「・・・何しとんねん」
「何って、膝枕だよ。見てわからないか?」
「いや・・・わかるけど・・・せやのうて」

大きな窓から蜂蜜色の日差しが差し込む金色の午後。
価値あるアンティーク家具が揃えられた広いリビング。
その空間で一際存在感を放つ、深い赤の柔らかなソファの上。

この家の主が、闇色の艶やかな髪を金の日差しに透かし。
悠久を見つめて来た紫黒の瞳に、水面の様に穏やかな輝きを宿して。
桜色の形良い、小さな唇を緩やかな三日月に描きながら。


自分の膝で眠る、月色の精霊の頭を優しく撫でていた。


リビングの扉を開いて真っ先に視界に飛び込んだその光景。
普段見慣れぬ上、常ならそこに存在しない筈の片割れの姿に、
ケルベロスは数瞬言葉を失ってから、かつての主にそう尋ねたのだった。

彼の言わんとしている事を察し、家の主であるエリオルがクスクス笑う。

「雪兎が来たんだよ、親離れ出来ない大きな子供が、親恋しさに駄々を捏ねていると」
「あー・・・まぁ、いまだにクロウ大好きっ子やからなぁ、ユエは」
「ふふっ。それで、暫く話していたら、突然甘えだして、この通り」

端整な顔。けれど、幸せそうな寝顔。
心から敬愛するかつての主、自分の創造主である彼の魔力を傍に感じ。
包み込む様な日差しと優しい眠りへいざなう白い手の心地良さに
すっかり意識を浸している様で、静かな寝息がユエから零れ落ちる。

月の光を映した様な白銀の長い髪が、エリオルのミルク色の指先から流れる。
真珠の様な輝きを放つ彼の髪は、ケルベロスの太陽の色の髪とは正反対で。

窓から差し込む日差し色の髪をしたユエの片割れを、手で呼ぶ。

「ケルベロス、いつまで立っているんだい?コチラへ座ったら良い」
「・・・せやな」

小さな手に招かれ、エリオルの隣に腰を下ろす。
エリオルを挟んで反対にいる、綺麗な顔で眠る片割れをチラリと見てから、
ケルベロスは少し、不貞腐れた様に呟いた。

「しっかし・・・お前は昔っからユエには甘いなぁ」

その言葉を受け、エリオルが笑みを浮かべたまま首を傾げる。

「そうかな?」
「せや!いっつもいーっつもユエ優先やないか、忘れたとは言わさへんで!?」
「おやおや・・・悲しいね」

一体いつの事を思い出しているのか。
不明ながらも、きっと彼の中で強烈に残っているのであろう記憶に憤慨する
ケルベロスに笑いながら、エリオルが空いている方の手を彼に向けて伸ばす。

「私はこんなにもお前を可愛がっていると言うのに」

よしよし。
と、ケルベロスの太陽の髪に触れ、軽く梳く。
繊細なユエとは違い、男らしい硬い髪であるが、それでも手触りはとても良い。
麗らかな日差しに輝く金色を愛で、エリオルはそっと手を離した。

けれどケルベロスはエリオルの答えを受けても不服らしく。
撫でられた照れ臭さも混ざったまま、赤い顔でソッポを向き、更に愚痴を零した。

「なーにが可愛がってる、や。どー見ても贔屓や贔屓」
「私はユエもケルベロスも、分け隔てなく、そして惜しみなく愛情を注いだつもりだけど?」
「いーや、絶対にユエに甘かった!」
「ふぅん・・・あ、さてはケルベロス」

自分は本当に、どちらかを贔屓した覚えなどない。
どちらも愛しく、可愛い存在。平等に愛したつもりなのだが。
意地でもユエを贔屓していたと言って聞かないケルベロスに、エリオルが意地悪く微笑む。


「やきもちかな?」


そして、至極愉しそうな声色で、一言これ見よがしに呟いてみた。


するとケルベロスの頬に更に濃い朱が走り、バッと反射の様にエリオルを見る。

「なぁっ!?ア、アホちゃうかお前!!」
「しー。ユエが起きるぞ。この子の寝起きの悪さを知っているだろう?」
「う・・・」

ケルベロスの大きく開いた口に、ほっそりした指を添え、閉じさせる。
チラリと膝に視線を落としてみれば、ユエは相変わらず規則正しい呼吸を続けていた。
どうやら起きてはいないらしく、ほっと息をつく。
と同時に、あの大声でも起きないとは、自分の膝はどれだけ寝心地が良いのかと。

