「エ〜リ〜オ〜ルゥ〜」


べたぁー。と言う擬音が良く似合う様子で、ルビーがエリオルに張り付く。

空調の効いたこの部屋は大分涼しい物の、人にくっつかれれば些か暑い。

けれどエリオルは気にした様子もなく、読んでいた本を閉じて苦笑いを浮かべた。


「何だルビー」
「あのねあのね、今度、夏祭りがあるじゃない」
「ああ・・・月峰神社のか」

ルビーの言葉を聞き、思い出す。
確か町内の掲示板にポスターが出ていた。
まだ当日まで日付はあるが、夏の盛りのこの日、そう遠い事ではない。

自分がコチラに来たのは去年の二学期。
よって、友枝町の夏祭りは経験が無い。

何処の祭りとも大差ないのだろうが、それでも行った事が無いのは事実だし。
少々自分も気になっていた所だ。


それに。


『なぁ、柊沢。・・・祭り、行かないか?』


可愛い恋人にも、デートに誘われていたりする。

そこまで思い出し、思わず頬を笑みに綻ばせた所で、エリオルが話を進めた。

「それで?祭りがどうかしたのか?」
「今度ねぇー、桃矢君と月城君とで遊びに行くのよー」
「・・・邪魔をしたいのか?」
「ちっがうわよぉ!月城君が、良かったら一緒にってぇ〜」
「・・・そうか」

なら良いけれど、と、エリオルが溜息を吐く。
コレは彼が可哀想だと。

「で?」
「それでね、エリオルにお願いがあるの!」
「何だ」
「浴衣作って!」
「・・・以前作っただろう・・・」

ルビーの眼を輝かせた頼み事に、エリオルは首を傾げた。
何せ、以前も手作りで浴衣を作ってやったのだ。それも、そう前の事ではない。
まだ十分に着れるだろう。と、問い掛けてみる。

「だぁってぇ、すっごく可愛い布地があったのよ!」
「・・・そうか」
「ね?ね?だから、お願い!作ってエリオル〜」
「あぁ・・・わかったわかった」

頬をグリグリと押し付けてくるルビーに、エリオルが早々に白旗をあげる。
どうせ断ったって食い下がってくるだろうし。
別に作る事が嫌な訳ではない。裁縫は好きな方だ。

「ありがとうエリオル!!」
「全く・・・しかし、買ったら良いんじゃないのか?」
「い・や!エリオルが作ってくれたのが良いんじゃない!」
「そうか・・・なら、頑張るとしよう。ホラ、布地を買っておいで」
「はーい!」

ルビーにカードを渡し、やれやれと笑って送り出そうとする。


しかしその瞬間、恋人のある言葉が脳裏を過ぎり、思わず”あ”と声を出した。


それを聞きとめたルビーが、キョトンとした眼差しでエリオルを見遣る。

「どうしたの?エリオル」
「いや・・・実は私も、李君に祭りに誘われているんだが・・・」

先日、ふと電話で交わした時の、会話。



『お祭りと言えば和装ですね。李君は浴衣、着るんですか?』

『まぁ・・・去年は着なかったから、今年は着るつもりだ』

『おや、それは良いですね。やはり装いも楽しまねば』

『・・・お前は?』

『え?』

『・・・お前の浴衣姿・・・見たい』



そう言えば自分も、彼に浴衣を着て来いと言われていたのだ。

ウッカリ忘れていた。恋人をガッカリさせる所だった。

危ない危ないと、見つめて来るルビーに、答えを寄越す。

「私も、浴衣を着て来いと言われて」
「なぁんだ!そうだったの?エリオル、浴衣無かったっけ?」
「ああ、私のは無いな。だからルビー、一緒に私の布地も・・・」
「それなら!エリオルの浴衣は私が買ってあげるわよ!」
「え?」

ルビーの眩いばかりの笑顔に、エリオルは思わず聞き返す。
何やらよからぬ事を考えているのか、突然の申し出だ。

確かにこの夏休み、ルビーは色々とバイトをしていたから、ポケットマネーはあるのだろう。

しかし、それなら渡したカードで一緒に布を買ってくれば良いのに。
そう思ったが、ルビーはお構い無しに明るく続ける。

「エリオルが私の浴衣作ってくれるから、私はエリオルの浴衣を買ってきてあげる!」
「いや・・・それはありがたいが・・・」
「大丈夫!サイズなんて大体わかるんだから!安心して!」
「ルビー、私が不安に思っているのはそこじゃなくて・・・」
「その他一式、ちゃーんと見繕ってあげる!じゃ、いってきまーす!!」


