ランティスが、私の耳にそっと口付ける。
その瞬間、私の両頬には、さぁっと濃い朱が刷られるのだ。
同時にビクリと肩を震わせ、少し恐怖を映した眼を見られぬ様、ギュッと瞑る。
だって、ランティスが私の耳に口付ける時は
私に、情欲を抱いている証だから。
私とて、ランティスとその行為をするのは、嫌ではない。
最初の内は大分戸惑ったが、それでもアイツは気を遣ってくれるし。
身体に触れてくる暖かい手は・・・とても気持ちが良い。
肌と肌が触れ合うのも、心が溶かされるくらいの幸福感に満ちて。
合図として口付けられた耳に零される愛情の囁きは、涙が出そうなくらい甘い。
でも。
それでも、私がその行為を恐れるのは。
「やっ・・・やだ、ランティス、もう少し、待っ・・・」
「・・・力を抜け、また裂けるぞ」
「いっ・・・い、たっ・・・」
最後。
アイツ自身が私の中に入ってくる時。
何と言うか、その。
非常に・・・痛いのだ。
時間が経てば段々と痛みも薄れ、身悶える様なそれに変わるのだが。
それだって、先まで感じていた甘美な気配は一気に消え去り。
唯一身体を巡るのは焼け付くような痛み。しかも毎回出血する。
まぁ、身長も体格もかなりの差がある為仕方ないと言えば仕方ない。
けれど・・・やっぱり、痛いし怖い。
痛みに慣れて快楽が生じてくるまでも大分長い時間が掛かる。
でも、ランティスだってそれまでじっとしている訳にはいかないだろうし。
いくら治癒魔法で治せるからと言ったって・・・
・・・毎度ソコに魔法を掛ける気分は泣きたくなるくらい切ない。
・・・それでも、やっぱりランティスにされるのは好きだから。
「ひっ・・・ぃ、たっ・・・痛いっ、ランティス!痛いぃっ!」
・・・この痛みだけ、何とかなってくれないものかと、切に思う。
「と、言う訳で、どうにかならないか」
「・・・・・・このタイミングで来たのは偶然ですかそれとも嫌がらせですか」
色恋沙汰に関しての唯一無二の相談相手、エリオル。
・・・だが、コイツはコイツで情事を済ませた後だったらしく、非常に気だるそうだ。
ベッドのシーツから覗いているのは上体だけだが、恐らく下も身に着けていないだろう。
うつ伏せになっている為、汗ばんだ白い肩や背中が良く見える。
・・・そこにいくつもの赤い痕が散らされていて、思わず眼を逸らしてしまった。
「・・・偶然だ」
「でしょうねぇ・・・貴方、タイミング悪いですものね」
そして、私がコイツの元へ突発的に訪れると、こう言う場面に遭遇する比率が高い。
酷い時など情事の真っ最中だったりもする。その場合は固まる。
そっとエリオルの隣を見てみると、心地良さそうに寝息を立てる小狼が目に入った。
コッチは非常に安らかな眠りについている。まぁ、ランティスもいつもそうだ。
「んー・・・それで?痛いのをどうにかしたいんですか?」
「ああ・・・その、毎回出血するし、痛いし・・・」
「まぁ、アレだけの体格差があれば・・・身長だって80p違うんですから」
「それはそうだが・・・」
私が俯くと、エリオルは”仕方ないですね”とでも言いたげに笑い、よっと身体を起こす。
寝返りを打ってから起きた為か、今度は身体の前が良く見える。
・・・首や胸元や腹まで、見事に花弁の様な痕が付けられていて、やっぱり眼を逸らした。
「はい、どうぞ」
シャワーを浴び終えたエリオルが渡してきたのは、小さな瓶。
中に入っているのは・・・丸薬だろうか。小さな粒が数錠。
よもや毒の類ではあるまいな。とエリオルを見ると、アイツは悪戯っぽく笑う。
「まぁ、一種の麻酔薬みたいな物です」
「麻酔・・・」
「ええ。効果は長くても3時間くらいですかね。痛みを無くすのに丁度良いかと」
「・・・それは、そうなんだが・・・」
チラリと、手にある瓶を見つめる。
痛みがなくなるのは、ありがたいが・・・
麻酔・・・即ち、感覚を無くす為の薬なのだろう。
・・・それなら、アイツに触れられる時の心地好さは・・・。
私の不安を読み取ったのか、エリオルは私の頭を撫でながら、機嫌良さそうに続けた。
「痛いのが、無くなるだけですよ」
「・・・そう、なのか?」
「ええ、ご心配なさらずに」
「そ、うか」
あからさまにほっとした様子の私がおかしかったのか、エリオルの肩が揺れている。
お前後で覚えておけよ。効果が出なかったら恨むからな。
全く。と言いつつそれを手離さない私を見つめてから、エリオルが薬について説明を始めた。
「一回一錠ですよ。間違えて二錠とか飲まないように。大変な事になりますからね」
「た、大変な事・・・?」
「ええ、私は一度それをやって、大変な事になりました」
「・・・ど、どうなったんだ」
「ナイショです♪」
殴りたい。人が真剣に聞いているのに!
