族以外と殆ど関わりを持っていない。
・・・家族とも、ロクに触れ合っていないが。
・・・・まぁ、旅先で誰と知り合っているかなんてわからない。
でもどうせ、その関係すら長く続かないのだろうと思う。
「2つ目は、コレだ」
そう言って、鴉が何かを取り出す。
そして、小瑠璃に手を出す様促し、その生白い手にそれを乗せた。
「・・・・・・・・・・・・何です、この不気味な物は」
小瑠璃の顔が引き攣る。
眉間に皺が寄っている。
その手渡されたそれが、あまりに禍々しい容貌の人形であったからだ。
綺麗なのだが、どうにも不気味である。
今にも兇器を手にして、襲い掛かって来そうな。
奇怪な笑い声を発して、動き出しそうな。
「・・・・・・コレが、何です」
「土産だ」
「は?」
父の言葉に、小瑠璃が苛立った様に返す。
こんな不気味な物を?自分に?
これなら手ぶらで帰って来られた方が、よっぽど心穏やかである。
「いりませんよ!こんな不気味な・・・」
「そうか?私は一目で気に入ったが」
「貴方のセンスはおかしいんですよ!!大体、どうして人形なんですか!?」
「お前が幼い頃、好きだったからだ」
父の意外なその一言に、小瑠璃は怒りに任せて振った両腕をピタリと止める。
「・・・・・・・え」
「幼い頃、お前は何故か人形が好きだったろう」
「え、あ、そ、そうでしたけど・・・?」
「だから、買って来た」
「・・・・・・・・・・・・」
自分が幼い頃好きだったから。
だから父は、人形を買って来たと言う。
昔からロクに家にいなくて、遊び相手も殆どしてくれなかった癖に。
こう言う細かい所は、良く覚えているのだ。
少し感動しかけている自分に気付いて、慌ててそれを振り払った。
何となく、癪である。
「っもう僕は、あの頃の様に幼くありません!!」
「そうか」
「・・・・・貴方は家にいませんから、知らなくても良いですけどね」
「だが例え幾年顔を見ずとも、私はお前の成長をいつも願っている」
「・・・・・・・・・・・気色悪いです」
「ククッ・・・そうか」
父が笑う。
何が楽しいのかわからないが、別に良い。
父の事だ。どうせ変なツボでもあるのだろう。
投げ遣りに小瑠璃は考える。
そして、人形を乱暴に握り締めたまま、楽しそうな父に問うた。
「・・・母やつばきには、何かあげたんですか?」
「ああ。先に会った際にな」
「・・・・そうですか」
「ああ」
何を渡したかは知らないが、どうせロクな物でもないだろう。
そう決め付け、敢えて追求しなかった。
後で家に戻ったら、否応でも見る事になるのだ。
「・・・・では、私はそろそろ行こう」
「え?」
優雅な動きで立ち上がった鴉が、突然言う。
小瑠璃は不意を突かれた様な声をあげ、父を見た。
「経つんですか?」
「ああ」
「・・・・もう少し、母とつばきと一緒に過ごしてやったらどうです」
「私は”帰って来た”のではない、”旅の途中に寄った”だけだ」
「・・・・・・自分の家を休憩所扱いしないで下さい」
「良いだろう。家とは休息を得る場所だ」
「・・・・・・・・・そうですか」
ならとっとと行って下さい。と、小瑠璃は鴉に背を向ける。
立ち上がった鴉は、そんな息子の背中を紫暗の瞳で見詰めてから、一言声を投げ掛けた。
それは非常に柔らかな響きを帯び、息子の背に降り掛かる。
「3つ目だ」
「・・・・・・・・何がです」
「旅の最中の、私の発見。それは私にとって、非常に嬉しく幸福な発見だ」
「・・・・・・・・・・」
小瑠璃はもう返事を返さない。
けれど、鴉に構う様子は一切なく、優しい響きのまま言葉を続けた。
「ぼたんとつばきとお前が、元気で暮らしてくれている。と言う事だ」
風が吹く。
木々が揺れた。
草が揺れた。
黒い父の姿は、もう無かった。
「・・・・・っ・・・・・」
小瑠璃が膝を抱えたまま、自身の両足に顔を埋める。
手にはしっかり、その不気味な人形を握り締めて。
「・・・・・・・・・・・・・・」
本当に勝手な父だ。
フラフラ遊び歩いて、家族を放っておいて。
その癖に自分の幼い頃をしっかり覚えていたり、優しい言葉を掛けたり。
どうせすぐ別れが訪れるのだから、せめて別れ際、淋しくならないように。
泣きたくならない様に、素っ気無く冷たい態度を取ってみたりしたのに。
それなのに、別れ際にあんな優しい言葉を掛けられたのでは、全て水の泡だ。
ジンジン熱い目頭を誤魔化して、震えと息を飲み込む。
そして、何かに苛まれる様に膝を抱えた手をギッと握り締めると、小さな声で呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・ありがとう、御座います・・・・・」
後悔に彩られた精一杯の礼は、父へ届く事は無かった。
END.
フィン様!お待たせ致しましたーー!!
55555番リクの『鴉と小瑠璃のお話』です^^
精一杯、父の愛、篭めた感じでっす・・・!!!!
よ、宜しければ、貰ってやって下さいっ><
リクエストありがとう御座いました!!!
それにしても鴉、何て良いパパなんだ・・・・。
家では出番少ないけど、良いパパしてますよ!
小瑠璃は、本当は父が大好きだから、別れは辛いんですよ。
だから自分をその辛さから守ろうとして、頑張って父を突き放す。
でも最後の一言で、K.O。勝てないよ。