「私の方が好きだ!!」
柊沢宅、エリオルの自室に響き渡った声に
エリオルと小狼は2人同じ表情を浮かべて固まった。
事の発端は、エリオルが何処からともなく酒を入手した事からだ。
子供の姿である彼が何処でどうやってそれを手に入れたのかは不明であるが
何にせよ、1人で飲むのもつまらないと、クレフを誘ったのが切っ掛けである。
クレフ自身、酒に弱い訳ではないが好んで飲む性質でも無く、最初は渋る様子を見せたのだが・・・
その酒が、地球の、この島国・日本伝統の『日本酒』と言う事に興味をひかれたらしい。
この日は小狼もエリオルの家に泊まる予定だったので、3人仲良く、夕食後にエリオルの部屋にて
酒盛りを、小狼はジュース片手に始めたのである。
最初は順調に話も弾んだこの可愛らしい術師達の宴も、そろそろ夜の盛り上がりを見せた頃
エリオルが、ようやくクレフの様子がおかしい事に気づいたのだった。
どうやらセフィーロにある果実酒などとはまるで違う日本酒は、彼の身体に合わなかったらしく。
顔を真っ赤にし、眼を据わらせた彼は、どう見ても『酔っ払い』そのものだった。
慌てて杯を取り上げようとするも、クレフはそれを嫌がり、ギュっと酒瓶を抱いてしまった。
まぁ、酔っているとは言え、口調はまだまだしっかりしている。
あと一杯だけ!と言うので、それくらいなら良いだろうと軽く見たエリオルだったのだが・・・。
「全く・・・だからおよしなさいと・・・」
「うるさい!私は、お前達が通じ合わせている想いよりランティスの事を・・・!」
「はいはいわかりました、わかりましたよ」
「私の方が、想い人に対する気持ちが強いんだ!なのにアイツは全く気付きもせず・・・!」
「はいはい、ランティスさんも幸せ者ですねー」
結局ベロベロに泥酔し、今はエリオルに抱きつきながらランティスへの恋情を零している。
普段感情を押し殺している上、短気な性格が更に拍車を掛け、どうにも止まらぬ様子で。
酔った勢いに任せ、滑らかに回る舌は解放された感情を辺りに撒き散らし始める。
「アイツはまるで愛しているのは自分だけだ、とでも言いたげでっ!!」
「貴方が普段素直にならないからでしょう」
「私だって、私だって、素直になれる物ならなりたいんだ!!」
「あーはいはい、そうですねー」
「大体、愛してないなら恋仲になどなる物か!私はランティスよりも愛する気持ちが強いと・・・!」
泣き上戸怒り上戸惚気上戸、そこにほんのり抱き着き魔と愚痴魔もプラスだ。
何て性質の悪い。と思うが、それも偏に彼が普段溢れんばかりの感情を押し留めているからだろう。
それだけランティスへの想いが強いのだろうし、それをわかって貰えないのが辛いのもわかる。
そして伝えたくても、自身の性格が災いし素直になれず、口惜しい思いをしているのも。
だから、せめて。と、自分にしがみ付く小さい背をポンポンと叩いてやる。
まぁ、恐らく彼の感情が爆発した原因が先程自分と小狼の繰り広げた
『李君の事、大好きですよ?』
『俺の方が、好きだ』
の遣り取りであろう事から、ほんの少し罪悪感を感じて。
いや、だって、クレフにばかり構っていたら小狼が拗ねてしまったのだ。
だからちゃんと、好きなのは小狼だけだ。と、エリオルはただ告げようと思っただけなのだが。
「どうしたものでしょうねぇ・・・」
「知るか」
今だ真っ赤な顔でランティスへの愛を語るクレフの頭を撫でながら、エリオルが困り果てる。
もう1人の原因である小狼は我関せず、その上またクレフとくっついているから、機嫌も最悪だ。
にべも無く突き放し、フンとソッポを向いてしまった。
「ランティスの馬鹿者・・・」
「・・・お迎え、来て貰いましょうかねぇ・・・」
そろそろ呂律すら怪しくなって来たクレフを抱きながら、エリオルは指で魔法陣を描く。
そしてそこから現れた小鳥の様な精獣を、セフィーロに向けて飛ばした。
「全く・・・」
満月が照らすも、灯りの無い深夜の廊下は暗い。
この城内では、尚更だ。
そんな広い廊下を、ランティスはクレフを抱きながら進む。
エリオルからクレフを引き取りに来いとの連絡を受け、何事かと向かったら、この有様。
クレフは既に眠っており、珍しく泥酔したのだと知らされた時の衝撃と言ったら。
迷惑を掛けた。と、愛しい師の小さな身体を大切に抱え、戻って来たのだった。
赤い顔をして寝息を立てるクレフの顔は、何とも愛らしく。
思わず頬が綻んでしまうのを、ランティスは自覚していた。
本当に愛しい。
彼の為なら、自分は何でも出来る。
小さく軽い体を腕に抱き、そう思案を巡らせたその時。
「・・・らん、てぃす・・・」
まどろみから目覚めたクレフが、自分を抱いている人物を見とめ、名を零す。
「クレフ、起きたのか。・・・大丈夫か?」
「・・・ランティス・・・」
目を覚ましたクレフの顔を覗き込むと、クレフもじっと見詰めてくる。
だがその澄んだ空色の瞳は、何だかやたらと焦点が合っておらず。
