「はう〜・・・」
「?」
桜矢さんの悲しげな声が聞こえ、ふとそちらを見る。
・・・ベンチに座って、何故か両手でぬいぐるみを掲げている桜矢さん。
何をしているのか・・・。
少々気になり、近寄ってみる。
「どうしました?桜矢さん」
「わっ!エ、エリオルさん・・・!」
持っていたクマのぬいぐるみを咄嗟に隠し、驚いた様に私を見る彼。
どうやらそれを見られるのが恥ずかしいらしい。
必死に私に見えぬ様、背に隠そうとしている。
「隣、宜しいですか?」
「う、うん、良いよ」
ニコリ笑って伺うと、冷や汗を浮かべながらも頷いてくれた。
それでは。と彼の隣に腰掛け、本題をサックリ切り出してみる。
「そちらは?」
「こっ、これはまだ作りかけで・・・!」
「この前手芸屋さんで買った物ですね」
「う、うん、でも何かうまくいかなくて・・・」
隠していたぬいぐるみを抱き締め、少し私から逃げる様に身を引く。
そう言えば桜矢さんは、元の世界でも裁縫が得意ではなかった気がする。
いや、小学生にしては出来る方なのだが、家事の中で一番苦手。と言うのだろう。
それを思い出し、失敗したと見られるのを恥ずかしがる彼に、微笑む。
それからそっと手を差し出して、ぬいぐるみを抱く彼に聞いてみた。
「見せて頂けますか?」
「えぇー!?でで、でもでも、下手だし変だし、クマに見えないし・・・!!」
私の言葉に強くは拒否出来ないのか、それでも何とか見られぬ様、言い募る。
面白いくらいの慌て振りで、思わず笑ってしまいそうなのを堪えるのに、少々難儀した。
しかし此処で笑ってしまっては、彼に誤解され、彼の心を傷つける結果になってしまう。
何とかそれを抑え、意地でもぬいぐるみを見せようとしない彼に、優しく言う。
「手芸は嫌いではありませんから、何かお手伝い出来るかもしれません」
「うー・・・笑わないでね?」
「笑いませんよ、桜矢さんが一生懸命作ってらっしゃる物ですから」
不安そうに、恥ずかしそうにぬいぐるみを差し出してきた彼を安心させるよう、告げる。
誰も笑うものか。
こんなに一生懸命作っているのに。
彼は良くお兄さんにからかわれているから、私にも笑われると思ったのだろう。
そんな事はないと優しく笑えば、彼も安心した様に微笑んだ。
ありがとう。と言う彼の呟きを聞きながら、ぬいぐるみを見る。
・・・良く出来ているが・・・クマと言うより、ケルベロスだな、これは。
きっとケルベロスに似ていると言ったら彼は怒るだろうけれど、そっくりだ。
などと変な所で感心している場合ではない。
不安そうにアドバイスを待つ桜矢さんに、直すべき点を教えてあげないと。
「クマと言うのは意外と耳が小さい物なんです。ですから、耳を小さくして、
もう少し上の方の位置につけてあげると、良いかもしれませんね」
「そっか!じゃあ、糸を解いて・・・」
「やりましょう」
「え、でも、指切っちゃったら大変だよ!此間、怪我したのに・・・」
「いえ、そんな、大した怪我じゃ・・・」
此間した怪我と言うのは、アレだろう。
木から落ちた李君を、私が受け止め下敷きになった時の事。
あの時は随分李君や桜矢さん達に心配を掛けてしまったから・・・
・・・私の所為なのだが。
それでもかなりのショックだったらしく、皆、いまだに私に対して過保護だ。
特に李君と桜矢さん。
何せ、怪我をする可能性がある物には絶対触らせてくれない。
お陰で調理実習も味付け担当だ。少し悲しい。
そうしている間にも、桜矢さんは私の手からぬいぐるみを取り、糸を解き始めている。
・・・まぁ、私がぬいぐるみを受け取った際、魔力は込めておいたし。
多分無事発動してくれるだろう。
ここまでシナリオが書き換えられては、また別の方法を考案せねばならない。
・・・それもまた、一興ではあるが・・・。
「・・・そう言えばエリオルさん、その袋、なに?」
「え?あぁ、コレですか」
耳の改善に専念していた桜矢さんが、不意に私に問い掛けて来る。
一瞬何の事だかわからなかったが、すぐに合点がいった。
私が先程から傍に置いていた、袋の事だろう。
