良い天気だ。
と、花龍は暖かい霊気を肌に感じながら、そう考える。
自分の家は、心地好い霊気が満ちているし、何より太陽が暖かい。
魔界ではこうはいかないと、思う。
その間にも、肌に感じる霊気は、様々な箇所を癒していく。
肌にも心にも馴染む、母の霊気。
「ホラ、終わったよ」
幻海が呆れた声で言う。
その清流の様な穢れの無い霊気と同じ、声。
母の声は自分と良く似ているな。と、花龍は相変わらずの無表情で思った。
「ったく、良くこんな怪我して来たねぇ・・・」
「・・・・・・・・」
「おまけに、何だい、腹の中に3発も氷の粒溜めて」
「・・・・・・・・」
「呪氷なんざ、妖気の塊だ。痛かったろう」
「・・・・・・・・」
花龍は何も反応を示さない。
けれど、その紅い瞳には微かな感情が浮かんでおり、幻海はそれを汲み取る。
痛かった。
その一言だけだが。
「おい、もう入って良いのか」
障子の外から、不機嫌そうな声が聞こえる。
花龍と共に人間界へ戻って来た、飛影の声。
傷の治癒をするからと幻海に追い出され、仕方なく部屋の外で待っていたのだ。
「ああ、良いよ」
幻海の返事に、すぐ障子が開く。
紅い瞳と瞳が、抵抗無くぶつかった。
そこで早速娘の目の前に座り、やおら口を開いた。
「花龍、色々と話したい事がある」
「アンタも良く話題が尽きないねぇ・・・」
「煩い。今回の余興についてだ」
呆れる幻海に、飛影は不機嫌そうに返す。
だが、半分は、照れ隠し。
それがわかっているので、幻海はふぅと肩を軽く竦めた。
「花龍、何故辞退しなかった」
「・・・・・・・」
飛影の睨みに近い視線に、花龍は首を傾げる。
何故父がこれまで不機嫌なのか、良く分からない。
「・・・危険だと言っただろう」
「・・・・・・・」
「こんな怪我までして」
「・・・・・・・」
「あの野郎がいなかったら、命を落としていたんだぞ」
「・・・・・・・」
あの野郎。とは、勿論狗守鬼。
名前を出すのも嫌かと、幻海は相変わらずの仲の悪さに、額を押さえる。
いや、飛影が一方的に敵意識も持っているだけなのだが。
・・・と、そう言えば狗守鬼は大丈夫だろうかと、幻海はふと思う。
まぁ、アイツの事だから心配はいらないだろうが。
それでも、一緒に人間界へ戻って来なかった所を見ると、何かあったのかも知れない。
・・・飛影がいたから、一緒に戻って来れなかったと言う可能性もあるが。
怪我をしておらずとも、何かしら、理由があって魔界に戻ったのだろう。
いつも大して会話がある訳ではないが、いないならいないで、少々物寂しい。
そこまで推測した所で、飛影の視線に気付き、思考を止める。
「?何だい」
「何を考えている?」
「・・・何だと思う?」
「・・・・・・あの野郎の事か」
「正解だ」
軽く笑った幻海に、飛影はギッと視線を鋭くした。
ついでに、眉間に皺が寄る。
「何不機嫌な面してんだい」
「お前の所為だ」
「別に何もしちゃいないだろう」
「あの野郎の事を考えたろうが」
「考えただけさ」
相変わらず嫉妬深い男だね。と、幻海は呆れ入る。
流石に、もう慣れたが。
大体狗守鬼は弟子・・・若しくは、豪く年の離れた弟。
息子や孫とは感覚が違うのだが、まぁ、そう言った類に近い。
別に恋愛感情なんざ、小指の先程もありはしないのに。
「大体、あの男の何を考えた」
「怪我をしていないか、とかね」
「あの男が、怪我なぞする訳が無い」
「此処に戻って来なかったのは、どうしてだろうとか」
「知った事か」
「そうだねぇ、後は・・・良い男がいないと寂しい、とかね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
飛影が、額に青筋を浮かべる。
そのあからさまな怒りの形相に、幻海は心の中で笑ってみた。