その舌の足らなさから、まだ彼から酔いが抜けていなのだと、ランティスは確信した。
実を言うと、少々酔いは醒め気味であるのだが、酒の勢いに任せてしまいたかったのだ。
酒の力を借りなければ、クレフは彼に対して言葉をぶつけられない。
「私は・・・」
「?」
「私は、お前の事が好きだ・・・」
「・・・クレフ?」
唐突なクレフの言葉に、ランティスは眼を見開く。
だがすぐに、相手は酔っ払いだ。と思い直すと、喜ぶのも何だか虚しい気がした。
本心なのであろうが、どうせ朝目覚めたら忘れているのだろう。
そして、照れ屋な彼は、素面の状態では決してそんな事を言おうとしないのだろうし。
だから、取り合えずクレフに礼を呟き、その後に自分の言葉を添える。
「俺も、貴方が好きだ」
「・・・違う」
「は?」
穏やかに終わる予定だった会話は、クレフの予想外な否定に呆気なく引き伸ばされた。
しかも、何だか不穏な気配を感じる。
クレフの眼は苛立ちに満ちていて、何処か酔いが消えている様にも見えたが、ランティスは口を噤んだ。
それを催促と取ったのか、クレフは酒に慣らされた舌を動かし、先程エリオルに零した言葉を告げる。
「お前は私を好きだと言うが、私の方がお前を好きなんだ」
「クレフ?・・・意味がわからない」
「だから!お前の想いなぞより、私の想いの方が強いのだと!」
「・・・聞き捨てならないな」
クレフの投げ遣りな一言に、ランティスの眉が不機嫌に跳ね上がる。
今彼は何と言った。
お前の想い、なぞ?
それは聞き捨てならない。
大体自分は、クレフに師事していた頃から恋情を抱き、
セフィーロを出て他国を回っている間ですら、クレフへの想いは募るばかりだったと言うのに。
そして恋仲になり、常に彼の隣にいる今ですら、感情の制御が難しい程愛しさが溢れ出ていると言うのに。
それを、まるで自分の想いが何とも陳腐な物だと言われた様で、ランティスは不快そうに眼を細めた。
ランティスの苛立ちに気付いたのか、クレフは一瞬ハッとした様子で彼を見たが、それでも撤回はしなかった。
それがまた、自分の想いを否定したのが事実だとでも言いたげで、ランティスの心を逆撫でする。
「・・・貴方は、俺がどれだけ貴方を想っているか・・・知っているとでも?」
クレフは鈍い。
自分のランティスに対する想いに気付くのにも、相当な時間を要していた。
大きな差がある。とは断言しないが、それでも。
遥か昔から彼を慕い続けてきた自分の想いが劣るなど絶対に在り得ない。
クレフから想いを聞けたのは喜ばしい事だが、そこだけは譲る事が出来ず、また聞き流す事も出来なかった。
だからこそ、意地の悪い問い掛けで、遠回しにクレフを責めたのだが。
そのランティスの言葉が更に頭に来たらしく、クレフは破れかぶれになって最後の一言を口にしてしまった。
「お前の想いなど、程度が知れている!!」
静かな深夜の廊下に、クレフの声が響いた。
幸いこの通りに部屋はなく、導師の叫びに飛び起きた者はいなかったのだが・・・
一番その言葉を聞かせてはならない相手が目の前にいるのだから、意味のない事だった。
ランティスの無言が、かえって恐ろしい。
早くもクレフが、少々の罪悪感と後悔に眼を泳がせた頃、ランティスの気配が変わった事に気づいた。
「っ・・・ラ、ランティス・・・?」
怖い。
ビリビリと肌を刺し貫く様な怒気が、クレフを襲った。
怯み上がる程のそれは、紛れも無く、今自分を抱えるランティスから発せられる物で。
クレフはその時、本当に言ってはならぬ一言だったのだと、今更悟った。
撤回しようとするも、あれだけ回っていた舌は動かず、ただ冷や汗だけが全身を伝う。
酷く長い様に感じられた恐ろしい沈黙は、ランティスの低い声で破られた。
「・・・貴方は、何1つわかっていない様だ」
「え・・・あ・・・いや・・・」
冷たい声からは、怒りの感情しか読み取る事が出来ず、クレフの体がフルリと震える。
元より醒め気味だった酔いなど、とっくに醒めた。アルコール分は冷や汗と共に全て出てしまった。
赤かった顔は今や真っ青で、可哀想なくらい血の気が無い。
それ程までに、ランティスの本気の怒りは、恐ろしかった。
兎に角何か言おうとするクレフに構わず、ランティスは歩調を速め、暗い廊下を進む。
そして、あっという間にクレフの寝室の前まで来ると、とどめの一言を彼に送った。
「今夜は嫌と言う程わからせてやる。・・・貴方の身体に、直接な」
それから数ヵ月後、エリオルから日本酒が届けられたが、クレフは全て捨てたらしい。
END.
クレフはいつも照れ屋で言葉に出来ない分、爆発した時大変そう。
それが素面の状態だったら良いのですが、酒が入ると余計惨事に。
そしてランティスさんの逆鱗に触れて朝まで犯されれば良い。(ケツが惨事だ!)
しかし酔っ払ったクレフさんが面白かったので(自分に関わらなければ)、エリオル君から差し入れ。
勿論全て投げ捨てました。また朝まで犯されてケツが裂けに裂けまくるのは嫌でした。