「すごいね、今年の熱狂ぶりは」


狗守鬼が無機的に言う。


「花火大会みたい。・・・それより酷いか」


そう彼が称すのは、勿論、魔界統一トーナメント。
狗守鬼も、何度も見に来ている

・・・が、これ程狂ったように盛り上がるのは、初めてだ。

これも、例の余興の所為なのかと、勝手に考えてみた。
どうせこの予想は当たっているだろう。

どの道自分には関係ない事だがと、花龍を見る。

花龍も、同じ考えの様で、真紅の瞳でそう返して来た。


「・・・ま、整理券貰って、入ろうか」
「・・・・・・・・・」


花龍が歩き易い様に、雑踏の中を先に割って進む。

その道が妖怪達で塞がれない内に、狗守鬼の背中につきながら歩く。



「さて・・・つばき達はどうするんだか」



不意に、狗守鬼が零す。

一緒に身に来ると言っていたつばきや小瑠璃、そして志保利。

彼等は、未だに見当たらない。

つばきと小瑠璃は、霊界の仕事が片付かないとか言っていた。
だがコレでは客席で会えるかどうかもわからない。

まぁ、十中八九無理だろうな。と、軽やかに諦め、さっさと列に並ぶ。

「ま。どうせトーナメント見るのは、変わりないしね」
「・・・・・・・・・」
「そうだね。志保利も、蔵馬さんが連れて来るだろうし」
「・・・・・・・・・」
「うん、確かにね」

相変わらず、狗守鬼の独り言の様な遣り取りを交わしつつ、ふぅと息を吐く。

「それにしても、長い列だね・・・」
「・・・・・・・・・」
「何番目だと思う?」
「・・・・・4000くらい・・・・・」

花龍が呟く。

「俺もそんくらい。4500くらいかな」
「・・・・・・・・・」

狗守鬼も、予想を立てる。
それに花龍も頷いた。

大体2人共、その辺りだと思っているらしい。

「あ、そろそろだ」
「・・・・・・・・・」

入り口が見えて来る。

そして、チケットを配っているスタッフ達も。

スムーズに受け渡しをしているので、流れが速い様だった。



「お、浦飯の息子じゃねーか。お前は出ねーのか」



そのスタッフに、狗守鬼は声を掛けられる。
誰かは知らない。
会った事があるかも知れないが、忘れた。

「出ない」
「ケッ、つまんねーなぁ」
「早くしてよ」
「わぁったわぁった」

興味の無い狗守鬼の様子に、スタッフはさっさと券を渡す。
続いて、花龍にも。


その場で確認し合いたい所だったが、後ろが詰まるので、少し早足で中へと入った。


「で、何番だった」


狗守鬼が問う。

花龍はそれに、無言で券を見せる事で答えた。

「4560・・・俺、近かったね、さっきの予想」
「・・・・・・・・」

口元だけで笑う狗守鬼に、花龍も頷く。
花龍の番号が4560だと言う事は、狗守鬼は4559である。
意外と早く入れた物だと、チケットをヒラヒラさせながらぼんやり考えた。
何せ、観客の数は万単位。
席もどんどん埋まってしまう。
座れる内に入れたのは、幸運だ。

「さ。早く座ろうか」
「・・・・・・・・」

外よりも、更に混雑している観客席。

今回は逸れない様、狗守鬼が花龍の手を引く。


こんな所を飛影に見られたら、また睨まれるのだろうなぁ・・・

と、狗守鬼はあり得そうな事態を想像し、軽く嫌そうな顔をした。










「あぁん、もうっ、混み過ぎよぉ〜っ」


丁度その頃、チケット待ちの列では、軽やかな声が響いていた。

その声の主は、霊界案内人であるつばき。


「もうっ、お兄ちゃんは逸れちゃうし・・・入れなくても知らないわよぉ」


小瑠璃も一緒だったらしいが、途中で逸れてしまったらしい。
まぁ、兄の事だから大丈夫だろうと、気にしてはいない様だが。
それより今は、この終わりの見えない待ち時間の方が、彼女の気を占めている。

