激しく降り続ける雨を教室の窓から眺め、ふと、今朝の桜矢さんを思い出す。
随分と落ち込んでいた様だった。
恐らく封印の鍵も反応を示さないだろうし、行き詰っているのだろう。
この町にだけ降る雨が故意であるとわかりながら、何も出来ない歯痒さ。
それが胸に重く圧し掛かるのだろう、暗い表情だった。
自分で仕掛けておきながら何だが、彼に暗い顔は似合わない。
・・・勿論、彼を”彼女”と称していた時でも、同じだが。
ふぅ。と、そろそろ帰路を辿っている彼を元気付けようと、自分も教室を出る。
足早に階段を降り、下駄箱で外履きに履き替え、傘を取り出そうと傘たてを見た。
「・・・?」
・・・傘が、無い?
おかしい、確かに朝、此処に入れた筈なのに。
傘たてを見回しても、試しに他の傘たてを見ても、私の傘が無い。
・・・取られた?
こんな雨の中、傘を忘れた者がいたのか。
それとも、傘が折れてしまい、慌てて他の者の傘を取ってしまったのか。
・・・まぁ、恐らく後者であろうな。
朝から、いや、数日前から降り続ける雨の中、傘を忘れる者もいまい。
それはわかったが、困った。
流石に大雨は防げないだろうと、荷物を減らす為、折り畳みは入れて来ていない。
自分でコレだけ降らせておいてアレだが、どうしたものか。
まさか今だけ雨を止める訳にも行かず、少々ぼんやり昇降口で考え込んだ。
・・・仕方ない。
コレもまぁ、元はと言えば自分が起こした事件だ。
多少の被害くらい、被ったってしかたないだろう。
よし。と意気込み、激しい音を鳴らしながら地面に叩きつける雨の中、一歩進み出る。
瞬間、1秒を数える間に濡れ鼠になり、はぁと溜息を吐いた。
ビッショリだ。コレは走って帰らねばならないな。
・・・いや、多分走ったら転ぶ。普通に歩こう。
こんな雨の中傘も差さずトボトボ歩く女子小学生。
一体どんな大失恋をしたのか。と、ふざけて考えながら歩いていた、その時。
「おい!」
「!」
後ろから大きな声で呼ばれ、バッと振り向く。
濡れた前髪が張り付き、眼鏡の水滴が邪魔で見え辛いが・・・
「・・・李、くん?」
「お前っ、何やってんだ!傘はどうした!?」
「え、あ・・・」
隣の席の少年が慌てた様子で駆け寄って来ていて、思わずぼーっと見つめてしまう。
・・・彼は、例え恋人でないこの世界でも、やはり優しい少年だ。
そう、今頃元の世界の彼はどうしているのだろうと思考しながら、問う彼に返す。
「いえ、実は、傘がなくなっていて・・・」
「なくなった?取られたのか?」
「わかりません。でも、無い物は仕方ないので・・・」
「だからって、ズブ濡れで帰る事・・・」
呆れた様に呟いて、彼は少し考え込む。
それから、努めてぶっきらぼうな様子で、私に彼の傘を傾けた。
「え?」
「・・・送ってやる。家、何処だ」
「・・・良いんですか?」
「こ、このまま、黙って見捨てる訳にいかないだろ」
「・・・ありがとう御座います」
照れ臭そうに言う彼に、ニコリと笑って礼を送る。
すると彼は顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。
相も変わらず純情で真っ直ぐな少年に、笑ってしまいそうになるのを堪える。
ああ、こんなにも純情な少年は、将来平然とセクハラを働く様になるのだろうか・・・。
身を持って知っている未来を憂いてから、そっと彼の傘に入る。
勿論少し狭く、身体が全て守られる訳ではないが、それでも随分楽だった。
「ごめんなさい、狭くなってしまって・・・」
「い、いや、別に・・・お前こそ、大丈夫か?」
「はい、私は」
「そ、そうか・・・」
そのまま会話もなく、2人歩調を揃えて歩く。
身体に打ち付ける雨が無くなった分大分歩くのも楽だが・・・
少し気になり、チラッと李君を横目で見る。
・・・ああ、やっぱり。
「李君」
「なっ、なんだ?」
「そんなに私の方に傘を傾けなくても・・・貴方が濡れてますよ」
「え、あ、いや、俺は、平気だから・・・」
私が濡れない様に、と、傘をコチラに傾けてくれていたのだが。
どうやら私を完全に傘で守り、自分は半分ほどはみ出ていたらしい。
すっかりびしょ濡れになってしまった彼の肩を見て、思わず苦笑いを浮かべる。
本当に優しい少年だ。
この世界での彼が辿る道は、一体どんな道なのか。
その先に私はいるのだろうかと少し考えてから、やめた。
今は、彼が濡れないようにしてやる事が先決だ。未来の事より、今の事。
「え、わっ・・・」
傘を持つ彼の手を上からそっと包み、少し彼の方へ傘をズラす。
彼の手はとても暖かく、体温の低い私には心地が良い。
しかも、こんな雨の中では、尚更。
けれどその手はすぐにカッと熱を持ち、驚いて彼の顔を見つめてしまった。
少し近くなった距離で見る顔は、先程より更に朱が濃く。
その様子に耐え切れず、少し笑ってしまった。
途端、じろっと横目で睨まれる。
「・・・何、笑ってるんだ」
「いいえ、何でも」
微笑みながら答えると、彼はそれ以上追求しなかった。
握っていた手を離し、ごめんなさいと謝る。
すると彼は一瞬私を見てから、慌てた様子で顔を逸らした。
「?」
「い、いや、何でもない!こ、この先が家か?」
「はい」
まだ顔の赤い彼に首を傾げながら、彼が余計に照れてしまった原因を考える。
傘に入れて貰ったから?
