「ラ、ランティス・・・その、コレ・・・」


クレフが差し出した可愛らしい箱。

しかし、その中身を見たランティスは、少々複雑そうな表情を浮かべた。

「・・・クレフ、コレは?」
「あ、その、チョコレートだ」
「・・・あの甘い菓子か」

案の定のクレフの回答に、ランティスの眉が顰められる。
明らかにマイナスな反応を寄越した彼に、クレフは不安そうに視線を送った。

「・・・知っているのか?」
「ああ・・・オートザムで食べた事がある」
「そ、そうなのか・・・もしかして、苦手・・・か?」
「・・・正直言えばな」

何処かショックを受けた様なクレフに首を傾げながらも、素直に答える。

オートザムにいた頃、ジェオに貰った事があったのだが。
元より甘い物を好かないランティスにとって、そのチョコの甘さは強烈で。
一口食べただけで胸焼けが酷く、その甘さに反比例して苦い思い出となっている。

以来、菓子類、特にオートザムでジェオに押し付けられた物は遠ざけていたのだが・・・。

と、クレフの差し出しているチョコを見て、ふぅと溜息を吐いた。

「・・・ひ、一つも、食べられないか・・・?」
「・・・そうだな・・・少し、辛い物がある」

彼の持っているチョコは一口大の丸い形をしている。
いくつか入っているのだが、それのどれも同じ物である事は見れば明らかだ。
粉が振りかけられているそれは、見るからに甘ったるそうで。
食べてすらいないのに軽い胸焼けを覚えたランティスは、気まずそうに首を縦に振った。
それを受けて、クレフは悲しそうな色を大きな瞳に映し、小さな肩をシュンと落とした。
愛しい人の落ち込んだ様子に、ランティスは慌てて謝罪を口にする。

「・・・すまない・・・貴方がくれる物ならば、受け取りたいのだが・・・」
「い、いや、良いんだ。・・・苦手ならば、仕方ない」
「・・・ところで、何故突然チョコなど?」
「えっ・・・そ、その・・・」

今度はランティスから問い掛けられ、クレフはキョロキョロと視線を彷徨わせて口篭る。
まず彼が菓子を自分に持って来る事自体珍しい事だし。
そして勧められたそれを自分が断った事で、こんなにも残念そうな反応を示したのだ。
何か理由があるのだろうとそれを聞いてみたのだが、クレフは中々答えてくれない。

「・・・クレフ?」
「いっ・・・いや、な、何でもない!ほ、本当に、何でも・・・」
「しかし・・・」
「で、ではな、ランティス!その、苦手な物を勧めて、すまなかった!」
「!?ま、待てクレフ!」

結局チョコの入った箱を抱えたまま、クレフはランティスから逃げてしまった。

咄嗟に止めようとするも、こう言う時だけは足が速いクレフ。
伸ばした手は虚しく空を掴んだだけだった。

何でもないだと。そんな訳があるか。

小さな恋人の逃げ出す様子を見て、ランティスが呆れた様に息を吐いた。
彼がああ言う風に言葉を濁していきなり逃げ出す時は、100%何かあった時だ。
そしてそれは、主に恋愛面での事であると思ってまず間違いない。
奥手で照れ屋で恋愛経験がほぼゼロの彼は、アプローチするのが非常に苦手で。
積極的になろうとすると羞恥と恐怖が勝り、ああやって話も聞かず逃げ出してしまうのだ。

