寒さがより一層身に沁みるようになった本格的な冬。
寒いのが大の苦手である俺にとっては正に地獄の様な季節だ。
身体は動き辛いし、朝起きるのは大分しんどい。
あのぬくぬくと暖かい布団から自力で這い出すなんて、何の苦行だか。
吐く息の白さが昨日よりも濃いな・・・と、ふぅと真っ白な溜め息を吐いた瞬間。
「ふふっ、寒いですね」
息の白さにも負けない、真っ白な肌をした柊沢がニコリと笑い掛けて来た。
「・・・寒い」
「李君、寒いのは苦手ですか?」
「ああ・・・まぁ」
寒さなんか微塵も感じていなさそうな、それこそ涼しい顔で笑う柊沢。
雪みたいな肌の色をしてるから、きっと体温だって低いんだろう。
いいや、実際、いつも手は少しひんやりしている。
・・・最近、握る機会が増えたから、良く知ってる。
「イギリスじゃ、いつも寒いんだろ」
「そうですねぇ・・・李君が布団から一歩も出なくなるくらいには」
「・・・絶対行かない」
「おやおや」
暑さに慣れている俺は、柊沢の故郷になんかとても行く気にならない。
・・・行ってみたい気はするけど、夏限定だ。夏休みだ。
来年の夏休み・・・にでも、まぁ、行っても良い。
そんな事を考えている俺を楽しそうに見つめる柊沢。
優しい眼差しがどうにもムズ痒く、顔が赤らむのを寒さの所為だと心の中で言い訳。
ついでに何見てるんだと文句の1つでも言ってやろうと柊沢へ視線を移すと・・・
「・・・?何だ、その包み」
「あぁ、コレですか」
柊沢が、何か少し大きめの包みを持っている事に気づいた。
・・・いや、別に、コイツの笑顔ばかりに目が行っていた訳じゃない。
ただ単に気づかなかったんだ。多分、吐息の白さが邪魔をして見えなかったんだ。
コホンと咳払いを1つし、気恥ずかしさを一緒に払ってから、再度問う。
「・・・何か持って来たのか?」
「いえ、朝から持って来ていたんですけど、タイミングがなくて」
「タイミング?」
タイミングって、何のタイミングだ。
と言うか朝からって、今もう下校途中だぞ。
大分時間があったのに、一体何のタイミングが無かったって言うのやら。
それを次に聞こうとした所で、ふと柊沢が足を止める。
何事かと思い顔を真っ直ぐに向け直してみれば、何だ、俺のマンションの前だ。
どうやら思ったより早く家に着いてしまったらしい。
・・・コイツと一緒に帰ると、家に着くのがやたら早くて困る。
もっと道が長くても全然良いのに、と、思ったり。
・・・コイツと一緒にいる時限定で。
「着いてしまいましたね・・・でも、丁度良いかな」
「?何が」
「タイミング、ですよ」
首を傾げる俺に、柊沢が楽しそうに笑う。
そして、俺がさっき存在を気にしていた包みを、俺に向けて差し出してきた。
「・・・え」
「はい、貴方に渡そうと思っていたんです」
結局帰りになっちゃいましたけど。と、微笑む。
その顔がやたらと優しく、綺麗だったもんだから、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
じゃないと、アレだ。心臓がうるさく跳ね過ぎて、左胸から飛び出しそうなんだよ。
視線を明後日の方向へ泳がせながら、取り合えず受け取る前に、その包みの中身を問う。
「・・・何だよ、それ」
「え?あぁ・・・ホラ、コレです」
「・・・マフラー?」
柊沢が包みを開いて取り出したのは、マフラー。
青と白の毛糸の組み合わせが綺麗な、暖かそうなそれ。
寒さに震える俺には随分と魅力的に見えたのだが、1つ気になる点があった。
「・・・なぁ、それ、もしかして・・・」
「ふふっ、僕の手作りですよ」
「や、やっぱり・・・」
最近さくらと大道寺が、柊沢と手芸屋に寄って帰っていた。
それに編み物をしていると柊沢自身が言っていたし、コレを作っていたんだろう。
・・・それにしても、こんなに綺麗に編めるもんなのか、素人でも。
俺はあんまり手芸とかに詳しくないから何とも言えないけど、金を出して買って良い出来だ。
と、思わず感心してマフラーを見つめてしまったが、それを俺の方へ差し出されてハッとする。
「貴方に、と思って・・・。寒いの、苦手でしょう?」
「え、あ、お、俺に?」
「はい、受け取って頂けませんか?」
ニコリ笑って、首を傾げて、俺の答えを待つ柊沢。
勿論、嬉しい。すごく嬉しい。
でも、今の俺の脳内は、嬉しさと恥ずかしさを比べれば、恥ずかしさの方が勝っていて。
色んな言葉と感情がグルグル頭を回り、カァっと頬が照れ臭さで熱くなったのもあって
・・・つい、ポロっと、口から出て来た言葉が・・・
「いっ・・・いるか!!」
「・・・はぁー・・・」
次の日の放課後、何だか帰る気力も無く、立ち上がる事さえせずにぼーっと机に突っ伏す。
今日1日で何回溜め息を零しただろうか?