飲まなければ良いだけなのだろうが、そう言われると逆に気になる。
だがコイツに何を言っても無駄だろう。そう言う奴だ。熟知している。
それでも何だか腹が立ち、拳を握り締める私を無視して、エリオルは非常に軽い調子で付け加えた。
「ああそれと、その薬、副作用がありますからご注意を」
・・・・・・
「そんな重要な事を軽やかに言うな!!!」
「別に重大な事態になる訳ではありませんから」
「だからと言ってあたかも忘れていた様に言う奴があるか!!!」
コイツは本当に・・・!!!
と言うか、副作用って何だ!一体何が起こるんだ!!
「まぁ、どんな副作用かは、試してみてのお楽しみです♪」
一発殴る。
良い笑顔で人の悩みを弄ぶ旧友に杖を振り翳したが、残念ながら交わされた。
自室に篭り、小瓶と睨めっこする事数十分。
・・・まぁ、幾ら不安とは言え、これはエリオルがくれた物だ。
それにアイツもどうやら服用した事があるらしいし、危険な物なら寄越さんだろう。
副作用とやらも気になるが・・・ああ、もう、百聞は一見にしかず。案ずるより産むが易し。
試してみれば良い。幸い薬は数錠ある。一錠飲んでも平気だろう。
そう決意を固め、薬を一粒口に放り込む。
小さい為か労せず飲み込めたが、どのくらいで効果が現れるのかもわからない。
この辺りもちゃんと聞いておけば良かった。と思うが、今は副作用が気になる。
一体どんな症状が現れるのか。発疹とか出るのはやめて欲しい。ランティスが驚くから。
まぁ薬など、早々効果が現れる物でもなかろう。
と、少しの間その辺の書物等に眼を通し、時間を潰す。
そんな事をして、15分程だろうか。
「・・・?」
やたらと鼓動が早くなって来た。
それに気付くと同時に、身体の芯が熱を持ち始める。
突然の身体の変化に慌て、思わず持っていた本を放り、床にしゃがみ込む。
「な、な、な、なんだっ!?」
鼓動が早くなるにつれ、自然と呼吸も荒くなる。
背筋にゾクゾクとした何かが走り、思わず上擦った声が上がりそうになった。
ヒクヒクと小刻みに痙攣し出した己の身体を両腕で抱き、必死に堪える。
「エ、リオルっ・・・!何だ、このっ、薬は!!」
今は遠く離れた世界にいる旧友に愚痴るが、勿論届かない。
今頃きっと笑ってるんだろう、私がこの状況に陥ってると予想して。
やはり一発殴っておくべきだった。避けられてももう一発いくべきだった。
ここまでくれば、アイツが言っていた副作用が何なのかわかる。
アイツ何て物作ってるんだ。何が麻酔薬だあの阿呆!
そりゃあ、二錠も飲んだら大変な事になるだろうよ。枯れ果てる。よく無事だったなお前!
大体、1人で飲んだ時にこんな状態になってしまって、一体どうしろと!!