だから今回も、確実にあのチョコと恋人である自分が何か関係しているのだろう。

それについて何としても知り、早急に彼の元へ行かなくては。


そう考え、クレフを追い掛けるよりも先にチョコに関する情報を集めようと。

悲しげに俯いた彼を心配しながら、急ぎ足で広間へと足を進めた。






「さぁ・・・良くわからないな、チョコについても詳しくないし」

フェリオ談。

「ちょこれーと?それは・・・地球のお菓子とかなのかしら?」

プレセア談。

「僕は良く知らないけど、チョコならウミが前に食べさせてくれたよ」

アスコット談。

「知らんなぁ、何やイベントでもあるんちゃうか?ウチは食べた事ないけど」

カルディナ談。

「・・・俺に聞かれてもな」

ラファーガ談。

それと、唯一知っていそうな人物。
セフィーロで穏やかに療養しているイーグルにも聞いてみたのだが・・・

「チョコは知ってますが、それを使ったイベントは特に・・・」

期待外れ、彼も知らなかった。


さてどうしたものかとランティスが顎に手を添え考える。

早く解決しないと、クレフの元へ謝りにも行けない。
今頃彼が『言わなければ良かった』等と自己嫌悪に陥っていると思うと・・・。

「・・・早くしなければ・・・」

ただでさえ自分を責めてしまいがちな彼が、自分の所為で落ち込んでいるとあらば。
何としてでも彼の目的を知らなければ。
そして必要であるなら、今日明日と胸焼けに苦しむはめになろうと、あのチョコを食す覚悟で。


そう悲壮な決意を胸に固めた所で、背後から聞き馴染んだ明るい声が自分を呼んで来た。


「ランティスー!!久しぶりだなー!」
「・・・ヒカル?」


炎の色をした髪を揺らしながら、小柄な少女が駆け寄って来る。
太陽の様に明るい笑顔は健在で、コチラも自然と笑みを浮かべてしまうような爛漫な彼女。
光の後ろには海と風の姿もあり、どうやらいつもの3人組で遊びに来たらしかった。
久しぶりに顔を見せた彼女達に、ランティスも少し表情を綻ばせて3人を迎えた。

「久しぶりだな、元気だったか」
「うん!ランティスも元気そうだな!」
「元気そうで安心したわ」
「お久しぶりです、ランティスさん」

相も変わらず人懐こい彼女達はランティスに花の咲くような笑顔を向ける。
それにランティスが答える前に、光がすっと何かの包みを彼に差し出した。

「?」
「あのね、ランティス、チョコレートって知ってるか?お菓子なんだけど・・・」
「・・・ああ」

光の思いもよらぬ言葉に、ランティスが少し眼を見開きながら答える。
まさか、今日一日聞いて回っていたそれの話題が出るとは夢にも思わず。
しかしこれは好機であると、チョコが苦手と言うのは伏せて彼女の話を聞く事にした。

「私と海ちゃんと風ちゃんで作ったんだ!良かったら、食べてくれるか?」
「あ、あぁ・・・ありがとう」
「良かった!一応、甘さは抑えたんだよ!」
「そうか・・・所で、聞きたいんだが・・・」
「?」

彼女達の合作だと言うチョコを受け取り、ランティスが笑顔の光に問い掛ける。


このチョコレートを渡す意味は何なのか。


それを聞いた彼女達、いや、光以外の2人はピンときたらしく。

今日チョコを渡すと言う事にどう言う意味があるのか。

少し誇大表現を交えながら異世界人の彼に詳しくレクチャーを開始した。










「クレフ!」
「うわっ!?」


自室にて自己嫌悪に沈んでいたクレフの元。

大きな扉を叩き付ける様に突然開けられ、クレフがビクリと肩を跳ねさせる。

何事かと眼を白黒させながら開け放たれた扉を見つめ、少し怯えた様子で来訪者に声を投げた。

「ラッ、ランティス!?な、何だ突然、ノックぐらいしたらどうだ・・・!」
「すまない、クレフ・・・だが、急いで確認したい事があるんだ」
「か、確認・・・?」

酷く焦った様子のランティスに圧され、オドオドしたままクレフが返す。
するとランティスは大股でクレフの元へ近づき、ソファに座る彼を腕に収めながら問い掛けた。

「・・・先程のチョコレートだが・・・」
「っ!」
「・・・今日は、バレンタインと言う行事のある日らしいな」
「ど、ど、何処でそれを知った!?」

彼の反応からして、それが正解なのだとランティスは悟る。
何故そこまでして隠すのかと呆れもしたが、それよりも喜びが胸に湧き上がった。
海や風から聞いた、バレンタインにチョコを渡す意味。
それが間違いでないのならば。

