何かが山の様に積まれている。



一瞬、まさかと眼を凝らしてみたが、その小山は、紛れも無く。






『なっ・・・・な、何と言う事でしょう・・・!!!
 
 あ、あの短時間の内に、狗守鬼選手は、もう・・・
 
 もう、コレだけの対戦者達を地に捻じ伏せたと言うのかぁーー!!!』






その小山は紛れも無く、妖怪達。

それも、最終予選敗退者達。狗守鬼の対戦相手。


ざっと見てもその数、40は、いる。


全員息がある様だが、それでも、指一本動かせぬ程の重症だ。

まだ、始まって10分と経っていないのに。

たった数分で、50人の内40余りの対戦者を、打ち負かしてしまったらしい。



これには小兎も、会場も、そして幽助達も、眼を疑った。



だがすぐに、幽助はクククッと、満足そうな笑いを漏らす。

「さっすが俺の息子だよなぁ。強ぇ強ぇ」
「ゆ、幽助さん!笑い事じゃあ、ありませんよ!!」
「ぅおっ」

肩を揺らして言う幽助に、小兎が両腕を上げて怒る。

確かに笑い事ではない。

その理由を、小兎は実況に交えて伝えた。


『皆様!よーくご覧下さい!!一番下の方。
 無残にも下敷きになっている、彼!!
 彼は前年、トーナメント本戦まで勝ち残り、何とベスト8にまで進出した強者!!!
 それが、それが・・・一体、どうしたと言うのかーー!!!
 今回初、しかも、抽選で偶々選出された狗守鬼選手にものの数分でK.O!!!
 まさに、予想だにしなかった展開が、今目の前で繰り広げられております!!!』


そう、そうなのだ。

あの積み重なった、妖怪たちの中に。

ポツポツとではあるが、前年、本戦出場を果たした者が混ざっている。

それさえも、まるで、雑魚扱い。

そんな息子に、小兎は不安を抑え切れない。

一体、何処でそんな風に育ってしまったのか。



小兎の実況の最中、今度は蔵馬が喉で笑う。

それに、幽助は、ん?と視線で問い掛けた。

「何だ幽助、気付かないか?」
「?何がだよ」
「狗守鬼、無傷だぞ」
「・・・マジか?」

蔵馬に言われ、良く息子を見てみる。




確かに、傷は愚か、汚れさえ付いている様子が無い。




コレには流石に、驚いた。

「へぇ!やるじゃねぇか。やっぱ、俺が日々鍛えてやってっから・・・・って、イデデデデデ!!!!」
『皆様!お聞きになられましたでしょうかぁ!!
 何と狗守鬼選手、アレだけの数を相手にしておきながらまさかの無傷!!!
 彼はどれ程の力をその細い身体に秘めていると言うのかぁ!!!!
 さぁ、私も、まことに気になって参りました!!!』