熱を持ち、愛しい相手を欲する身体を掻き抱きながら、ブルブルと震える。
衣服の布が擦れるだけで変な声が上がりそうになり、思わず唇を噛み締めた。
1人で慰めると言ったって、やり方が良くわからない。
長い己の時間の中、そう言った行為をしたと言う記憶が生憎呼び起こされない。
かと言って、このまま放置して置くには辛過ぎる。それには快楽を知り過ぎた。
エリオルだって、効果は長くて3時間と言っていた。ならば最悪それだけ我慢しなくてはならない。
どんな拷問だ!と、身体を駆け回る情欲の灯火に涙を零しながら、ベタリと横たわる。
その瞬間、部屋のドアがノックも無しに開けられた。
「クレフ、何か物音が・・・・・・ッ、クレフ!!?」
「ら・・・んてぃす・・・っ」
「どうした!!何があった!!」
部屋に入って来たのは、ランティス。
今私が心身共に欲している相手を視界に入れ、より一層芯が疼く。
「クレフッ!苦しいのか!?また無理をしたな!」
「ち、がっ・・・ちが、うっ・・・」
「何が違う!」
地べたに横たわり、息を荒げる私を苦しんでいると勘違いしたのか。
涙を零し、顔を赤らめる私を患っていると勘違いしたのか。
ランティスが慌てた様子で、しかし表情に怒りを滲ませながら、私を抱き起こす。
途端、触れられた箇所から痺れるような感覚が走り、噛み締めた唇から変な声が漏れた。
「クレフどうした、痛いのか!?」
「違う・・・と、言って・・・」
「ならどうした!何があったんだ!」
混乱しているらしいランティスは、言葉での答えを急いて来る。
だが、今私は、口を開くと変な声しか出ないのだ。
そう。お前と情事に溺れている時の様なみっともない声しか。
それでもランティスは、真剣な眼差しで私を射貫いてくる。
それがまた、どうしようもなく昂ぶった身体には刺激が強過ぎて。
ピリピリ甘く痺れる指先でランティスの襟元を引っ掴み。
「・・・っ」
ランティスの耳に、必死の思いで口付けてやった。
息を荒くしながら顔を離すと、案の定キョトンとしたランティスの貌。
だがすぐに意味を理解したのか、額に手を当て、何やら堪える様に固まってしまった。
そしてチラリと、机の上にあった瓶を見止め、ある程度合点がいったらしい奴は、溜息を1つ。
「・・・エリオルだな」
「っ・・・いい、からっ・・・はやく!」
「・・・・・・今回誘ったのは貴方だ。覚悟はしておけよ」
そろそろ限界の近づいていた私は、ランティスの言葉の意味など解せぬまま何度も頷く。
そしてそのまま部屋の床に組み敷かれた辺りから、完全に理性が吹っ飛んだ。
「うぅ・・・っ」
痛くはなかった。痛くはなかった。
けれど・・・大切な何かを失った気がする。
結局裂けたし。薬が切れてからは、その裂けた部分だけ少し痛かったし。
いや、それよりも、頭と心が痛い。今すぐ止めを刺して欲しいくらいに。
随分長い時間愛し合った後、よくよく薬を調べてみれば、案の定催淫薬。
それにアイツが麻酔効果のある素材を調合したらしい。
本当、こんな物二錠も飲んだアイツは良く無事だったな。
でも騙された。何が副作用だ。おもいっきりコッチのがメインじゃないか。
強大な魔力と実力を備え持つエリオルの作った薬は、それはもう効果覿面で。
ああ、もう思い出したくない。でも忘れられないくらい、あられもない声を上げてしまった。
それだけならまだしも、自分は何を口走った。娼婦の様な淫らな言葉を零した気がする。
こんな物を調合するくらいなら、どうしてそこに記憶を消す作用をつけてくれなかったのか。
いくら理性が飛んでも記憶くらいなら残る。それも自分にとって不利な所ばかり。
頭痛がする。誰か私の頭をカチ割ってくれ!
思わず長い長い溜息を零すと、私を後ろから抱く様にして座っていたランティスがもそりと動く。
そして、私が振り向く前に、ランティスの唇が、私の耳にそっと落ちた。
・・・もう一度エリオルの薬を使おうか、この時少し迷ったのは、秘密だ。
END.
エリオル君十八番の『親切に見せかけた嫌がらせ』。(さすが!)
耳へのキスは狂気の沙汰に分類されるのでしょうか。
しかし198pと120p・・・鍛え抜かれたガタイの良い大人と運動無縁の華奢な子供。
どう考えても正常位だと入らない。いや入るけど、クレフの顔がランティスの胸元に来る。
やはり騎乗位か。と真剣に考え込んだ真夏の職場。(給料泥棒!)
ちなみにエリオル君が二錠も飲んだのは、李君に飲まされたからです。
李君はサディストです。