ああ、今日も良い天気だ。
音楽室のピアノを破壊してしまったが、そんな事も気にならない晴天。
まぁ誰も怪我人は出なかったし、ソングも無事桜矢さんのカードになった様だ。
ならば何も気にする事など無い。
次に何を仕掛けようか、楽しみなくらいだ。
そう上々の気分のまま、麗らかな日差しの中あても無く歩く。
と。
「エリオルさーん!こっちこっちー!」
「・・・?」
不意に、桜矢さんの声に呼ばれた。
何事かとその声を追って見てみると、中庭に桜矢さんと大道寺さん。
そして佐々木さん、三原さん、柳沢さんが、何やら円を作って座っている。
女の子達の秘密の会議だろうか。
・・・いや、今此処では桜矢さんは男の子だ。
・・・物凄く自然に混ざっているけど。
取り合えず呼ばれたなら行かなくては。
手招きをする桜矢さんに微笑みながら近づき、何事かを問う。
「何をなさっていらっしゃるんですか?」
「あのね、利佳ちゃんがクッキー作ってくれたんだぁ!」
「あの、良かったら、柊沢さんも食べて?」
「わぁ、ありがとう御座います」
桜矢さんの隣に腰を下ろし、中央に置かれていたクッキーを一枚摘む。
一口齧ると、バターの良い香りがふわっと咥内に香った。
不安そうに味の感想を求める佐々木さんの視線に気付き、素直に答える。
「とても美味しいです、佐々木さんはお料理がお上手なんですね」
「そ、そんな事ないわ、柊沢さんの方が上手じゃない」
「私は家で料理当番がありますから、慣れているだけですよ」
佐々木さんの謙遜にニコリと微笑む。
彼女の菓子は、小学生にしては随分上等な出来だ。
・・・きっと、好きな人に美味しい物を食べて貰いたいのだろう。
彼女の心にいる男性を思い出し、ふと笑った。
・・・いや、まぁ、ホラ、恋愛の形は人それぞれだ。
第一私など、元の世界では李君と恋仲だ。
佐々木さんよりも大きな問題を複数抱えている事を考えると、何も言えない。
まぁ幸せになってくれとぼんやり思っていると、佐々木さんが何やら袋を手に取る。
そこから出て来たのは、クマのぬいぐるみ?
どうやら裁縫の続きをしたいらしく、作りかけのそれを膝の上に大事そうに乗せた。
まだ腕がついていない。
が、縫い目も綺麗だし、形も綺麗だ。
ふむ。と思わずクマのぬいぐるみを見つめていると、不意に大道寺さんが話を切り出した。
「そう言えば、ぬぐるみさんのお誕生日って、いつかご存知ですか?」
「えっと・・・出来た日?」
大道寺さんの問いに、桜矢さん以外の3人は首を振る。
桜矢さんは首を傾げながら取り合えず答えてみたのだが、大道寺さんは優しく微笑む。
それから、今度は私に問い掛けてきた。
「柊沢さんはご存知ですか?」
「確か、店で買ったぬいぐるみは作られた日がわからないので、購入して
名前を付け、初めてリボンを巻いた日が、そのぬいぐるみの誕生日だったかと」
「まぁ、その通りですわ。さすが柊沢さん、よくご存知ですわね」
「へぇ〜、そうなんだぁ、何だか素敵だね!」
自分の中にあった、普段使う事の無い知識を答えると、どうやらそれが正解だったらしい。
大道寺さんは嬉しそうに笑い、桜矢さんは瞳を輝かせて感想を言ってくれた。
そして。と、大道寺さんが付け加える。
「外国では、自分で作ったぬいぐるみに自分の名前をつけて好きな方に
プレゼントすると、両想いでいられる。と言う言い伝えもあるそうですわ」
「両想い・・・」
「・・・・・・」
大道寺さんの豆知識に、桜矢さんが何やら考える様に呟く。
佐々木さんも、顔を赤くしてぬいぐるみを抱き締めていた。
・・・なるほど、とても可愛らしいではないか。