「バレンタインとは、好意を持っている相手にチョコを渡す日だと聞いた」
「だ、誰に聞いた!?」
「・・・光達だ。地球にそう言う行事があるらしいな。・・・エリオルに聞いたのか?」
「っっ・・・!!う、うるさいっ、もう良いから忘れろ!」
「そうはいかない」

羞恥のあまりジタバタと腕の中で暴れるクレフを無視し、話を続ける。
もうクレフにしたら恥ずかしさで貝になりたい気分なのだろうけれど。
少しくらい、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに瞳を潤ませる彼を楽しむのも悪くは無い。

「・・・光達がくれたチョコは、義理チョコと言う物らしい。親しい友人や世話になった人物に
 日頃の感謝を込めて渡す類の物なのだと聞いた」
「そっ、そうか・・・」
「・・・そして、もう1つチョコの種類があるとも聞いたな」
「うっ・・・も、もう嫌だ、恥ずかしいから!それ以上虐めてくれるなっ!!」

真っ赤になった顔を隠す様に、ランティスの胸に顔を擦り付ける。
可愛らしいその様子は、何だかか弱い小動物が懐いてきたかの様で。
そんなクレフの美しい白銀の髪を指先で優しく梳きながら、彼女達から聞いた言葉をそのまま告げる。


「本命チョコと言う、想い人や恋人に渡す、愛情を込めた特別なチョコがある。・・・と」
「〜〜〜っ!!」


湯気が出てしまうのでは。と危惧してしまう程に真っ赤なクレフの顔。

それは即ち、彼が先程渡そうとして来たチョコが、その本命であると告白している様な物で。

「・・・貴方のチョコは、どちらなのだろうな」
「っ・・・お前は、いつからそんなに意地が悪くなったのだ・・・!」

涙を溜めた眼で見つめて来る彼は、もう隠すのを諦めた様子だった。

「・・・嬉しいな、貴方から愛情を直接表現して貰うのは」
「・・・私だって・・・偶には、その・・・ちゃんと、伝えたいと・・・」
「・・・それで気になっているんだが」
「?」
「・・・貴方が用意してくれたチョコは、どうした?」
「え・・・」

愛らしい彼の言葉を聞いてから、ランティスが本題を切り出す。

彼が用意してくれたのが、恋人への愛情を示したチョコだと言うのなら。
例え夕食が食べられない程胸焼けを覚えても、全て自分が受け取ってしまいたい。
そう思うのだが、テーブルの上にも何処にも先程の箱が見当たらないのだ。

一体何処へやったのかとクレフを見ると、彼は非常に気まずそうに俯いた後、ポツリと呟いた。



「・・・た、食べてしまった・・・」



小さな小さな声。
しかし、2人しかいない部屋には、勿論良く響いて。
予想外のその返答に、ランティスは数瞬言葉を失ってしまった。

「・・・貴方が、か?」
「・・・そうだ」
「・・・・・・何故食べる」
「だ、だって!お、お前はいらないと言うし!そ、それに、だな・・・」

意識していないながらも、何処と無く責める様な声色になるランティスに、クレフがバッと顔を上げる。
そして、弁解をする様に慌てて言葉を捲し立てた。

「あ、あ、あのチョコは、お前にっ・・・こ、恋人に、す、好きだと言う気持ちを籠めて作った物だ!
 ・・・ほっ、他の誰かに・・・食べさせるのは・・・何だか、嫌だったのだ・・・」

だから・・・自分で。
と、次第に弱々しくなる声で、まだポツポツと理由を零し続けるクレフ。
だがランティスはそれに構わず、少々驚いた様子でクレフに問い掛けた。

「クレフ、あのチョコは・・・貴方の手作りなのか?」
「そ、そうだ。・・・その、あまり、上手には作れなかったが・・・」
「・・・何故それを言ってくれなかった・・・」
「?」

