「でもエリオル君が帰って来てくれるなんて思わなかったよぉ」
「本当ですわ、何のご連絡も無しにイギリスへ帰られてしまいましたもの」
「すみません、失礼な事をしてしまいましたね」


高校の入学式を明後日に控えたこの日。

小学校の卒業を目前に唐突にイギリスに帰国してしまったエリオルが、
また何の連絡も入れず、急に日本へ戻って来た。

一切の連絡も無く、3年間彼を心配していたさくらの家へ。

もちろん彼女は酷く驚いたが、すぐに花の様な眩しい笑顔で、彼を迎え入れた。
そこには昔からの親友である知世の姿もあり、エリオルは変わっていない彼女らに安堵を零した。


「しかし本当、大きくなりましたね、お2人とも」
「えへへ、エリオル君だって・・・」
「私はつい先日まで、あの頃の姿だったのですよ」
「ほぇ?じゃあ、服の準備とか大変だったんじゃない?」
「ええ、急遽調達してから日本に来ました」


背中辺りまで伸びた髪を揺らし、さくらが彼に紅茶を出しながら微笑む。
エリオルは彼女の母を霊体として見た事があるが、とても良く似ていると思った。
優しげな愛らしい貌に、大きな瞳。誰にでも好かれる明るい笑顔。
それでも十分、大人になりかけている女性らしさ。


「柊沢君は、しばらくこちらにいらっしゃるのですか?」
「ええ、少なくとも高校卒業までは」
「じゃあじゃあ、一緒に学校通えるね!嬉しいなぁ〜」
「うふふ、さくらちゃん、ずっと心配なさっていましたものね」
「すみません、ご迷惑をお掛けしてしまいましたね」
「ううん!そんな事ないよ!エリオル君が、元気で良かった!」


さくらの隣で微笑む知世も、十分綺麗になった。
長いウェーブの掛かった黒髪はそのまま、清楚な気配を纏った女性へと。
何処となく、さくらの母を意識しているのだろうと、エリオルは出された紅茶に口を付け思う。
それでも彼女の手にビデオカメラがあるのは見逃せない。そこは変わらず、だ。


「そうだ!今私の家ね、雪兎さんがいるんだよ!」
「おや、そうなんですか?」
「うん!だから、後でユエさんにも会ってあげてね!すっごく心配してたんだから!」

恐らく彼女の兄が、雪兎を家に誘ったのだろう。
今は彼女達以外の気配が無いが、どこぞへと出かけているのが妥当か。
だとしたら帰って来た途端、私の姿を見止めたユエに文句の1つ2つは言われるな。
と、紅茶と共に出されたケーキを一口含み、小さな溜息をついた。



「あと、ね・・・小狼君も・・・凄く、落ち込んでたよ」



さくらが、トーンを哀しげに落として、彼の名を呟く。

それに、思わずエリオルは息を止めた。


「彼は・・・まだ、日本に?」
「うん、ずっと・・・いるよ」
「そうでしたか・・・」

さくらの様子からして、自分と彼の間に何があったか、知っているのだろう。
そして、彼とエリオルが最後にどんなやりとりをしたかも。

今思えば、ただ只管、純粋に。
一途に自分へと想いを伝えようとしてくれた少年に、酷い仕打ちをした。
あの時の必死の叫びは、今も耳に焼きついて離れない。
まだ声変わりのしていなかった、幼い彼の声。

今彼は、自分をどう思っているのか。

あの頃の気持ちはあのままなのか。

それとも、それが過ちだと自ら片付け、違う光を探したのか。

それはわからないが、それでも。
このさくらの顔を見ると、あまり良い事態ではないのだろうと、エリオルはぼんやり思った。

「あ、あの・・・エリオル君」
「はい?」
「その、ね・・・小狼君、後で家に来るんだ。苺鈴ちゃんと一緒に」
「・・・苺鈴?・・・あぁ、確か、彼のいとこさんでしたね」

アレはいつだったか。
6年生の夏休みだったろうか。
実家へ1週間帰省すると言う小狼に、エリオルも誘われた事があった。
結局何だかんだ、さくらと知世も一緒に香港へ旅行に行ったのだが。

その時、小狼を輝く瞳で見つめていた少女がいた。

『いとこだ』と、何処か寂しそうな様子で言った、少女。

その彼女は今、彼と共にいると言う。

「うんそう。だから、その・・・エリオル君も、小狼君に、ちゃんと会ってあげてね」
「そうですね・・・」
「・・・ずっと、エリオル君の事・・・探してたんだよ」
「・・・はい」