いつも自分の膝で眠る幼い恋人を思い出し、思わず苦笑いを浮かべた。

「・・・それにだな、ケルベロス」
「・・・何や」

今しがた注意された事を気にしているのか、問うケルベロスの声は心なしか小さい。
全く持って素直な様子の彼に内心笑みを零しつつ、サラリと告げた。

「今お前は、さくらさんの愛情を全て注いで貰っているじゃないか。
 今更私の愛情を更に欲さなくとも、もう十分満たされていると思うが?」

エリオルが言い終えたと同時に、ケルベロスがソファからずり落ちる。

大声を出すなと言われた手前、怒鳴って返す事も出来ず。
やはり素直な彼は、やり場の無い叫びと照れ臭さをどう発散しようか必死に思考を巡らした。

「・・・ア、アホや・・・やっぱコイツ・・・アホや・・・」
「親に向かって阿呆とは随分だな、ケルベロス」
「じゃかーしい!さくらは関係ないやろさくらは!」

それにさくらもユエに甘い!と、結局そこに行く着く。
まぁ彼女の場合、ユエの仮の姿が、以前から憧れていた雪兎である事。
そしてユエとの邂逅があまり穏やかとは言えず、冷たく怖いと言う印象が強いのだろう。
勿論今はどちらとも信頼し合っているが、ケルベロスの様に軽口を叩き合える仲ではない。

その点…と思うのだが。

どうもケルベロスはユエがそう言った風に『大切』にされているのが、羨ましい様で。
全くいつまでも子供だと、2人の大きな息子を見つめ、エリオルが微笑んだ。

「お前がそうまで言うのなら、いつでも膝枕をしてあげよう。
 甘えに来ても構わないぞ?よしよしと頭を撫でて添い寝をしても良い」
「こっちから願い下げや!」
「おやおや」

まぁ彼がそれを望むとは思えない。
多分ケルベロスは、膝枕などよりケーキでも作ってやった方が喜ぶだろう。
ならばユエが起きた後は、ケルベロスに何か作ってやるかと思案した時。


「・・・でも、まぁ、ええか」


ケルベロスが努めてぶっきら棒な様子で呟いたと思うと。


「・・・ん?」
「・・・今のお前じゃ肩は借りられへんから、コレでええわ」


エリオルの肩に腕を回し、そのまま軽く抱き寄せる。

どうやら抱き枕の様に片腕に収め、彼の頭に顔を乗せているらしい。

確かに自分より遥かに身長の高いケルベロスでは、肩に頭を乗せられない。
だからこう言う体勢になったのだろうと言うのはわかるが・・・。

「・・・やはり甘えたいんじゃないか」
「お前が甘えろ言うたんやろ」
「ふふっ、ああ、そうだね」

甘えろ。とは言っていないが、彼がそう言うならそう言う事にしておこう。
不器用ながらに甘えてきた彼の機嫌を更に損ねては、また煩くなるから。


膝で眠る月色の息子。
肩を抱き寄せてくる太陽色の息子。

2人の可愛い子供の体温を感じながら、エリオルがそっと微笑む。


2人ともやはり創造主の魔力は心地良いのか。
呼吸も表情も非常に穏やかで、この空間自体がまどろみの中の様でもあった。

「・・・そう言えばケルベロス」
「んー?」

何処となく眠たそうな声で、エリオルの問いに答えるケルベロス。
チラリと見上げると、鋭い黄金色の双眸は半分程閉じられていた。
今にも眠りに落ちてしまいそうな彼の様子を微笑ましく思いつつ、更に問う。

「今日はさくらさんはどうした?」
「・・・なんや知世らと出掛けとる。他の友達もおるから、ワイは留守番や」
「そうか、いつ頃お帰りに?」
「んー・・・夕飯までには帰るらしいけどな」

そろそろ答えるのが億劫になってきたのか、喋るスピードがゆっくりになる。
ああ、本格的に寝てしまいそうだと思いながら、今の内に言っておいてやった。

「なら、あとでケーキでも焼こうか。食べていくと良い」
「お。ホンマか?やー、さすがエリオル、甘やかしてくれるわぁ」
「はいはい、今日は存分に甘えなさい」

先まで、ユエ贔屓だと不貞腐れていた表情は何処へやら。
人懐こい笑みを精悍な顔に乗せながら、ケルベロスがにっと口角を吊り上げる。
そのまま鼻先をエリオルの艶のある髪に押し付け、満足そうに息をついた。


