ザラザラザラ・・・と、砂の様な音を立てて何かが崩れる。

それは先程、道場の壁に映し出されていた幽助の姿だ。



消えた父の姿、言玉をぼーっと見遣る狗守鬼。



そして少しばかり間を置いてから、振り返りもせず声を掛けた。



「どうしたの、花龍」
「・・・・・・」



音も無く現れた花龍に、狗守鬼が問う。
花龍は答えない。

けれど、大方予想はついていたらしく、狗守鬼は何て事なく答えた。


「あぁ・・・父さんが、久しぶりに顔見せに来いってさ」
「・・・・・・・・」
「うん、そろそろ魔界統一トーナメントだしね」
「・・・・・・・・」
「俺?出ないよ。母さんに止められてるし、興味無い」

傍から見れば、狗守鬼の独り言。

だが彼等の会話はコレで成立する。
花龍があまり言葉を好まないのは、狗守鬼が一番良く分かっているのだ。


「トーナメント始まるとあんま時間取れないから、会いに来いってさ」


幽助も、久しく見ていない息子と話す時間が欲しいらしい。
『小兎が会いたがっているから』と口実をつけたが、父の嘘ぐらい簡単に見抜ける。
父は単純だと、狗守鬼は無表情のまま考えてみた。

「・・・・・・・・」
「花龍も行く?父さんトコ行く前に、飛影さんに会って来たら」
「・・・・・・・・」

花龍が頷く。
飛影は躯の要塞でパトロールの任務を任されている。
きっと、何時もの様に甲板に、不機嫌そうに佇んでいるだろう。

「・・・・・・・・」
「ん?」

花龍が何かを呟く。
あまり注意して聞いていなかった狗守鬼は、再度短く聞き返した。

「・・・・来た」
「飛影さんから?」

また、頷く。
どうやら、飛影からも言玉が来ていたらしい。

「来いって?」
「・・・・・・・・」

頷く。
恐らく、飛影も久しぶりに娘に会いたくなったのだろう。
ああ見えて彼は、中々子煩悩だ。

「幻海さんには?」
「・・・・・・・無駄」
「あぁ、なるほど」

幾度か、幻海も飛影に魔界へと来るよう言われていた。
だが、彼女がそんな話を聞く訳がない。
会いたいならお前が来い。の姿勢を崩さず、月に一度は飛影がこちらに来ている。
もう流石に諦めたらしく、飛影も何も言ってはいない。

「・・・じゃあ、幻海さんはこっちに残るのか」
「・・・・・・・・」

花龍が頷くのを見て、狗守鬼がふーんと興味無さ気に呟く。

そして、くーっと両腕を上に伸ばすと、ふぅと息を吐いた。

「・・・じゃ、そろそろ行く?」
「・・・・・・・・」
「・・・・あぁ、そうだね、蔵馬さんと志保利もいるね」

確かトーナメントが近いから、黄泉も訪れている筈。
恐らくは、昔棲んでいた要塞にでもいるのだろう。

「それじゃあ・・・蔵馬さん飛影さん父さんの順で行く?」
「・・・・・・・・」
「リョーカイ。・・・・・・行こうか」


狗守鬼の言葉に、花龍が頷く。

それを確認してから、2人並んでゆっくりと道場を後にした。















「・・・魔界は相変わらず暗いね」
「・・・・・・・・・」


赤い太陽の光はとても鈍い。

どんよりとした光、紫暗と血色の空模様。

幻海がこの世界を好まないのも、頷ける。


「じゃあ、蔵馬さんの所に行こうか」
「・・・・・・・・・」


トーナメントが近い所為か、魔界全体の気が大きく蠢いている。

恐ろしいまでの熱気と妖気、そして殺気。

コレでは志保利が怖がっているだろうな。と、狗守鬼は頭の片隅で考えてみた。








「・・・あ!」
「ん?どうした志保利。危険だから1人では外に行くな」
「あ、ごめんなさい・・・でも、ホラ!向こうに・・・」
「?・・・・あぁ」


黄泉の要塞の入り口付近で遊んでいた志保利が、嬉しそうに手を振る。
心配して傍にいた蔵馬も、2人の姿を認めて少し前に踏み出た。

「どうも」
「・・・・・・・・」
「久しぶりだな、狗守鬼、花龍。相変わらず仲が良いな」
「俺がいなかったら、どうやってコイツの通訳するの?」

相も変わらず無表情な狗守鬼と花龍。
花龍に至っては言葉すらも無い為に、蔵馬も困惑する事が屡あった。
そう言った意味で、狗守鬼の存在はとても助かる。

「狗守鬼さん、花龍さん、お元気でしたか?」

志保利が、眩いばかりの笑顔で2人と向かう。
久しぶりに顔を合わせた友人に、嬉しさが込み上げている様子だった。

「ああ、志保利も元気そう」
「・・・・・・・・」
「はい、とっても。今は、黄泉さんもいらしてるんですよ」
「トーナメント近いからね。・・・蔵馬さん、今年もトーナメント出るんでしょ?」
「ああ、今年もキツそうだがな・・・」
「ふーん・・・」