数えてみたらきっと両手両足の指じゃ足りないくらいは零してるだろう。
溜め息をつく度に幸せが逃げると言うけど、昨日大きな幸せを逃した俺にはもう関係ない。
深く重い溜め息を吐かないと、胸が後悔で押し潰されそうになる。
それでも、後悔を溜め息と言う形で何度吐き出そうと、次から次へと心に圧し掛かる後悔。
「・・・・・・はぁ」
なんで、あんな事言ったんだろうか・・・。
俺の悪い癖だと、自覚している。
しているけども中々直せないのが癖と言う物で。
アイツと一緒にいるようになって、一番気をつけたいと思える癖が、昨日また出てしまった。
嬉しい時、どうしても照れ臭さが勝って、思ってもいない言葉が簡単に口から出てしまう。
柊沢はいつでも俺にとって嬉しい言葉をくれるのに。
俺はいつもその言葉に対して、憎まれ口を返すばかりだ。
・・・昨日だって、本当は、すごく嬉しかった。
手だって、手編みのマフラーを受け取ろうと、半ば差し出し掛けていたのに。
その嬉しさを、素直に・・・ただ一言、”ありがとう”と告げれば良いだけなのに。
どうしてか、それが出来ない。
何かを考えるより先に酷い言葉が勝手に零れている。
アイツはその度、いつも仕方ないとでも言うように笑って流してくれていたけど・・・
・・・昨日は流石に、少し寂しそうだった。
『そうですか・・・余計なお世話でしたね、ごめんなさい』
・・・・・・何でお前が謝るんだよ。
お前は何も悪くないし、俺はすごく嬉しかったんだ。
手編みのマフラー、受け取りたかった。ありがとうって言いたかった。
そんで、お前が笑ってくれれば、何も言う事は無いくらい幸せだったのに。
きっと寒さなんか気にならないくらい、暖かい気持ちで満たされた筈なのに。
柊沢の寂しそうな笑顔での”ごめん”は、北風よりも酷く俺の胸に沁みた。
せめて、あのままマフラーを持って帰る柊沢を引き止めて、謝れば良かった。
ごめんって、嬉しいって、欲しいって。
それをしなかった俺は、本当に色々と酷いと思う。
・・・本当に、何度この癖、性格を直したいと考えた事か。
考えるばかりで、行動に繋がらないのが現状だけども。それがまたもどかしい。
当の柊沢は、あんな酷い事を言われたにも関わらず、普段と変わった様子を見せなかった。
俺の隣の席だし、嫌でも顔を合わせるのに。
・・・いや、きっと落ち込んでるだろうけど、俺にはいつもと同じ笑顔を向けてくれた。
避ける事もないし、ニコニコと人懐こい微笑みで俺に話し掛けて来る。
勿論、マフラーの事には一切触れなかったけど・・・それは当然だろう。
今日は何やら用事があるとかで先に帰ってしまったから、また謝るタイミングを逃した訳だが。
・・・出来れば、2人きりの時にちゃんと謝りたいし。
電話だって出来るけど、顔を見てごめんって言いたい。
あんな態度を取っておいて、謝罪まで酷い態度を取るだなんて、流石にしたくない。
・・・だから、明日、ちゃんと謝れれば良いな・・・と、もう1度ふぅと溜め息を吐いた、その時。
「あれ?李君、また帰ってなかったんだ」
「・・・山崎・・・」
ぐったりと伏せていた顔を上げると、山崎がドアの所に立っていた。
そのまま、帰り支度の済んだ姿で俺の方へ近づいて来る。
「どうしたの?こんな時間まで・・・具合悪いの?」
「・・・いや、別に。・・・お前こそ何でこんな時間に」
「僕は今日日直だったから。先生に日誌を出して来たんだ」
「あぁ・・・そうか」
そう言えば今日は山崎が日直だった。
昨日の事ばかりずっと考えていたから、大して気に留めてなかったけど。
・・・と言うか、今日の授業内容全般、ほぼ頭に入ってない。ヤバイ。
「そろそろ帰らないと、もう暗くなるよ」
「・・・そうだな・・・帰る・・・ん?」
山崎に促され、鉛の様に重い身体を心を無理矢理叩き起こし、席を立つ。
と同時に、山崎の首に巻かれている”ある物”が目に入った。
「・・・なぁ、山崎・・・そのマフラー・・・」
「ん?あぁ、コレ?」
青と白の、模様が綺麗なマフラー。
・・・それって、確か・・・昨日柊沢が持って来てた・・・。
「昨日ね、帰りにたまたま柊沢君と会って、その時くれたんだ」
・・・今一瞬、ちょっと、目の前が暗くなった。
・・・・・・やっぱり、柊沢の作ったマフラーだ。
・・・昨日、”俺に”作ってくれた、手編みのマフラー。
それが、何で山崎に?