「・・・フォンダンショコラがええなぁ」
「わかったわかった、お前のリクエスト通りに作るよ」


ケーキのリクエストを最後に、ケルベロスの力が少し抜ける。

どうやら、エリオルの頭に顔をうずめたまま、眠りに落ちてしまったらしい。

膝と頭、両方から聞こえて来る安心しきった静かな寝息。

それに不思議と癒されながら、そっと携帯を手に取り、最も使う番号にコールを掛ける。


電話の相手は、数コール後にすぐ出てくれた。


「・・・もしもし、李君ですか?・・・うん、いえ、ちょっとお願いが。
 ・・・今から言う材料を買って帰って来て貰えませんか?はい、今動けなくて・・・」













「で、何だこの状況は」
「2人の息子が親恋しさに甘えに来ました」
「・・・・・・」

スーパーの袋を手に提げ、ただいまと少し大人に近づいた声で言った幼い恋人。

そんな彼の、最近鋭さを増してきた琥珀の瞳は、リビングに入って大きく見開かれた。

・・・のちにすぐ呆れの色を映して不機嫌に細められたけれど。

まだエリオルにくっ付いて眠り続けるケルベロスとユエの姿。
それが気に食わないのだろう、早く起こせとでも言わんばかりにねめつけてくる。
独占欲の強い少年の事だ、きっと出来るなら今すぐにでも2人を叩き起こしたいに違いない。

その気持ちはわかるが・・・と、エリオルは困ったように微笑んだ。

いつも自分はこの少年に独り占めされているような物だ。
ユエが今日雪兎に頼んで来たのだって、珍しく小狼が所用でエリオルの家に来ない予定だった為。
今日ならばゆっくりと傍にいられるだろうと言う理由で来たのに。
いや、ケーキの材料を彼に頼んでしまったのは自分なのだが、それでも。
・・・それでも、もう少しだけ、この甘えん坊達に自分を独占させてやって欲しいのだ。

微笑んだまま動かないエリオルに、小狼は苛立った様子を見せる。
このままでは本当に2人の頭でもはたきかねない。
それはやめてあげてくれと、エリオルが少し小さな声で彼に頼んだ。

「李君、この2人は夜までいません。昼の内だけです。
 ・・・だから、ね?今だけ、見逃してあげて下さいね」
「・・・いつまで続けるんだ、それ」
「ふふっ、ケーキも作りたいですし、もう少ししたら起こしますけど」

ユエとケルベロスの頭を優しく撫で、微笑む。
それがまた神経を逆撫でしたのだろうか、小狼の眉間に深い皺が刻まれた。

「・・・・・・」
「そんなに怒らないで。どうせ夜には貴方に独占されるんですから」
「・・・昼も独占したい」
「おや、いつもは昼も独占してるじゃないですか」

妙な所で素直な恋人に、エリオルが肩を揺らして笑う。
あの照れ屋で初心だった少年が、中々どうして図太く成長した様だ。
コレも大半は自分の責任なのだろうとは思うが。
それでも最近はそんな彼に翻弄されてばかりだ。

こんな風に少し成長した、大人の男に近づいた整った顔で言われては、尚更。

自分も惚れた弱みと言う奴か、ついつい少年に甘くなってしまう。

「・・・じゃあ、あと10分」
「・・・10分な」
「はい、そしたらフォンダンショコラ作りますからね」


少年が仕方ないとばかりに溜め息をつきながら、エリオルの額に軽いキスを落とす。


きっとあと10分後、寝起きの悪いユエは顰め面をしながら自分を恨みがましく見るのだろう。

そして加えて物を食べられないから、そこでまたきっと不機嫌になる。


折角、ケルベロスと小狼の機嫌が良くなるであろう10分後に起こるであろう光景に。


全く困った甘えたが3人もいると、エリオルが何処か嬉しそうに声を出して笑った。



月と太陽が闇に寄り添い、琥珀の少年の呆れた溜め息が響いた、蜂蜜色の昼下がり。

























END.

エリオル君とユエさんと人型ケロちゃん。
ユエさんはクロウさん(エリオル君)大好きっ子だと良い。
エリオル君にとっては、自分はもうクロウではないけど、2人とも可愛い息子。
よしよし甘えておいで。と存分に甘やかすかと思います。
そして小狼君にヤキモチ焼かれる。超幸せ。