「んん〜〜〜・・・遅いわねぇ〜〜〜〜」

腕を組み、頬を膨らませる。
あまり、気が長い方ではないのだ。





「つばきー!」





その時、遠くで彼女を呼ぶ声が聞こえる。

「つばきー!」

だが、つばきは気付いていない様子。

そんな彼女の後姿を見て、叫んだ人物ははぁと溜息を吐いた。

「全く・・・全然気付いていませんね・・・」

つばきを呼んだのは、先程逸れた兄の小瑠璃。
どうやら逸れた後、個人的に並んでいたらしい。
そこで、遥か前方に妹の姿を見つけ、呼んだのだが・・・

「また、イライラしながら待ってるのか・・・」

簡単に予想出来る妹の状況に、小瑠璃は軽く腹を押さえる。
ここ最近、胃が痛む回数が多くなった気がする。
胃薬も常備し出した。

「でもこれでは・・・狗守鬼達所か、つばきとも一緒にいられませんね・・・」

周囲を見渡し、言う。

何せこの人数。
ここで離れているのでは、中に入っても会えないだろう。

「困った・・・」

つばきが、何か騒ぎを起こさなければ良いけど・・・。

などと考えていたら、また胃が痛み出した。







「あーー・・・やっとだわ」


それから暫く。

漸くつばきにまでチケットの順番が回って来た。


「ふぅっ、よーやく中に入れたわぁ・・・」


中は更に混んでいるけれど、並ぶ訳ではないから、気にしない。
何となく浮上した気分で、鼻歌なぞ歌いながら、チケットを見る。

「んー・・・7564番かぁ・・・和むよ!って覚えれば良いわね」

特に覚える必要は無いのだが、丁度良い語呂が見つかり、嬉しそうに笑う。
そして適当な席を探す為、キョロキョロとし出したその時




「つばき!」




鋭い声に呼ばれる。

途端、つばきの周囲だけが、しん・・・と止まった。

呼ばれたつばきは、その反応とは逆に大声で手を振る。


「あーっ、蔵馬さん、志保利ちゃーん!」


ブンブンと手を振る彼女に、蔵馬は苦笑いしながら近寄る。
勿論、逸れぬ様志保利の手を引きながら。

周囲の視線を集める中、蔵馬がつばきに話しかけた。

「良かった、探していたんだ」
「そうなんですかぁ?でも、今いるのあたしだけですよ」

お兄ちゃんは逸れちゃったし、と、今は姿の無い兄を思い出す。
きっと今頃並んでいるだろうと勝手に決め付けつつ。
今は、珍しく話し掛けて来た蔵馬に興味が行っていた。

「ああ、お前だけでも良い。実は、志保利を頼みたい」
「あ、そっかぁ。蔵馬さんは選手の控え室ですもんね」
「そうだ。チケットはもう持っているから」
「はぁい。頑張って下さいねー!」
「ああ、ありがとう」

つばきの応援に笑って返しつつ、志保利の頭を撫ぜる。

「じゃあな、志保利。気をつけろよ」
「はい。蔵馬さん、頑張って下さいね」

純粋な瞳に見送られ、蔵馬は一瞬優しく笑うと、そのまま去って行った。


その途端、静まり返っていた周囲が、また、喧しくざわめき出す。


つばきはそんな事はお構い無しに、志保利の手を取り、歩き出した。

「さ、行こう志保利ちゃん」
「は、はい」
「そうだ!志保利ちゃんは何番だったー?あたしは和むよ・・・だから、7564番よ」
「私は、701番です」
「あら、随分早く入ったのね」
「はい、蔵馬さんが連れて来てくれました」
「あ、なーるほど・・・」

