余興の為に特別に用意された、特設会場。



そこは、今は殆ど使われていない、1つの広大な丘。



見渡す限り、平地である。



空がやたらと近い所を見ると、相当な高さである事が窺えた。








『えー、チャレンジャー全員の移動が完了した様ですね。
 それでは呼んでみましょう、特設会場の樹里さーん!!』


小兎が、モニターに向かって叫ぶ。

すると、4つのモニター全てに、マイクを持った樹里の姿が映し出された。


『はい!こちら特設会場の樹里です!
 チャレンジャー5名、そして最終予選敗退者200名、全てスタンバイしております!
 それではまず最後の意気込みを・・・・・って、狗守鬼選手、いかがなさいました?』


滑らかな司会を続けていた樹里だったが、突然、首を傾げ、カメラから視線を外す。
その台詞から、狗守鬼が何かをしたのだろうと、小兎は慌てた。

『お、おぉっと!狗守鬼・・・選手に、何か異変があった模様。
 一体、どうしたのでしょうか?』
「おいおい小兎、声震えてるぞ」

実況アナウンサーの口調で進行するものの、やはり、自分の息子の事が気になるらしい。
その変化を幽助に指摘され、小兎はうぅっと項垂れる。

「や、やっぱり、心配なんですよぉ〜・・・」
「大丈夫だって!なぁ飛影、蔵馬?」
「あの男は、な」
「そうだな。狗守鬼は、だがな」

幽助の振りに、飛影と蔵馬は皮肉たっぷりに返す。
それには流石の幽助も、冷や汗を額に浮かべた。



しかし、未だこの3人が実況席に居座っているので、何かと、狭い。



解説者である妖駄も席に入れず、困っている様子だった。






『えー、樹里さーん、何か問題でも発生したのでしょうかー?』



何も向こうから音沙汰が無いので、小兎が問い掛けてみる。

するとカメラが動き、狗守鬼達の方へ画面が向いた。


『えー・・・狗守鬼選手、どうなさいました?』
「ちょっと作戦タイム貰える?少しで良いから」
『作戦タイムですか?ええ、構いません。あまり、時間は取れませんが』
「平気、2・3分で」


どうやら、5人で作戦を立てるらしい。

流石に人間である志保利がいる為、全員で相手を割り振る事が出来ないのだろう。



狗守鬼を始め、全員が丸くなり、しゃがみ込んで何かを話し始める。



その間の間が持たないので、小兎は慌てて、再度ルールを説明し始めた。


『えー、では、チャレンジャーが作戦を立てている間、再度ルールの確認をさせて頂きます。
 まず、彼等5人以外の方は、誰であろうと一切の手出しを禁止致します。
 戦闘手段、時間制限は設けておりません。
 チャレンジャー、若しくは対戦者達が全員戦闘不能となった時点で、余興終了となります。
 
 そして、今回の5人の相手となる、トーナメント最終予選敗退者達200名。
 中には前年、本戦トーナメントまで勝ち進んだ猛者も交ざっております。
 5人均等に割り振るとしても、少なくとも1人で40名を相手にしなければなりません。
 しかし、このトーナメントを、本戦に残れなかったまでも最終予選まで勝ち抜いた選手達。
 1人で40名を相手にするのは、中々に酷な事でしょう。
 あぁ、私も、心配と不安が、大きくなって参りました・・・!』


自分で言っておいて、逆に不安が煽られてしまった。

アレだけの強者達を相手に、息子はどう立ち向かうのだろうかと。

チラリと幽助を見てみると、どうにも楽しそうな様子。

コレでは止めにも入ってくれなさそうだ。と、思わず溜息を吐いた。





『あ。どうやら、狗守鬼選手達の作戦会議が終了した模様です』





樹里のマイクが入る。

それに、小兎はついに来てしまったか・・・と、項垂れた。


『えー、狗守鬼選手、もう宜しいのですか?』
「ん。終わった」
『わかりました。それでは代表して狗守鬼選手、最後の意気込みをお聞かせ下さい』


樹里が狗守鬼にマイクを向ける。

狗守鬼は数瞬考えたが、すぐに軽く肩を竦めて見せた。


「さぁね。取り合えず、死なない程度に頑張るよ」
『な、何ともリラックスしていますね・・・』


あまりにどうでも良さ気な狗守鬼の台詞に、樹里は目を点にする。

もっと、こう、緊張感に満ち溢れている様子を想像していたのだが。


見回してみると、それは狗守鬼だけではない様で。

花龍も、つばきも、小瑠璃も、やたらと落ち着いていた。


ただ1人、志保利だけは、狗守鬼にしがみ付いて震えているが。


『えー・・・それでは、会場の皆様ー!!
 熱くなる準備は、宜しいでしょうか!!!』


樹里が、会場に向かって呼び掛ける。


途端、会場全体を震わせる様な歓声が、塊となって沸き起こる。


『こちらは準備万端の様ですよ、樹里さん!』
『はい!こちらも、準備は整っている様子です!