綺麗に包まれているそれが気になったのか、桜矢さんが興味津々でそれを見つめている。
その純粋な様子に笑みを零しながら、そっと袋のリボンを解いて見せてあげた。
「え、解いちゃって良いの?」
「構いません、また結べば良いんですから。・・・ホラ、コレですよ」
「・・・わぁ・・・すごーい!」
中からそれを取り出すと、桜矢さんの眼がみるみる輝き、素直な歓声が零れた。
袋に入れていたのは、私が作ったテディベア。
ぬいぐるみなど久々に作った為、中々面白く、つい夢中で作ってしまったのだ。
普通ではつまらないからと、生地はモヘアで作ってみた。
リボンは李君を意識して、緑と黒のチェックにして。
なるほど、私も随分乙女ではないかと笑いながら、昨日完成したのだ。
フワフワした毛が魅力的に映るのか、桜矢さんはキラキラした眼差しでコレを見ている。
「宜しかったら、触ってみます?」
「えっ・・・い、いいの!?」
「勿論」
「わぁ・・・ふわふわだぁー♪」
彼に手渡すと、無邪気に喜び、感触を楽しんでいる。
その様子があまりに可愛く、男でも女でも彼は愛らしい人だと再確認してみた。
「すっごい、売り物みたい・・・何でこんなに上手に出来るのー?」
「裁縫、好きですから」
「うぅ・・・僕も頑張ろうっと!・・・エリオルさんは、誰かに渡すの?」
「・・・ナイショです」
「えー」
返されたぬいぐるみを再び梱包しながら、桜矢さんの質問をはぐらかす。
彼は随分不満な様子であったが、まぁ、許して欲しい。
貴方が考えるべきは、今、別の事なのだから。
それから暫く、桜矢さんのテディベア作りに協力し。
なんとかクマらしい形が完成し、彼の嬉しそうな声が青空に響いた。
「出来たーっ!」
「おめでとう御座います」
余程嬉しかったのか、また両手でそれを掲げ、ベンチから立ち上がる。
手も針で刺さなかったし、無事終わって良かった。
クルクル周り、嬉しさを振り撒いた後、満面の笑みで私に振り返る。
「ありがとう!エリオルさんのお陰だよ!」
「いいえ」
「そうだ!何かお礼しなきゃ!何が良い?」
桜矢さんの問いに、うーむと考える。
確か以前、この場面を経験した時は、私が桜矢さんの手の甲に口付けたんだった。
しかしそれは、私が男性で、桜矢さんが女性だったから出来た事。
今この状況でやるのはおかしいだろう。
となると、今度は何をしてみようか。
「僕に出来る事だったら、何でも言って!」
「そうですね・・・では」
桜矢さんの言葉に微笑みながら、そっと彼に近づく。
彼は一体何事かとキョトンとしているが、構わない。
彼の目の前に立ち、その両肩に軽く手を掛け、そのまま顔を近づけた。
「え・・・」
桜矢さんの健康的な色をした頬に、唇を寄せる。
そのまま控え目なキスを落とし、何事も無かったかの様に身体を離した。
「ほ、ほええぇ〜〜!!?」
「ふふっ、桜矢さんからぬいぐるみを頂ける方が、羨ましいです」
間を置いて、桜矢さんの顔が真っ赤に染まり、驚きの声が上がる。
それに軽く笑ってから、硬直する桜矢さんを置いて、その場を後にした。
桜矢さんの様子が気になってつい足を止めていたが、私が中庭を歩いていた目的は違う。
元々は・・・李君を探していたのだから。
「李君」
「!」
校舎裏の辺りで1人佇んでいた彼を見つけ、声を掛ける。
するとやたら驚いた様に肩を跳ねさせ、バッとコチラを振り向いてきた。
・・・その手には、紙袋が握られている。
なるほど、彼もぬいぐるみを作ったのか。
すぐに察し、けれどそれを見せないまま、彼に話しかけた。
「探しました」
「え・・・あ、お、俺に、何か用か・・・?」
「はい」
顔を赤くし、視線を逸らしてしまう彼に微笑み、近寄る。
一歩近づく度に彼の頬に刷られた朱が深みを増し、何とも純情で可愛らしい。
ふふっと笑いながら彼の目の前に立ち、私が持っていた袋を差し出す。
「・・・?」
「コレ、貴方に差し上げます」
「・・・俺に?」
反射的に受け取った袋を見て、李君が目を数度瞬かせる。
