「遅っせぇぞ!!」



漸く雷禅の要塞に着いたと思ったら、迎え出たのは父の怒声。

いや、怒りと言うよりも、少し不貞腐れた様な。

あぁ。またコレか・・・と、狗守鬼は頭を掻きながら考えた。



「ああ、ごめんごめん。蔵馬さんと飛影さんのトコ行って来たんだよ」
「は?珍しいなぁオイ。・・・お、花龍じゃねぇか、お前も来たのか?」
「・・・・・・・・・」

幽助の明るい問い掛けに、花龍は頷く事で答える。
相変わらずだなと苦笑いしつつ、幽助は勝手に話を進めた。

「もしかして、飛影に呼ばれたのか?」
「・・・・・・・・・」
「やっぱなぁ!アイツ、俺には親馬鹿だとか言っておきながら自分だって結構なモンじゃねぇか」
「・・・・・・・・・」
「お。お前もそう思うか?だよなぁ、ありゃ過保護だよなぁ」

そう言えば父も花龍とコミュニケーションを取るのは上手かった。
と、狗守鬼は目の前の遣り取りを見て思い出す。
その辺りは、自分も血を感じる事が出来、ほっとした。
それ以外の共通点は、ほぼ見当たらないが。

「んで?黄泉とか躯にも会ったのか?」
「黄泉さんには会わなかったけど、躯さんには会ったよ」
「へぇ。どうだったよ」
「今度手合わせ願う。とか言われた」
「・・・てーかお前、お父様との手合わせはスルーして躯とはやんのか」
「母さんに怒られるよ。喧嘩するなって」
「・・・・・まぁ、そーなんだけど、よ」

愚痴を零す幽助に、狗守鬼は母の名を出し逃げる。
幽助は、小兎に弱い。

「まっ、花龍もゆっくりしてけよ。小兎もそろそろ来るだろ」
「・・・・・・・・・」

幽助の言葉に頷き、狗守鬼を見る花龍。
その視線に、狗守鬼も無言で示す。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


その遣り取りを、幽助は頭を掻きながら、呆れた様に言う。


「お前等、何でそれでわかるんだよ・・・」

無言の会話なんて、自分には考えられない。
と、言う彼は、どちらかと言えば狗守鬼よりも年が下に見える。

「結構わかるよ」
「俺にゃわかんねーよ。つーかお前、本当、誰に似たんだよ」
「・・・・・・さぁ?」
「・・・さぁって・・・」

幽助の問いに、狗守鬼は頭を掻きながら答える。

それを見て、花龍は、癖とは遺伝する物だと思った。


幽助も狗守鬼も、困った時や呆れた時、よく頭を乱暴に掻く。


間違いなく親子だと、1人無表情のままに納得する。
その花龍を見て、何と無く、狗守鬼は考えを悟った。

「・・・そうだね、そう言うトコは、親子かもね」
「・・・・・・・・・・」

花龍が頷く。

幽助は、相変わらず会話についていけない。

「は?何がだよ」
「さぁね」
「・・・・お前、本当、誰に似たんだよ・・・・」
「祖母さんじゃない?」
「はぁ?・・・待て、まさか、温子とか?」
「・・・・俺の祖父さんが雷禅なのに、どうしてそこで人間が出て来るの」

