・・・ああ、今、何時だ。


沈んでいた意識を取り戻し、時計を見ようと寝返りを打つ・・・つもりだったが、叶わず。


何故って、寝返りの1つすら打てない程、疲労困憊状態だからだ。


無理矢理動こうとすると身体が悲鳴を上げる。

腰と言わず、もはや全身。

あと、喉。喉が痛い。声上げすぎた。色々飲み過ぎた。言えない様な物を。



うーうーとだらしなく唸っていると、身体を丁寧に清めてくれている感触に気付く。



チラリと眼だけで見れば、李君が私の、元々白いのに更に真っ白くなった身体を拭いてくれていた。

・・・何で白くなったかなんて、聞かないで欲しい。

もうベタベタだ。まだバレンタインの時の、チョコ塗れになった時の方がマシだ。

だってあっちは甘い食べ物だから。こんな苦い体液じゃない。


いくら身体を拭いてくれても、体内にある大量の白い液体までは綺麗にしてくれないだろう。


タプタプ言う腹を気にしながらも、何でこうなったのかを必死に思い出そうと鈍った思考回路を働かせる。



・・・そう、今日は朝から李君が来たんだった。

早くに。と前もって知らされていたが、まさか朝とは思わず、少々驚いたのだが問題は特になかった。

朝食は?と私が聞いた所まではごく普通だった。・・・その後だ。

突然ベッドに運ばれたかと思ったら、あっと言う間に・・・こんな事に・・・。

そんなに欲求不満だったのか、いやそれはない、だって一昨日もしたじゃないか。

思い出せ、何故彼がこんな無茶な行為に出たかを。


少し回復した身体をちょっと動かし、何とか時計を視界の端に入れる。



・・・午後4時過ぎ・・・



朝、彼が家へ来たのは何時だったか。ああもう考えたくない。

何時間ベッドの上で好き勝手されていたのだ私は。

何回したかなんて、もう恐ろしくて思い出す気にもなれない。


「柊沢、起きたのか?」
「・・・おきました・・・」


声が掠れている。可哀想だ、自分が。

なんだか泣いてしまいたくなったが、さっき散々泣いて啼いたので、ぐっと堪える。

良い歳した男が、事後に泣きじゃくるなど許されない。10代の乙女ではあるまいし。


「・・・平気か?」
「へいきに・・・見えますか・・・」
「・・・見えないな」


相変わらず彼はマイペースだ。

小学生の頃は、もっと純情で、初心で、面白いくらい照れ屋な子だったのに。

いつの間にこうなった。と聞いたら、『お前を待つ3年間で』と言われた。私の所為か。


いやそれは今は置いておこう。


何故彼がこんな事を突然して来たか、だ。


「・・・なんで、突然こんな・・・欲求不満ですか・・・」
「お前、今日なんの日だか知ってるか」
「今日・・・今日は・・・3月・・・14・・・・・・あ」


李君に問われるまま日付を思い出す内、ようやく今日がホワイトデーだと気付いた。

そうだそうだ、昨日さくらさんと知世さんに、一日早いですがとお返しを渡したんじゃないか。

忘れていた・・・老化現象だろうか。まだ40代なのだが。


・・・いや、待て。

と言う事は、なんだ。

彼がこんな事をしたのは・・・まさかとは思うが。


「・・・それが、どうしてこんな・・・」
「3倍返しだろ、ホワイトデーって」


ああ、わかりました。わかりましたから詳しく言わないで下さい。

もう十分お返しは頂きました。白いのを。3倍と言わず10倍くらい。


と言うかですね、バレンタインに、私はチョコ塗れになって貴方に食されたのですよ。

それなのに何故ホワイトデーまで真っ白になって食されているんでしょうか。

おかしいでしょう、返して貰う所か搾取されっぱなしじゃないですか。


そう言いたくとも、もう気力がない。

ただでさえ喉が痛いのだ、もう何もかも嫌だ。



またしてもあーだのうーだの唸り始めると、身体を拭き終わったらしい李君が圧し掛かってくる。



まさかまた!?と、思わず逃げそうになる身体を押さえ込まれ、ついでに顔を覗き込まれた。


彼の切れ長の眼に映った私の顔は、どうにもこうにも、酷く怯えた様相で。


我ながら酷い顔をしていると呆れてしまった。・・・だって、もう身体が限界だ。襲われたら壊れる。



「ホラ」
「え・・・」



私がビクビク固まっていると、李君は溜息混じりに、何かを私の鼻先に押し付けてきた。

シーツを握り締めてばかりだった手を開き、何事かとそれを受け取る。

・・・綺麗に包装された、細長い箱。

ああ、きっと、ホワイトデーのプレゼントだろう。

・・・コレだけで十分嬉しいのに、何故オプションの方がメインになっているのか。


まぁ良い、彼がくれた物が気になって、中を見て良いか彼に問うてみる。


「あの・・・見て良いですか?」
「ああ」


簡潔な返事を貰い、ではと遠慮なく包装を剥がす。

可愛らしいリボンを解き、カサカサと音を立てて紙を剥ぎ、現れた白い箱をパカリと開ける。



「・・・ネックレス・・・?」



いや、ペンダントと言った方が良いか。

・・・取り合えず、男性がつけても大丈夫そうなデザインだが・・・



「・・・アクセサリー続きですね・・・」



何せクリスマスには指輪を貰ったのだ。

今、私の左薬指にピッタリはまっている、銀のそれ。

それと交互にプレゼントを見つめながら、思わず礼より先に李君に聞いてしまった。


「・・・まさか、私の誕生日にはイヤリング、なんて事は・・・」
