じわじわと、鈍い日差しが照り付ける魔界。
一応この世界にも、季節はある。
だが春や秋の様な曖昧な気候は存在せず、暑いか、寒いか。
その2つしか無いのだが。
今日は、暑い。
そんな日には、水辺や氷屋に妖怪達が集うのだが、ここは静かだ。
何故なら、躯の支配領域。
今では幾分棘の取れた彼女だが、やはり恐怖する者は多い。
間違って彼女の逆鱗にでも触れたなら、その場で一生が閉ざされる。
だから、この周辺には、ほとんど妖怪が近づかないのだ。
一部を除いて。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
3人、いいや、人では無いのだが、3つの影がそこにある。
1人は獣耳に赤い紋章。
1人は赤い眼に真っ白な肌。
1人は黒髪黒装束。
狗守鬼・花龍・小瑠璃の3人。
だが、狗守鬼と花龍が無表情なのに対し、小瑠璃はワナワナと体を震わせていた。
そのあからさまに怒りを表している様子に、呆れた口調で狗守鬼が問う。
「・・・言いたい事あるならハッキリ言えば」
「・・・・じゃあ、聞きますけどね・・・・」
小瑠璃がガタンと席を立つ。
そしてズカズカ狗守鬼の目の前まで歩み寄ると、ビッと”ソレ”を指して我鳴った。
「貴方が食べている物は一体何ですか!!!」
小瑠璃の怒声に、狗守鬼はキョトンと首を傾げる。
花龍は、そんな2人の様子をじっと見守っていた。
「何って・・・・」
狗守鬼が、自身が手にしている物を見遣り、当たり前の様に返す。
「カキ氷」
「普通のカキ氷なら僕だって文句言いませんよ!!」
「何、食べたいの?じゃあ頼めば?」
「違いますよ!!!!!」
ふぅ。と肩を竦めて見せる狗守鬼に、小瑠璃が蒼白い顔を真っ赤にして震える。
わかっていないのも性質が悪いが、意味を理解している癖にまるで見当違いな事を言う狗守鬼。
そんな彼に焦りと怒りを覚えているらしかった。
「そのカキ氷に混ざってる物は何ですか!!」
「眼球」
「何の!!?」
「人間」
「〜〜〜〜っ」
サラリと淡白に答えられ、小瑠璃は地団駄を踏んだ。
いいや、頭ではわかっている。
ここは魔界。
彼は人食い鬼。
仕方ない。仕方ないけれど。
「何でンなモン食べてんですかぁ!!!!」
「ちなみにシロップは血液」
「聞いてませんよ馬鹿!!!!!」
それだけ怒っていても敬語は忘れないのかと、狗守鬼がある意味で感心する。
だが小瑠璃はそんな事お構い無しに、ギャーギャーと捲くし立てていた。
「大体、何でそんな物が売ってるんです!!!」
「知らない、躯さんに聞けよ」
「無理です殺されます!!」
「じゃ、殺されてくれば」
「狗守鬼!!!!」
心底どうでも良さそうな狗守鬼に、小瑠璃はどうしようもないもどかしさを覚える。
いつだって彼は自分の話を真面目に聞いてくれない。
真面目に話しを聞く相手と言ったら、幻海や花龍しか・・・
と、そこまで考え、バッと小瑠璃が視線を向ける。
その視線の先には、相変わらず無表情のまま見詰めている花龍。
「花龍さん!!」
小瑠璃が、花龍に向かって縋る様な声を掛ける。
すると、宙を見詰めていた花龍の赤い瞳が小瑠璃へと素直に向いた。
「花龍さんは食べてませんよね!!?」
「・・・・・・・・・・」
花龍が肯定する為に頷く。
それを見て、小瑠璃はほっと胸を撫で下ろした。
彼女までそんな物を食べていたら、自分はショックのあまり寝込んでいたかも知れない。
「花龍、食べてみる?」
「勧めるんじゃありません!!!!」
さり気無く危険な事を言う狗守鬼に、小瑠璃は素早い反応を見せる。
それに、冗談だよと軽い調子で狗守鬼は返した。
良い様に遊ばれている気がするが、いつもの事だと小瑠璃は諦める。
「大体、美味しいんですかそれ!!?」
「美味くは無い」
「じゃ何で食べてるんです!!!!」
「眼球の食感が好きなだけ」
「あぁぁああああもう聞きたくありません聞きたくありません!!!」
「自分から聞いた癖に」
「何も聞こえません!!!」
