「今日は祭りだぜ、小太郎」
そろそろ空が茜に染め上げられようかと言う時頃。
唐突に名を呼ばれたにも関わらず、計った様に現れた血色の忍びに。
政宗は何処と無く楽しそうに、最近手に入れた彼女へと用件を告げた。
祭り。
小太郎が首を傾げる。
生憎、小太郎にとって、祭りなぞと言う行事は努々縁の無い物であった。
「?・・・何だ、首なんざ傾げやがって」
「・・・・・・・・・」
政宗が怪訝そうに問う。
声は勿論返って来ない。
彼女が声を知らぬのだと言う事実は、彼女を手に入れた翌日に知った。
彼女自身が筆談で伝えて来たのだ。
それを知って以来政宗は、彼女の行動や小さい仕草から、言葉を探る様努める。
小太郎の方も、彼の洞察力には、毎度少々驚いている様子だった。
「・・・行った事ねぇんだろ、どうせよ」
「・・・・・・・・・」
小太郎が頷く。
そのハッキリした反応に気が良くなったのか、政宗は更に続ける。
「だろうな。・・・ま、偶にはそう言った平和に触れてみるのも良いんじゃねぇかと思ってよ」
そう言うと、政宗が乱雑に、上等な布で誂えた何かを小太郎へ投げ付ける。
咄嗟の反射でそれをバッと掴んだ小太郎は、数瞬、それが何であるか理解出来なかった。
「・・・・まさか、浴衣も着た事ねぇのか?アンタ」
「・・・・・・・・・」
浴衣。
自身は今まで、戦装束と寝巻きしか纏った事が無い。
勿論、こんな煌びやかな着物なぞ、他の女達が着飾っているのを見たきりである。
そう思い、また、政宗に素直に頷き返した。
「はぁ・・・予想はしてたけどよ・・・」
「・・・・・・・・・」
額に手を当て呆れる政宗に構わず、小太郎は投げられた浴衣をマジマジと見る。
白地のそれに散る、鮮血の様な大粒の紅蓮華達。
それは非常に鮮やかで、見目に美しく。
鮮烈な印象を残す白と赤であるが、そこに目出度さなぞは皆無。
どちらかと言えば華美な気配ではなく、終わりの様な。
命の花が散る際、その刹那である様な。
見事な鮮血の蓮に、小太郎は同じ色をした眼を政宗に向ける。
自分と2人きりの時には、兜をつけてはならぬと言う言い付けを忠実に守っている彼女。
その彼女の眼に軽く笑い掛けてから、政宗は返す。
「俺は祭りに行くつもりだ。・・・テメェも付いて来い」
政宗の言葉を受け、小太郎は少々戸惑った様子で再び浴衣に視線を落とした。
「ヒュゥ。良いじゃねぇか。So beautiful」
相も変わらず理解の出来ぬ異国語を扱う。
と、小太郎が先まで部屋を外していた政宗を無機質な硝子眼で見遣る。
しかしその彼女の容姿は、普段とは大きく掛け離れた物だった。
ザンバラな鮮血の髪は暗紫の紐で丁寧に結われ。
口には髪や、眼、刺青よりかは幾分の柔らかさを含んだ紅色を差し。
着物は勿論、政宗が投げ渡した紅蓮華の浴衣。
小太郎の着付けを手伝った女中が恭しく礼をして部屋を後にする。
それと入れ違うように、政宗が部屋の中央で立ち尽くす小太郎へと歩み寄る。
それは満足そうに。整った、精悍な獣を思わせる貌を、少しばかり緩めながら。
小太郎は着慣れない浴衣に違和感が拭えないのか、軽く身動ぎをして政宗から視線を外した。
「ん?・・・お前の為に用意したんだ。気に食わなかったか?」
「・・・・・・・・」
首を横に振る事で否定を示す。
何も気に入らない訳ではない。ただ、慣れないだけで。
それに、こんな身動きの取り辛い衣装では、有事に備える事が出来ない。
もしもの事があった場合、自分はこの男を護らねばならないのに、と。
小太郎が珍しく、小さい焦りを政宗に示した。
「・・・馬ァ鹿、下らねぇ事気にしてんじゃねぇよ」
「・・・・・・・・」
けれど。
と、バッと顔を再び政宗へ向ける事で伝えたが、政宗はニヤリと笑うばかり。
その反応に再び戸惑いを覚えていると、手袋を外した白い手に政宗の体温を感じた。
「!」