何処か神妙な空気がリビングに流れてしまった、その時。


その静寂を引き裂く様に、来客を告げるインターホンが鳴り響く。


思わずビクリと身体を揺らしたさくらが、慌てた様子で立ち上がった。


「あ、もしかしたら小狼君と苺鈴ちゃんかも!」
「きっとそうですわ」
「ちょっとお迎えしてくるね!」
「さくらさん」


パタパタと慌しく玄関へ向かおうとするさくらを、エリオルが引き止める。

それに、キョトンとした顔で見つめて来るさくらと知世へ、ニッコリ笑いかけた。


「ドッキリ作戦、しちゃいましょう」


そう悪戯っぽく言うと、さくらの代わりに、エリオルが玄関へと向かう。

その行動を見てようやく彼の意図を悟ったのか、さくらと知世が堪え切れない様に肩で笑った。




「いらっしゃいませ、ようこそ」




玄関を開け放った瞬間に見た彼の表情を、自分は一生忘れないだろう。

エリオルは、込み上げて来る笑いを必死に堪え、ひっそりそう思った。


「あれ?確か、柊沢君・・・だったわよね」
「ええ、お久しぶりです苺鈴さん」
「本当久しぶりね!私、中学の2年生から日本にいるのよ!」
「そうなんですか、私は先日、イギリスから日本に戻って来まして・・・」

嬉しそうに言う苺鈴に、エリオルは優しい微笑みのまま答えた。
そして、チラリと、彼女の隣にいる、背の高い少年に眼を向ける。

・・・少年と称すには、少々大きくなってしまったが。


「・・・李君も・・・お久しぶりです」
「・・・・・・柊、沢・・・・・・」


掠れた低い声。
コレがあの少年だった彼の声か。
涼しげで低めの、落ち着いたトーン。
その声色は、切れ長の眼と整った容貌の彼に、良く似合っていた。


「大きく、なりましたね」
「・・・・・・・・・」


ニコリと笑い掛けると、彼は固まったまま、エリオルを凝視した。

何も言葉が出ないのだろう、あまりに唐突な再会に。


さてどうした物か。と、思案を始めようとしたその時。


「わっ!?」


急に手を掴まれた。

あの時と。空港で自分を引き留めた時と同じ様に。



その手は随分大きく、自分の手を十分に包んでしまうくらいなのが、あの時と違う所。



「あ、ちょ、ちょっと小狼・・・!?」



苺鈴の驚いた様な声を聞いたのは、随分と遠くだった。

駆け出す小狼に手を引かれ、自分もつられて走り出してしまった、後。









連れて来られたのは、公園だった。

幸い人気が無い。
痛い程握り締められた手を解放されないまま、小狼が足を止め、クルリと振り返る。
手を離さないのは、また、自分が去ってしまうと思っているからか。

自分が彼の心につけた傷痕を見せ付けられた気がして、エリオルは少し、眼を伏せた。

「どう、して・・・何で戻って来たんだ・・・!?」
「どうして、と言われましても・・・強いて言うなら、退屈だったから、でしょうか」
「・・・何だ、それ」
「隠居生活があまりに平和で退屈で。・・・では、ダメですか?」
「っ・・・」

眉を顰め睨みつけてくる彼に、エリオルは苦笑いを浮かべる。
それから、空いている方の手で、彼の頭を撫ぜてみた。

もう、腕を伸ばさないと、彼の頭には触れない。

10pは身長が上であろう小狼の顔を見上げ、一抹の寂しさを覚える。


彼の時間は進んでいる。

規則正しく、時間の流れを体感している。


自分は、違う。


頭を撫でられた小狼は、あの頃と同じ様に顔を真っ赤にして、固まってしまう。
それでも手は、いまだ握り締めたまま。

「・・・本当に、大きくなりましたね」
「・・・・・・」
「・・・・・・しっかり、男になっちゃいましたね」

あの時を思い出す。
まだ幼く、本当に子供だった彼。

でも、あの時真摯に自分を見つめて来た眼は、今も曇り無く。

やっぱり射抜くように、自分を見つめて来る。
それは、苦しいくらいに。


「・・・柊沢」


低い声が、エリオルを呼ぶ。

真剣な眼差しで、揺ぎ無い声色で。


その様子に、エリオルはある予感を覚えた。


知っている、彼のこんな顔。




最後に見せた、あの時と同じ顔。




3年前の空港での光景がフラッシュバックし、エリオルは少し後退る。

しかし今回ばかりは、大人の言い訳は通用しなさそうだ。

彼も、あの頃とは違い、『大人』になってしまったのだから。


逃がさないとばかりに、握られていた手を引かれ、そのまま彼の胸に収められてしまう。



「・・・覚えてるんだろ、お前」



空港で、彼を制したエリオルの言葉。





『その言葉の続きは・・・いつか、逢えた時。

 その時に、貴方の気持ちが変わっていなかったら・・・・・・聴かせて下さい』





「・・・俺の気持ちは・・・ずっと、変わってない」



少しの戸惑いを見せるエリオルに、小狼は躊躇い無く口を開く。


あの時言えなかった言葉の続きを、今度こそ本当に伝える為に。






『お前が何と言おうとっ・・・俺は・・・っ、俺はお前が』






3年前の、言葉の最後。






「・・・好きだ」


























END.

『ズルい別れ』の続き。
此処でまた言葉を濁したら今度こそ言えないので、一気に。
立場逆転。押せ押せ李君とあたふたエリオル君。
高校生小狼君はきっと物凄い男前。エリオル君は女の子みたいな感じかと。
簡単に抱っこしたり押し倒したり出来るよ!更に李君は心が図太くなってれば良い。
それにしてもエリオル君、自由過ぎる。(多分イギリスにルビーとスッピー黙って置いて来た)