「何か面白い事ありませんかねー」
「・・・お前はもう少し平和を愛せ」
「十分愛しているではありませんか」
「なら騒ぎなんぞ起こすな!」


麗らかな昼下がり。

柊沢宅のリビングにある、大きなソファの上。

それこそ甘えん坊の子猫宜しく、エリオルとクレフがベタベタくっ付いている。

小さな旧友の身体をぎゅぅと抱き締め、頬をすり寄せるエリオル。
クレフの方も満更でもないのか、抱擁を甘受し、自分からも頬を寄せて眼を瞑った。
その内ゴロゴロと喉を鳴らすのではと言う程の和みぶりが、広い部屋に漂う。

「んー・・・でも暇じゃないですかぁ・・・」
「暇なら新しい魔術でも考案してみたらどうだ」
「それについても十分です」
「・・・また変な悪戯を企むと、しっぺ返しが来るぞ」

銀糸の髪にちゅっとキスを落とし、その見事な輝きを放つ髪に顔を埋める。
息を吸うと柔らかい優しい香りが胸を満たし、エリオルが満足そうに笑った。
一方のクレフはエリオルの胸に抱かれたまま、小さな手で抱き付き返す。
エリオルの身体からはいつも甘い花の様な香りがし、身も心も癒してくれるのだ。
この香りが好きで、この体温が好きで、優しい両腕が好きで。
自分は大分昔から、旧友の抱擁を受けると眠くなってしまうのだと。

早くもウトウトし出したクレフに、エリオルがニコニコと微笑む。

「お仕置きは怖かったですねぇ〜、今度はもうちょっと簡単な悪戯にしましょうか」
「・・・懲りない奴・・・もう私を巻き込むなよ」
「良いじゃないですか、今度は猫にでもなってみます?」
「い・や・だ」

また何やら良からぬ事を企み出したエリオルに返してから、更に強くぎゅぅと抱き付く。
どうやら本格的に眠くなってしまったらしく、顔をしきりにエリオルの胸に擦り付ける。
その仕草を見て、エリオルが優しく笑いながら、彼の白銀の髪を指先で梳いた。

「眠い?」
「・・・ん」
「ふふっ、こんな所で寝たら風邪ひきますよ。ベッドにお行きなさい」
「・・・お前にくっついてると、良く眠れるんだ」
「おやおや」

このままエリオルの胸で眠る気満々のクレフに、エリオルが思わず苦笑いを零す。
確かにソファの上、こうして一緒にまどろむのも悪くは無いが・・・。
いかんせんこの旧友は、身体が弱い事この上ない。
もしこんな所で寝こけ、体調を崩してしまったら元も子もない。

「ぎゅーってされたまま寝たいんですか?」
「・・・ん」
「うーん、それだと私もベッドに行けと?」
「・・・嫌なのか?」
「いえ、構いませんが・・・もしベッドに2人でいる所を見られたら・・・ねぇ」
「・・・う」

エリオルの一言に、クレフも思わず眼を開いて固まる。

勿論、ただ一緒に昼寝をするだけなのだから、やましい事など何も無い。
見られた所で何か問題があるとも思えないのだが・・・。

それは先日の件がなければの話だ。

また誤解を受けたら今度こそ許して貰えなさそうである。

「・・・でも、眠い・・・」
「はぁ、仕方ありませんねぇ・・・」

さてどうしようか。と、後数秒で眠りに落ちてしまいそうなクレフの頭を撫で、思案する。


その時、カチャリと音を立ててリビングの扉が開かれた。


「おや、お帰りなさい」
「・・・ん・・・?」

エリオルがすぐに顔をあげ、にこやかに声を送る。
それに反応し、半分眠りに入っていたクレフも、眼を擦りながら扉の方を見た。

「・・・ただいま」
「ただいま戻った」

それぞれ手に白い袋を持って入って来たのは、小狼とランティス。
どうやらまた買い物に出されていたらしい。
そして今回は大分急いで帰って来たのか、少し疲れた様子だった。

