目立つ。


狗守鬼はいつも、百足を見る度にそう思う。

広大な魔界。それでもこの要塞は、目を引く。

まぁ、引いた所で、誰もがあの要塞を知っているから、何て事は無い。



「さて・・・飛影さんは何処にいるかな」
「・・・・・・・・」
「だろうね」

花龍の視線から意思を汲み取る。
彼女は自分の父の居場所を、完全に把握しているらしい。

「・・・上の甲板、か」

狗守鬼もそれを読み、ポツリと呟いた。













「・・・ん?」


一方、予想通り甲板に腰を下ろしていた飛影が、ふっと顔を上げる。
珍しい反応に、様子を見に来ていた躯は少々驚いた風に声を掛けた。

「どうした飛影」
「・・・花龍の気配がする」
「花龍?」

そう言われ、ふと思い出す。

飛影と同じ、黒い髪と赤い眼をした、彼の愛娘だ。

随分と可愛らしい顔立ちをしていたが、声を聞いた事が無い。
恐らくは幻海似なのだろうが、少しばかり興味が沸いた。

「どうしたのだろうな・・・・・、いや」
「何だ」
「お前此間、言玉を1つ持って行ったな」
「・・・・・・・・」
「呼んだのか?」
「・・・・うるさい」

図星の様で、躯は笑う。
全く、いくら年を取っても、変わらない男だ。

「と言う事は、お前の嫁も来るのか?」
「・・・アイツが来る訳が無い」

来ないから逢いに行っているんだ。と、飛影が呆れて零す。
それに一瞬、躯は複雑な表情を見せたが、すぐに楽しそうな眼をする。
まるでそれは、遊び甲斐のありそうな玩具を見つけた子供の様で。


「そうか・・・だが、お前の娘の他に、もう1つ凄まじい気配を感じるが」


それを聞いた途端、ピシッと飛影の眉間に皺が寄る。

どうやら彼も察知しているらしい。
いや、気付かざるを得ない、淀みの無い鋭い気配。
闘神の血を思わせる、血色の空気。

「・・・・・・アイツか・・・」

憎々しい。とでも言いたげな低い声。
その声色だけで低級の妖怪なぞ殺せるのでは無いかと思う程に、冷たい。
しかもその冷たさの中に、静かな怒りが混ざっているのを、躯は感じ取っていた。

「?そんなに憎い相手なのか?」
「・・・・・・・気に食わん」
「ほぅ」

吐き捨てる様な一言に、躯は興味を示す。

飛影がそれ程までに毛嫌いする妖怪とは、どんな奴であろうか、と。


様子から察するに、男か。

鋭利な刀身の様な、冷たく、痛い程強力な気配。
この空気は感じた事がある。
確か、あの男。

闘神、雷禅と良く似た、気色。

「・・・・・・・もしや、狗守鬼とか言う奴か」
「良く知っているな」
「当たりか。・・・いや、雷禅に似た気と言ったら、そいつしか思い浮かばん」

以前聞いた。
雷禅の孫に当たる男の名。
確か幽助と小兎の息子だった。

雷禅の要塞には住んでおらず、人間界にいると。
そして人間界では、幻海の道場に、飛影の娘と共に住んでいるのだとも。


・・・何となく、飛影が彼を嫌う訳がわかった気がした。


「で、何故お前の娘とその狗守鬼が何故一緒に?」
「知るか。俺が呼んだのは花龍だけだ」
「ほぅ」
「・・・・大方、幽助も呼んだんだろうよ」

アイツは認めてはいないが親馬鹿だと、飛影が呟く。
それはお前もだと言ってやりたかったが、何となく、やめておいた。
どうせ本人だって、良くわかっているだろう。











「どうも」
「・・・・・・・・・」


そんな遣り取りから数分後、話題の人物がやって来た。


花龍は以前見た事があったが、狗守鬼は初めて見る躯。
自然と、視線が行く。

耳と尻尾は小兎の血だろう。
頬の紋章は雷禅と浦飯だろう。
しかし、この無表情な冷たい面は、誰に似たのだろうか。

ふと疑問が過ぎるが、一先ず、面白そうな飛影と2人の会話を見守る事にした。

「久しぶりだな、花龍」
「・・・・・・・・」

花龍が頷く。
やはり声は無いのかと、躯はふむと顎に手を当てた。

「元気にしていたか」
「・・・・・・・・」

久々の娘の姿に、飛影の表情も無意識に綻ぶ。
と言っても、大した変化は無いが、それでも嬉しそうで。
意外な表情に、躯は見入る。
コレは相当な親馬鹿であるとも、同時に理解出来た。

