「おはよ!小狼」


清々しい朝日を受けながら、寝惚け眼の小狼にまず挨拶。

小狼は歯ブラシを口に入れたまま振り向くと、私に向かって簡潔に返してきた。


「・・・おはよう」
「もー、何でそんなにダルそうなのよぉ」
「理由くらい想像つくだろ」
「どーせ昨日柊沢君のトコに泊まれなかったからでしょ!」


意地の悪い返しにベーッと舌を出すと、小狼は否定も肯定もせず歯磨きを再開。

・・・何よ何よぉ、こーんな清々しい朝なのに!

やる気のない動機が不純よ!不純過ぎるわ!!



・・・柊沢君の家に一日泊まれなかったくらいで、どうして不機嫌になるのよ。



ほぼ毎日泊まってる癖に!一日くらい良いじゃない!!

たまーに家にいると思ったら、柊沢君が泊まりに来るか、今回みたいに珍しく・・・

・・・て言うか、泊まれなかっただけで、学校ではいつも通りベッタリだったのに。

授業中も休み時間も登下校もベーッタリだったのにぃ!

何処に不満があるんだか。もー、バカップルの事は良くわかんないわ。


・・・それだけ愛されてる柊沢君が、正直羨ましくもあるけど。


でもそれと同時に、小狼がどれだけ柊沢君の事が好きかも知ってるから。

今更わがままなんて、言えないわ。

割り切るにはまだまだ時間が掛かるけど・・・柊沢君を探してた時の小狼を見てきたから。

応援する以外に、道なんてなくなっちゃったのよ。



「もー・・・」



面倒そうに歯磨きを続ける小狼を放置して、小物を取りに部屋に戻る。


んー、此間木之本さんが欲しがってた髪飾り、今日あげる約束だったのよね。


小狼の準備が整う前に取り出しておこうと、小物入れの中をゴソゴソ探る。


「・・・あったあった。・・・ん?」


お目当ての髪飾りを見つけ、蓋を閉めようとしたその時。


隅っこの方に、物凄く懐かしい”宝物”を見つけてしまった。


「・・・懐かしいなぁ」


隅っこに潜むそれを、懐かしさに笑みを零しながらつまんで見る。

指先にチョコンと挟まれてるそれは、小さな人形ストラップ。



・・・小狼の、人形。



コレを作ったのは、他でもない私で。

確か、小学校の頃だったかしら。まだ、小狼も私も香港にいた頃よ。

慣れないお裁縫。眼はビーズにしようとか。髪の毛に合う細い毛糸を探したりとか。

何度も針で指を刺して、絆創膏だらけにしながら、必死に作った人形。

小狼とずっと一緒にいたくて、ずーっと、肌身離さず持っていたの。

我ながら良く出来たと思っていた人形は、今見てもやっぱり良く出来てて。


本当に昔から、小狼が好きだったんだと、今更ながらに実感してしまう。


思わず頬擦りする。

小さい頃は、こうして人形にする様に、本物の小狼とずっと一緒にいられると思っていた。

結局小狼の隣の位置は、簡単に頬擦り出来る様な位置は・・・柊沢君の物になっちゃったけど。


そう思うと、何だか私がずっとコレを持ってるのも、変な気がした。


想い出を大切にするのは良い事だけど、覚えていて辛くなる想い出だってある。


「・・・・・・」


その”宝物”を見つめたまま、小狼の呼ぶ声が聞こえるまで、その場から動かなかった。









「おはよう!小狼君、苺鈴ちゃん!」
「おはよう御座います」


時間を迎えて外に出ると、そこには朝日も霞む眩い笑顔が2つ。

木之本さんと、柊沢君。

今日は大道寺さんがお家の都合でお休みだって言ってたのよね。

だから珍しく、4人での登校。


「おはよう!2人とも!」
「おはよう」


その2人の笑顔に元気付けられる様に、私も声を張り上げて挨拶。

すぐに木之本さんの隣に並んで、髪飾りの話を切り出す。

喜ぶ木之本さんに顔を綻ばせながらも、チラッと後ろに並んだ2人を横目で見てみたり。


「おはよう、柊沢」
「おはよう御座います、李君」


あーーーもう!!何も見てない!!何も見てないわ!!!

大体ね、天下の往来で、こーんな清々しい朝の内から、何してんのよ!!

そりゃあアンタ等がつける薬もないくらいのバカップルだって事はわかってるわよ。


でもでもでも、どーしてそんな堂々とキスなんて出来る訳ぇ!!?


朝から砂糖5キロくらい吐き出したい気分だわ。

なんて、見てしまった事を後悔しつつ、やっぱり気になってしまう。

幸いすぐに口は離したみたいだけど・・・あの距離の近さ、ハンパじゃないわ。

昨日一晩過ごせなかったのがそんなに寂しい訳!?じゃあ私は何なのよ!!


ほぼ毎日、大道寺さんの家に泊まるか、木之本さんの家に泊まるか。


それが出来ない時は、1人きりで、誰もいない部屋にいるのに。


少し沈んだ気持ちを無理矢理上げようと、木之本さんと話そうと彼女に視線を移す。


すると木之本さんは、何故か小狼に声を掛けていた。


「ねぇ小狼君」
「何だ?」


あのバカップルに良く割って入れるわね!