「行くぞ、折角の祭りだ。・・・楽しもうぜ」
グイと強く手を引かれてしまえば、抗う術はもう無い。
小太郎は観念した様に、肌蹴そうになる裾を気にしつつ、政宗に従った。
祭りは、やはり、賑わっていた。
子供達のはしゃぎ声。
女達の姦しい笑い声。
商人達の客を呼ぶ明るい声。
物珍しそうに辺りを眼だけで見渡す小太郎に、政宗は苦笑いを浮かべる。
まるで野生の動物だ。
そう、少々失礼な事を考えながら、政宗は真っ先に近くにあった面屋へと足を向けた。
そして適当な面を買い取ると、パサリと顔の右上半分を隠す様に緩く被る。
どうやら眼帯を隠したかったらしい。
小太郎はその顔の隠し方を見て、ならば自分も。と、政宗と揃いの仮面へと手を伸ばした。
自身も、あまり素顔を晒すのを好しとしない。
政宗が右目を見られぬ為に面を被ると言うのなら、自身は顔面にガポリと被せてやろう。
そう言うつもりで、つい。と、白い指先が面に触れた。
「おっとStop」
「!」
仮面を摘み取る寸前、政宗の手が再び小太郎の手を鷲掴んだ。
思いの外強かったその力に、小太郎の細腕はいとも容易く引き戻されてしまう。
小太郎は弾かれた様に振り返り、背後から自身の腕を掴む政宗を見た。
「今日は隠すな。良いな?」
「・・・・・・・」
政宗の言葉に無言で不服を示す小太郎。
彼は顔を隠すのに、自身には隠してはならぬなど、なんたる不公平。と。
それに笑ってから、政宗は更に続けた。
「折角綺麗な顔してんだ。勿体無ぇだろ」
「・・・・・・・」
綺麗と。
この刺青だらけの顔を。
鮮血と言う忌んだ色に染まった眼と顔面を。
そう言ってのけた政宗に、小太郎は心底疑問の念を表情に押し出した。
「何だ。疑ってんのか?俺の言葉をよぉ」
「・・・・・・・」
疑う訳ではない。
理解の出来ぬだけである。
そう声無き言葉を伝えれば、政宗は大袈裟な様子で肩を竦めて呆れた。
「・・・まぁ、良いけどよ。兎に角顔は隠すな」
「・・・・・・・」
仕方ない。政宗が、主がそう言うのならば。
小太郎はこれ以上の抵抗を見せず、素直に頷いた。
それに気を良くした政宗が、彼女の腕を解かぬ儘に歩みを始める。
小太郎はただ、政宗の少し後ろを、腕を引かれて付く。
そのまま人込みを割って進んでいくと、政宗の眼に一見の出店が留まった。
「お。的当てか」
「?」
政宗の声に、小太郎が首を傾げて反応する。
見ると、そこでは大勢の人々が、簡易の弓矢で少々離れた的を狙っていた。
「あの的を弓矢で狙うんだよ。ド真ん中にHitしたら、景品が貰えるって訳だ」
「・・・・・・・」
心得た。と言った様子で小太郎が頷く。
その様子を見て、政宗は彼女に提案をしてみた。
「どうだ小太郎、やってみねぇか」
「・・・・・・・」
首を傾げながら訳を問う小太郎に、政宗は代金を渡す。
「たまには、遊んでみろよ」
「・・・・・・・」
良くわからないが、主がやれと言うのだからやらねばならない。
受け取った銭を握りながら、小太郎は政宗の傍を離れ、的屋の主人にそれを渡す。
「お、コレまた別嬪さんだねぇ、よしきた。綺麗なお姉ちゃんには、一本矢をおまけしちゃうよ!」
店主はそれは上機嫌に、小太郎に4本の矢を渡す。
どうやら本来は3本の弓で景品を狙うらしいが、小太郎はよく理解していない。
ただ機械的にそれを受け取ると、さっさと空いている台へと進み、弓を構える。
弓の経験はあまり無いが、修行上こなした事はある。
しかも的は大した距離、遠くに無い。
加えて標的は動かない。なんと容易い物か。
「よし姉ちゃん、真ん中の円の中に矢を射れたら景品だ。頑張れよ!」
見目麗しい。
そして、眼を引く鮮血と刺青の美女に、周囲に人が群がる。
政宗はその様子を、先程の位置から離れずに見ていた。
小太郎はそれらの視線を全く意に介さず、まず1本、白い指先でキリリと引くと。
タンッ!