「そうか・・・幻海はどうだ」
「・・・・・・・・」
「なら、良い」

傍から見れば、飛影の独り言。
しかし飛影や狗守鬼にとってはコレが通常なのだ。
ただ違和感を覚えるのは、躯のみ。


「・・・で、だ」


不意に、飛影が話しの矛先を変える。

「?」
「何故貴様がここにいる・・・?」

突然血色の瞳で睨み付けられた狗守鬼は、無表情のまま首を傾げる。
それがまた腹立たしい様で、飛影は苛立ちながら話を進めた。

「貴様を呼んだ覚えは無いが・・・?」
「父さんに呼ばれた」
「ならとっとと幽助の所へ行け」
「花龍と行くから、飛影さんと花龍の話が終わったら行く」
「貴様1人で行ったらどうだ・・・」
「帰り面倒、迎えに来るのとか」

低い、地響きの様な飛影の声に、狗守鬼はあくまで涼しい口調で返す。
元より敵視されている事に何も感じていないらしい。

「貴様1人で帰れば良いだろう」
「ちゃんと一緒に帰って来いって、幻海さんにも言われてる」
「俺が送る」
「はあ・・・でも、そうすると俺が幻海さんに怒られそう」
「知った事か」
「・・・酷いね飛影さん」



飛影と狗守鬼が会話をする中、1人ぼーっと立っている花龍。
何だか彼女が置き去りにされている様な気がして、躯はそっと傍に立った。

「?」
「花龍だったな。覚えているか?躯だ」
「・・・・・・・・・」

花龍は頷く。
声の無い返事に、躯はどうにも気になって聞いてみた。

「お前は声が出ないのか?」
「・・・・・・・・・」

首を横に振り、否定の意を示す花龍。
それに、躯は益々不思議そうに問う。

「では、何故声を発さない?」
「・・・・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・何となく」

漸く届いたその声。

透き通った硝子の様な、透明な細い声。

何だ、随分と美しい声をしているではないかと。
躯はじっと花龍を見遣る。

「美しい声だな」
「・・・・・・・・・」
「いや、黙られてもな・・・」
「・・・・・・・・・」
「それだけ美しい声色をしているなら、もっと話すと良い」
「?」
「勿体無くは無いか?」
「・・・・・・・・・」

花龍は首を傾げている。
自分の声がどの様な声か、良くわかっていないらしい。
もしかしたら、自身の声だけ、聞こえていないのかも知れない。

「まぁ、無理にとは言わんがな」
「・・・・・・・・・」
「・・・それで、幻海・・・お前の母は元気か?」
「?」

突然の躯の質問に不思議な気持ちを抑えつつ、頷く。
その反応に、そうか・・・と躯は1人で納得していた。

「飛影の奴も、会いたがっていたぞ」
「・・・・・・・・・」
「幻海はこちらに来ないのか?」
「・・・・・・・・・」

花龍が頷き肯定する。

「何故だ?」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・母者は・・・魔界が嫌い・・・」
「そうなのか・・・まぁ、秩序を好む人間が好く世界ではないな」

繊細な硝子細工を思わせる無色の声を心地好く思いつつも、躯は言う。
今のこの魔界。
いくら以前より秩序が保たれる様になったからと言って、妖怪自体が変わった訳ではない。
未だ好戦的。
未だ兇暴。
人間を餌として見る輩も、勿論多い。

それは、好む筈も無いだろう。




「さて・・・お前との会話も良いが、そろそろ浦飯の倅と話がしたい。・・・んだが・・・」


花龍の頭を撫でながら、躯がやれやれと言った様子で顔を向ける。

まだ飛影に睨まれていた狗守鬼は、来た時と変わらぬ淡白な表情で視線を合わせた。

「何」
「ちょっと来い、お前と話しがしてみたい」
「良いよ。・・・花龍、バトンタッチ」
「・・・・・・・・・」

狗守鬼の言葉と同時に、花龍は流れる様な動きで擦れ違う。
この2人は、いつも行動を共にしているのだと、その様子からも窺えた。

「さて」
「何が聞きたいの?」
「まぁそう急くな。俺も、お前の祖父、雷禅とは古い友人でな」
「・・・あぁ、知ってる。何回かトーナメントで見てるよ」
「そうか。光栄だな」