小兎が、幽助の背中を抓りながら熱く叫ぶ。

地味に痛がっている幽助を横目に、飛影はフンと鼻を鳴らした。









「ふぅん・・・なるほど。予選で敗退してるだけあって、弱いね」


実況席でそんな遣り取りがなされている頃。

狗守鬼は左腕をポケットに突っ込みながら、呆れた様に呟いていた。


「もう少し、楽しいかと思ったけど」


彼はそう言うが、先程小兎の言葉にあった通り、その中には前年本戦ベスト8まで勝ち残った者もいる。

何も、全てが毎年予選敗退していると言う訳では無いのだが。

狗守鬼にとっては、結局の所全て、相手にならないらしかった。



「・・・?」



途端、狗守鬼が微かに顔を顰める。

そして、少しの間を空けてから、確かめる様に呟いた。


「・・・・・酒?」


ぷぅん・・・と香る、酒の匂い。

狗守鬼の場合、酒は嫌いではないが、どうにもコレは強過ぎる。

一体誰だと視線をそちらに向けて、問い掛けた。




「・・・アンタ、誰だっけ?」




見た事はある。

見た事はあるが、忘れてしまった顔が、そこにはあった。


狗守鬼の反応に、その酒の匂いを撒き散らす妖怪は、至極不機嫌そうに酔った口調でがなる。


「ンだとォ!?俺を忘れたってぇのかぁ!?」


その言葉に、狗守鬼が思い出すより先に、実況席の幽助が名を呼んだ。



「ゲッ、酎じゃねぇか!!」



その通り。

前年まで本戦に残っていた、酎である。

どうやら今年は参加希望者が増え、惜しくも本戦への切符を逃してしまったらしい。

ここにいると言う事は、最終までは乗り切ったのだろう。
が、誰に負けたかはわからないが、珍しく予選止まり。

これには小兎も、少々驚いた様子で実況を挟む。

『おや?狗守鬼選手と対峙しているのは、酎選手ではありませんか!
 前年まで、もはや本戦お馴染みの顔となっていたのですが・・・。
 今年は残念ながら、最終予選で敗北を喫してしまった模様。
 ・・・さぁ狗守鬼選手、本戦常連の酎選手に、どう立ち向かうのか!!』


そうマイクを握りながらも、小兎は疑問に思う。

確か狗守鬼は以前、数回だが、酎に会った事があった様に記憶している。


だが、今の狗守鬼の顔。


まるで誰だかわかっていない様子が、ありありと浮かび上がっている。

また、忘れているな・・・と、小兎は呆れて頭を抱えた。


本当にあの子は、自分が興味の無い物は片っ端から忘れていく子だと。



「おぅい。狗守鬼よォ。まぁだ思い出さねぇかぁ!?」
「・・・・ちょっと待ってくれる」

狗守鬼が、顎に手を添えて考え始める。
難しい顔をしている所を見ると、本当に忘れているらしい。

そんな狗守鬼の様子に、酎はガクリと肩を落とした。

「・・・・勘弁してくれよ、浦飯の倅よォ」
「・・・・・・待ってて、何か、微かに思い出せそうな感じがする・・・・・・」


そこまで言って、言葉を途切る。







ゴッ!!







そして、突然足を後ろに大きく蹴り上げた。

鈍い音が響き、間を置いてから、一匹の妖怪がくず折れる。

どうやら、酎と話し込み始めた狗守鬼に、背後から襲い掛かろうとしていたらしい。


だが、その作戦は脆くも崩れた。


「考え事してるんだから、邪魔しないでくれる」


冷淡に、さも当然の様に、一言だけ吐き捨てて、また考え始める。

不意打ちよりも、今は目の前の相手を思い出すことを優先したい様子。
コレには酎も、流石に呆れた。


もう、名乗った方が早いか・・・。


そう漸く思い立ち、ワザとらしく咳き込んでから、酔った調子で自己紹介を始めた。


「思い出せよ。俺ァ、テメーの親父の友人だぜぇ?」
「・・・・・・友人?」
「酎だよ!ちゅ・う!!酔拳使いの酎様とぁ、俺の事よォ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

狗守鬼は何の反応も示さない。

てっきり、あぁ!と思い出してくれるのかと思ったら、とんだ期待外れ。

酎もこれには、対応に困る。


一体どうしたモンか・・・と、酔いも冷め気味で思考を巡らせた、その時。



「・・・・・・・・あぁ、思い出した。多分だけど」



聞きたかった一言が、狗守鬼の口から零れる。

それに、待ってましたとばかりに、酎はバンバン狗守鬼の背中を叩いた。

「おぉ!!よーやく思い出したかぁ!!」
「思い出した・・・・かも、多分」
「もう忘れんじゃねぇぞぉ!?酎だ、酎!!」
「だって、アンタと最後に話したの、何年前?80年位前じゃないの」
「2年前だ!!しっかり覚えておけ!!」


