「柊沢、朝だぞ」


珍しく、私より早くに目覚めたらしい彼が、優しい声で私を呼ぶ。

昨夜も存分に彼に愛された身体は、充実と共に疲労も覚えており、
中々ベッドから起き上がる事が出来ないのだが、そうも言っていられない。

何せ今日も平日だ。学校がある。

幸い、足腰も立たぬ程愛し抜かれた訳ではないし。
まぁ、いつも通りと言えばいつも通りの朝。
であるから、何とか気力を振り絞り、うつ伏せていた身体をゴロンと仰向ける。


すると間を置かず、彼の唇がおりてきて、私の口を軽く塞いだ。


「ん・・・」
「ん、ぅ・・・っ・・・」

まだ眼の開かぬ私は、その甘い口付けに、また眠りへと落ちそうになってしまう。
舌がスルリと咥内へ侵入し、擽るように歯茎を舐め上げてくる。
その感覚に思わず声を漏らしてしまった所で、ようやく閉じていた両目を開いた。

いけないいけない。まだ朝だ。
しかも平日。こんな時間から甘い一時を過ごしている場合ではない。

「ふ、ぁっ・・・り、くん・・・」
「ん、起きたか?」
「っ・・・は、い、おはよう御座います・・・」

絡まっていた舌同士が離れ、その先を互いの唾液が繋ぐ。
朝日に反射して銀に光ったそれがプツンと切れたと同時に、彼が身体を離した。

「・・・あ、れ、李君・・・?」
「どうした?」

挨拶をした自分の声。彼の名を呼んだ自分の声。
その声に何処か違和感を覚え、もう一度彼を呼ぶ。
しかし彼は何て事なさそうに私を見遣り、首を傾げてきた。

・・・寝起きだから、声が変なのだろうか?

初めて体験する出来事にコチラも首を傾げながら、彼を見つめる。
・・・うん、特に彼の反応がおかしい事もない。
声が変だな。くらいの事は言ってもらえると思ったのだが・・・。
もしかすると、彼は私の変化にあまり敏くないのかも知れない。
・・・ちょっとだけ、ショックだ。

「柊沢?・・・寝惚けてんのか?」
「え・・・いえ、その・・・な、何でも・・・」
「?」

違和感を拭い切れないまま、ニッコリ微笑む。
すると彼も、まだ少々腑に落ちない様子ではあったが、笑って返してくれた。
まぁ、彼が気に留めない変化ならば、大した事ではないのだろう。
いつも通り。何1つ変わらぬ1日が始まるのだ。


そう、Yシャツ一枚しか羽織っていない身体を軽く伸ばし、上体を起こす。


・・・何だか胸元にまで違和感があったのだが、気のせいだろうか。

・・・気のせいだろう、うん。

また彼に疑問を抱かせてしまっても仕方ない。
別に痛みなどはないし、気にしなくても良いだろう。
何はともあれ、さっさと身支度を整え、朝食と弁当を作らなくては。


そう思考し、ようやくベッドから出ようともぞりと身を動かしたその時。


李君が、彼にはしては珍しい、少々過激なジョークを飛ばしてきた。



「本当におかしいぞお前。生理でもきたのか?」



・・・・・・・・・。

・・・どう反応しようか。

本当の女性の前で、そんな事を言ってはいけませんよ。か。

それとも、大人になりましたねぇ。と、感慨深げに言うべきか。

・・・普段の彼からあまりにも掛け離れたジョークだけに、反応に迷う。
正直、どうして良いかわからない。誰かに助けを求めたいくらいだ。
しかも、下ネタと言ってしまえば下ネタだ。私は年上としてどうしたら良いのだろうか。


さてどうした物か。
と考え込んでしまった私の両肩を、李君が突然ガバッと掴んでくる。


「え、え、え!?」
「おい、柊沢!」
「は、はい」

その表情はやたらと真剣と言うか切羽詰っていると言うか。
兎に角鬼気迫る様相を呈していたので、思わず私も居直って彼の言葉を待ってしまった。
眉を顰め、心配する様な表情を浮かべた彼から出て来た次の言葉は、またしても私の
思考回路をグチャグチャに乱すのに十分な破壊力を備えていた。


