僕の隣で、小さい頭がコクリと揺れる。
まだ瑞々しい白い肌に、その艶やかな黒髪が良く映えていた。
『夢』
幼い子供特有の、細く柔らかい髪の毛。
ふわりと繊細な光沢を持った黒い髪。
それが僕の腕に緩く纏わりつき、何だかとても可愛らしかった。
安心しきった様に眠る顔は、蔵馬さんではないけれど、本当に天使の様で。
彼があんなに可愛がるのも、わかる。
今日だって、僕が此処を。蔵馬さんの家を訪れた時だって。
彼は随分穏やかな表情で彼女を見詰めていた。
あの蔵馬さんが。とも思うが、それも仕方ない。
事実僕だって、こんな愛らしい寝顔を見ていたら、知らず頬が緩んでしまう。
「・・・ん・・・」
小さく声が聞こえ、何も音を立てていないのに慌ててしまう。
起きたかな?と思ったが、どうやら寝言らしい。
幸せそうな寝顔。
長い睫毛が、白い肌に少しだけ影を落としているけど。
それでも顔は安らかで、何か良い夢でも見ているのだろうと思った。
「・・・・う・・・・」
「?」
突然、彼女の小さい口から呻き声が漏れる。
何事かと顔を覗き込むと、先程とは打って変わって、随分苦しそうな表情をしていた。
咄嗟に、彼女の額に手を当て、治癒の霊気を送り込む。
すると、ふ。と表情が緩み、また穏やかな寝顔に戻った。
嫌な夢でも見たのだろう。
辛そうな寝顔だった。
眉を寄せ、眼をギュッと瞑り、哀しそうな顔をしていた。
黒い綺麗な髪を、サラリと指で梳く。
柔らかいそれは、しなやかな動きで僕の指を撫ぜた。
「・・・・・ん・・・・・?」
「おはよう御座います志保利さん」
それから暫くして、彼女が眼を擦りながら身体をもたりと起こす。
まだ完全に頭が覚醒していないらしく、少しぼうっとした眼でコチラを見た。
途端、ハッとした様子で僕に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい小瑠璃さん!寄りかかっちゃって・・・」
心底申し訳無さそうに言う彼女に、思わずクスリと笑いが漏れる。
こんなに幼いのに、普段はどうにも大人しく、自身を表立って表現しない彼女。
そんな彼女でも、こんなに慌てたりするものなのだと。改めてこの子が子供なのだと、認識した。
「いいえ、構いませんよ。良く眠れましたか?」
「は、はい」
「そうですか、良かった」
僕が笑って言えば、志保利さんも笑って頷く。
けれどその顔は何処か、翳りがある。
先程魘されていたのと何か関係があるかも知れない。
そう思い、彼女の頭を撫でながら聞いてみた。
「志保利さん」
「はい」
「何か、嫌な夢でも見ましたか?」
「え?」
僕の問い掛けに、志保利さんは意外そうな表情を浮かべてコチラを見る。
大きな黒曜石の瞳に、僕の姿が映り込んだ。
「・・・えと、嫌な夢じゃないんですけど・・・」
志保利さんが、少々俯きながら訳を話す。
口篭っている所を見ると、あまり口に出したくない様子だった。
それを見て、何だか悪い事をした気分になり、慌てて言葉を加える。
「話したくないなら良いんですよ、無理しないで下さいね」
「あ・・・ごめんなさい、大丈夫です」
志保利さんが微笑む。
先程幼いのだと認識したけど、年齢の割には、やっぱり落ち着いている少女だ。
微笑みなんて、まるで母親の様な優しさを湛えている。
これではまるで僕の方が子供ではないかと、少し情けなくなる思いがした。
「その、私、ずっと同じ夢を見るんです」
「同じ夢?」
「はい」
何かの暗示だろうか。
苦しい顔をしていた所を見ると、呪詛だろうか。
しかしそれらしい気配はしない為、違うのだろう。
そんな物に掛かっていたなら、まず真っ先に蔵馬さんが反応する筈だし。
「蔵馬さんと出会ってから、ずっとです」
「蔵馬さんと?」
「はい。・・・赤い髪のお兄さんが、私を見ているんです」
「赤い、髪・・・」
「とっても悲しそうに私を見ているんです」
「・・・赤い髪の男・・・」
生憎、覚えは無い。
だが志保利さんを、悲しそうに見ていると言う。
何か告げたい事でもあるのだろうか。
「何も言わないんです。ただ、私を悲しそうに見ているんです」
「・・・悲しそうに・・・」
「はい。私は何も声が出ません。でも、何かを言いたいんです」
志保利さんが眉を寄せる。
その青年を思い描いている様だった。
彼は本当に悲しそうな顔をしていたのだろう。
優しい志保利さんの表情が、辛そうに歪む。
それは先程、眠っている時に見せた表情に似ていた。
「それに・・・私、何だかその人を知っている様な気がするんです」
「そうなんですか?」
「はい。絶対に忘れちゃいけない人だった筈なんです。
とっても大切な人だった気がするんです。
でも・・・ずっと考えてみても、思い出せないんです」
志保利さんが再び俯いてしまい、心なしか慌てる。
いや、誰に責められた訳でもないのだけれど。
「蔵馬さんと出会ってから、見るようになったんですね?」
「はい」
「・・・それなら、彼が何か知っているかも。聞いてみましたか?」
「・・・はい、でも・・・」
志保利さんが眼を伏せる。
その様子からも、良い答えが貰えなかったのだとわかった。
「・・・それを聞いたら蔵馬さん、とっても辛そうな顔をして・・・」
「蔵馬さんが?」
志保利さんは控え目に頷く。
・・・蔵馬さんが辛そうな顔をした。
と言う事は、彼に何かしら関係があるのだろう。
でも、彼がそんな顔をするとは、一体。
「だから、それ以上何も・・・」
「そうですね・・・聞けませんよね」
「・・・はい」
志保利さんの頭を撫ぜながら、言う。
大切な人にとって、何か辛い思い出であるらしい、赤い髪の男。
彼女がそれ以上詮索出来る訳もない。
「僕は夢を占う事は出来ませんが・・・もし辛くなった時、それを和らげる事は出来ますから」
「あ・・・だからさっき、赤い髪のお兄さんがいなくなったんでしょうか」
「いなくなったんですか?」
「はい。・・・何か気付いたみたいな顔をして・・・何処かへ」
「そうですか・・・」
霊気に気付く?