 それではこれより、余興を開始致します!!!

 この銃声が響いた瞬間から、スタートです!!』





全員が、一瞬にして静まる。





会場も、実況席も。

特設会場のメンバーも、そして、狗守鬼達5人も。





何とも心が奮える、満ち満ちた緊張感。













パァン!!!













まだか。まだかと思い始めた瞬間。


乾いた銃声が1つ、空気中に響いた。






途端、恐ろしいまでの歓声を上げる会場。


応援している者もいれば、ただ喚いている者もいる。


すべてが混ざり合い、それは音の凶器と化した。




一方の特設会場も、大きく動いている。




円形に配置された対戦者達が、中央にいる狗守鬼達へと、一斉に突き進む。




その数はあまりに多く、地震の様に会場が揺れていた。




「さて、それじゃあ行こうか」
「・・・・・・・・・・」


狗守鬼が軽く伸びる。
花龍はそれに合わせて、小さく頷いた。


そして脅えている志保利に向かうと、ふっと手を翳す。


「・・・あ、あの・・・」
「それじゃ、そこから動くなよ、志保利」
「行って来るわねぇ、志保利ちゃん!」
「大丈夫です、すぐに戻って来ますからね」

潤んだ瞳で見つめてくる志保利に、狗守鬼とつばき、そして小瑠璃は短く声を掛ける。

花龍はそれを聞き終わってから、翳していた手を静かに下げた。


「良し、行くよ」
「おーう!!頑張っちゃうわよぉー!!」
「つばき、ほどほどにしなさい」
「・・・・・・・・・」
「じゃ、死なない程度に、頑張ろうか」





話をまとめ、4人が一斉にバラバラに走り出す。





狗守鬼は西に。


花龍は北に。


つばきは南に。


小瑠璃は東に。





志保利だけは、集合地点だった中央に、1人残されていた。





それには早速、蔵馬が慌てる。


『待て!何故彼女を1人にした!!』


マイクを使ってそう他のメンバーに問うが、勿論誰も答えない。

だがその答えは、思わぬ所で明らかになった。



『おぉっと!コレは、何と無謀な作戦!!
 どうやら戦闘能力の無い志保利選手を1人残し、4人のみで相手を殲滅しようと言うのか!!
 しかし、それでは、単純に考えても1人で50人を相手にしなければなりません!!
 一体、どうなってしまうのかぁ〜!!!』


小兎が蔵馬からマイクを奪い、暗黒武術会さながらの実況を開始する。

仕事が始まると、流石に息子がどうのとは言っていられない様子だ。



小兎の実況が終わると、カメラは志保利を映し出す。

志保利は1人座り込み、酷く脅えた様子で辺りを見回していた。






そこへ、1人の妖怪。






どうにも恐ろしい形相の、あまり上位ではない類の妖怪らしい。


無防備に取り残された志保利から、狙って来たのだろう。


「ひっ・・・」


志保利のか細い悲鳴が、蔵馬の耳に入る。

ガタンッ!と、今にも志保利の元へ飛んで行きそうな彼を、幽助が慌てて止めた。

「ま、待て待て待て!!」
「離せ幽助!!」
「っだー!!待てって!!落ち着けって!!」


その細い身体からは想像も出来ない強い力。

筋力に自信のある幽助も、思わず引っ張られる。




「きゃぁぁっ!!」




その時、引き攣った彼女の悲鳴。

バッと見れば、モニターには、彼女の頭を割ろうと凶器を振り上げている妖怪の姿。

涙を零す、志保利の顔。





我を忘れた蔵馬が、幽助の制止を振り切って会場へ駆けつけ様とした、瞬間






『お・・・おぉっとぉ!!こ、これはどうした事だぁぁ!!』






小兎が、身を乗り出して叫ぶ。

その声に、全員が一斉にモニターに注目した。





「あ・・・・あ・・・・」





志保利がガタガタと震えながら、その妖怪を見る。


いいや、正しくは、妖怪であった物を。





「・・・・花龍の結界だ」





飛影が、ポツリと呟く。

その言葉を聞き逃さずに、小兎が飛影にマイクを向けた。


『飛影選手、今花龍選手の結界と仰いましたが・・・それは一体?』
「フン、そのままだ。花龍が、あの女を護る為に結界を張って行った」
『成る程・・・その結界に触れてしまった為に、彼は炭と化してしまった様です、恐ろしい・・・!』


小兎の言葉通り、志保利を殺そうとした妖怪は、一瞬にして炭化してしまった。

志保利に触れる直前に。走った光を浴びた直後に。


それは、今飛影が解説した、花龍の結界によるものだ。


『志保利選手を中央に1人残した訳。
 作戦とは、この事だったのでしょうか!!
 戦闘能力の無い志保利選手を結界で護りつつ、その間に4人で対戦者達を相手にすると言う。
 ・・・おぉっと、皆様、よぉく眼を凝らしてご覧下さい!
 志保利選手を囲む様に、薄い霊気の結界が見えます・・・!!
 コレが、花龍選手の張った結界ですね!』
「そうだ」
『コレは素晴らしい。・・・しかし、1つ気になる事が』
「?」