もしや、思い出せないのではなく、思い出す気が無いのでは。


そんな考えが、頭を過ぎる。

案外ソレは間違いではない。

興味の無い物は、徹底的に削除していくのが、狗守鬼だ。


「チッ・・・たぁく、酔いが冷めちまったぜ・・・」
「そう。良かったね」
「良くねぇっつぅんだよぉ!!・・・テメー、本当、誰に似たんだか・・・」

酎が、言う。
それは自分も疑問だと、狗守鬼は肩を軽く竦める事で返した。

「浦飯みてぇな馬鹿ならぁ、扱い易いんだけどよぉ・・・」





「誰が馬鹿だテメェー!!!」


実況席で幽助が青筋を浮かべて怒鳴る。

勿論、特設会場には、聞こえていない。


「ゆ、幽助さん・・・!」
「あンの野郎!人が見てねーと思ってよぉ!!チックショウ、今すぐにでもそっち行って・・・」
「だ、だめですだめです!!実は、余興スタッフから、通達が来ているんです!」
「「「?」」」

突然の小兎の台詞に、幽助は勿論、蔵馬と飛影も視線を向ける。

それを確認すると、小兎は再びマイクを手に取り、会場に向けてアナウンスを流した。


『えー、ここで皆様に、訂正が御座います。
 
 先程禁止事項にて、第三者が助っ人をしてはならない。とお伝え致しましたが・・・
 助っ人はしてはならないのではなく、出来ないのです』


予想外の事態に、助けに行く気でいた蔵馬と飛影は、軽く眼を見開く。


『それと申しますのも、今皆様がご覧になっておられる特設会場。
 その周囲には特殊なシールドが施されておりまして・・・
 外部からの一切の侵入を、防いでいると言う事です。
 助っ人は勿論、今激戦を繰り広げているチャレンジャー達も、外へ逃亡する事が叶いません。
 コレは、余興が終了するまで取り外されないと、通達が来ております。

 以上、訂正で御座いました。』


デパートのアナウンス宜しく、流暢に喋り切り、一応マイクを切る。
途端、蔵馬と飛影が小兎に詰め寄った。

「おい、どう言う事だ」
「ひっ!?わ、私は何も知りませんよ!余興スタッフの判断ですっ・・・」

ビクリと幽助にしがみ付き、慌ててそう告げる小兎。
確かに彼女は単なる実況アナウンサー。
裏役の事は、把握していない。

「チッ・・・」
「・・・だが、それだと志保利の身が・・・」
「だ、大丈夫だって、狗守鬼がいるって。それに、他の奴等だって・・・」
「花龍は既に霊力を消耗しているんだぞ、わかっているのか」
「・・・ま、まぁ、大丈夫だって。な?」

この2人が、そのシールドとやらを破壊しに行かないかどうかが、不安になって来た。


ピリピリした空気が、実況席に満ちる。


この嫌な雰囲気を一掃しようと、小兎は再び実況を開始した。


『さぁ!漸く酎選手を思い出した狗守鬼選手、やれやれと言った所でしょうかぁ?
 ・・・おぉっとぉ!!酎選手が、狗守鬼選手から距離を取るーー!!!
 そして更に?手にした酒瓶を、一気に煽ったぁ!!!
 どうやら、本格的に戦闘態勢に入る模様です!!!』







「ウィ〜ッ・・・ク・・・・・・っとォ」
「酒臭い」
「何言ってんだ。こんなモン、まだまだ序の口だぜぇ?」

肌の色が、褐色に近くなる。

本気モードに入ったらしい。

「いつもならここで吐いてるがなぁ・・・ま。今ぁンな余裕、ねぇ〜みてぇだからなぁ〜」
「汚いから、吐かないでよ」
「わぁってらぁ。クック・・・ホント、テメェ、誰に似たんだかなぁ・・・」