それは早いだろう。と、納得する。
本戦出場者と共に会場に来たのなら、まだ観客も少なかった筈。
だから3桁の内に入れたのだろうと。

「そっかそっか。それじゃあ、良い席探そうね!」
「はい!」

華の様に笑いかけると、2人は雑踏の中を掻き分け、進み始めた。







「っはぁ・・・漸く入れましたか・・・」


それから随分遅れて、小瑠璃が入場する。

つばきの姿も、もう見えなくなってしまった。


「8263番か・・・席は、まだありますかねぇ・・・」


もう殆どの席が埋まっているらしい。
それに、後から後から絶えず客は入って来るのだし。
急がなければ。と、足を進めようとした瞬間。

「うわぁ!?」

誰かに肩を掴まれ、引き戻される。

「えっ、えっ・・・」
「よぉ、小瑠璃じゃねぇか、久しぶりだな」
「え、あ、幽助さん・・・?」

振り向いた先には、思わぬ人物。

本戦トーナメントに出場する、幽助だ。

「ど、どうしたんです。控え室にいなくて良いんですか?」
「おう。まぁ、今年はどんなモンか、見に来たんだよ」
「そうですか・・・」
「つか、珍しいなァ。他の連中はよ。狗守鬼とか」

幽助が、辺りを見回す。
けれど、見知った者は誰もいなかった。

「ええ、つばきとは一緒に来たんですが、逸れてしまって・・・。
 他の方々とは、別々に来ましたし」
「なんだ、そうか」
「幽助さん、狗守鬼を探さないんですか?」
「最初はそうしようと思ったんだけどよぉ・・・この数だろ?
 それに、気が混ざって、何だかわかんねーんだ」

どうやら、探すのは諦めていたらしい。
そこで、偶々発見した小瑠璃に声を掛けたのだろう。

「そうですか」
「ま。いねーなら仕方ねーなぁ・・・」
「きっと、もういるとは思うんですけど」
「だろうな。ま、良いや。俺ぁもう控え室に戻ってる」
「ええ。応援しています。頑張って下さいね」
「おう、サンキュ」

上品に手を振る小瑠璃に、幽助は口を大きく開けて笑う。
そのまま、素晴らしいダッシュで、風と共に消えてしまった。

一瞬にして台風が去った気分がする。

「ふぅ・・・さて、席を探しますか・・・」


気を取り直し、席を見る。

もう随分と埋まって来てしまっている様子だ。


小瑠璃はもう一度大きな溜息を吐くと、タンッと軽く地面を蹴った。













『さぁーーて!!いよいよ、本戦開始が近づいて参りましたぁ!!!』



それから数十分後。

4つある巨大モニター全てに、小兎の姿が映し出される。


どうやら実況席にいる様で、椅子に座ったままだった。


その彼女の声に、会場は大きく沸く。

それはもう、鼓膜が破れてしまうのでは無いかと言う程の、騒音。


『皆様、大変長らくお待たせ致しました。
 すぐにでもトーナメント本戦開始!!・・・と行きたい所ですが・・・
 皆様も既にご承知していらっしゃるでしょう、今年は本戦前に、余興が用意されているのです!!』


再び、沸く。

皆、勿論知っている。
今回導入された、何とも血肉沸き踊る、新企画。


『まず、ルールをご説明致します。
 皆様には予め、チケットとして番号をお配りしておきました。
 まだ、お手元にありますでしょうかー?

 さて。そのチケットの番号を確認したら、後は運次第!
 これからスタッフが抽選を行います。
 5つの番号を選び、一斉にこの巨大モニターに番号を表示致します!
 その番号と同じチケットを持っている方が、この余興に参加する権利を得る事になるのです!!』


滑らかな口調で、けれど、熱く、マイクを握り締めて説明する小兎。
それだけで、会場は、もうこれ以上無い程の盛り上がり。
これは、本戦開始前に乱闘騒ぎでも起きるのではと、小兎は少々心配になる。


『その選出された5名が挑戦する余興とは、何ともエキサイティングな企画!!
 先日の最終予選で敗退した兵達200名とのデス-マッチ!!!
 一体どの様な熱い戦いを繰り広げるのか。
 一体どの様な作戦を巡らし、生き残るのか!!
 これは、抽選された5名に、掛かっています!!!