「もしかして・・・本当に来たのか!?」
「・・・は!?」


今度こそどう反応すべきか・・・なんて考えている余裕はなく。
彼の言葉が冗談なのか本気なのかすらわからなくなってしまった。
・・・いや、冗談に決まっている。冗談ではくては困る!
第一男の私が月経など・・・そんなの、彼だって考えればわかりそうな物だ。
いくら小学生とは言え、月経の存在を知っているのだから、それも当然だ。
だとするとジョークか。ジョークなのか。迫真の演技なのか。それなら私は今すぐキスをする。

「・・・李、くん・・・あのぉ、何を・・・」
「いや・・・もしかして、来たのかと思って・・・」
「い、いえ、そんな、まさか・・・」
「・・・だよなぁ」

冷や汗を掻きながら首を振る。口元がどうにも引き攣ってしまうのは仕方ない。
取り合えず苦笑いで彼の言葉を否定すると、李君はほっとした様子で私から手を離した。
そこには同意が込められていて、少々引っ掛かるが、コチラも安堵を覚えた。

良かった、やはりジョークだったのだろう。
ジョークにしては迫力あり過ぎたが、まぁ悪くは無い。目覚ましよりも強力だった。眼が覚めた。

はぁ。やれやれ。
と、そろそろいい加減に身支度をとベッドを降りようとした、その時。



「まだ早いよな。6年生になったばかりだし」



床についた足から、ガクンと崩れ落ちた。











具合が悪いのかと心配する李君を何とか送り出し、玄関先でガクリと項垂れる。

こんな状況だが、意地でも朝食と弁当は作った。
まだ彼は子供。身体も未熟。毎日3食、バランス良い食事をきっちり取らねば。
よって今朝もしっかりと栄養面に気を配った食事を作った。弁当にはデザートもついている。
無駄に拘る、そんな自分が好きだからまぁ良い。大分疲れたが。

今日は休めと言う李君に、4時間目には行くと告げ、無理矢理行ってらっしゃいとキスを送り。
そして今玄関先で脱力している訳だが・・・こんな事している場合じゃない。


すっくと立ち上がり、Yシャツ1枚のまま駆け足で洗面所へと飛び込む。


扉を閉めるやいなや、たった1枚だけのそれを慌しく脱ぎ捨て、目の前の鏡を見た。


瞬間、倒れそうになった。



「・・・な、んで・・・」



洗面台の鏡に、全裸の自分が映る。

そこにいるのは確かに自分。柊沢エリオルだ。

・・・が、しかし。

柊沢エリオルと言う人物に、本来ついていてはならない物が存在し。

そして、本来ついていなくてなならない物の存在が、無い。


ああ、現実を直視する為、単刀直入に言おうか。


「・・・女性・・・?」


そう。胸がある。それもこの年頃にしては大分サイズが大きい。

あと、股間。本来あるべき男性器が綺麗サッパリ消えている。
あるのはほぼ無毛の・・・女性特有の丘とでも言おうか。兎に角それがある。

朝覚えた声の違和感。それはトーンの高さだ。
眠気で喉が起きていないのかと思ったが、女性になったのだったら話が繋がる。
胸の違和感も同じくだ。
普段ない脂肪の塊が胸を圧迫し、動く度その衝撃をコチラに伝えていたのだ。

最後に李君の反応。
月経が来たのか。と聞いてきたのは、私が女性で、尚且つ昨夜性行為をしたからだろう。
多分中・・・後ろではなく、膣に出してしまった為、そんな事を聞いたのだ。


・・・ああ、繋がる。確かに繋がるが・・・その繋がった糸の元は何処だ。


何故こんな事になっている。夢か?いいや、夢ではない。
それくらいわかる。私は夢を見ている時、それが夢だと即座に感じる。
しかも大体が予知夢だ。コレは全く違うと言って良いだろう。

では、コレが夢ではなく現実と仮定すると、いくつか原因が挙げられる。

1つは誰かの魔術の所為。
性転換の魔術でも掛けられたのか。周囲の者の記憶も操作されたのか。
ありえなくはないが、そんな魔術を扱える者が身近にいるだろうか・・・。
まず昨夜は魔力の気配も感じなかったし、この状況にメリットを見出す者もいないだろう。