夢の中の人物が?
・・・まさか、自縛霊?生霊?
・・・・・でも、蔵馬さんが放置しているんだ、違うだろう。
・・・けれど、気になる。
僕が今度、蔵馬さんに聞いておくべきなのだろうか。
でも彼にとっては、辛い事柄であるらしいし。
僕が悩んでいると、志保利さんはふと心配そうな表情を浮かべて僕を見ていた。
ハッと表情を取り繕う。
「何でもありませんよ。・・・それにしても、不思議ですね」
「はい」
「・・・ホラ、もしかしたらアレかも知れませんよ?」
「?」
僕の言葉に興味をそそられた様子で、黒目がちな瞳が僕を捉える。
キラキラと輝いていて、本当に綺麗だ。
それでも何処か憂いを湛えている所を見ると、まだ夢が気になっているらしい。
「予知夢とか。・・・その赤い髪の男性、志保利さんの未来の旦那様かも」
「わぁ、だったら、とっても素敵ですね!」
「ええ、夢も案外馬鹿になりませんからね」
「はい!」
ニコニコと笑う幼い彼女。
奇妙な夢に不安を覚えても、夢のある話は好きな様だった。
歳相応な笑顔に、コチラの顔も綻ぶ。
「でも、志保利さんがお嫁さんに行ったら、蔵馬さんが悲しみますね」
「うふふ」
志保利さんが柔らかい笑い声を漏らす。
先程の夢は、気にならなくなった様だ。
「・・・そうだ、おまじないを掛けておきましょう」
「おまじない?」
「ええ、怖い夢を見ないおまじないです」
「すごい。ありがとう御座います、小瑠璃さん」
「いいえ。怖い夢にですから、その赤い髪の人に効くかはわかりませんが」
「大丈夫です。赤い髪のお兄さんは・・・怖くはありませんから」
「そうですか」
彼女の頭に手を置き、薄い霊気の結界を張る。
悪夢を見せないのではなく、それの元となる呪詛や悪霊を排除する為だけれど。
先程思ったように、蔵馬さんが近くにるのだから、そう言った類ではないだろう。
けれど、念の為。
もしコレでもまだその男が夢に現れるようならば、原因は違う所にあるのだろう。
よもや、本当に予知夢であろうか。
・・・それにしては、その人物の表情や、志保利さんの言葉とあまり合わない様な。
色々思考は巡るが、どれも違う様な気がする。
・・・・後で、狗守鬼辺りに聞いてみようか、何かわかるかも知れない。
「・・・・志保利さん?」
「・・・・・・・・・・」
霊気を送る手を止め、彼女に問い掛ける。
彼女は、先程と同じ様に、小さい頭をコクリと揺らしながら寝入っていた。
霊気の温もりが心地好かったのだろう。
そっとソファに小さい体を寝かせ、掛けるものが無いかと周囲を見回す。
しかし見当たらなかったので、僕の着ているコートを、彼女に掛けておいた。
「そろそろ蔵馬さんは帰って来ますかね・・・」
志保利さんを僕に任せて出て行った彼。
此処から姿でも見えるかと、窓に向かおうとした瞬間。
「・・・・貴方は・・・誰・・・?」
志保利さんの小さい声が、誰に向けるでも無く届いた。
また赤い髪の男が、彼女の夢に現れている様だ。
呪詛ではない。悪霊の類ではない。
・・・けれど、彼女を悩ませる要因でもある。
コレは聞いておいた方が良いなと、再び窓の外を見る。
銀色の眩しい姿が見えたのは、丁度その時だった。
END.
千里様!お待たせ致しました!
68386hitリクエストの小瑠璃&志保利さん小説ですvv
もう内容も糞も無い様な出来になっとりますが・・・
も、貰ってやって下されば幸いです!!
見事に内容が思い浮かばない2人でした!!(笑)
どうしようか悩んだ挙句、この2人でなくとも出来る内容に・・・;;;
申し訳ありませんーーっ;;;
赤い髪のお兄さん・・・『未来の旦那』じゃなくて、『過去の息子』ですがね。
狗守鬼に聞いても知らないと思う・・・
・・・いや、魔界旅行で「人間の頃の〜」とか言ってるから、知ってるのかな・・・?