今此処で声を立てて笑っても、また苛立って、拗ねるだけだろうし。
「・・・・・・・・・・フン」
「ま、それは冗談だが・・・何かが足りなくなっちまうのは、確かだ」
「煩い。もうこれ以上あの野郎の話はするな」
「ああ、わかったわかった。わかったから落ち着け」
「誰の所為だ」
幻海のからかった様な口調に、飛影は苦い思いで舌打ちを1つ鳴らす。
そして、強引に思考を切り替えると、何時の間にか外の景色を眺めている娘に再度話しかけた。
「花龍」
「?」
クルリ。と、顔がこちらへ向く。
こうしてマジマジ見詰めると、本当に、幻海と良く似ている。
人形の様な美しい顔立ち。
コレでは、変な輩に眼をつけられるのではと、要らない心配が胸に沸き起こる。
「良いか、もしまた抽選されても、絶対に出るなよ」
「・・・・・・・・・」
父の睨みに、一応頷いておく。
勿論1人で抽選されたなら出る気は無いが、狗守鬼と共に選ばれたなら、出る。
そう考えてはいるが、何故だか父がやたらと不機嫌なので、了承しておいた。
どうなるかなんて、わからないけれど。
「・・・・・・本当にわかっているのか?お前」
「・・・・・・・・・」
何か別の事を考えていそうな娘に、飛影は怪訝そうに問う。
だが花龍は、何の感情も映さないまま、ただ頷いた。
娘のこう言う所は、誰に似たのかわからない。
「まあ、良い・・・。兎に角今は、身体を休めろ。妖気のダメージが残っているだろう」
「・・・・・・・・・」
「幻海が近くにいるなら、回復も早い筈だ」
「・・・・・・・・・」
花龍がまた頷く。
それに、飛影は漸く不機嫌そうな表情を収めた。
そして、ポンポンと己の膝を叩き、娘を誘う。
「膝を貸してやる。こっちに来い」
その言葉に、花龍は素直に飛影の真横まで移動し、コロンと寝転がった。
父の膝は硬いが、心地良い。
「・・・お前が殺されそうになった時、生きた心地がしなかったぞ」
「・・・・・・・・・」
飛影が、ポツリと呟く。
それに、花龍は、漸く父が不機嫌だった訳を悟った。
暫しの間の後、目を瞑りながら、ゆっくり呟く。
「・・・心配掛けて・・・ごめんなさい・・・」
漸く聞けた娘の声に、飛影は軽く笑う。
そして、花龍の頭を軽く撫ぜ、少し眠る様に促した。
すっと。花龍の気配が失せる。
意識的に眠りへと入ったらしい。
それを感じ取り、飛影は顔だけ幻海に向けた。
その視線を合図にし、幻海が掛ける布を手渡す。
渡された布を広げ、ゆっくり、眠っている娘に掛けてやった。
「・・・・・全く、無茶をする所は、お前似か?」
「アンタじゃないのかい」
「俺の何処が無茶だ」
「戦いにおいて、全て」
「・・・・・・・・・・」
キッパリと返され、飛影は”そうなのだろうか”と思案する。
何でコイツはこんな所だけ真面目なんだと、幻海は可笑しい様な気持ちでそれを見ていた。
「だが、今回は本当に、危険だった」
「聞いた。お前達は手助けが出来なかったんだとな」
「ああ。本部の奴等も、余計な事をしやがる」
「だが、結局狗守鬼が助けたんだろう?なら、良いじゃないか」
「・・・・・あの野郎の話はするなと言っただろう」
先程までの和やかな空気は何処へやら、狗守鬼の名に、再び飛影が不機嫌になる。
本当にダメなんだな・・・と、幻海も再度確認させられた。
狗守鬼も、何もしていないのにここまで嫌われ、さぞ遺憾であろうに。
「だが、本当だろう」
「・・・・そうだが」
「ま、アイツが帰って来たら、好きなモンでも夕餉に作ってやるかね」
「いらん」
即答だ。
だが幻海はその不機嫌絶頂な声に構わず、更に続ける。
「麺類が好きだから、暖かい蕎麦でも作るか」
「いらんと言うんだ」
「別にアンタが食う訳じゃないだろう」
「煩い。何故アイツの好物を作る必要がある」
「礼だ」
「アイツから護ると言ったんだ。礼なぞ必要ない」
「まぁ、そう言うな」