酎が、感慨深そうに呟く。



その次の瞬間。



「まずぁ小手調べだ、コイツを喰らいなァ!!!」



酎の右手に、オレンジ色の光が集中する。

得意技である、エネルギー弾。


見た目は小さい妖気の塊だが、侮ってはならない。

そこらの三流妖怪ならば、影すら残らない程の威力。


『これは!酎選手、先手必勝と言わんばかりに攻撃を仕掛けたーー!!!』


小兎の実況が響く。

狗守鬼の耳には入っていないだろうが、それでも一瞬、狗守鬼はチラリと視線をやって来た。


えっ・・・と、小兎が驚く間も無く、狗守鬼の姿がモニターから消える。


『おっ・・・おや!?狗守鬼選手の姿がまるで煙の様に消えてしまったぁ!!』


その言葉通り、狗守鬼の姿が忽然と消え失せた。

余りに素早い移動に、カメラは勿論、酎すら、手にした弾を放つ事無く、止まる。




待つ事、暫し。




「・・・・?」


気配が感じられない。

幾ら待っても。

いいや、近くだけでなく、この会場内に、気配を感じない。


狗守鬼の妖気は、それこそ雷禅を思わせる、莫大な威力と存在感を秘めている。


それは、例え何キロ離れた場所からでも、力のある者からすれば、十分過ぎる程に感じるのに。

今は、無い。

気配も。音すら、聞こえない。



これには、流石の酎も、焦る。



「・・・・何処だ・・・・」



思わず、心の声が漏れた。

実況席も、観客席も、状況を理解出来ぬまま、狗守鬼の姿を探した。



と。








「何処見てるの」








狗守鬼の呆れた声。


その声に周囲が反応するより早く、酎の身体が吹き飛ばされる。


一体、何が起こったのか。




それは誰しもが、無意識に考えた。




勿論酎も、身体に恐ろしいまでの衝撃が走る中、思う。

やたらと景色が、空が、全てがスローモーションで回転する中。

頭が地面に衝突する寸前まで。



「ッ・・・・ゲッ・・・ホッ・・・・・っ!」



受身を取ることも、叶わなかった。

仮にも本戦常連の自分が、何てザマだと、自嘲する。

いいや、したかったのだが、込み上げて来た激しい咳に、それは掻き消された。


何とか立ち上がろうと足に力を込めるが、どうにも震えている。


たった一撃で足に来たのか。

思えば、グラリと体が傾いている様な気もする。

何故だ。と、酎はまず疑問を感じた。


今まで、誰の攻撃を喰らっても、一撃でこんな状態になる事は無かった。


まるで身体が言う事を聞かない。

脳味噌が揺れる。

視界が回転する。

足がガクリと折れる。

腕すら、プルプルと、震えている様。


自分の身を襲った症状に、酎は困惑した。


そこへ、狗守鬼の姿。


何とも悠長に、相変わらず左手をポケットに突っ込んだまま。

空いた右手では頭を掻きつつ、歩み寄る。


「意外と打たれ弱いね」
「・・・ッ・・・な・・・ッ・・・・ッッ!!」

ゲボッ・・・と、何かを喋ろうとした酎の口から、血が溢れる。
内臓にまで衝撃が行っているらしい。
相当な痛みが、身体を貫いた。

「ッ・・・何、が・・・」
「・・・・・・・」

狗守鬼は、感情の無い瞳で、じっと酎を見遣る。

それはポッカリと空いた空洞の様で、見下されている酎は、ゾッとする思いで狗守鬼を見上げた。




『み、皆様、今、何が起こったか・・・おわかりになりましたでしょうか・・・?
 わ、私も、一瞬たりとも見逃さない様噛り付いていたのですが・・・ 
 ま、全くもって、何がどうなったのか、理解出来ておりません・・・!!』


小兎が、冷や汗を掻きながら、辛うじてそう呟く。
観客も、実況席も、見事なまでにしんとなってしまった。
奇妙な静寂が、全てを包む。

『えっ・・・えぇ・・・と・・・ゆ、浦飯選手』
「へ?あ、ああ、何だ?」
『今は解説の妖駄さんがおりませんので、代わりに、解説を宜しくお願いします』
「は!?え・・・えぇっとだな・・・」

突然話を振られた幽助は、ハッと意識を戻し、慌てながらも解説を始めた。

「え、えぇっとだなぁ・・・まず、アイツの姿が消えたのは、上手く気配を消したからで・・・
 まぁ、それ意外に何もねぇんだけど・・・」
『何と、狗守鬼選手の姿が消えたトリックは、ただ、気配を消しただけだと』
「お、おう」
「恐らく、余りにも存在感を消し去った為に、姿が実体化して見えなかったのだろう」