と、寸分の狂いも無く、的の中央部分に矢を叩き込んだ。
途端沸き起こる歓声。
店主も大声で、小太郎の腕を褒め称えた。
「すげぇな姉ちゃん!まっさか1本目からド真ん中とはなぁ!よっ!名人!!」
「・・・・・・・・」
小太郎は勿論何の反応も返さない。
またしても2本目の矢を、先程と全く同じ姿勢で構えると、再び中央にそれを射った。
1本目とピタリとつく様にして突き刺さった矢に、周囲は歓声に混じりどよめきの声も上げる。
しかし小太郎はまたしても矢を構え、3本目も中央に突き立てる。
「ね、姉ちゃん・・・本当に、弓矢の名手かなんかかい?」
「・・・・・・・・」
主人の言葉を再び無視し、最後の矢を辛うじて空いていた中央の隙間に、小太郎が放つ。
綺麗な音を立てて、4本の矢全てが的の中央に収まった瞬間。
小太郎の身体が、強い力にグイと引かれる。
「行くぞ、小太郎!」
「?」
それは、政宗が彼女の腕をまたしても強引に引いた為であった。
流石に、あまり、こう言った意味での注目は集めたくない。
彼女の美しさに眼を奪われたと言うのなら、それはそれで自身も悪い気はしないのだが。
奇異の、好奇の視線に彼女が晒されているのは、どうにも耐え難い物があった。
的屋から逃げる様に離れると、政宗ははぁと呆れた溜め息を吐き出す。
「・・・あまり、目立つな。当てても良いが・・・全部はやめとけ」
「?」
「・・・ああ言ったGameをやる時は、少しくらい外しといた方が自然だ」
アレでは本気でからくりではないか。
と、政宗に言われた小太郎は、そう言う物かと納得しておいた。
それから回った店では、小太郎は言い付け通りにしていた。
金魚掬いでは、3匹目を掬った所でワザと紙を破いたし。
輪投げでは、当たり障りの無い所にだけ輪を掛け、その他は全て外した。
本当にそれで楽しいのか。
政宗は自分で言っておいて、彼女の命令に忠実に従う姿に、遣る瀬無い気持ちを抱いた。
彼女に戦以外の事を経験してもらいたい。
そして、無理かもしれないが、少しでも楽しみと言う物を知って貰えたら、尚良かった。
だがやはり彼女は忍び。それ以外に生きる術を教わって来なかった。
言われた儘にそれを実行する彼女に、政宗の口からは重い息が零れ落ちる。
隣を歩いていた小太郎は、主の異変に気付き、首を傾げる。
そして、何かを思いついた様に、タタタッと政宗の傍から離れた。
「?おい、小太郎?」
「・・・・・・・」
政宗が問うも、小太郎はある店へ向かって走る。
そして、先程渡されていた銭をその店の主人に手渡すと、ある物を持って戻って来た。
「・・・林檎飴?」
小太郎が買って来た物を見て、政宗がその物体の名を零す。
小太郎は、名を知らなかったのか、首を傾げるだけでそれを政宗に差し出した。
「何だ、お前が食いたかったんじゃねぇのか?」
「・・・・・・・」
首を横に振り、否定を示す小太郎。
ならば何故。と思ったが、自分に差し出されている時点で、答えは明白だった。
「・・・俺に、か?」
「・・・・・・・・」
今度は頷く。
小太郎から差し出されたそれを受け取らぬまま、政宗は思考した。
少々戸惑ったが、恐らく、自身が何かに憂いていると、感じ取ったのであろう。
そして、自分慰める為かわからぬが、彼女は自らの意思でコレを渡して来た。
何故林檎飴だったのか。
偶々目に留まったからだったのか。
それとも、その血染硝子の眼と同じ色だったからか。
理由は定かではないが、兎に角、彼女が自分で行動した事が、なんだかやたらと嬉しかった。
「・・・ありがとよ」
「・・・・・・・・」
軽い笑みを口元に湛え、林檎飴を受け取る。
小太郎は政宗の様子に、何処と無くほっとした様子であった。
受け取った林檎飴。
綺麗な赤ではあるが、それでも目の前の女の美しい紅色には勝らない。
ふと思いつき、口元にまた違う笑みを乗せ、小太郎を左目に映す。
「・・・けど、同じ赤なら、こっちのが食いてぇな」
言うと、ぼうっとしていた小太郎へ顔を寄せると。
なんとも軽い音を立てて、林檎飴よりも鮮やかに彩られた紅の唇に自身のそれを重ねた。
END.
機械みたいな小太郎ですが、一応伊達さんを気遣ってます。
無意識に気にしてるのかもしれませんが本人がまず理解してません。
伊達さんは小太郎にベタ惚れなので、何されても嬉しいと思います。
小太郎が林檎飴を選んだのは・・・。
多分、伊達さんがいつも自分の赤が綺麗だと言うので、赤い物をチョイスしたのかと。