小兎が、首を傾げつつそう言う。

飛影は、少しばかり興味を示した様に、小兎を見た。


『結界とは本来、術者がその場にいてこそ発生する物質。
 花龍選手は今、志保利選手とは遥かに離れた位置で戦闘中です。
 コレは一体・・・?』

その質問に、飛影は難しい表情で押し黙る。

代わりに、漸く落ち着きを取り戻した蔵馬が答えた。

「恐らく、あの結界は長くは持たない」
『と、申しますと?』
「アレは、花龍のズバ抜けた霊力があって初めて出来る芸当だ。
 だが、その場に術者がいないその結界は、恐ろしく脆い。
 強い衝撃が来た時、果たして持ち堪えられるかどうか・・・」


蔵馬は、苦い顔で呟いた。

霊力の強い花龍が結界を施し、その間に何とか戦闘を終了させようと言う作戦らしい。

けれどそれは、余りに危険な賭け。

恐らく術者のいない結界は、後少しの衝撃で壊れてしまうだろう。


重い空気となった実況席で、更に飛影が苛立った様に言う。


「遠距離で結界を張っている花龍の霊力も、次第に消耗されて行く。
 ただでさえ、実力のある妖怪どもに囲まれ戦闘を強いられているんだ。
 アイツの精神疲労と肉体的苦痛は、生半可な物じゃない」
『そっ、それでは花龍選手は、この余興を無事に戦い抜く事は困難である・・・と』
「・・・・チッ」



小兎の冷静な判断に、飛影は舌打ちのみで答えた。

それは即ち、肯定。



『皆様、コレは予想外の事実!
 何と花龍選手は、ハンデに近い状態で、この死闘に挑んでいると言う事です!!
 あの美しく可憐な黒髪の乙女!一体どうなってしまうのかぁー!!!』


小兎の実況に、会場は沸く。

あの美しい少女は、何とも厳しい状況下で戦っているらしい。

生き残れるのか。あの戦いの中で。


そんな会話が、何処からとも無く湧き立つ。

それに、飛影はギッと奥歯を噛み締めた。



「お、おい、飛影・・・?」



再び黒い妖気を放出し出した飛影に幽助は少し距離を取りながら呼び掛ける。

だが飛影はそれに答えず、ただ黙然とモニターを睨みつけていた。


「無駄だろう。もう聞いていない」
「蔵馬・・・」
「・・・俺も、そろそろ我慢の限界が来そうだがな・・・」
「ま、待て待て、落ち着けって!」


今にも魔界植物を発生させそうな蔵馬の腕を、幽助がガッと掴む。

こんな所でキレられては、堪らない。


「コレでも自分を抑えている方だぞ?幽助」
「・・・ど、どこがだよ・・・」
「もしあの結界が割れたら・・・俺はもうここにいないだろうな」


助けに行く。と言いたいらしい。
それに、幽助は頭を掻きながら溜息を吐いてみた。


「まぁ、助けに行きてぇのはわかっけどよぉ・・・狗守鬼もいる事だし、まぁ、任せておこうぜ?」
「あの男なぞ、信用出来るか・・・!」


蔵馬の代わりに、今度は飛影が答える。

いや、彼の場合、ただ単に狗守鬼を毛嫌いしているだけなのだが。


「お、おいおい、酷ぇなぁ・・・」
「うるさい」
『おぉっと!!コレは大変だぁーーー!!!』
「「「!?」」」


飛影の言葉に幽助が呆れたその時、小兎がマイクを握り締めて叫ぶ。

何事だ。と3人が揃ってモニターを見ると、非常に危険な映像が映し出されていた。



「志保利・・・!」



蔵馬が無意識に名を呼ぶ。



『何と!!結界が脆い事を知ってか、4人の護りをすり抜けた対戦者達が、志保利選手に群がっている!!!
 結界にコレでもかと熾烈な攻撃を繰り返し、結界の破壊を目論んでいる様子!!!
 志保利選手、大ピーーーンチ!!!!』



ほぼ無防備と言っていい志保利の元に、数匹の妖怪が群がる。

これだけ少ないのは、狗守鬼達がそれぞれ妖怪達を牽制しているからなのだが・・・

やはり、限界がある様だった。


志保利は、ただ、徐々に脆くなっていく結界の中で、脅えている。



蔵馬は、いても立ってもいられない様子だ。



『さぁ!志保利選手が窮地に立たされている中
 他の選手達は、一体どの様な状況へ追い込まれているのか!!
 別の場所を、追って見てみましょう!!』




小兎の言葉を合図にカメラの画面が切り替わる。









そこには、驚くべき光景が広がっていた。






























NEXT


こっから皆、1人ずつの展開に。