しどろもどろになる幽助の代わりに、蔵馬が付け加える。
それを聞いて、小兎はいかにも実況らしく、興味深そうに身を乗り出した。

『気配を消す事で、実体すら見えなくなる・・・そんな事が可能なのでしょうか?』
「勿論気配を消すだけでは無理だろう。アレは、狗守鬼の神懸り的なスピードがあってこそだ」
『なる程。ですから、気配も、そして姿も、全てが消えたように見えた・・・と言う事ですね?』
「そうだろう」
『それでは、姿を現した直後、酎選手を吹き飛ばした技とは、一体何なのでしょう?』

もう1つの問い掛けに、蔵馬は首を傾げる。
姿が消えた原因はわかったが、あの手練の酎。
彼をいとも簡単に吹き飛ばし、立ち上がれない程のダメージを与えた、あの技。

アレの正体は、蔵馬にも、見当がつかないらしい。

「わからない。俺には、ただ狗守鬼が右手で酎の背を突いただけに見えたが・・・」
『酎選手の背中を?私はそれすら確認出来ておりませんが、本当に一撃、突いたのみですか?』
「俺が見た限りではな。アイツは腕力が半端じゃないから・・・・・・幽助、飛影、どうだ?」

蔵馬が助言を求める。
だが、幽助は乱暴に頭を掻き、投げやりに言った。

「わっかんねぇ・・・。俺も、ただ酎の背中を突き飛ばしただけに見えたけどな・・・」
「フン・・・何か、妙な技でも使ったのか」
『ふぅむ。どうやら、浦飯選手達の鍛え抜かれた眼力を持ってしても、見抜けない狗守鬼選手の技!!
 一体、あの瞬間に何が起こったのか。
 今、酎選手の身体に、何故あの様な症状が現れているのか!!
 ますます、謎が深まる狗守鬼選手!!!』


小兎が、そう叫ぶ。


けれど、その手は、不安の為に、微かに震えていた。








「なる程ね・・・そう言う風になるのか・・・」
「・・・?・・・」


暫く酎を見ていた狗守鬼が、不意にポツリと呟く。

それに、酎も、実況席も、全てが注目した。


「いや、ごめんごめん。ちょっと実験台になって貰ったんだよ」
「じっ・・・けん・・・ッ・・・ッッ・・・ゲッボッ・・・・!!」
「無理して喋らない方が良い。余計に痛むよ」

再び吐血した酎に、狗守鬼はやれやれと言った様子で忠告する。
話すなと言われた酎は、辛うじて顔を上げると、視線で狗守鬼に問うた。
コレは一体、何なのかと。

「幻海さんに教えて貰ったんだよね」
「!」

酎が、その名に反応する。
何せ、以前世話になった事のある女の名。
あの絶世の美少女とも言える、桜の髪の女。


コレには勿論、飛影もピクリと反応を示した。


だが、何も言う事は無く、今は狗守鬼の言葉を待つ。

「相手の身体のツボを突くと同時に、自らの霊気を送り込む。
 そしてその霊気は、相手の内臓に作用し、悪いトコを治すんだってさ」

何となく、狗守鬼がやった事がわかって気がした実況席。
だが、一応、まだ、待つ。

「で、教えて貰ったからには、やってみたくてね。
 良い具合にタイマン状態だったから、丁度良いかなって」
「ッ・・・悪い・・・・トコを・・・ッッ」
「ん?」
「悪いトコ治す・・・のにっ・・・な、・・・で・・・ッッ」
「・・・あぁ、それね」


悪い所を治癒する為の技と、狗守鬼は言った。

それなら、何故、こんな状態になっているのか。

酎の言葉を汲み取り、狗守鬼は頭を掻きつつ、理由を話す。


「実はさ、やろうと思った時に、思い出したんだよね。
 ツボって言われたけど、何処のツボだか聞いてないって事。
 だからさ、取り合えず、足のツボを突いて、じっとして貰おうかなって。
 だって、折角効果を確かめるのに、動かれたら見辛いだろ」