理不尽だとはわかっていても、瞬間的に苛立ちが皮膚を撫ぜた。
・・・なんだよ、俺、今日ずっと後悔してたのに・・・
受け取れば良かったって、傷つけたって、欲しかったって。
ずっと眠れないくらい考え込んでたのに、お前はアッサリ他の奴に渡したのかよ。
突っぱねたのは自分の癖に、柊沢に対する不満がふつふつと沸く。
・・・・・・俺の為に作ったって、言ってくれたのに。
俺が黙り込んだのをどう言う意味で取ったのか、山崎が思い出した様に付け加える。
「なんかね、落ち込んだ顔で歩いてたから、どうしたの?って聞いたら・・・
大切な人にマフラーあげようと思ったんだけど、いらないって断られちゃったんだって。
だから、このマフラーが用無しになっちゃったって言うから、僕が貰っちゃったんだ」
すごく綺麗に出来てるのに、勿体無いしね。
と、山崎がにこやかに言う。
・・・今の言葉を聞いて、自分勝手に沸き出た苛立ちが、急速に冷めたのを感じた。
・・・・・・あぁ、やっぱり、俺は馬鹿だ。
そのまま山崎と一緒に帰ったけど、話した内容なんか覚えてない。
ただただ、柊沢に謝りたいって事しか、考えてなかった。
家に着いて、制服のままベッドに倒れ込む。
今日は帰り道が長かった。
柊沢と一緒じゃないと、こうも時間が過ぎるのが遅いのかと改めて感じた。
・・・寒いし。隣に体温がないと、酷く寂しい。
・・・・・・昨日のアイツは、もっと寂しかったと思う。
明日、朝、柊沢の家まで迎えに行こう。
そんで、謝って、ホントの気持ちを言って・・・。
・・・その後、どうしよう。
さっき山崎の巻いてた、柊沢の手編みのマフラーを見て思った事。
・・・やっぱり、マフラー、欲しいなって事。
・・・言った方が良いんだろうか。
いや、て言うか、言っても良いんだろうか。
自分からいらないって言った癖に、やっぱり欲しいからもう1回編めって?
・・・何だそれ、酷過ぎるだろう。
自分の身勝手さ加減に呆れ果てる。きっと柊沢だって同じだ。
でも今更山崎に、”それは俺の為に編んでくれたマフラーだからくれ”だなんて言えない。
・・・それでも、やっぱり、アイツからの手編みマフラー・・・。
・・・・・・多分、このままだと、冬の間ずっと山崎を恨めしい視線で見てしまいそうだ。
自分勝手過ぎるってわかってるけど、自業自得だってわかってるけど。
・・・ベッドに倒れ込んだまま窓の外を見る。
外はもう、真っ暗だった。
「珍しいですねぇ、李君が迎えに来てくれるなんて」
ニコニコと嬉しそうな柊沢と並んで歩く朝の通学路。
この辺はまだ学校から離れてるし、人もそんなに歩いていない。
・・・謝るなら、今がチャンスだ。
「・・・なぁ、柊沢」
「はい?」
「・・・こないだは・・・その、ごめん・・・」
「?こなんだ、って?」
何だそれ、忘れてるのか。
いや、それともあえて触れたくないのか?
気にしてない振りとか・・・あぁもうどっちでも良いや。
「・・・マフラー・・・受け取らなくて・・・」
「あぁ・・・良いんです、僕が勝手にやった事ですから」
「違う。そうじゃなくて・・・」
足を止め、柊沢に真っ直ぐ向き直る。
すると柊沢も合わせて止まり、俺を真っ直ぐに見つめて来た。
「・・・嬉しかったんだ、すごく・・・」
「え?」
「・・・照れ臭くて、あんな、酷い事言って・・・本当、ごめん・・・」
「・・・ふふっ、良いんですよ。・・・でも、それなら取っておけば良かった」
山崎君にあげてしまいました。と、困った様に言う柊沢に、知っていると答える。
・・・羨ましくて仕方ないんだ・・・とまでは、言えなかった。
取りあえず、第一の目標である謝罪は出来た。
と、安心した途端、ヒュゥと冷たい朝の風が俺を包む。
・・・さ、寒いっ・・・!
