柔らかい、暖かい、心地良い。


ふとした時に重ねられる唇は、心がとろけそうな程甘美で。


永遠に続いて欲しいとさえ思うのに、その時は一瞬で終わる。


名残惜しげにする様子を見せるのが何だか悔しくて口に出す事などしないが。


それでも本当は、自ら強請りたくなるくらいで。



己の性格が邪魔をし、今まで一度と口にする事が出来なかったが・・・





私は、ランティスに口付けられるのが、何より好きらしい。













「なら自分からしたら良いのでは?」


香りの良い茶を優雅に啜りながら、エリオルは何て事なさげに言葉を寄越す。

それはそれは眩いばかりの笑顔と共に。

この非常に愛らしい笑顔は、人をからかう時の物だと、長い付き合いで熟知している。


「・・・お前、私の話を聞いていたのか」
「勿論、一字一句聞き漏らす事無く」


エリオルに淹れて貰った、丁度良い具合の茶で喉を潤しながら、その愛らしい顔をねめつける。

ああ、知っているとも。お前は人の話は必ず最後まできちんと聞くタイプだ。

そして全て話を聞き、話し手の真意を確実に汲み取って、意地悪くおちょくるのだと言うのも。


・・・そんな相手に毎度毎度相談している自分も自分だが。


けれど恋愛面で心置きなく相談出来る相手など、コイツ1人しか思い当たらない。

交流関係が狭いとかではないのだが・・・それでも、だ。不服ながら。


「ランティスさんとキスするのが好きで、毎日何度もしたいと思っているのに
 照れ屋さんな性格の貴方から”キスして”なんて恥ずかしい事口が裂けても言えない!
 ・・・と、日々悶々と悩んでいらっしゃるのでしょう?」
「概ね合ってはいるが、何だ、この心に逐一引っ掛かる脚色は・・・」


大体、毎日なんて言ってない。

・・・いや、まぁ、それは、毎日されたら嬉しいけれど・・・

違う。違う。今はそこじゃない。エリオルの奴に流されるな。


「だから、口に出せないなら無言でしちゃえば良いじゃないですか」
「それが出来たらお前に相談なぞするか!!」
「ランティスさんの顔見て、眼を瞑って、唇を差し出して・・・」
「聞いているのかエリオル!!」


無理だと言うのに!!

本当に人の話を聞いてる癖に聞いてない奴だな!!

大体、どんな状況でどんな面してそんな行動に出れば良いんだ!!


「私はいつもそうですよ。口で言ったりもしますけど」
「はっ?」


エリオルの言葉に思わず素っ頓狂な声を上げたと同時。

リビングの扉が開き、エリオルの恋人、小狼が姿を見せた。

どうやら何か買い物に出ていたらしく、白い袋を手に提げている。


「お帰りなさい李君」
「ただいま・・・」
「あ・・・お、お帰り、シャオラン」
「・・・・・・ああ」


私が声を掛けると、あからさまに嫌そうに眉を顰め、投げ遣りに返して来た。

その不機嫌そうな眼には、”何でお前がいるんだ”、と言う言葉がありありと浮かび上がっている。

・・・そんなに私が嫌いか。嫌われるような事はしていないのだが・・・多分。


どうしたものか。と、今更ながら思案していると、エリオルが突然小狼に向けて両腕を伸ばした。



「李君♪」



そして、何だその声は!と突っ込みたくなるくらい甘えた声を出し、小首を傾げる。

容貌と相俟って随分可愛らしいのだが、コイツを良く知る私としては鳥肌物だ。

お前、自分の年齢をわかっているか。それはやってはならない動作だろう。


思わず少し距離を取るが、小狼の方は別に何とも思わなかったらしい。


それ所か、袋を置いて近寄って来たと思ったら、スルリとエリオルの腕へ身体を滑り込ませ



「ん・・・」
「・・・ん」



一瞬の躊躇いも無く、無言で、流れる様にエリオルへと優しく口付けた。



あまりに自然過ぎて、状況を把握するまでに大分時間を要してしまった。

だって、だって、お前等・・・!