「それはない、安心しろ」
「・・・良かった・・・」


流石にイヤリングは敷居が高い。ピアスですら開けていないのに。

まぁ、それなら良いか。中々シンプルなデザインだし、つけていても良いだろう。


「・・・でも、綺麗ですね、ありがとう御座います」
「いや・・・良い」
「ところで、ついているプレートは・・・」


細身のチェーンに吊り下げられた、同じ色の薄いプレート。


引っくり返して見てみると、『S.L』と書かれていた。


「・・・蒸気機関車?」
「お前な」
「嘘ですよ。・・・貴方のイニシャル、でしょう?」


笑って返せば、李君は全くと呆れた声を漏らす。

なんだか私の方が子供みたいだが、悪くは無い。

・・・それにしても、何故彼のイニシャルが入ったペンダントを。


そんな私の疑問を読み取ったのか、李君が意地の悪い声で答えを寄越して来た。



「・・・本当は首輪にしようと思ったんだけど、ペットじゃなくて恋人だからな、ペンダントにした」



・・・確かに、ホワイトデーに恋人から首輪を渡されたら、泣く。みっともなく泣きじゃくる。

いやいやそこではない、何故そうなった。何故その選択肢なんだ。


「あの・・・何故首輪と言う選択が・・・」


私の縋る様な情けない問い掛けに、彼は少し泣きそうに笑って、こう言った。




「・・・お前が、もう何処にも行かないように、俺の傍に繋いでおこうと思って」




李君の小さな声に、思わず言葉を無くす。


彼にはまだ、トラウマとなっているのだろう。




私が彼を置いて去った、あの時の事が。




流石に、コレばかりは何も言えず、黙り込むしか出来ない。

・・・だって、彼に、少年だった彼の心に、私がつけてしまった傷は・・・それ程までに深かったのだ。

『似合うから』とか、『女みたいな顔だから』とか言う理由ではなく。


また私が消える恐怖に駆られてペンダントを選ばざるを得なかった彼に、慙愧の念しか沸かない。


「・・・ごめん・・・なさい・・・」
「・・・謝るなよ」
「だ、だって・・・そこまで深く、貴方を傷つけて・・・」
「良いんだ。・・・ただ・・・もう、何処にも行かないでくれれば・・・」


笑う彼に、軋む両腕を必死に伸ばす。

腕の間に身体を滑り込ませた彼を、ペンダントを握り締めたまま、キュ。と包み込んだ。


微かに震える彼の身体が、軋む体よりも一層心を痛くする。


「もう、何処にも行きませんから・・・」
「わかってる。・・・でも、やっぱり怖いんだ。・・・だから」
「・・・つけてますよ、このペンダント。・・・いつも、指輪と一緒に」


彼がこのペンダントに自分のイニシャルを入れたのは、彼の傍に私を繋いで置きたかったからだろう。

リードがない代わりに、彼の名前で、彼の元へ繋げる様に。


一種の独占欲に似たそのペンダントは、彼の心の傷。


ならば私は、ずっとそれを身に着けていよう。

首に掛け、胸に刻み、彼の辛さを忘れない様に。




暫く抱き合ったまま互いの体温を感じていたのだが、唐突に


きゅぅぅぅ・・・


と言う、間の抜けた音が響き、私と彼の間にあった静寂をガラガラと破壊してくれた。



・・・私の腹の音だ、すみません李君。



案の定キョトンとした李君の顔を苦笑いで見つめ、誤魔化す。

だって、朝から何も食べず、ずっとベッドの上で動いていたのだ、私は悪くない。

いくら腸内に白い何かをたっぷり出された所で、腹が満たされる訳ではないのだし。


「あ、あはは・・・お腹、空いちゃいました。・・・そう言えば、お菓子は無いんですか?」
「・・・お前なぁ・・・」


ホワイトデーと言えば、やっぱりお菓子じゃないか。

バレンタインもホワイトデーも、どちらとも結局私が食べられているのだ。

少しくらい、私にも何かを食べさせてくれ。

特に今日など、ずっと苦い物しか飲んでいないのだから、甘い物が欲しい。切実に。


そう眼で訴えると、李君は呆れた様に溜息をつきながら、キスを落として答えてくれる。


「・・・キャラメルガトーショコラ、買ってある。・・・来た時冷蔵庫に入れた奴」
「ああ、アレですか。じゃあ、早速食べに・・・」


身体が痛い所であるが、李君に運んで貰えば良い。

取り合えずその甘美な響きのケーキを早く食べたい、栄養補給と心の癒しを早急に。



・・・と、思ったのだが



「・・・ええと、李君?どいてくれないと・・・」



彼は私の上から退こうとしない。

それ所か、私が握り締めたままだったペンダントを取り、寝転がる私の首に丁寧に引っ掛けて。




「・・・もう一回、食べてから」




細いチェーンをリード代わりに握りながら、ご機嫌そうにそう言ってくれた。




ああ、首輪なぞなくとも、とっくに彼からは逃げられないのに。




そう返してやろうと思ったが、その声すら、彼の獰猛な口付けに食われてしまった。
























END.

高校生シャオエリ。
4コマ『少年と魔術師のバレンタイン』の後の話。
首輪とリード代わりに、アクセサリーと自分の名前で繋いでおく作戦。
エリオル君が少年にトラウマを残したのが悪い。
それにしても、朝食食べる前(8時くらい?)から午後4時まで・・・
約8時間、皆さんなら第何ラウンドまで行けますか。(死なない事を前提に)