大丈夫かと心配するスピネルを無視し、フラフラ部屋へと戻る。

まるで生まれたての小鹿の様に震える足を叱咤し、何とか自室へ入った。

どうにかこうにかベッドへ辿り着き、柔らかいソレに倒れ込む。
少々行き過ぎたイレギュラー事態に、脳も身体もついてきていない。
兎に角落ち着けと。混乱をきたす自身の精神に言い聞かせ、大きく深呼吸をした。


「・・・どうしたものか・・・」


李君。
スピネル。
この2人が自分の事を女性と認識している。
・・・と言う事はほぼ確実に、他の人物も私の事を女性と認識しているだろう。
そしてそれが、今、当たり前の事態なのであると。
誰も私が元々男性だったと知らない。元から柊沢エリオルは女性なのだと・・・。

本当に、何がどうしてこうなった。

夢であってくれたならどれ程良いか。
自分の夢が予知夢であると思うとそれもどうかと思うけれど。
でも、現実より幾分マシだ。

けれど、うつ伏せに倒れ込んだ身体は、胸の弾力を嫌と言う程感じており。
コレが現実なのだと否応にも報せてくる。
と言うか苦しい。邪魔だ。胸の下にぶにぶにとしたクッションを入れている感じがして。

息が詰まり、ゴロンと仰向けになる。

すると胸も一緒にぷるんと揺れ、私の身体に圧し掛かってきた。

・・・重い。
Yシャツの上からでも良くわかる大きさと形の良さ。
寝転んでも尚形が崩れない所を見ると、大分良い乳房であるとも思う。
だがそれが自分についているとなると話は別だ。そんな事望んでいない。
つくならせめて、年相応の。
言うなれば小さめの胸が良かった。
何故こんなデカイのだ。何カップだ。恐ろしくて測れない。


「・・・そう言えば・・・」


ガバリと起き上がり、胸が揺れ千切れそうな痛みを覚えながらも、ハッとする。

・・・服。
私の衣類。

それらは・・・どうなっているのだろうか。


ベッドからおり、衣類をしまってあるチェストを開く。


・・・何故丁度下着の入っている所から開いたんだ。

ダメージが一番大きいとわかっていたのに・・・。


「・・・やっぱり・・・」


開いたそれは、下着の入っている場所で。

そこには見事に、可愛らしい柄の・・・女性下着。

つまり、ファウンデーション・・・いいや、ブラジャーと言った方が良いな。
それが綺麗に並べられている。迫力あるなんて物じゃない。
レースやらリボンやらついて可愛らしい物が多く、柄も女性らしい。
サイズもついでに見ようかと思ったがやめた、コレ以上ショックを受けたくない。

と言う事は、ショーツの方も、勿論こう言った柄の物が入っている訳で・・・

・・・あぁ、それを私は身に着けなくてはならないのか。
変態になった気分だ。いや、変態だろう。少なくとも私は男だった筈だ。
・・・まぁ、多分、Yシャツ一枚のままウロウロしてる方が余程変態だが。
だからと言って自分からコレを身につけるなど、ああ、もう、嫌だ嫌だ。


しかし学校へ行かなくてはならない手前、ノーブラノーパンと言う訳にもいかない。


それが一番犯罪だと考えると、泣く泣く女性下着を身に着けると言う選択肢しか無いのだ。
学校の制服はミニスカートだ。見える見える。
胸だってこのままじゃあ、揺れて邪魔で痛い。良い所無しだ。

・・・と言うか、だ。
今私はごく普通に考えたが、制服も女生徒用なのだろう。
何の疑問も持たず想像してしまった・・・いや、下着がこうだ、間違いは無い。


制服を掛けてあるクローゼットを開け放ってみれば、予想通り。

白いプリーツのミニスカートが眩しい、友枝小学校の女性用制服。


・・・そうか、下着を着た後、コレも当然着なくてはならないのか。
わかっていたとはいえ、項垂れたくなる。実際項垂れた。
コレでもう少し若ければ涙も零したのだが、残念ながらそれをするには年を食い過ぎた。

心で泣くに留めた後、再度見る勇気も無かった為、視線を逸らしながら手探りで下着を掴む。

さて何を取っただろうか。と、手にしたブラをチラリと見ると。

見事に可愛らしい花の刺繍が施されたピンクのそれを引き当てており。

自分の引きの強さに、少々嫌気がさした。




ピンクの可愛いブラと、それと揃いのショーツを身につけ。

その姿で長くいる勇気が無かったので、早々に制服を着込む。

白いプリーツスカートの下にあるペチコートが、太腿に触れてこそばゆい。

ブラできっちり形を整えられた胸が、苦しい。
と言うか邪魔だ。本当に重い。肩が凝りそうだ。
試しに下を覗き込もうとすると、胸が邪魔で足元が見えない。

・・・小学6年生が持つ胸のサイズじゃなだろう、コレは。

思わずゲッソリする。
この状況が数日で解消出来るなら良いが、万が一修正不可能なイレギュラーだったら・・・。
ああ、恐ろしい。考えるだけで嫌だ。
取り合えず今は状況の完璧な把握、そして原因の究明が急務。
それと・・・