私が口をパクパクしながら声にならない声で問い掛けると、エリオルはニコリと笑い



「・・・さぁ、学習したら実践あるのみ」



もう何度聞いたかわからない台詞を寄越し、私の唇をツンと突付いた。











「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


エリオルだったら、こう言う時に自然な動作で眼を閉じるのだろうな。


・・・と、ランティスと無言で向き合いながら、現実逃避の様に思う。


私がセフィーロに戻ってから今まで、ずっと会話の無い状況では、そうもなる。


「・・・クレフ」
「なっ!な、なな、なんだっ!?」
「・・・何かあったのか?」
「べ、別に、何も無い、が・・・っ?」


沈黙を先に破ったのは、ランティス。

心配そうな声色で問われ、思わず声が上擦ってしまった。

・・・すまない。と、咳払いなどしながら謝罪しても、訝しげな視線は外れない。

心配を掛けてしまったのは申し訳ないが、そこからまた会話もなくなってしまった。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


このまま。

私が両腕を伸ばしたら、ランティスはどうするだろう。

きっと抱っこを強請っていると思い、私を抱き上げてくれるのだろうな。

・・・通じない、確実に。


このまま。

私が両の瞳を閉じたら、ランティスはどうするだろう。

・・・多分、私の行動が理解出来ず、固まるだろうな。

眠いのか?なんて問われるのがオチだ。


「・・・はぁ・・・」
「・・・・・・」


思わず溜息が出る。

無理だ無理だ。いくら学習しても出来ない事が世の中にはあるのだ。

と言うかエリオルの場合が特殊なんだ。他の者が真似出来る事でもあるまい。


言葉にするのは無理だ。

けれど、言葉にすら出来ぬ事を、無言で悟れなどと・・・無茶にも程がある。


諦めよう。

ランティスがしたい時にしてくれるのを待とう。それが良い。



コレ以上黙り込んでいてはランティスに余計な心配を掛けるばかりだ。

今度エリオルに、もっと初心者に優しい方法はないか聞くだけ聞こうと決めて、俯かせていた顔を上げる。




ランティスの顔が、目の前にあった。




「っ・・・!?」




そして間を置かず感じる、柔らかい感触。


先程諦めたばかりの、大好きな感触。


「んっ・・・ぅ・・・っ」


優しく押し付けられていた唇が、更に深く溶け合う。

熱い舌に、口を開けるよう催促する様に舐められ、思わず少し唇を緩めてしまった。

途端。ランティスの舌先がズルリと咥内に侵入して来て、ビクリと両肩を跳ねさせる。


「ふっ・・・ん、や・・・っ」


背筋に震えが走り、ランティスの服を必死に握り締めると、不意に唇が離れた。

舌先同士が離れる音が耳に届き、焼け付く様な羞恥に身悶えたくなる。

それと同時に、好きな感触がアッサリ離れてしまった事に、言い様の無い寂しさが押し寄せてきた。


「ラ・・・ンティス・・・」
「・・・貴方の心がわからない程、俺ももう子供ではない」
「!?」


珍しく意地の悪い笑みを浮かべたランティスに、顔から火が噴き出る。

いや、勿論比喩だが、それ程の熱が一瞬にして両頬を包み込んだ。


・・・と言う事は、ずっとバレていたのか。

ああ、誰か今すぐ私を殺してくれ。羞恥に殺されるよりマシだ。


私が両手で顔を覆い、言葉にならぬ呻きを上げていると、ランティスが頭を撫でてくる。


その優しい手の感触にチラリと指間から顔を見遣ると、ランティスは随分優しげに笑っていて。





「言葉にしろとは言わないが・・・たまには、貴方から強請ってくれると嬉しいな」





そう言うと、私の額に口付けを落とし、そのまま踵を返して部屋を後にしてしまった。



残された私は、ヘナヘナと脱力し、目の前のテーブルに突っ伏す。



嗚呼全く、恥ずかしい!

でも、早くもあの唇の感触を欲している自分の方が、もっと恥ずかしい。

そして、恐らくそれすら悟られているであろうこの状況が、一番恥ずかしい。



なら、またアイツに見透かされて口付けを贈られるより




「・・・エリオルの動作は・・・どんなだったか・・・」




甘えた声で名を呼び、両腕を伸ばし、小首を傾げて眼を瞑ってやろう。


言葉にしなくても良いと言ったのはアイツであるし、コレ以上見透かされてなる物か。




そう一瞬決意を固めたが、そこまでしてランティスから口付けて欲しいのか。


と、自分の心を改めて再確認したら、やっぱり恥ずかしくて、立ち上がれなかった。

































END.

照れ屋なクレフとちょっと意地悪ランティスさん。
そしてかなり意地悪なエリオル君。(この人はどうしようもない)
でもクレフは人の温もりを感じるのが好きそうですし、キスも好きかと。
エリオル君は常に李君とチュッチュしてます。こっちのがバカップル!
何にせよ、今夜辺りランティスさんがいつもより多めにチューチューしてくれる予感。