恐らく桜矢さんは、雪兎にぬいぐるみを渡したいと思ったのだろう。
佐々木さんも、そのぬいぐるみを渡したい相手がいて、必死に作っているのだろう。
・・・何と乙女らしい事か。いや、桜矢さんは男の子だけれど。
私も見習わなくては。少なくとも此処では女性なのだし。
と、脳裏に少年の顔が浮かぶ。
・・・この世界で、突然私が彼にぬいぐるみをプレゼントしたら、彼はどうするのだろう。
まだ大した接点も会話も無く、前に相合傘して、礼にお茶を出したくらいだ。
それからと言うもの、彼は私を見ると顔を赤くするし、まともに話していない。
多分、恥ずかしいのだろうが。
それでも少々、寂しいのも事実だ。
ふむ。とぬぐるみの話で盛り上がる桜矢さん達を見ながら、考える。
・・・作ってみようか。
ぬいぐるみくらいなら、キットがなくても作れる。
幸い裁縫は得意だ。
それを彼に渡したら面白い反応が見られそうだと、チラリと視線だけ向こうへ向ける。
向こうの、木の上。
まこと器用に、高い枝の上で足を組んで、コチラを見ている彼。
・・・視線の先は、どうやら私であるらしい。
何やら思いつめた様子の彼を視界の端に見て取り、ふふっと笑う。
そして、可愛らしい話題で盛り上がる桜矢さん達に声を掛け、すっと立ち上がった。
「帰りに手芸屋さんに行こうかと思います。お裁縫、好きですし」
「わぁ、じゃあ僕も行こうかな!エリオルさん、一緒に行こうよ」
「ええ、では、帰りに行きましょう」
「うん!後でね!」
桜矢さんと約束し、佐々木さんにクッキーのお礼を言ってから、その場を後にする。
向かう先は、彼がいる木の下。
まさか気付かれていると思わなかったのか、私が木の下に着くと、途端慌てた様子になる彼。
そんな彼の様子がおかしく、思わず見上げたままふっと笑ってしまった。
「・・・降りて来て、一緒にお話しませんか?」
「・・・・・・別に、此処、好きなんだ」
「そうなんですか・・・」
私が声を掛けると、李君はどう答えるか迷った様子で、言葉を搾り出す。
その答えがあまりに適当で、噴出してしまいそうになるのを何とか堪えた。
「・・・李君」
「・・・何だ」
「最近、お話してくれませんね」
「・・・・・・」
「顔を合わせても、逃げてしまわれますし・・・」
「・・・別に、逃げてる、訳じゃ」
「・・・私は何か、貴方に嫌われる様な事を、してしまいましたか・・・?」
「っ、ちが、してない!」
悲しそうに声のトーンを下げ、ついでに眉も八の字にし、彼に問う。
すると彼は随分驚いた様子で身を乗り出し、威勢良く言葉を否定してくれた。
彼が私を嫌っているのではないとわかっていながら聞いたのだが・・・
そこまで気持ち良く否定してくれると、コチラもそれなりに嬉しい。
でもまだ顔には出さず、悲しげな表情を崩さず、彼を見つめる。
李君はどうして良いのかがわからない様で、少し居辛そうに眼を逸らした。
「・・・違う、何も、してないし・・・嫌ってもいない」
「本当ですか?」
「ああ・・・」
「なら、もっとお話しましょう?」
ニコリ笑い掛けると、彼は顔を赤くして俯いてしまう。
ああ、可愛らしい反応をする物だ。
ただただ、照れ臭いのだろう。
小5の男の子など、異性を丁度意識し出す年頃ではないか。
しかも此間、相合傘をした時、私の服が透けていたと言うのも覚えているのだろう。
チラリと勇気を出して私を見ては、すぐ顔を赤くしたままそっぽを向いてしまうし。
そんな反応も面白いのだが、あまりに避けられても悲しい物がある。
桜矢さんのカード変換のお手伝いついでに、少し彼との距離を縮めおきたい。
よし。
そう決め、李君に再度、声を掛ける。