頑なな飛影に、幻海はサラリと流す。
どうせまともに相手にしていては、平行線。
この話は、蕎麦を作ると言う事で終わりにしようと、さっさと次の話しに切り替えた。
「で?アンタ、今日は良く来れたね」
「何がだ」
「いいや、躯が煩いんじゃないのかい?」
飛影の休暇は、月に1度。
その度彼はこうして帰って来るのだが、躯が余り快く思っていないらしい。
何かにつけ仕事を言い渡されるので、最近は帰れなかったのだ。
それが、こうして普通に戻って来ているし、明日戻る気配も無い。
疑問に思って、幻海は聞いた。
「・・・強引に来た」
「ほぅ、中々思い切ったね」
「一応書類は纏めてある、2・3日休んだって、文句は無いだろう」
「それじゃ、アンタが向こうに戻るのと、狗守鬼が帰って来るの、どっちが早いかねぇ」
「・・・・・・もうその名を出すな」
声が一段低くなる。
そろそろ、本気で、苛立って来たらしい。
「何でそんなに嫌うんだか」
「・・・気に食わん」
「嫉妬で当たるなと言うのに」
「煩い」
自覚はしているらしい。
まぁ、だからこそ、性質が悪いのだが。
「ま、良いがね」
「フン。・・・コイツも、何故アイツと共にいるんだかな」
飛影が、膝で眠る花龍を見て、苦々しく呟く。
やはり、何と言うか、可愛い娘がいけ好かない男と常に共にいるのは、腹立たしい。
幻海ともやたらと親密な様子だしと、無意識の内に舌打ちをした。
「さぁね、合うんじゃないのか、お互い」
「・・・・・フン」
「その内、くっ付いたりしそうだねぇ」
「・・・・・・幻海、もう1人孕みたいのか?」
飛影の怒り交じりの一言に、幻海がまさかと返す。
もう、流石に良い。
「怖い事抜かすねぇ」
「貴様がだ」
「どうせそれで、男が生まれたらアンタ、不機嫌だろう?」
「・・・・・・・・」
簡単に予想出来る未来に、幻海は溜息を吐いた。
共に暮らしているだけの狗守鬼にアレだ。
自身の息子とは言えど、こいつは変わらない様な気がする。
飛影も同じ考えだった様で、何も言えず黙り込む。
「・・・ま、良いじゃないか。可愛い可愛い娘は、まだ清い身だ」
「幻海、そろそろ本気で犯すぞ」
「娘のいる前で盛るな、ボケ」
「お前が馬鹿な事を言わなければ、しない」
「何が馬鹿だ。あたしは大真面目に言ってるんだがねぇ」
「・・・尚、悪い」
両親の遣り取りに、花龍が空気を察知し、もぞもぞと身体を動かす。
それに気付き、飛影は心なしか慌てて、口を噤んだ。
「ホラ、花龍が起きるよ」
「・・・お前なぁ・・・」
「まぁ、狗守鬼が帰って来るまでは、アンタも平静を保てるだろう。
十分、花龍とじゃれてあっちに戻りな」
「・・・・お前、ずっといて欲しいとか、思わんのか」
「さぁね、別に、ちゃんとこうして帰って来るだろう?」
「・・・・俺が魔界にいて、不安になる事は?」
「?」
何か心配な事があるのかい?
と、幻海は首を傾げて問うて来た。
彼女は、嫉妬なぞと言う言葉とは、程遠い。
「・・・・・・幻海・・・・・・」
「何だい」
「・・・・やはり花龍は、お前に似たな」
「?」
全く、自分の心配を解さない所が、特に。
と、未だ首を傾げる幻海から柔らかく視線を外し、すぐ下で眠る娘の頭を撫ぜた。
END.
飛影はやっぱり子煩悩。
そして狗守鬼を割りと本気で憎んでいたり。
そんな飛影の心配を解さない花龍は、やっぱ母似。
さて、Battle Children、グダグダのまま全10話。
完結致しました。
ここまで付き合って下さった方がいらっしゃいましたら、本当に嬉しいです。
それよりも申し訳ない。こんなグダグダで申し訳ない。
付き合って下さった方、ありがとう御座いました。
つばきと小瑠璃の後日談は今の所書いていません。
気が向いたら書くかも知れませんが、取り合えず終了。
ありがとう御座いました。