予想外だったのだろう、その表情は驚き以前に、状況を掴めぬと言った様子。
そして中身が気になったのか、私をチラリと見てから、開けて良いかと問うてきた。
私が頷くと、彼は丁寧にリボンを解いてくれる。
それから中身を見て、今度こそ酷く驚いた様子を見せた。
「こっ、これ・・・」
「私が作ったんです」
「え、ほ、本当に、俺にくれるのか・・・?」
「はい」
「・・・・・・」
ボッ。と、湯気が出そうなくらいに顔を赤くし、渡したぬいぐるみを見つめる。
彼にも、あの時の大道寺さんの話が聞こえていたのだろう。
そして私達が皆、両想いになりたい相手に、手作りのテディベアを渡しているのも。
「あ、あ、あのっ・・・その」
「ふふっ、名前はお好きにつけて下さい」
「え、あ、お、お前の名前じゃ、ないのか!?」
「え?」
「あっ・・・」
彼の思わぬ言葉に、今度は私が固まってしまう。
李君の方も自分が口にした言葉の意味に気付き、ハッと硬直してしまった。
お互い無言の、何とも言えない空気が流れる。
しかし私の方が先に調子を取り戻し、ニッコリ微笑みながら李君に答えた。
「私の名前をつけて頂けるなら、とても嬉しいです」
「っ・・・そ、そう、か」
「はい」
俯いてしまった李君に笑いながら、それでは。と、踵を返す。
取り合えず渡す目的は果たせた。
後は彼が、今後どう言ったリアクションを見せてくれるのか。
それが楽しみだと、鼻歌すら出てしまいそうな上機嫌だったのだが。
「ひ、柊沢」
「はい?」
「・・・コレ、お前に、やる」
「え・・・」
背後から李君に呼び止められ、振り向く。
・・・彼は、私に向けて、持っていた紙袋を差し出していた。
咄嗟に受け取りそうになった自分の腕を抑え、言葉で問う。
「あの、それは・・・」
「・・・俺の作った、テディベア・・・」
「おや、貴方も作っていたのですね」
「あ、ああ。・・・それで・・・お前に・・・」
予想通り、紙袋の中はぬいぐるみだったらしい。
しかし、それを私にくれると言うが・・・
まだ、受け取ってあげない。
「・・・お気持ちは、嬉しいのですが・・・」
「え・・・いらない、か?」
「そんな事は。でも・・・」
「・・・?」
「・・・私以外に、渡したい方がいらっしゃるのでは?」
「えっ!?」
控え目にそう問うと、李君は驚いた様に私を見つめる。
確か彼は、雪兎の持つ月の魔力に惹かれ、それを恋と勘違いしていた筈だ。
以前、それをどう言う形で自覚したのかはわからないのだが・・・
今の様子、私にそれを渡すのに、何処か躊躇いを覚えているのが見える。
前から私を気にしながらも、中々近づいてくれなかったのは。
多分、照れ臭いのもあったのだろうけれど・・・
きっと、雪兎が好きだった筈なのに、私が気になってしまい、混乱していたからだ。
だから。
「もし、それを渡したい相手が、本当に私だと、確信を持って下さったのなら・・・」
「・・・・・・」
「・・・喜んで、それを受け取らせて頂きます」
「・・・柊沢・・・」
答えに困る彼に微笑み、今度こそ彼の前から静かに去る。
何か言いたそうに、引き止めたそうに、手を伸ばし口を開いた彼だったが、
その後に続く言葉が出て来ないらしく、結局何も聞く事が無いまま、彼の姿が見えない場所に来てしまった。
ふふっ、本当に純情な少年だ。
あのまま、彼の想いが篭ったテディベアを受け取ってしまいたかったけれど。
雪兎に抱くそれが何なのか。
私に抱くそれが何なのか。
自分でちゃんと理解するまで、受け取ってあげません。
そして、早く自覚してくれると良いと思いながら、先程出来なかった鼻歌を歌い、教室へと足を進めた。
李君が想いを自覚し、私の元へテディベアを持って訪れてくれる事になるのは。
その出来事から、わずか数時間後の事。
END.
結局両想いかよチクショウ!な51話の一部性転換。
でも付き合うまでは行かない。じれったい。
多分エリオル君は売り物かと見紛うテディベアを作ったかと。
そして、さっさと好きな人が誰なのか自覚なさい!と発破。
きっと寂しかったんですよ、エリオル君も。