私の役目は終わる。




そう、彼女は確かに言った。











『ただ、蒼く』











ザァ・・・と、潮の匂いが混ざる風が吹く。

薙ぎ倒された様に靡く草は、世界の異変など、まるで知らぬかの様で。




蒼鬼は、蒼い空を見つめながら、隣に座る天海の言葉を思い出していた。




随分と哀しい事を言っていた。

とても聞きたくない事を言っていた。

どうしてこうも、全てを投げ出すのか。



昨夜の天海の言葉から、蒼鬼はもやもやと考える。

一応、慌てて未来を促してみたものの、彼女はそれを果たしそうに無い。

阿倫に子供の世話を託し、霞の様に消えてしまいそうなのだ。





その想像が当たる気がして、蒼鬼はゾッとする。





今こうして、当然の様に隣にいるのに。



ある日突然、何の前触れも無く、彼女は消えてしまうのだろうか。



人間としては余りに長い時間を、激闘に費やし、身も魂も削って来た彼女は。



今でさえ彼女は遠くを見ているのに。

更に手の届かない所に行くのだろうか。



自分を置いて。







「蒼鬼・・・?」


不意に、天海が声を掛ける。


座っている天海からでは、隣に立つ蒼鬼の顔が、良く見えない。

眩い日差しに阻まれているのだから、尚更。


けれど、どうにも表情を窺いたくて、眼を眇めながら、見上げる。


「・・・何だよ」
「何を怒っている。私が何かしたか?」
「したっつーか・・・言った」
「言った?私の言葉が、お前を傷付けたか?」
「ああ」


素っ気無い返事に、天海は首を傾げる。

先程まで、特に会話は無かった筈だ。

お初とロベルトは用があると、みの吉の力で時空を超えている。

十兵衛はそのみの吉と、薬草を集めに行ってしまった。


その間、何の会話も無かった。


いいや、蒼鬼の方が、天海を避けていた様に思う。

それは朝からだから、きっと、昨日の内に何か気に触る事を言ったのだろうと、冷静に考える。



だが、それが何なのかは、見当がつかない。



「蒼鬼・・・私は何を言った?特に、会話らしい会話も無かったが」
「・・・・・・アンタが」
「何だ?」
「・・・・アンタが、未来を見ようとしないからだよ」
「・・・・・・未来?」


唐突な言葉に、天海は返す。


未来とは何だと。




しかしすぐに、蒼鬼の言っている意味がわかった。




未来を信じる蒼鬼にとって、不快だと感じる言葉は、一言しか言っていない。




「・・・・私の役目は、終わる。か・・・・」
「それだよ」
「それが何故、お前に怒りを買った?お前の未来を否定した訳ではないが」
「・・・・あ゛ー・・・・」


天海の疑問に、蒼鬼は苛立つ。

そして、少し頭を掻き毟った後、顔を見ずに怒鳴る様に言う。


「だから、嫌なんだよ!!アンタが死ぬとか、そう言う事簡単に言っちまうのが!!」
「しかし、摂理には逆らえん」
「知るかよ!!まだ先の事なんかわからねぇだろ!?
 なのに何で自分から終わらせちまうんだよ!!」
「私の役目が終わるからだ」
「だからっ、昨日言ったじゃねぇかよ!!幾らでも、生きる目標なんて出来るモンなんだよ!!」
「それは、阿倫に任せると良い」


まるで押し問答。

蒼鬼が苛立ちに任せて怒鳴れば、天海は静かに返す。

コレでは、昨日と変わらない。


自分は死ぬ。と、先を見ていなければ、いずれ本当に早い死が来る。

自分から生に幕を下ろしては、希望すら見出せない。



伝わらない。

いいや、伝わっているにも関わらず拒絶される、その思い。

それに、また、蒼鬼は苛立つ。



「嫌なんだよ・・・」
「何がだ」
「アンタの口から、そう言った言葉を聞くのが・・・!」
「・・・別にお前や、他の誰かが死ぬ訳ではないだろう」
「だから!アンタが死ぬのが嫌なんだよ!!!」


ダンッ!!と、すぐ傍らにあった石壁を、蒼鬼が殴りつける。


その壁は、天海が背を預けていた物で、今の衝撃が直接伝わって来た。



それと同時に、確かな蒼鬼の怒りと、悲しみも。



「蒼鬼・・・何故お前が其処まで怒り、悲しむ必要がある?」
「・・・アンタさぁ・・・長く生き過ぎて、感覚鈍ってんじゃねぇの?」
「そうかも知れん。・・・感が鈍いのは生まれ付きだが」


天海は相変わらず、迷い無く蒼鬼を見つめている。

けれど蒼鬼は、まだ、天海の方を見る事さえなく。


「・・・・・まぁ、別に、知らなくても良いけどよ」
「?」
「でも、兎に角!アンタが死ぬのは嫌なんだよ!だから、明るく先を見ろって!」
「・・・・・先、か・・・・・だが、そうなると、私は何の為に生きるのだろうな」
「・・・・・・・・・」