止める間も無く、ルビーはカード片手に部屋を飛び出してしまった。


・・・買って来てくれるのは、勿論嬉しいが・・・


「・・・ルビーの事ですから、まとのなのは買ってきませんよ、エリオル」
「・・・わかっているよ、スピネル。・・・覚悟はするさ」


一部始終を見守っていたスピネルが、呆れた様に口を開く。

声を掛けられたエリオルも、そうであろうとは予想がついているので、溜息混じりに返した。










「じゃあ、エリオル君も来るんだ!」
「ああ・・・」
「まだいらしてませんわね、大分早い時間ですもの」


神社の近く。

薄闇に包まれ、祭りの灯りが周囲を照らし出した頃。

人通りの多い中、3人の影が1人を待つ。


鶯色の浴衣を着た小狼。

桃色の浴衣を着た桜。

藍色の浴衣を着た知世。


「それにしても、お前等も祭りに来てたのか」
「うん!知世ちゃん達と一緒に行こうって」
「ええ、折角のお祭り、さくらちゃんの浴衣姿が撮影出来る日ですもの!」
「そ、そうか・・・」
「ほえぇ・・・」

知世が、頬を赤らめビデオカメラを取り出す。
その相変わらずの様子に、小狼と桜は冷や汗を浮かべた。
3人の間に漂う特殊な空気を払おうと、桜が慌てて小狼に問う。

「で、でも!エリオル君まだかなぁ、いつも早く来るのに」
「ああ・・・まだ5分前だけどな、アイツにしたら遅いか・・・」
「うん、これだけ人多いから、中々来れないのかも」
「それに浴衣だろうしな・・・」
「ほえ?エリオル君も浴衣なんだぁ」

小狼の言葉に、桜が笑顔を浮かべる。
彼の事だから、きっと浴衣も優雅に着こなしてくるのだろう。
容易に想像出来るその姿に、桜はほわんと微笑みを零した。

「似合うだろうなぁ〜」
「ああ・・・そうだな」
「そろそろいらっしゃらる時間ですわね」

知世が時計を見て呟いた瞬間、3人の背後から優しい声色が聞こえた。



「お待たせしてすみません。ルビーの着付けを手伝っていたら時間が・・・」



まさか背後から来るとは思わず、小狼達の反応が一瞬遅れる。

しかし、すぐにハッとすると、3人とも笑いながら振り向いた。


「いや、時間通りだから・・・」


そして、三者三様に固まった。

小狼は目を見開いて。
桜はキョトンとして。
知世は上品に”まぁ”と声をあげて。


「・・・この浴衣についての苦情なら、ルビーにお願い致しますね」


団扇を優雅に口元に当てながら、エリオルが苦笑いで零す。


その彼の髪は、綺麗な蝶と花細工で飾られていた。






「ほぇ〜・・・でも、似合ってるよ?エリオル君」
「ありがとう御座います・・・と、言っておきましょうか」
「紫がとてもお綺麗ですわぁ、秋月さんがお選びになりましたの?」
「ええ、全て彼女が」

カランカランと、漆塗りの下駄を鳴らし、エリオルが3人と歩く。
赤い鼻緒には蝶のモチーフがついており、随分と可愛らしい。

黒い光沢のある髪は、少量を後ろで留めている。
先程揺らした、紫の蝶と花のあしらわれた髪飾り。

着用している浴衣は、高貴な藤色が夜風になびき、灯りに映える。
生地には光る蝶が舞っており、幻想的で静かな模様が染められていた。
紅の帯がキュっと締め、可憐な印象をコチラに与えて来る。


・・・つまりは、少女用の浴衣だ。


「・・・何で着てくるんだ、お前」
「浴衣を着て来いとおっしゃったのは、貴方ではありませんか」
「そうだけど・・・」
「他に無かったのですよ。見逃して下さい」

苦笑いを浮かべるエリオルに、小狼は腑に落ちない表情を浮かべる。
その顔を見て、そこまで嫌か。と、エリオルもどうして良いかわからない。
自分で言うのも何だが、中々似合っていると思ったのだが。
元が女顔だし、華奢であるし、色も白い。
ルビーの喜び様からしても、大分馴染んでいると思う。