何とも投げ遣りな。けれど、恐ろしい理由。
ただ実験がしたくて、酎の足を崩したらしい。
勿論時間が経てば戻るのだろうが、少なくとも今は、動かす事すら困難になって来ている。

眼を見開く酎を気にも留めず、狗守鬼の話は続く。

「でさ。更に俺、霊気なんて持ってないだろ?
 だから、内臓には霊気じゃなくて、俺の妖気を叩き込んでみたんだけど・・・」
「!!?」

ツボの事情よりも、より恐ろしい事実。



これには酎だけでなく、実況席の幽助や蔵馬も、ザッと顔を蒼くした。



「ばっ・・・馬っ鹿野郎!!お前の妖気なんざ叩き込んだら、死んじまうだろぉがぁ!!!」
「全くだ。雷禅の妖気を、そのまま内蔵に送り込んだも同然だぞ」
『な、何とぉ!!恐ろしい事実が明らかになりましたぁ!!!
 く、狗守鬼選手は、自身の強大にして凶悪な妖気を、酎選手の体内に注入したと!!
 こ、コレは、劇薬を流し込まれるよりも、苦痛がある事でしょう!!!
 あぁあぁもう!!一体何をやっているのやら・・・!!!!』

最後は思わず母に戻り、頭をガバッと抱えて項垂れる。

息子は自分の妖気をわかっているのかいないのか。

何とも危険な事を、軽々とやってしまったらしい。

思わず、背筋が凍る。


「あぁ、安心してよ。ちゃんと妖気は調節したから。
 これでも3割くらいに抑えたんだけどね。それでも、ダメだった?
 ・・・まぁ、霊気じゃないって時点で、無茶かなぁとか思ったんだけどさ。
 同じ妖怪なら、大丈夫かなと思って。
 ホラ、それにアンタ、酒飲み過ぎだろ?肝臓でも悪いかも知れないから、
 そこに妖気を送ってみたんだけど・・・違う意味で効いちゃったらしいね」


サラリと、何事でも無い様に言う狗守鬼。

彼は妖気を抑えた。と言っているが、大して意味は無い。

強力な劇薬を水で薄めた所で、身体はダメージを受けるに決まっている。

それと同類だと言うのに。

いや、だが、狗守鬼が調節していなければ、今頃酎は帰らぬ存在となっていただろう。


「ッ・・・・ッッ・・・・・」


酎が、ドサリと倒れ込む。

ギリギリ、腕で身体を支えていたのだが、それも出来なくなってしまったらしい。

それ程までに狗守鬼の妖気は強力で、凶暴過ぎたのだろう。

今の理由を聞いて、更に、内臓は焼ける様な激痛が走っているのだ。

もう、耐えられない。






「・・・・あぁ、思い出した」






不意に、狗守鬼が言う。

酎は、既に霞んで来た眼で、彼を見遣った。


狗守鬼は、軽く笑みを浮かべている。


「アンタ、確か、棗さんにいっつも勝負挑んでる奴だよね。
 そのぶっ倒れた格好見て、漸く思い出したよ。
 まだ勝負挑んでるの?棗さんに。
 ・・・でもさ」


狗守鬼が出していた右手もポケットにしまい、何て事ない様に続けた。







「棗さんに負けてる様じゃ、俺には勝てないよ」







酎がその言葉に、苦し紛れな笑みを浮かべた。


全く、あの馬鹿の倅は、とんだ化け物だ。と。




そう言ってやろうと思ったが、もう口すら動かない。




ただ、ケッ・・・と、血と共に唾を吐いて、ギリギリ繋いでいた意識を、さっさと手放した。




狗守鬼は、興味無さそうに、ただそんな酎を見ているだけ。





「ま。ゆっくり休んでなよ。・・・・・えぇっと・・・・・
 
 ・・・・・・・・・・名前、何だっけ」





その狗守鬼の一言に、実況を進めようと思っていた小兎は、思わず蹲りたい気持ちにさせられた。






























NEXT


雷禅の孫には勝てないよなぁ・・・。(自分で書いておいて)
そしてやっぱり相手の名前を覚えない狗守鬼。
相変わらず酷い男。