見つけた。

あの、血色の女を。




先代の栄光に縋り付く老い耄れたジジイ相手の戦。

目立った戦力も無く、城を落とすのは呆れる程に簡単だった。



そんな中、探し求めていた物を見つけた時の興奮と言えば無かった。



俺の前に立ち塞がる細い影。


顔を覆い隠しながらも、冷たい兜から覗く頬には紅い刺青。


そして、風に靡く稲光する真紅の髪。


あの夜を思い出し、背筋に興奮が走る。


コイツだ。この女だ。

探していた、俺の全てを一瞬で奪った女は。



血色の、無機質な硝子の眼。



今は隠されて見えない、けれどそこに在る血色の眼を、何としても見てやりたかった。



「よォ、アンタ、俺を覚えているかい?」
「・・・・・・・・」

女は答えない。
元より覚えられているとも思っていないし、期待もしていない。
忍びたる者、容易に敵へ言葉を返すとも思えなかった。

女の無言も、当然の事だと、受け入れる。

血色の女は、背に差した対刀を奇妙な程躊躇いの無い動きで抜き去り、俺へと構えた。

ゾクリとする。

この女から感じる無の気配。
本当にこの女は人間なのか。生きているのか。存在しているのか。
女が此処に生きて存在していると、到底思えない。
加えて、あの硝子の眼。
よもや本当に幽霊かと間の抜けた思考が過ぎった瞬間、女の刀が眼前まで迫っていた。

「!っと。ハッ、良いねぇ、上等だ」

無駄の無い、風の様に流れる女の身体。
そこから繰り出される細身の刃は、正確に俺の喉元を狙って来た。

好戦的なのか。
はたまた、敵をさっさと葬りたいのか。

どちらにせよ、俺の中の火花が熱く弾け出す。

六本の刀を抜き去りながら、一端距離を取った女へと向き直った。

「行くぜ・・・楽しませてくれよ」
「・・・・・・・・」

女は相も変わらず無言。
それでも良い。
女の名も知らぬ儘ではあるが、聞き出す時間はある。

この戦が終わった後、存分に。








女の動きは、正に忍ぶ者として最高の物だった。

一欠の躊躇いさえも見せない冷酷さ。
相手の急所を寸分の狂いも無く、的確に狙う暗殺の技術。
掴めない風の様に、素早い身のこなし。

俺の刀が女の身体を捉えたかと思えば、それは瞬時に黒い霞へと変貌を遂げる。

そして気付けば、女は背後から俺の首を刃で狙うのだ。



脳天からバキリと音がする。



どうやら兜にデカイ皹が逝ったらしい。

ああ、また新調しなくちゃならねぇと。自身の命が危機に晒された事などどうでも良い様に考える。

もう使い物にならないであろう兜を脱ぎ捨て、口角を吊り上げる。

女に良く似た風が、顕わになった髪を激しく撫ぜた。


女は余裕をこいているつもりなのか無意識なのか、1人腕を組んで俺を兜越しに見遣っていた。

そこからは何の感情も読み取れない。


「隙なんざ、見せてて良いのか?」
「・・・・・・・・・・・」


俺の言葉を受け、女が再び刀を構える。

やはり躊躇いなぞ無い、ただ俺の首を取ろうとしている。

激しい高揚感が脳内を埋め尽くす。



互いが互いの間合いを見計らい、無音を作る。


先に動くのはどちらか、俺か、お前か。


緊迫した細い糸を断ち切ったのは、女だった。



眼で捉えられぬ程の速さで俺へと迫る。


漸く視認出来た時には、女はもう俺の首目掛けて刀を向け、最低限の動きでそれを掻き切ろうとしていた。



交わせるか。

間に合うか。



そう、目の前の景色が急激に遅く映った所で、小十郎の声が轟いた。



北条を討ち取ったとの報せ。



女の刀が、俺の首の皮膚を薄く傷付けた所で、ピタリと止まった。



「・・・ヒュゥ、危なかったぜ」



出来た家臣に聞こえぬ声を投げながら、女へと視線をじっくり戻す。

女はやはり無を纏ったまま、カラクリの様な動きで対刀を背へと素早く戻した。

そして、再び腕を組んで、俺へとただ静かに向き合っている。


それを見て理解した。


この女は、どうやら傭兵。

ただ雇われているだけの存在。

北条への忠誠を尽くしている様子は欠片も見受けられなかった。


ただ、雇い主が存在しなくなった為、この女が俺へ刀を向ける理由も無くなっただけ。


後は好きにしろとでも言いたげな女の様子に、自然と喉から笑みがせり上がった。



乱れた髪を掻き上げながら、女の兜を鷲掴む。



「!」
「じっとしてろ」



一瞬女が怯む。

が、低い声で言ってやれば女は抵抗もせず大人しく待った。

その様子に言い様の無い満足感を得ながら、掴んだ女の兜を乱暴に頭から剥ぎ飛ばした。




現れた2つの血色硝子に、心臓が喧しく踊り狂う。




血液が、ゴポリと熱い飛沫になって全身を焼き焦がした。




「そうだ・・・その眼だ・・・」




敗北が決定したこの状況でも。

先、あれ程までに俺の首を狙っていた後でも。

何の感情すら映し込まぬ硝子の眼。

ただ在るが儘を映すだけの、無機質な血色に奮えが沸き起こる。

女は何の感情も表情も一切乗せぬままに、俺をただ血染の硝子に映していた。


「アンタのその眼に、一瞬でオチちまったんだよ」
「・・・・・・・・・」


顔をわざとゆっくり近づけながら言うも、女から返るのは無のみ。

まぁ、良いさ。

何がどうあれ、結果的にこの戦は俺の勝ち。アンタは、俺に負けたんだ。



「アンタに決定権なんざ無いぜ。・・・アンタはもう、俺から逃げられない」



女の眼が、微かに驚きを滲ませ、ほんの少しばかり見開かれる。

少々大きくなった、初めて感情を乗せて俺を見た血染硝子の双眸に。



堪え切れない衝動を覚え、いまだ開いた所を見た事の無い口へと噛み付いた。


























END.


栄光門での攻防。
勝手に爺ちゃん殺してすみません。
これにて伊達さんトコに掻っ攫われた小太郎。
筆頭はこれからも小太郎の初めてを奪っていくと思います。
まずは口から。
ってか筆頭、下手したら小太郎に殺されてたよ!