手を握ってしまったから?
先程より距離が近くなったから?
うーん、どれもしっくり来ない。
いや、どれも原因の1つではあるのだろうけれど、此処まで顔を背けられてしまっては。
何か他に原因があるのだろうかと思案する中、ふと、自分の状態を思い出した。
今私は濡れ鼠。
そして今、私は女性。
ついでに言うなれば、小5にしては大分、胸の発育が良い。
チラッと、視線を下に落とす。
・・・ああ、なるほど。
思わずニヤリとしてしまいそうなのを堪え、彼を見る。
彼は相変わらず、私を見ない様にしていた。
・・・何を見ないようにしていたのか、ようやくわかった。
声を出さずに笑ってから、もう一度視線を下にやる。
ビッショリ濡れた、夏用の薄くて白い制服は、私に張り付いて見事に透けている。
しかも、制服の下には下着しか身に着けていない為、私のブラジャーが良く見えた。
ピンクの色から模様まで、ハッキリと。
それは確かに、この年頃の少年には少しばかり刺激が強いかも知れない。
制服の下で窮屈そうに揺れる胸を見てから、どうにか笑いを堪える為、口元に手を添える。
すると、その動作が気になったのか、李君が心配そうに聞いてくれた。
「どうした柊沢、寒いのか?」
「いえ、大丈夫です」
「・・・そうか?」
「はい」
微笑んで答えると、すぐに彼は顔を赤くしたままそっぽを向いてしまう。
ああ、面白い。
ついでにもう少しからかっても、楽しいかも。
まだ平然とセクハラを働く程図太くない頃の彼だ、反撃は食らわないだろう。
そう思ったが、どうやら私の家に着いてしまった様だ。
揃って足を止め、私が目の前の家を指さす。
「此処が私の家です」
「・・・デカイ、な」
「そうですか?・・・あ、傘、入れて貰って、ありがとう御座いました」
「い、いや、良いんだ。お前こそ、大丈夫か?」
「はい。転校して来てからあまりお話出来なかったから、楽しかったです」
「・・・そ、そうか」
礼を言いながら、思う。
実際私がこの容姿で、この世界で、此処に来てから。
桜矢さんとは話す機会があったが、李君とは中々それが訪れず。
私が女性で、桜矢さんが男性であるからか、敵視される事も無かったし。
余計に接点が減っていたのだ。そう考えると、今日のコレは嬉しい出来事になる。
「そうだ」
「ん?」
「お礼に、お茶でもいかがですか?身体も濡れてしまいましたし、タオルもお貸ししますよ」
「え・・・でも」
「・・・何か、御用が?」
「い、いや、別に無いけど・・・良いのか?」
「はい、是非」
ニッコリ笑いながら答えると、彼はまた慌てて視線を逸らしてしまう。
その反応があまりに可愛くて、ついつい、やっぱり、悪戯したくなってしまうのだ。
「じゃあ・・・お邪魔します」
「ええ、どうぞ」
少し緊張した様子で家に入る彼を見て、扉を閉めながらふふっと笑う。
そして、さて手始めにどんな悪戯をしてやろうかと。
雨の降る音を聞きながら楽しい思考を巡らせ始めた。
END.
アニメ48話で一部性転換。しかもシャオエリ。
エリオル君♀のみ此処がパラレルだと知っている現状。
でも例え世界が違っても李君とは惹かれ合うかと。
そしてやっぱり純情な少年をお色気でおちょくる悪戯好き。
こう言う事してるから平然とセクハラする男に育つんだよ!