花龍と似て無表情だが、喋りが嫌いな様子ではない。
ただ余りに口調が平坦で、感情の掴み所が無いが。

「今日は浦飯に呼ばれたのか?」
「うん、そう。母さんが会いたがってるとか言ってたけどね」
「ほぅ。浦飯の奴も、中々素直じゃないな」
「でもソッポ向いて頬掻きながら言ってたら、バレバレだけど」
「・・・確かにな」

飛影と同じく、幾ら年を食っても変わらない男だと、躯は半ば呆れる。
いや、そこが良い所と言えば良い所なのかも知れないが。
それにしても些か、未だ落ち着きも冷静さも何も無い奴だ。

「祖父さんも会いたいみたいだし」
「雷禅か」
「そう」
「雷禅も元気か?アイツは毎年トーナメントに出場しないが・・・」
「特別席で酒飲みながら見てるよ。知らなかった?」
「・・・・相変わらずだなあの男は・・・・」

知らなかった。
と、遠回しにその言葉と、右手で額を押さえる事で狗守鬼に答える。
彼はそれを見て、ふぅん。と、興味無さそうに呟いた。

「父さんも、いつも愚痴愚痴言ってるけど・・・」
「言いたくもなるだろう」

仮にもあの男は魔界を掌握出来る程の力を持った男。
誰もが恐れ、そして崇拝した闘神。
それなのに。全く、何と言う事だ。
今ではスッカリ、毒気が抜けた様に思える。

「それでいつも喧嘩してる。祖父さんは笑ってるけど」
「・・・雷禅の前では、まだまだ浦飯もヒヨッ子だろうよ」
「そうだろうね・・・祖父さん、幾つだかもわからないし」
「・・・・それで?お前は父と喧嘩はしないのか?」

ふと思い、聞く。

こうして隣に立っているだけでも、肌を刺す様に伝わる妖気。
それがまた、自分の好戦的な部分を刺激し、興奮させる。
いかんいかんと自分を抑制しつつ、興味深そうに狗守鬼の言葉を待った。

「喧嘩はしない。でも、時折父さんのストレス発散に手伝わされる」
「雷禅では敵わないからか?」
「祖父さんがいない時とか、仕事で鬱憤溜まった時らしい。
 後は、暫く会えなかった息子の成長振りを確かめるとか何とか言ってたよ」

あくまで興味の無さそうな狗守鬼。
けれど躯は、珍しく、好奇心を押し出し、続ける。

「そうか・・・それで、戦績は?」
「昔は勿論父さんが勝ってたけど・・・ここ10年くらい、引き分け。
 母さんが止めに来るんだよね、あまり派手にやってると。
 だから、10年、勝負ついてない」
「ほぅ・・・素晴らしいな」
「どうも。・・・でもその後大変。父さん、しつこいし。
 断ると不機嫌になって拗ねるし。母さんは喧嘩するなって怒るし。
 ・・・俺、ただの被害者」
「ふっ・・・被害者か・・・成る程な」

例えが気に入ったのか、躯は喉の奥で微かに笑う。
だが特に珍しいとも思わなかったのか、狗守鬼は少し見ただけで、何も言わなかった。

「だが・・・それは是非お手合わせ願い物だな」
「・・・・躯さんと?」
「さんなど要らん」
「・・・でも、俺、一応目上の人にはさん付けで呼んでるから」
「そうか・・・なら、無理には言わんが・・・・それで、どうだ?」
「いつ?」
「今でも良い」
「ダメ、父さんトコ行かなくちゃいけないし・・・それに」
「?それに?」
「ドサクサに紛れて、飛影さんにも後ろからバッサリやられそうだから」

花龍と話し込んでいる・・・と言っても、飛影が一方的に話しているだけだが。
その飛影を見て、狗守鬼が少し嫌そうに言う。
どうやら自分が相当目の敵にされていると実感はしているらしい。
それとも以前経験があるのか、その言葉はヤケに現実味が籠っていた。