「・・・う・・・」


この胸が揺れる感覚と、非常に心許ないスカートの感覚に、早く慣れる事だ。













心配するスピネルに止められながらも家を出て。
物凄く気の進まないまま、学校へと向かう。
この分なら、李君に言ってあった4時間目までは行けそうだ。

ただ、スカートが風になびくのを気にし。
胸の揺れる感覚に耐えながら歩くと、非常に時間がかかる。

女性とは大変な物だ。と、こんな所で女心を学びながら、通いなれた学び舎へ。

上履きに履き替え、内心ビクビクしながら6年の教室を目指す。

どうやら今は休憩時間らしく、生徒達もまばらながら廊下に出ている。
丁度3時間目が終わったのだろう。


・・・擦れ違う生徒は極普通に挨拶をしてくれる。

それはつまり、私が女性であるのが自然である。と言う事実の表れ。


・・・やはり、早く元の身体、及び元の状況へ戻さねば。

女性として受け入れられている今、下手をしたらずっとこのままになる可能性もある。


そう決意を固め、自分のクラスへ挨拶をしながら足を踏み入れた。


「あ、柊沢!」
「まぁ、柊沢さん・・・お加減は宜しいんですの?」


すぐに李君がコチラへ駆け寄ってきて、私の肩を抱く。
・・・うん、いつもの反応だ。
コレは私が男でも女でも変わらないのだな。
気恥ずかしさも、どちらとも同じくらいだ。

クラス中から大丈夫かと心配する声が聞こえ、大道寺さんも私に近寄る。

・・・彼女も私の事をさん付けで呼んだ。
つまり女性扱い。・・・ああ、誰か私を男性だと思い出してくれ。

「本当に来たのか、休めって言ったのに・・・」
「大丈夫ですよ、心配性ですねぇ」
「馬鹿、お前に何かあったら・・・」

心配そうな表情を浮かべる李君に、思わず胸がキュッとなる。
いやいや、ときめいている場合ではないとわかってはいるのだが。
でも、恋人がこんな風に自分を案じてくれているのは、どんな状況であれ心に響く。
男でも女でも彼がこうして愛してくれるのなら、どちらでも良いのでは。と、つい思ってしまう程。
・・・勿論、すぐに内心首をもげそうなくらいに振り、違うだろうと自らを叱咤したが。

「柊沢さん、具合が宜しくないのなら、無理なさらない方が・・・」
「大丈夫ですよ大道寺さん、この通り元気ですから」
「でも・・・李君、とても心配なさってましたのよ。・・・勿論、私もですわ」
「ご心配お掛けしてすみません」

大道寺さんの暖かい言葉に、コチラも微笑みながら返す。


・・・見たところ、大道寺さんも、他の皆さんも、普通だ。

性別が変わった様子も無いし、何か変化が起きている様にも見えない。


となると、世界はそのまま、私だけに変化が起きたのか。

・・・そう思ったが、ふと、違和感に気付く。


「・・・?」


・・・さくらさんが、いない?


・・・・・・何だか嫌な予感を覚え、李君を見つめる。

すると、李君が何事かと答える前に、大道寺さんが言葉を発した。


「それに、心配していたのは私達だけではありませんわ」
「え・・・っ」
「あ、戻っていらっしゃいましたわ!」


大道寺さんが言葉の途中で、嬉しそうに手を振る。

それは私の背後、教室の入り口に向かって。



・・・私の嫌な予感は、自慢ではないが100%当たる。



いっそ逃げ出してしまいたいくらいの心境の中、ゆっくりとそちらへ振り向いた。




「あ、エリオルさん!もう具合は大丈夫なの!?無理しちゃだめだよ!」




・・・さくらさんだ。

・・・いいや、さくらさん、だった人だ。

髪も顔も、全て彼女と一致する。

優しい言葉も変わらずだ。


だが、決定的に違うところが1つ。


「桜矢君、お帰りなさい。先生はいらっしゃいました?」
「うん、僕がプリントを配る様に言われたから、持って来たんだ」
「そうだ桜矢、柊沢にさっきまでの授業の内容、一応教えておこう」
「あ、そうだね小狼君。エリオルさん、さっきまでの授業内容、昼休みにでも・・・」


さくらさん。


貴女が今着ている制服は、男子の物では?


確かに、髪も短いし。

声だっていつもより少々低めな気がする。



私が女性になった今、誰かの性別が同じ様に転換していても、不思議ではない、が・・・。



・・・・・・。

・・・・・・・・・。







「エ、エリオルさん!?大丈夫!?しっかりして!!」

「ひ、柊沢!馬鹿っ、やっぱり具合悪いんだろ!!無理するなって・・・おい、柊沢!?」




何故よりにもよって貴女だったのかと。


娘の様に可愛がっていた少女が”少年”になってしまい。


自分が女性化した時よりも大きな衝撃を受け。


クラス中の視線を集めたまま、思わず李君にしがみ付いて崩れ落ちてしまった。

























END.

と言う訳で、性転換していたのは自分だけに非ず。
自分の後継者にして娘の様に可愛がっていた桜ちゃんも被害者。
でも彼女は気付いていません。と言うか、元から男の気配。
しかしエリオル君♀にとってはショックが大きかった。
コレから多分、エリオル君のみが混乱して話は進むかと。
ちなみにエリオル君♀は巨乳にして美乳です。