 勿論、辞退は可能です。
 その場合は、その人数分新たに抽選し直します。
 何せ、自分命が掛かっているのです。是非皆様、慎重にお考え下さい!
 それでも参加すると言うのなら、もう言う事は御座いません!!!
 死力を尽くし、この激戦を戦い抜いて下さい!!!』


ォオォオォオ・・・。

と、地響きの様な歓声が沸き起こる。
いや、歓声と言うには、余りに邪気と殺気に満ち満ちていて。
初めて観客席に座る志保利は、すっかり脅えてつばきにしがみ付いていた。


『おっと、忘れてはなりませんね。
 ここで、もう1つ注意事項が御座います。
 これは皆様にも、そして本戦出場の選手の方々にも当て嵌まります』


再び始まった小兎の説明に、会場は一斉に集中する。

まさか自分達にも関係があると思っていなかった出場者達も、控え室でモニターを見つめた。


『これから選出される5名の内、もしかしたらご自分のお仲間がいるかも知れません。
 ご家族がいるかも知れません、大切な方がいるかも知れません。
 けれど、ここで気をつけて欲しい事が1つ。

 選出された5名以外は、誰であろうと、一切の手出しを原則として禁止致します!!

 選ばれなかった皆さん、そして本戦出場メンバーは、応援するしかありません。
 もし、ご自分のお仲間や大切な方が選ばれてしまった場合。
 その時は、辞退を促すしか、我々には、方法は無いのです!』


これには、会場よりも控え室の方がざわめく。

特に、今日大切な者が見に来ている、飛影や蔵馬は。


「手出しは禁止か・・・まぁ、花龍が選ばれなければ、良いだけの話しだが」
「俺もだ。志保利が抽選されなければ・・・」
「・・・だが、何故だろうな。嫌な予感がするぜ」
「・・・奇遇だな、飛影。俺もだ」

飛影と蔵馬が、顔を見合わせる。

そして、まさかな。と言う、ある意味祈りにも近い気持ちで、再びモニターに集中した。





『さぁ皆様、準備はOKでしょうか!?』



小兎が、一際熱く叫ぶ。

それに呼応するかの様に、会場の盛り上がりはピークに達した。



『おっと、今、全ての番号を、スタッフが選び終えた模様です!!』



全員が、ザッとモニターに視線を集める。



自分ではないか。

自分が当たれ。



その様な欲望が、熱となって渦巻く。






「花龍、当たったらどうする?」
「・・・・・・・・・」
「・・・だよね」


狗守鬼が花龍に問う。
花龍は、また、視線だけで返した。

当たったのなら、出る。

その言葉を察し、狗守鬼も同じだと、短い言葉で返した。





「キャーッ、ワクワクするわねぇ〜っvv志保利ちゃんっ!当たっちゃうかもよぉ!」
「は、はいっ・・・ドキドキしますっ」


つばきと志保利は、自分のチケットを握り締めながら、ひそひそ話している。
どうやら緊張しているらしく、2人共落ち着きが無い。

つばきの方は期待。
志保利の方は、不安が大きいらしかった。





「さて・・・どうなりますかね・・・」


1人モニターを静かに見ている小瑠璃は、スッカリ他人事。

この数だ、それも仕方ない。

それにもし当たったとしても、つまらない様なら辞退するつもりだ。


狗守鬼達も同じく抽選されたのなら、話は別だが・・・


と、自分のチケットを見て、再び静かに腕を組んだ。









『さぁ皆様、モニターにご注目下さい!!

 今回、余興に抽選されたラッキーな番号は、こちらです!!!!』









黒い背景のモニターに、5つ。


白い数字が、爛然と輝いた。




























NEXT


全体的に狗守鬼が目立ってます。
これより10週掛けて完結致す予定。
蔵馬や飛影が過保護、そして狗守鬼が最強。
更に話の内容がスカスカでも構わないと言う方。
どうぞ、お付き合い下さいませ。