「そうか。まぁ、そう言うなら、今度でも良い」
「そう?じゃあ、トーナメント終わったら来る」
「ああ、楽しみにしている。・・・お前はトーナメントに出るのか?」
「出ない。母さんに止められてる。観客席で見てるよ」
「残念だな・・・あわよくばお前と当たれるかと思ったんだが」
「無理無理。・・・あ、でも、躯さんが最終予選で敗退したら、当たる確立あるかもね」
「・・・例の企画か」
「そ。・・・ま、抽選される確立なんて、何万分の1にも満たないけど」
「そうだな・・・だが、お前といつか手合わせ出来るのを、楽しみにしている」
「光栄。・・・じゃあ俺も、楽しみって事で」


軽く笑いながら、躯に返す狗守鬼。

そしてすぐに足を踏み出すと、花龍の肩を叩いた。


「そろそろ行こう」
「・・・・・・・・・・」

花龍が頷く。
そして再度飛影に向かうと、ポツリと一言伝えた。

「・・・父者・・・トーナメント、見に行く」
「ああ。だが気をつけろよ、周囲には油断ならん輩が大勢いるからな」
「アレ?何で俺を見ながら言ってるの?」
「それに、今回は下らん余興も計画されているらしい。巻き込まれるなよ」

狗守鬼の疑問を綺麗に無視して、花龍への注意を続ける飛影。
その様子を、躯が面白そうに見ていた。

「・・・・・・・・・・・」
「わかっているなら、良い。・・・オイ貴様」
「何?」
「花龍に怪我なんぞさせるなよ・・・わかっているな」
「はーい」

相変わらずの淡々とした声と顔にまた苛立ちながら、飛影が腕を組む。
それを合図として、狗守鬼と花龍は揃って踵を返した。

「それじゃあ、トーナメント頑張って。飛影さんも躯さんも」
「・・・・・・・・・・」
「うるさい、とっとと行け」
「ああ、またな」

それだけ受け取ると、今度は振り向く事も無く、2人は甲板から飛び降りる。

傍から見たら、ただの自殺行為にしか見えないが、コレが一番便利な移動手段である。



2人が去った後、急に静かになった甲板で、飛影は暫くじっと娘の背を追っていた。



しかしそれも見えなくなると、今度は退屈そうに座り込む。
いつもの位置。

躯はその場から動かず、飛影に声を投げた。


「随分と綺麗な声をしていたな、お前の娘は」
「ああ・・・だが、アレは喋らん」
「勿体無い」
「アイツに言え」
「言ったが、首を傾げられた」
「・・・・・そう言う奴だ」

誰に似たのかは知らんが。と、飛影が呟く。
確かに、表情が乏しいのは親の血かも知れないが、純粋な雰囲気はどちらにも似ていない。
強いて言うなら幻海だが、彼女もああ見えて意外と直情的な所がある。

いや、花龍はまだ両親に似ている所が多い。

問題は狗守鬼だ。

「・・・狗守鬼の方は、誰に似たんだろうな」
「知った事か」

途端、不機嫌になる飛影の声。
そこまで気に食わないかと、流石の躯も肩を軽く竦めた。

「・・・浦飯は単純な奴だし、小兎も明朗活発な娘の筈だが」
「知らん。爺の方の血でも引いたんじゃないのか」
「雷禅か?・・・まぁ、確かに浦飯の血よりは濃く受け継がれていそうだが・・・」
「それでなければ、その女の方だ」
「雷禅の女か?」
「それ以外にいるか」

どんな女だかは知らんがな。と、飛影は最早興味が無いと言った様子。
けれど躯は、また少し興味が出て来た。

「成る程な・・・」
「それがどうした」
「いいや。だが、アイツはかなりの実力者だな」

隣に立っているだけで、ビリビリと気が肌を貫いた。と、少々熱っぽく語る躯。
そんな彼女の様子を物珍しく思いながら、飛影も其処だけには同意する。

「確かにな・・・力は確かだ」
「・・・・・まぁ、それだけ強い男になら、可愛い可愛い一人娘をやっても良いんじゃないか?」
「・・・・・・・・・」




ベゴッ。




と、甲板の床の一部が綺麗に凹む。

一瞬にして膨れ上がった飛影の妖気に耐え切れず、破損したらしかった。


「・・・・・・・二度と言うなよ、貴様」
「ああ、わかったわかった」


轟々と燃える黒い妖気に包まれる飛影。

それを見ながら、躯は他人事の様に色々と考える。




(この状態でトーナメントに出たら、優勝出来るんじゃないだろうか)




今度ストレス発散に付き合わせる時に、花龍関連でからかってみようかと、密かに考える躯だった。
































NEXT