己の存在する意義。

それを模索する天海に、蒼鬼は言い掛けた言葉を飲み込む。





自分の命を、最期まで見届けて欲しい。





そう、言い掛けた。

けれどこう言った所で、どうせ彼女は理解しないだろう。

かと言って直入に言うには、度胸も根性も無く、慌てて他の言葉を捜した。





そして、ふと、思い出す。





「・・・・・・約束、破る気かよ」





突然の一言に、天海は少し、眼を見開く。


約束。約束。


何の、約束だっただろうか。




「・・・・・・・約、束?」
「・・・・アンタ、もしかして忘れてる・・・?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・おいおい」


明らかに忘れている天海の反応に、蒼鬼は初めて天海を見る。

そして、その表情を見て、それを確信した。



ガクリ。と、脱力する。



本気で困惑し、蒼鬼を見つめる天海。

それに、蒼鬼は再び視線を外しながら、投げ遣りに答えた。



「・・・・・・世界を」
「・・・・・」
「・・・世界を、見せてくれるって・・・約束したのは何処のどいつだ?」
「あ・・・・・」
「世界は素晴らしいと。そう説いてくれたのは誰だ?」
「・・・・すまない」


漸く思い出し、素直に詫びる。

自ら言い出した事を忘れていたのだ、これは、流石に悪かったと。

俯き加減に、そう言う。


「ったく・・・アンタ、俺を世界に連れてってくれるんだろ?色々な物を、見せてくれるんだろ?」
「ああ・・・そう、言ったな」
「俺は世界を見てみたいし、興味もある。幻魔を倒したら、すぐにでも行きたいくらいだ。
 まずはさ、イスパニアに行こうと思ってんだ。
 ロベルトからも誘われてるしな。一度、行ってみたいと思う。
 ロベルトがいるなら言葉も大丈夫だし、アンタも異国語、話せるしな!」
「ああ、そうだな・・・」


先程とは打って変わり、明るく未来を紡ぐ蒼鬼。

それが、天海にとって、少し眩し過ぎる気もしつつ、聞く。


「だろ?だから、まずはイスパニアだ。
 その後は、好きな所を回れば良い。
 たくさん、たくさん、知らない世界を旅して行きたいんだ。


 ・・・・・・・アンタと」






ヒュゥ・・・・と、潮風が吹く。


それは、あまりに心地好く、天海の星色の髪を揺らした。






「・・・・蒼鬼」
「それに!・・・それに、アンタ、昔にもこう言う約束したんだろ?
 そんで・・・ソイツとの約束は、果たしたんだろ?」
「・・・ああ」
「なら何で!・・・何で、ソイツとの約束は果たしておいて・・・
 俺との約束は、守らないんだよ。なぁ。
 同じ約束じゃねぇか。
 なのに、何で、俺との約束は果たさないで、消えるなんて言うんだよ・・・!?」
「・・・・・・・・蒼鬼」


それは建前だと、ふと天海の脳裏に言葉が浮かぶ。


蒼鬼は、それを言いたくて怒っていた訳ではない。


勿論、この事もあるのだろう。約束を破棄される怒りもあっただろう。




けれど、何かが違う。

蒼鬼の怒りは、もっと、違う、深い所にある。




そこまでわかっていながら、それが何なのかは、天海は知る事が出来なかった。




「なぁ。俺、アンタと一緒に、世界を見に行きたいんだ。
 ・・・連れてってくれるんだろ?
 一緒に、俺と一緒に、行ってくれるんだろう?」
「・・・・・・・・蒼鬼」
「なら!・・・なら、言わないでくれ。
 役目が終わったらなんて、言わないでくれ。
 死ぬなんて、消えるなんて、言わないでくれ。
 俺の前から、消えないでくれ・・・ッ


 ・・・・・ッなぁ、天海!!!」







瞬間、理解した。







蒼鬼が感じる、怒りの正体。


深い、悲しみの正体。






それは、約束を破る等と言う事ではなく






未来を見ないと言う事ではなく







―――――。







「蒼鬼」
「・・・・何だよ」
「私は、約束を破った事は無いぞ」
「・・・・・・・本当か?」
「ああ」


嘘かもしれない。

自分は約束を破った事があるかも知れない。

けれど、もう、そんな記憶なんて、朧げで。


「・・・俺との約束も、守るよな?」
「ああ。改めて約束しよう。
 蒼鬼。共に、世界を見よう。
 共に、色々な事を学ぼう。
 ・・・約束する」
「本当だな?」
「ああ」
「・・・俺の前から、突然、消えたりしないな?」
「約束する」
「・・・・・・ずっと、俺の傍に、いてくれるよな?」
「・・・・・約束しよう」





少し、強めの風が吹く。





その風に、流れていく、潮の香り。







長く生きて来た1人の鬼武者と同じく







星程の生を知らせて来た海も




星程の死を見届けて来た空も











今は、ただ、蒼く。





























END.


天海さん、死ぬ気満々。
遠回しなプロポーズしてわかってもらえたのは奇跡です。
だって天海さんにb(ry)