「・・・あ、歩くぞ、寒い・・・」
「ええ・・・って、李君、そう言えば貴方、マフラーしてないじゃないですか」
「・・・・・・・・・」
柊沢が俺を見て驚いた様に言う。
・・・今コイツが言った通り、今日はマフラーをしていない。
寒さが大の苦手な筈の俺が、だ。
それは、柊沢だって驚きもするだろう。
毎日毎日ガチガチに震えながら歩いているのだから。
・・・でも、別に何も忘れた訳じゃないんだ。
「・・・無くした」
「え?無くした・・・って、いつです?」
「昨日」
「は、はぁ・・・と、兎に角、風邪をひきますよ!ホラ、僕の貸して差し上げますから・・・」
「いい。・・・お前が風邪ひくだろ」
「僕は大丈夫です。ホラ、早く巻いて・・・」
心配そうな顔で、今まで自分が巻いていたマフラーを差し出してくる。
それは大変魅力的だが、違うんだ。俺が今欲しいのは、普通のマフラーじゃなくて・・・
「・・・お前が・・・編んだ奴が良い・・・」
つい、ポロっと言ってしまった。
もう少し、オブラートに包んで言おうと思っていたんだが。
しまった。と柊沢を横目で見てみると、キョトンと固まっている。
・・・そりゃあ、そうだよな。
でも、今は普通のマフラーなんか、巻いてたくないんだよ。
「・・・えぇと・・・」
「・・・・・・何だよ」
「その・・・コレも、僕が編んだ奴ですよ?」
「・・・・・・・・・」
柊沢が、面白そうに笑って聞いてくる。
本人は微笑んでるつもりなんだろうけど、肩が震えてるぞ。
本当は大声出して笑いたいんだろ。そうなんだろ、お前。
柊沢は勘が良い。
いつだって、俺が心にも無い事を言っても、本心を見抜いてくる。
・・・じゃあ、一昨日のマフラーの件も、とっくにお見通しだったんだろうか。
・・・・・・あぁ、もう、何でも良いや。
「・・・それは、お前が自分の為に編んだ奴だろ」
「ええ、まぁ・・・では、どんなマフラーが欲しいんですか?」
ニコニコ、いや、ニヤニヤしながら聞いて来る。
恥ずかしい。またもや照れ臭さで思考回路がパニックを起こし、変な事を口走りそうになる。
けど、それじゃあ意味が無い。アレだけ後悔したんだ。
例え柊沢はとっくにお見通しだろうとも、ここで心にも無い言葉を吐く程、俺だって馬鹿じゃない。
自棄になって叫びたくなるくらいの照れ臭さを感じながら、ソッポを向いて、柊沢の問いに答える。
「・・・お、俺の為に、もう1回・・・マフラー、編んで下さい・・・」
最後、恥ずかしさのあまり尻窄みになってしまった。
いや、言ってる事自体は、大分図々しくて自分勝手で、恥ずかし過ぎる内容なんだけど。
「・・・ふふっ」
流石に呆れたかとも思ったけど、その考えは柊沢の心底楽しそうな笑い声で掻き消された。
チラリと視線を戻せば、肩を揺らして楽しそうに笑う、柊沢。
「・・・笑うなよ」
「ごめんなさい、ふふっ・・・随分素直だなぁって」
「・・・流石に、あんな酷い事言った後に、意地なんか張ってる場合じゃないだろ」
「なるほど。ふふふっ・・・わかりました、喜んで作りますね」
「・・・・・・あ、ありがと」
「お礼は、完成した際で結構ですよ」
楽しそうに笑い続ける柊沢に、非常に照れ臭くなりながらも、ほっと安堵する。
断られたら、どうしようかと思ってた・・・。
断られて当然なんだけど、やっぱりそれはそれでショックだし。
手編みのマフラーを巻いてる山崎を見ながら市販のマフラー巻くのなんて嫌だったし。
・・・何より、また、柊沢からマフラーを貰って、ありがとうって、言いたかった。
「そうだ、李君」
「ん?」
「先日のは僕が勝手に色を選んでしまいましたから・・・今度は貴方が選んで下さいね」
「え・・・俺が?」
「はい。・・・好きな人の為に作るマフラーですから。帰り、一緒に手芸屋さんに行きましょう」
好きな人。
そう優しい微笑みと声で言われて。
火に包まれたみたいに、一瞬にして顔がボッと熱くなった。
今度こそ本当に”マフラーなんかいるか!”って、言いたくなるくらいに。
END.
なんとなく初心に戻ってツンデレ小狼君と余裕(猫被り)エリオル君。
小学5年生(正体明かす前)設定なので、エリオル君の一人称が僕です。
書いてて違和感バリバリでした。しおらしくて僕口調のエリオル君…!
嬉しいけど、照れ臭さと最初敵視してた経験もあり素直になれない小狼君。
そんでついつい酷い事言っては後悔して、次の日謝るのループ中。
エリオル君はそんな事とっくにわかってるので、ハイハイと笑ってます。