キスし終わってたから良い物の、真っ最中だったら即座に木之本さんの眼を塞がなきゃならないわ。

でもほんわりポヤヤンな彼女はニッコリマイペースに小狼と話を進める。


「此間貸して貰った本なんだけどね」
「ああ、アレか」
「あの内容で質問なんだけど・・・」


木之本さんの話題はどうやら小狼にしかわからないらしく、自然と小狼が前に来る。

それと入れ替わるように私は後ろに下がって、気付けば柊沢君と隣同士。



・・・ものすごーーーく、気まずいわ。



それはどうやら柊沢君も同じの様で、困った様な微笑を浮かべて私を見ていた。

・・・柊沢君には、私と小狼が元許婚だったなんて、言ってない。

きっと小狼も言ってないだろうし、今更言おうとも思わない。言ってもしょうがないもの。

でも柊沢君は勘が良いから、きっと気付いてるんだろうと思う。


だからこそ、こうして申し訳無さそうに私を見るんだろうけど・・・


・・・いやね。

そんな申し訳なさそうな顔しないでよ。



コレでも私、アンタ達の事応援してるんだからね。



「・・・ねぇ、柊沢君」
「はい?」


私が声を掛けると、柊沢君は優しい声で返してくれる。

本当誰にでも優しいわ。

多分”私が世界で一番小狼の事が好き!”って泣きついても、優しく慰めてくれるの。

そんな事絶対しないし、しようとも思わないけど、彼はそれくらい優しい。

それに私だってわかってるわ。

小狼を一番好きなのは私かも知れないけど、小狼を一番愛してるのは・・・。


「・・・あのね」
「はい」
「・・・・・・コレ、あげるわ」
「え?」


制服のポケットに入れていた”宝物”を、ついと柊沢君に渡す。



・・・お別れよ、小狼のお人形。私の大切な宝物。



私より、もっと小狼を愛してる。小狼に愛されてる。その人の元へ行っておいで。



「・・・コレは」
「私の宝物よ。・・・小狼のいとことして、いとこの恋人へ何も挨拶が無いのは気が引けるわ」
「・・・・・・苺鈴さん」



私は貴方の事、認めてるのよ。

悔しくて悔しくて仕方ないけど、それでも、小狼が一番好きで、一番愛してるのは、貴方だから。

好きな人の好きな人を認められない程、私だってもう子供じゃない。

それに気付いてしまうくらいには、私も成長してしまった。


「・・・ありがとう御座います。大切にしますね」
「うん、可愛がってあげて」
「では私も、苺鈴さんにお礼も兼ねて、ご挨拶させて頂かなくては」


柊沢君がニコリと笑って、私に言う。


こうやって彼が真っ直ぐに笑ってくれるのは、初めてな気がした。


「そーねぇ・・・どうしようかな」
「お買い物にでも、お付き合い致しましょうか?今度のお休みにでも」
「それ良いわね!たーっぷり荷物持ちしてもらっちゃおうかしら」
「何なりと。・・・ふふっ」


柊沢君が楽しそうに笑う。

それにつられて、私も噴出すように笑ってしまった。

いつも小狼にしか向けないような眩しい笑顔が私に向けられて。

・・・何だか、私も、彼に認めてもらった様な気がした。

私も貴方と同じ様に、小狼が好きでいるんだって事を、認めてもらった気がしたの。



暫くお互いの顔を見詰め合って笑いを零していたら、不意に突き刺さるような視線。



柊沢君と2人でハッと顔を上げると、小狼が不機嫌そうな顔つきでコッチを睨んでいた。



・・・はぁ、もう、ホントーにヤキモチ焼きよね!

ホラ御覧なさいよ!隣の木之本さんが、キョトンとしてるわよ!


「何話してたんだ」
「え?いえね、今度のお休みに、苺鈴さんとデートする事になったんですよ」
「はぁ!?」
「ね?苺鈴さん」


怒る小狼に、柊沢君は私に向けて悪戯っぽく笑ってきた。

何だか昔からの友達みたいで、私もまた笑ってしまう。


「そーよ、1日私が柊沢君の事独占するんだから、小狼はお留守番よ!」
「そうはさせるか。柊沢、俺も行くからな」
「おや、私は苺鈴さんと2人で出かけるつもりだったのですが?」
「お前なぁ・・・!」


何やら痴話喧嘩を始めた2人を無視して、置き去りにされていた木之本さんの隣に戻る。


「ほぇ・・・どうしたんだろう・・・」
「気にしなくて良いのよ、あんなバカップル。さ、行きましょ!」


木之本さんの手を取って、小走りで先を急ぐ。

学校に遅れちゃうもの。バカップルは揃って遅刻でもすれば良いわ。


歩道を走りながらも、一瞬だけチラリと振り返る。


2人はもう、大分遠い所にいた。



きっといつか、このくらい遠く、あの2人との距離が出来てしまうんだろう。



そう遠くない未来を思い描いた時、少しだけ胸に走った痛みは、走っている所為よ。






ねぇ、柊沢君。私と出会ったのが、高校に入ってからで良かったわね。


小学生の時だったら、きっと私、挨拶代わりに、宝物じゃなくて手袋を投げ付けていたわ。


なんて。


もう2度と在り得ないようなその場面を想像しながら、微かに聞こえるバカップルの声を振り切った。





























END.

苺鈴ちゃんからの挨拶代わり=人形
李君からの挨拶代わり=朝チュー
この違い!(バカップルお題だから!)
シャオエリに対して突っ込めるのは彼女だけ。
2人がくっついて、一番傷ついてるのも、彼女。
彼女を一番愛してくれる人が早く見つかれば良い!