相変わらず興味無さそうな狗守鬼。
そんな彼に苦笑いしながら、今度は花龍に問い掛けた。

「花龍、お前は?」
「・・・・・・・・」

花龍は首を振る。

「そうか・・・飛影に止められてるのか?」
「・・・・・・・・」

今度は、軽く頷く。
どうにも会話が成立せず、蔵馬も流石に冷や汗を掻いた。
ついつい、狗守鬼に助けを求める。

「飛影も、中々に親馬鹿だな。いや、小兎もそうか?」
「母さんは心配性。それに花龍は、トーナメントに興味が無いみたいだし」
「そうか?」
「・・・・・・・・・」

花龍が頷く。
そうか・・・と、蔵馬も無言で納得してみせた。

「まぁ、こんな所でいつまでも話している訳にもいかんだろう。どうだ、茶でも飲んで行くか?」
「そうしたいけど・・・コレから飛影さんと父さんトコに行かないとなんないから」
「そうか・・・」
「2人共、もう行っちゃうんですか・・・?」

志保利が哀しそうな顔をする。
それを見た蔵馬が、少し困った表情を浮かべながら2人を引き止める。

「・・・・まぁ、少しくらいなら、大丈夫だろう?」
「・・・蔵馬さんも、過保護だよね」
「放っておけ」


狗守鬼の呆れた色の一言に、蔵馬が軽く彼の頭を叩いた。














「それにしてもさ」


出された茶を啜りながら、狗守鬼はポツリと呟く。
向かいに座った蔵馬も、一口茶を飲み干してから、ゆるりと聞いた。

「何だ?」
「今年は何だか、やたらと盛り上がってるね」

いつもこの時期になると、魔界が沸く。
妖怪達の熱気と殺意から、熱く、気が蠢く。


けれど、今年はやたらと、恐ろしい程に。


こんな事は初めてだと、狗守鬼は心の中で首を傾げた。

「あぁ・・・今年は新たな企画が導入されたからな」
「企画?」
「そうだ」
「・・・何の企画?」

思い掛けない答えに、狗守鬼がカップを口に運びながら問う。
蔵馬の方は、茶と共に運ばれて来た菓子を含みつつ、それに答えた。

「余興だ」
「何の?」
「トーナメント開始前に行う余興だ。
 観客の中からチャレンジャーを選ぶらしい」
「・・・多くない?観客」
「クジだ」
「暴動起きそうじゃない?外れた奴等」
「・・・まぁ、な」

予想は出来る。
血の沸き立った者達は、己の力を開放する事を求めている。
それが出来る、折角の機会。
元々気の高ぶっている輩が外れたら、どうなるか眼に見えているのに。

無茶な企画に呆れつつ、狗守鬼は菓子を食しながら聞く。

「ふぅん・・・で、どうやって選ぶの」
「予め観客にはナンバーを配っておく。
 そして本戦の始まる前に掲示板にナンバーが表示されるんだ。
 それが、チャレンジャーとなる」
「弱い奴等が当たったらどうするの」
「辞退も可能だ。その場合は新たに抽選する」
「人数は?」
「5人」

一区切りついた所で、再び狗守鬼は茶を飲み干す。
蔵馬は、菓子が思いの他甘かったのか、少し咽ながら茶で味を消した。

「で、そのチャレンジャーは誰と戦うの?」
「最終予選で敗退した奴等200」
「チャレンジャー死ぬんじゃない?」
「死ぬのが怖いなら、辞退すれば良いまでだ」

当たり前の様に言う蔵馬は、人間の頃の面影はまるで無い。
しかし、人間であった頃から恐ろしい程に長い年月は経過しているし
と、狗守鬼も何も言わなかった。

「でも、チャレンジャー5人に200・・・1人で40か」
「ああ」
「雑魚にはキツイね」
「そうだな・・・だが、盛り上がるんなら、良いんじゃないか?」

俺も奴等も。と、蔵馬は他人事の様に呟く。
狗守鬼にとっても他人事だが、蔵馬よりは興味がある様子だった。

「どうする?蔵馬さん、俺等が当たったら」
「・・・お前の戦いぶりには、期待している」
「花龍も見に行くよ」
「他には誰が来る?」
「つばきと小瑠璃」
「・・・もし当たっても、何ら問題は無いだろう」
「あと1人いるよ」