・・・が、恋人はどうやら、お気に召していない様だ。

「・・・さくらさんと大道寺さんは、お2人で?」
「ううん、この辺りで千春ちゃん達と合流するんだ!」
「ええ、ですからお2人とは此処でお別れですわね」
「そうですか・・・では、お祭り、楽しみましょうね」
「うん!またね!エリオル君、小狼君!」


恐らくここが待ち合わせの場所なのだろう。

桜と知世は足を止め、小狼とエリオルを見送る。



そのまま、不機嫌そうな小狼と2人きりになってしまい、エリオルは困った様に彼を見た。



「・・・李君」
「・・・・・・なんだ」
「そんなに、似合いませんか?」

もう、少し見上げなければ彼と目線が合わない。
本当に少年とは成長が早いと感嘆しながら、エリオルは問うた。
此処まで不機嫌になられては、折角の祭りが台無しだ。
それも、恋人同士のデートなのである。是非とも、良い想い出にしたい所。

「・・・そうじゃ、なくて」
「?」
「別に、似合わない訳じゃ・・・寧ろ、何でそんなに似合ってるんだ」
「そうですか?」

ようやく彼から言葉を聞け、エリオルが少し安堵を零す。
どうやら似合っていない訳ではないらしい。それはそれで複雑だが。
ならば何故、彼はこんなにつまらなそうな顔をしているのだろう。

「・・・なら、どうして?」
「・・・お前が、そんな格好して来るってわかってたら・・・」
「え?」
「・・・・・・何でもない。他の奴に見せたくなかっただけだ。それだけ!」

顔を赤くして、ぶっきら棒に答えた彼。
そっぽを向いてしまったが、丁度見えた耳まで真っ赤で。

可愛らしい独占欲に、エリオルは思わず噴き出した。

「ふふっ・・・嬉しいですねぇ」
「うるさい」
「おやおや・・・では、お気に召して頂けたと言う事で?」
「・・・あぁ」
「それは良かった」

ニコリと笑うエリオルに、小狼はグッと言葉を詰まらせる。

そして、暫くぶすくれていたが、ふと、思い立った様に足を止めた。

「?」
「・・・折角なんだから、眼鏡外せばどうだ」
「眼鏡、ですか?構いませんが・・・」
「・・・その方が、可愛い」
「・・・ふふふっ、貴方がそう言うのでしたら」

小狼の一言に、顔を覆っていた眼鏡をスッと外す。
別に外したからと言っても、見えなくなる事はないのだが。
外すと余計少女に見られる。今の装いでは好都合かもしれないけれど。
小狼もそれが言いたかったのだろう、眼鏡の無い顔を見て、少しまた顔を赤らめた。

「ねぇ李君。人が多いですね」
「まぁ、祭りだからな」
「はぐれてしまいそうですねぇ」
「確かに・・・お前細いしな」
「眼鏡もありませんから、貴方を見失ったらどうしましょう」
「・・・見えてるだろうが、お前」
「ふふっ」

エリオルの芝居掛かった言葉に、小狼は眉を顰める。
けれどその頬には、相変わらず濃い朱が刷られていて。


ニヤニヤと見つめて来るエリオルに、コホンと照れ隠しの咳払い。


それから、スッと手を差し出す。


「・・・ホラ」
「ありがとう御座います」
「・・・素直に言え」
「素直に言ったら、すぐ繋いでくれます?」
「・・・ああ」
「じゃあ、今度から素直になりましょう」

差し出された、自分よりも大きく色の焼けた手を、エリオルが握り返す。

そして細い指を絡めると、そっと小狼に寄り添って歩いた。

小狼の方も心地が良いのか、暑いと文句を言う事も無く、そのままエリオルの手を包む。


「・・・ああ、素直になるのなら、1つ貴方に言わなくてはならない事が」
「何だ?」


手を繋いだまま、エリオルがスッと彼の耳元に小さな唇を寄せる。

そのまま、熱を持つ小狼の耳に、悪戯な色で囁いた。




「私今、下着つけてません」

「ッ!!!??」




瞬間、小狼が盛大に転び、エリオルの笑い声がコロコロ響いた。






















NEXT.

多分エリオル君はこの後逆襲される。
紫の浴衣に蝶の柄、そして蝶と花の髪飾り。
もう夜の蝶と言っても差し支えない。(意味が違う)
そしてきっと違和感がない。この美少女!
絵としてはこんなイメージ。李君に襲われてしまえ。