小太郎が、屋根の上でぼうっと空を見上げている。

その隣には、珍しく、小十郎の姿。


互いに並んで座っている割には、そこに会話は存在しなかった。







「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」


小十郎は、チラリと小太郎へ目をやる。

小太郎は、変わらず空を眺めたまま。

相変わらず反応の薄い女だ。と、小十郎はつまらなく思った。


「・・・・おい」
「?」


暫く築かれていた沈黙を破ったのは、小十郎。


声を掛けられた小太郎は、まさに今気付きましたと言わんばかりに、意外そうに振り向いた。


その様子に、チッと舌を1つ打ってから、小十郎が振り向いた小太郎を見詰める。

基本的に兜に忍装束の彼女であるが、今は素顔に夜着のままで。

それは政宗の、『傷が塞がるまで刀に触れるな』と言う命の延長でもあった。


青空に似合わぬ血色の髪と眼に、小十郎は眉を顰める。


「・・・傷は」
「・・・・・・・」


端的な問いに、小太郎は首を傾げる。


そして、傷の治りを聞いたのかとすぐに納得すると、自身の襟元を割った。


「っおい!わざわざ見せるな!」
「?」


何を怒るのか。

胸元を顕わにした小太郎は、再び逆方向に首を傾げる。

正確には怒りではないのだが、生憎小太郎には理解出来なかった。


はぁ。と小十郎の口から疲れたような溜め息が漏れる。

小太郎は襟を正しながら、小十郎の顔を無機質な眼でじっと見詰めた。


「・・・・まぁ、良い。傷は完治に向かってるんだな」
「・・・・・・・・」


小太郎が頷く。

恐らくあと十日もあれば、傷痕自体も綺麗に消えるだろう。
自己治癒力が異常な彼女は、誰に告げるでもなくそう思う。

小十郎も何となくそれを感じ取ったのか、フンと鼻を鳴らした。


「・・・・・あまり無理をするな」
「?」


小十郎の言葉に、小太郎は理解が出来ぬと見遣る。

自身を嫌う筈の男から発された言葉とは、到底思えなかったのだ。
普段アレだけ敵意を向けておいて、何と言うのかと。

その様子を見て、小十郎はあからさまに嫌そうな面を作って見せた。


「・・・別にお前を気遣って言ってる訳じゃねぇ」
「?」


ただ。と、小十郎が苦々しく間を置く。


「・・・・・・お前に万が一があれば、政宗様が間違いを起こす」
「・・・・・・・・・」
「俺は、それが許せない」


政宗の名を聞き、小太郎が僅かに反応を見せる。

小十郎の言わんとしている事は、あまり良くわからなかったが。


「テメェなんぞに、政宗様が命を掛けると仰っている」
「・・・・・・・・・」
「正直、不快っちゃあ不快だ」
「・・・・・・・・・」


自身に言われた所で、どうしようもない。

あの男の自身への執着ぶり、そして変わり者である部分は、自身の所為ではない。


そう弁解したくても、小太郎の口は声を発する事は無い。

言えた所で、伝えられた所で。

目の前の男は納得せぬであろうと、何となくわかっていた。


「・・・俺は、テメェが信用ならねぇ」
「・・・・・・・・・」


突然の言葉にも、小太郎は何の感情も見せない。


そんな事、わかりきっている。
自分を信用し、傍に置き、時に膝まで貸せなぞと言う阿呆は。

政宗と言う男、ただ1人。

自身でも信用の置けぬ存在だと、自覚している。
何よりも主を思い、忠義を重んずる男にとって、自分は危険な存在なのだろうと。
それと同時に、どうにも腹立たしい存在なのだろうと。

その辺りは、十分にわかっている。


「政宗様が、お前を傍に置く訳も、俺には全く理解出来ねぇ」
「・・・・・・・・・」
「忠誠の欠片もねぇお前は、俺にとっちゃあ危険極まりない」
「・・・・・・・・・」


この男は、本当に主が大切なのであるな。


気迫の篭る、静かな声を耳にし。

小太郎は今更ながらに、この右目の真摯な忠義を肌で感じた。



「・・・・・・・・・だが」



小十郎が、言葉を途切る。

何やら口にし辛いのであろう。ガリガリと頭を乱暴に掻く。



小太郎が2回首を傾げる程の間をたっぷりと空け。



小十郎が、先程の小太郎を同じ様に空を見上げ、ぶっきら棒に呟いた。





「・・・確かに、テメェは気に食わねぇが・・・」
「?」
「・・・・・政宗様を護ってくれた事には、心底、感謝している」





不器用な男だ。

小太郎は、自分の事を棚に挙げ、ただそう思った。


気に食わない相手に。

得体の知れぬ危険な相手に。

下手をすれば、憎しみすら向けられる相手に。


本来なら、こうして並んで会話をするのも、億劫である筈なのに。

恐らく、男自身、主を護った礼の1つもせねば、気が済まなかったのだろう。


損な性格だと思うと同時に、今まで小十郎に抱いていた気持ちが、少々変わった。


だからと言って、何がある訳でもないけれど。


「・・・・・・忘れろ」
「・・・・・・・・」


何の反応も示さない小太郎に、些か気まずくなったのか。

スックと立ち上がると、視線すらやらぬままに、小十郎が吐き捨てた。


「・・・・やる」
「?」


小十郎が、小さな包みを小太郎に投げる。


反射で受け取った小太郎は、微かに鼻を掠めた匂いから、それが丸薬である事を悟った。


「・・・いつまでも部屋に篭られてちゃあ、政宗様が心配なさるからな」
「・・・・・・・・」
「とっとと傷を治せ、良いな」
「・・・・・・・・」


小十郎の言葉に、小太郎が無表情のまま頷く。


それをチラリと視線の端に入れると、再び舌を軽く打ち、小十郎の姿が屋根から消えた。





1人になったそこで、小太郎が再び空を見上げる。


他人から貰った物、特に薬品なぞ、口には決して入れぬ性質であるが。


この薬は飲んでも良いか。と、青い空を眼に映しながらぼんやり思う。





ふと下から。


『アイツと何を話してたんだ』と、主が右目を問い詰める声が聞こえ。


本当にあの男も難儀であるなと呆れた感心を抱きながら。





困り果てているであろう右目を思い、少々助けを出してやろうと。


珍しく”義”に似たそれを胸に、小太郎も屋根を後にした。
























END.


半分だけ和解した2人。
義理堅い小十郎と、特に興味ゼロだけど意味は理解した小太郎。
小太郎は小十郎の事、嫌ってません。一方的に嫌われてるだけ。
寧ろ嫌悪・警戒と言うわかり易い感情を向けられている分、心中が察し易い。
伊達さんは愛情恋情を向けてくるので、理解不能・心中を察せず。となりますが。

この後小十郎を庇う小太郎に、『いつの間に仲良くなりやがった』って怒る伊達さん。
ちなみに”膝枕”での小競り合いの原因は小十郎の台詞通り。
自身も周囲も省みず女に命をかけると言う伊達さんと衝突した為です。