「・・・李君は、香港からいらしたんですよね?」
「あ、ああ・・・」
「私はまだ日本に来たばかりで・・・色々、教えて下さいませんか?」
「・・・・・・」
私が言うと、李君は逸らしていた視線をオズオズ私に戻してきた。
多分彼も、私と話したいと思ってくれているのだろう。
でも、照れ臭くて、一歩踏み出す勇気が、まだ彼の幼い心には備わっていない。
その可愛い葛藤が手に取る様にわかり、ニッコリ微笑んで、彼の名を呼んだ。
声に魔力を込めて。
「・・・李、小狼君?」
瞬間、私を見つめていた彼の眼から光が失せ、間を置かずに彼の身体がグラリ揺れる。
そのまま、細い枝から、彼の身体が無抵抗に落ちて来た。
怪我をしない様、以前と同じくその身体を受け止めようとする。
・・・が、そこで、前回との決定的な違いを、今更ながらに思い出した。
私は今、女性。
彼は、男性のまま。
・・・受け止められる訳が無い。
「・・・っ!」
でも彼に怪我をさせてはならないと、咄嗟に腕をぐっと伸ばす。
広げた両腕に見事落ちて来た彼の身体は、女性である私の腕には随分重く。
その衝撃に振り回される様に、ドサリと地面に倒れ込んでしまった。
思い切り背中を打った。
頭は幸い無事だが、それでも高い場所から落ちた少年を受け止めたのだ。
・・・ああ、女性になった分、腕力もかなり落ちているのだな・・・
今更ながらに、実感。
取り合えず彼に怪我は無いかと身を起こそうとしたのだが。
「うっ・・・」
痛くて無理だった。
結構な勢いで身体を打ったらしい、背中が痛い。
まぁ打たれ強さには自信があるから、すぐに治るだろうけど・・・
さてどうしよう。と彼の身体に押し潰されたまま、痛みを堪え思案する。
と、彼がハッと眼を覚ましたらしい。
そしてすぐに状況を把握したのか、慌てて私の身体を抱き起こして来た。
「柊沢!大丈夫か、しっかりしろ!」
「あ、あはは、大丈夫ですよ・・・それより、お怪我は?」
「馬鹿!大丈夫な訳あるか!ごめん、俺の所為で・・・!」
「いえ、貴方の所為では・・・」
100%私の所為だ。
しかも故意。よって彼が謝る必要は一切無いのだが。
そんな事情を知らぬ彼は、酷く心配そうな顔で、私を見つめる。
「保健室、行こう」
「え、いえ、そんな、大丈夫ですから・・・」
「ダメだ!動けないんだろ?運んでやるから!」
「え、え・・・あ、いえ、本当に・・・」
「いいから!掴まってろ!」
拒否する私に構わず、李君が私の身体を簡単に持ち上げる。
・・・何だか敗北感。いや、性別が違うから仕方ないけど。
でもこうしてヒョイと動けるならば、彼に怪我は無いと見て良さそうだ。
そこにだけはほっとし、私を運ぼうとする彼を止める。
「李君、本当に・・・」
「ダメだ!酷い様だったら病院行かないと・・・」
「酷くありませんよ!ホラ、元気ですから!」
「動けない癖に何言ってんだ!いいから黙って運ばれろ!」
結局彼に押され、はいと頷くしかなくなってしまった。
元はと言えば私の所為であり、判断ミスの所為であるが・・・
彼との距離を縮めたいと思ったけれど、縮まったら縮まったで彼が
酷く私に対して過保護だと言うのを思い出し。
(・・・コレから、騒動起こしがやり辛くなるかも・・・)
何となく嬉しさより、先行きの不安を感じてしまった。
END.
アニメ50話の一部性転換話。
桜ちゃんこと桜矢君は、極普通に女子グループに入れる逸材。
李君はエリオル君♀が気になって仕方ないご様子。
アニメじゃ平気で落ちる李君を受け止めてたけど、女の子じゃ無理な話。
一緒に倒れ込み、結果李君に物凄く心配掛けた。んもう!