2つ目は平行異世界。
コチラは先の推測にくらべ大分現実味が無いが、一応可能性として考慮しておく。
つまりパラレルワールド。
私達が普段いる世界と限りなく近い世界に、私がイレギュラーで入ったのか。
・・・となると、何故李君は私をごく普通に、普段通りに恋人として扱ってくれたのか。
その辺りは良くわからない。


兎にも角にも、私は今女性になってしまっている。
それだけは事実らしい。


「・・・どうして・・・」


本当にどうしてだ。

少なくとも呪文を掛けられた形跡は無いのだが。

うぅ・・・と唸っていると、不意に、今朝の状況をハッと思い出した。


「・・・エッチしたって事は・・・もしかして・・・」


そうだ。
何故か私だけにイレギュラーな事態が起こっているが、状況事態は変化が無い。
李君が泊まりに来て、エッチをして、同じベッドに眠って・・・。
・・・その状況に変わりがなかったのだから、当然私も、李君に抱かれた後の状態で・・・。

恐る恐る、指を、つるりとしてしまった股間に持って行く。

そのまま指を潜らせ、そぉっと女性器の存在を確認してみた。
・・・うん、本当にある。しかもリアルな感触。
そして膣穴の入り口を指先で少し探ってみると、早速ドロリとした何かが出て来た。
指を引き抜いて確認してみる。
・・・白い液体。
・・・・・・ああ、やっぱり、コッチで致した事になってるのか。

少し指で探っただけでコレだけ精液が出て来るのだから、それは生理前だったら危険だろう。

あと一応、普段使っている、後ろの穴にも触れてみる。
・・・こっちからも、生温い体液がトロリと零れてきた。
・・・・・・両方愛されたのか。本当に女性だったら今頃私は大変な事になっているな。

そう、元気な恋人を思い、ふっと思わず遠い目で笑ってしまった。


ああ、しかししかし。
身体の構造はバッチリ、完璧に女性になっているらしい。
原因はわからないが、行動を起こさねば話にならない。


先程脱ぎ捨てたシャツを再び羽織り、今度は足早にリビングへと向かう。


恐らくルビーは私より早く学校に行っただろう。
今日は雪兎が弁当を作ってくるとか言ってたから、弁当を待たず行った筈だ。
となると、残っているのはスピネル。
・・・彼にまず話を聞こう。


スリッパの音を立てながら、リビングの扉を開け放つ。


するとそこのソファにはやはり、スピネルが優雅に寝そべり、本を読んでいた。


「おや、エリオル・・・大丈夫ですか?小狼が、心配していましたよ」
「・・・スピネル・・・聞きたい事がある・・・」
「はい?何です、突然」
「良いから、答えてくれ。これから幾つか質問をする」
「はぁ・・・構いませんが」

訝しげなスピネルに、まず遠回しな所から質問を投げ掛けた。

「私の名は?」
「は?」
「良いから、私の名を答えてくれ」
「・・・柊沢エリオルでしょう」

ますます怪訝そうだが、気にしていられない。
取り合えず、私の存在は私のままであるらしい。
他人と入れ替わってしまった。何て事は無い様だ。

「・・・私の恋人の名は?」
「・・・李小狼」
「私の前世の名は?」
「クロウ・リード」
「・・・では・・・」

スピネルの答えは、全て私の中にある答えと一致する。

ならば。と。

本当に大丈夫かと心配そうに見つめて来るスピネルに、最後の質問を投げ掛けた。



「私の・・・性別は?」



スピネルの答えを、固唾を呑んで待つ。

するとスピネルは、呆れた様な溜息をついて、さも当然の様に答えを寄越した。



「女性でしょう。本当に何を言ってるんですか、貴女は・・・」



・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。











「エリオル!どうしたんですか!そんなに具合が悪いなら、部屋で休んでいて下さい!!
 ちょっと聞いてますか!?エリオル、しっかりして下さいエリオル!!」

「・・・・・・・・・」


スピネルの心配する声が、広いリビングに響く。

・・・が、私は頭を抱えてしゃがみ込んだまま、暫くそこから動けなかった。

























NEXT.

一部性転換のエリオル君♀話。
自分が女性になっていると気付いての混乱。
しかも昨夜に数発ヤった後なので身体もボロボロです。
性別変わってもバカップル。大して変わらない!