どうしてコイツは理知的に振舞おうとしている癖に子供っぽいんだ。
狗守鬼が、小瑠璃の様子を見て思う。
万年反抗期だし、やたら理想を掲げるし。
面倒臭い奴だなぁと、眼球を1つ、血のついた氷と共に口に含む。
ブチッと、牙が強膜を破り、汁が口に広がる。
ゴリゴリと齧っている狗守鬼を、小瑠璃がまたチラリと見ては頭を押さえていた。
「・・・不味そうです」
「食べてみる?」
「いりません!!!!」
「意外と気に入るかもよ?」
「絶対あり得ません!!!!」
「ま、食ってみろよ」
「嫌で・・・・っ!!?」
ガァと大きく怒鳴ったその隙に、狗守鬼が小瑠璃の口へとスプーンを突っ込む。
あまりに突然の出来事に、数瞬ばかり小瑠璃は目を白黒させていたが、すぐにザァッと顔色が変わる。
元々蒼白い顔は、更に青く。
バッとしゃがみ込むと、ゲェゲェとそれを吐き出そうとしていた。
「汚いなぁ」
「だ、だ、だ、誰の、誰のせ・・・所為・・・!!!!」
涙目の小瑠璃が、必死に言う。
狗守鬼は、それを見て再び肩を軽く竦めた。
先程、彼の口にスプーンを突っ込んだ時。
やたらと血が混ざった部分を食わせてしまった。
それがまずかったかな。と、全く見当違いな事を考える狗守鬼に、花龍は首を傾げた。
「・・・血生臭い、鉄臭い、水っぽい、不味い・・・」
何とか復活した小瑠璃が、半泣き状態で呟く。
その言葉に、狗守鬼が呆れた様子で返す。
「文句ばっか言うなよ」
「言いたくもなりますよ!!!!」
「眼球入れなかっただけありがたいと思え」
「ンなモン食べさせられてたら発狂してますよ!!!!」
小瑠璃が一際大きく怒鳴った瞬間、遥か上空から明るい声が降って来た。
「はぁ〜い♪遅れちゃったぁ、ごめんねぇ」
それは、つばき。
フワフワと空色の髪を靡かせながら、軽やかに降り立った。
そしてすぐ、半泣き状態の兄を見て、首を傾げる。
「あらぁ?お兄ちゃん、どうしたのぉ?」
「・・・・狗守鬼に目玉カキ氷を食べさせられましてね・・・・」
「あぁ!知ってるぅ。あたしも食べるわよぉ?」
「っ!!?」
信じたくない事実に、小瑠璃がザザッと後退りをする。
だがつばきはそれに構わず、もうほとんど平らげている狗守鬼に問う。
「ねぇ狗守鬼君、それ何シロップぅ?」
「血液」
「あぁん、あたしそれきらぁい〜。生臭過ぎるわよぉ」
「だろうね」
「あたしはやっぱ甘いのが良いわねぇvシロップと眼球の食感が大好き♪」
「じゃ、頼んで来れば」
「そうする!あ、花龍ちゃんは食べるぅ?」
「・・・・・・・・・・・・」
つばきの言葉に、花龍は首を振る事で拒否する。
そう?と、彼女の返事に残念そうにしながら、店屋がある場所まで走って行った。
茂みの向こうから、つばきと店主の会話が聞こえる。
「おじさぁん、ブルーハワイいっこ頂戴♪」
「はいよ」
「ねぇおじさん、この眼球、誰のぉ?」
「人間のだよ」
「わかってるわよぉ。どの人間?」
「さぁなぁ、安い所から仕入れてるから、死刑囚とかじゃないか?」
「えぇ〜、もっと良いの仕入れてよぉ。カッコイイお兄さんとかぁ」
「お嬢ちゃん、良い眼は高いんだぞぉ?」
「んもう、しょうがないわねぇ・・・じゃ、シロップ多目に掛けてね!お兄ちゃんにもあげるんだから」
「はいはい」
その会話を耳にし、小瑠璃の顔が再び青く染まる。
それに対し、狗守鬼は軽く笑って言ってやった。
「良かったな、可愛い可愛い妹が、食わせてくれるってさ」
「あぁぁぁああもう嫌だぁぁぁああっ!!!!!」
小瑠璃の叫びに、花龍はコクリと首を傾げた。
END.
こう言うの苦手な方、すみません。
『妖怪』って部分を全面に押し出すの、好きなんです。
狗守鬼は人喰い鬼だから勿論人間食べます。(肉嫌いだけど)
つばきも、鴉の血を強く引いているので、妖怪派。
花龍と小瑠璃は食べません。小瑠璃は全力で拒否してます。
・・・使わせて頂いた素材が余りに素敵だったから書いてしまったけど・・・
だ、大丈夫だよ、ね?
イラストはこっち。