クレフの言葉に、ランティスが額を押さえる。

愛情を告げる為のチョコ。恋人に渡す為のそれ。

そのチョコが、まさか彼の手作りだったとは。

彼の手料理など、中々食べられる物ではない。
いいや、恋人になってから作ってくれた事など、一度も無かったのだ。
もう既に霞み始めるくらい過去に遡れば、それこそ修行時代に作ってくれただろうかと言うくらい。
それだけ貴重であり、尚且つそれが愛を伝える為の物だったなど。

悔しい程度では治まらない。

「それが分かっていたら・・・何があっても受け取っていたのに・・・」
「う・・・だ、だが、無理して食べて、気分を悪くしても・・・」
「・・・だからと言って、何故貴方が食べる・・・」
「だ、だから、他の者には渡したくなかったし、捨てるのも勿体無いだろう・・・」

お前は受け取ってくれなかったし。と、少し不貞腐れ気味に呟いて、クレフがソッポを向く。
どうやら少し拗ねてしまったらしく、多少の羞恥と後悔も含め、頬をふくりと膨らませて。
そんな彼も大変可愛らしいのだが、ランティスの方とて後悔もしていれば拗ねたくもなる。

受け取らなかったのは自分であるが、そう言う行事だと知っていれば拒む理由など一切無いのに。

「・・・全く、貴方は・・・」
「な、何だ!私が悪いとでも言うのか!?」
「そうではないが・・・そう言う物だと知らせてくれても良いとは思わないか?」
「うっ・・・そ、それは・・・そう、だが・・・嫌いな物を無理に渡すのも・・・」
「・・・まぁ、良い。・・・今から貰う」
「は?」


ランティスの予想外の言葉に、クレフはフイと逸らしていた顔を彼に戻す。

と、それを合図とした様に、ランティスの顔がズイと近づいてきた。


「わ!?っ・・・んっ、んぅっ・・・!?」


前触れも無く重ねられた唇に、クレフの眼がいっぱいに見開かれる。
油断していた唇は簡単に抉じ開けられ、咥内を味わうかの様にランティスの舌が蠢いた。
歯茎と上顎の舌先で擽られ、奥に逃げていた舌を絡め取られ、クレフの眼から涙が零れ落ちる。
小さな白い手でランティスにしがみ付き、濡れた瞳を閉じて。
口から零れそうになった唾液をランティスが啜った所で、ようやく無防備だった唇を解放してもらった。

「はっ・・・は・・・はぁ・・・ぁ・・・ぅ・・・」
「・・・甘いな」
「っ・・・だ、から・・・チョコを、食べたのだと・・・!」
「だが、いくら味わっても胸焼けはしないな」

舌で震える唇を舐められ、クレフがピクリと跳ねる。
そのままソファに寝かされて、ランティスが覆い被さりながら耳元で囁いた。


「・・・貴方からの本命チョコは、来年まで待つとしよう。
 ・・・だから今年は、チョコよりも甘い物を貰う事にする。・・・食べても良いか?」


耳に口付けを落とされ、クレフが口をパクパクと開閉する。
突然の事態に少々パニックに陥ったらしいが、すぐに我を取り戻し、朱の走った顔を背ける。
そして一言、小さく、それでもチョコの様に甘い声で、ランティスにポツリと告げた。



「・・・食べても、良い・・・が・・・せめて、ベッドで食べてくれ・・・」







光達から貰ったチョコは、テーブルの上に置かれている。

しかし、そのチョコが食され溶けるよりも先に。

ランティスの本命が、ベッドの上で彼に甘く溶かされ、余す所無く喰い尽くされていた。
























END.

ランクレバレンタイン。
奥手で重要な事を言わないクレフさん。
そして無自覚フラグクラッシャーランティスさん。
相変わらず究極の組み合わせです。もどかしい!
クレフさんはエリオル君に本命の意味を聞いてトリュフを作りました。
ランティスさんは来年、胸焼け覚悟で完食すると思います。