「ふふっ、お疲れ様。そんなに急がなくても、悪戯なんてしてませんよ」
「誰の所為だ、誰の」
「・・・お帰り、2人とも・・・」
「クレフ、どうした?眠いのか?」

小狼がエリオルに歩み寄り、頬に軽くキスを落とす。
それに返す様にエリオルからも小狼に口付けを送り、からかう様に笑ってみせた。
ランティスはクレフの眠そうな様子が気になったのか、エリオルに抱かれるクレフに視線を
合わせようと身を屈め、そのトロンと眠そうに開く瞳を見つめた。

「・・・ん」
「そうだランティスさん。クレフさんてば、抱っこされながら寝たいと駄々を捏ねまして・・・」
「っ・・・エリオル・・・お前な・・・」
「だから、私の代わりにぎゅってしてあげて下さいねー♪」
「あ、ああ・・・」

エリオルがほぼ眠りに落ちているクレフの身体をランティスに差し出す。
クレフは辛うじて残る意識で、気恥ずかしそうに身を捩ったのだが、それも無意味な事。
恋人の腕にアッサリ抱かかえられてしまい、暖かい体温にすぐ眠気がやって来る。

「う・・・ん・・・」
「・・・そんなに眠かったのか・・・」

数秒数える間に眠ってしまったクレフに、ランティスが思わず頬を綻ばせる。
こんな風に安心しきった顔で眠られてしまっては、そうもなるものだ。
クレフの小さな手が無意識にランティスの服を掴み、心地良さそうにすり寄る。
可愛らしいその仕草は、随分と心を和ませ、エリオルも楽しそうに笑った。

「さて、私もちょっとお昼寝したいですねぇ」
「・・・何だ。俺に枕になれって?」
「なってくれないんですか?寂しいですー」
「・・・ベッド行くぞ」

小狼が袋を置き、代わりにエリオルの身体を腕に抱く。
そのままヒョイと持ち上げると、同じくクレフを抱っこするランティスに声を掛けた。

「じゃあ俺等、コイツの部屋にいるから」
「ああ、俺もクレフの所にいる」
「ではまた後で、おやすみなさーい」
「・・・おやすみ、エリオル、シャオラン」


挨拶を済ませ、小狼がエリオルを抱いたままリビングを後にする。

そんな彼の首に腕を絡ませ、幸せそうにエリオルが頬を寄せた。


「・・・ねぇ李君」
「何だ?」
「やっぱり、エッチもお昼寝も抱っこも、李君が一番ですね」
「・・・何を今更」


エリオルの言葉に、小狼が呆れた様子で答える。

と言うか、一番だと。
一番も何も、他の者と比べられる様では困る。
そこは是非とも自分だけだと、そう言って貰いたい物だ。

「ったく」
「ふふっ、誤解の無い様、訂正しましょうか?」
「・・・良いよ、別に」
「おやまぁ」

何処となく不貞腐れた様子の小狼に、エリオルの口元に笑みが浮かぶ。
そんな素直な少年が、たまらなく愛しいのだ。


エリオルの部屋に入り、一緒にベッドに倒れ込む。

午後の柔らかな日差しはカーテンを透かし、暖かな空間を作り出していた。

そんな羽根の様な温もりに包まれながら、小狼がエリオルを抱き締めてやる。

エリオルの方も小狼の胸に縋りつき、まだ未熟な腕に頭を乗せた。


「・・・じゃあ、おやすみなさい、李君」
「ああ・・・おやすみ、柊沢」


恋人が眼を閉じ、次第に穏やかな息を立て始める。

それを確認してから、エリオルがコッソリ棚を見遣った。



・・・そう言えば、此間の呪文を改変した術、カードに封じておいたんですよねぇ・・・



恋人達の安らかな午睡の一時。


それが悪戯な魔法の所為で台無しになるまで、あと30分。
























END.

そして新たなる騒動へ。(今度こそ妊娠させられてしまえ!)
また魔術師コンビが女体になるのか、それとも彼氏ズが被害者か。
それともはたまた女体化ではなく別の何かか。エリオル君てばもう。
彼の辞書に『反省』と言う文字は無さそうです。暇が一番の天敵。
取り合えずクレフさんはそろそろ反撃した方が良い。