笑う蔵馬に、狗守鬼は相変わらずの無表情で示す。


そこには、少し離れた場所にいる、花龍と志保利の姿。


どうやら志保利の遊び相手をしているらしく、花龍は器用に折り紙を切っていた。
広げた紙は美しい模様を刻んでいて、志保利は無邪気に拍手をしている。

そんな2人の姿を見て、蔵馬はさっと顔を蒼くした。

「・・・・・・・・・まさか、な」
「わからないよ?もしかしたら、凶暴な男達4人と志保利が選ばれるかも知れないし」
「・・・・・そうなったら、意地でも止めてやるさ」
「ルール違反」
「ルールとは、時に破らなければならない時があるんだぞ?」
「・・・過保護だね」
「先にも聞いた」

肩を呆れた様に竦めつつ、狗守鬼は残った茶を啜る。

まったくこの男は誰に似たのだろうかと、蔵馬はそれを見つめつつ溜息を吐いた。

「そうだ。つばきと小瑠璃は元気か」
「元気過ぎて爆弾ばら撒いてるよあの爆弾女は」
「・・・・小瑠璃は、痩せてないか?」
「1sくらい痩せたんじゃない?」

無論冗談であるが、それでも、小瑠璃の気苦労は酷い。
何せ妹がああなのだから、致し方ないが。
此間も霊界から逃げようとした手配犯を爆弾で吹っ飛ばしたらしい。
話を聞いた時は、小瑠璃は腹を押さえていた。
胃薬でもやれば良かったかと、狗守鬼はぼーっと考える。

「・・・まぁ、志保利が当たっても、守ってあげるよ。
 ・・・・・・・俺等が一緒に抽選された場合にはね」
「・・・いっそ、控え室に志保利を連れて行くか・・・」
「志保利は、俺等と見に行くのが楽しみなんだってさ」
「・・・・・・・・・」

蔵馬がガクリと肩を落とす。
そこまで心配か。と、狗守鬼は項垂れる男を見遣る。
銀色の髪が垂れ下がって、氷柱の様だと思った。

「ま、当日になんなきゃわかんないよ。
 もしかしたら、志保利は当たらないかも知れないし」
「・・・・当たる確立の方が遥に低いしな・・・大丈夫だろう」
「そうそう。そうやって自分に言い聞かせておいた方が良いよ」
「誰の所為だ誰の」

憎々しげに狗守鬼を見る蔵馬。
狗守鬼は再び肩を軽く竦めると、カップを置いて立ち上がる。

「花龍、そろそろ行くよ」
「・・・・・・」

狗守鬼の呼び掛けに、花龍は無言で近寄って来た。
一緒に、志保利も小走りで。

「もう行くのか」
「うん、まぁ頑張ってね蔵馬さん」
「ああ・・・だが、良いのか?黄泉もそろそろ来るだろう」

寂しそうにしている志保利の頭を撫でつつ、蔵馬が言う。
狗守鬼は、あー・・・と頭を掻くと、投げ遣りに答えた。

「俺、黄泉さん苦手なんだよね」
「ほぅ?初耳だな」
「腹に一物抱えてる、優しそうな癖に腹黒な人って、ね」
「そうなのか」
「・・・ああ、でも、蔵馬さんは苦手じゃないよ?」
「・・・・・・・・・どう言う意味だ?狗守鬼」

蔵馬が薄い笑いを浮かべながら、冷えた声で問う。
それを意に介した様子も無く、狗守鬼は軽く口端を吊り上げながら返した。

「冗談だよ。・・・ああ、嘘。半分本気」
「狗・守・鬼」
「おっと、怖い怖い。妖狐様がキレない内に行くよ、それじゃあね」



花龍の手を引き去った狗守鬼を見送る志保利。

それを気に留めつつ、蔵馬は溜息を吐きながら徐に背後に問うた。


「・・・・そう傷つく物でも無いだろう、黄泉」
「そうは言ってもな・・・・俺はそう言う風に見られていたか」

姿を現した黄泉に、蔵馬は苦笑いを隠せない。
勿論聴覚の異常発達した黄泉の事、先程からの会話は全て聞こえていた筈。

しかしそれを知っていながら言った狗守鬼も、中々に酷いと。

「まぁ、強ち間違いでも無いだろう」
「・・・・蔵馬・・・・」
「冗談だ。・・・いや、嘘だ、半分本気」


先の狗守鬼の言葉を真似、笑う蔵馬。


それに、黄泉は更に心の傷を深くした。





























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