今度は狗守鬼が呆れる。

勿論、彼が言っている祖母とは食脱医師の事だ。

先程飛影と躯が推測した様に、狗守鬼自身もまたそう考えているらしい。

「まぁ、そうだよなぁ・・・どう考えても似てねぇよ」
「・・・ま、結局誰にも似てないのかもね、俺」
「だな。・・・複雑と言えば複雑だけどよ・・・」

正真正銘、自分の大事な一人息子なのに・・・と、幽助は項垂れる。

子供達の中では、つばき辺りが一番性格的に似ているし。
何となく、息子の遺伝子を疑ってみた。





「狗守鬼!」





幽助が落ち込んだその時、明るい声が届く。

響いた声に狗守鬼と花龍は振り向き、幽助は顔をあげた。


「あぁ・・・母さん」
「お帰り狗守鬼!元気そうで良かった」
「母さんもね」

嬉しそうに駆け寄って来る母に、狗守鬼は変わらず無表情で返す。

「あら?花龍さんも来てたんですね」
「・・・・・・・・・」

小兎の笑顔に花龍は頷く。
小兎は、その反応に少々困った様だった。

彼女は、花龍とコミュニケーションを取るのがあまり上手くない。

実況アナウンサーではあるが、会話が続かないのは、何とも辛いらしい。
狗守鬼もその点は良くわかっているので、自然に間に入る。

「飛影さんに呼ばれたって言うから、一緒に来た」
「そうだったの。飛影さんの所には行ったの?」
「行って来たよ」

終始嬉しそうな様子の小兎。
それに、狗守鬼は淡々と言葉を交わす。


幽助はその様子を見て、本当にコイツは誰に似たんだと、額を押さえた。


「ちょっと待っててね、今、お茶を淹れて来るから」
「ん」
「・・・・・・・・」
「幽助さん、幽助さんは何飲みます?」
「俺はコーヒーで良いや」
「はい」


旦那にリクエストを取り、小兎がまた奥へと戻る。

その後姿は、心なしか弾んでいる様に見えた。






「さて・・・・」

小兎が戻って来るまでの間、取り合えず待つ事にした3人。

幽助と向かいのソファに、狗守鬼と花龍が並んで座る。


「それにしても」
「ん?」
「今度のトーナメント、また面倒な事やるんだってね」

狗守鬼の言葉に、幽助はあーと抜けた声を上げる。
彼も、面倒だと思っていたらしい。

「そうなんだよなぁ。ったく、面倒な事考えやがってよぉ」
「ま、どうせ父さんは本戦参加だろ。シード?」
「俺と蔵馬、飛影、あと躯とか黄泉とかその辺りはな」
「ふぅん」

毎年毎年上位にランクインする面々。
それらは、もう既に本戦の切符を得ているらしい。
まぁ確かにそうだろう。と、狗守鬼は納得する。

「じゃあ、躯さんとはどうあっても当たらない訳か」
「あ?何がだよ」
「ん?いや、さっきね」
「・・・だから、何がだよ」

花龍に目配せをする狗守鬼。
頷く花龍。
その遣り取りに、幽助は不貞腐れながら問う。

「躯さんが最終予選敗退して、尚且つ俺が抽選されたら、当たれるかもって」
「はぁ?無理じゃねーかよ」
「だから、どうあっても当たらないって」
「・・・・けどよぉ、躯も、珍しいな」
「何が」
「いや、自分からお前に話し持ち掛けるなんてよ」
「そうなの?」
「まぁ・・・最近は丸くなって来たからなぁ、アイツも」

ちょっと前までピリピリしてたのに。
と、幽助は思い出した様に言う。

ふぅんと言いつつ、狗守鬼はまるで興味が無い様子だった。

「んで?今年は誰が見に来るんだ?」
「俺と花龍。後は小瑠璃とつばきと志保利」
「何だ、志保利さんも来んのか」

人間だった頃の名残で、幽助は未だに志保利の事をさん付けで呼ぶ。
確かに彼女は『南野秀一』の母であった女性だが。
幼い彼女にそう言う様子は、狗守鬼にとっては不思議な光景だ。

「来るよ」
「初めてじゃねぇ?」
「そうだね。いつも雨菜と留守番してるから」
「・・・じゃ、雨菜はどうすんだ」
「幻海さんと雪菜さんと、留守番。氷女は狙われ易いから」
「・・・あぁ、そうだな・・・」

妖力が高い割りに戦闘能力の無い氷女。
それ故に彼女達は、上等な餌として喰われそうになる事が多い。
更に、普段見られない氷河の国にしか生息しないのだ。
それは、目立つ。

人間である志保利も同じ理由で、良く眼をつけられるのだが・・・

蔵馬が寵愛している娘だと皆知っているので、誰も手は出さない。

「つかよぉ、良く蔵馬が許したな」
「志保利のお願いなら、叶えたいんじゃないの」
「かもな・・・アイツ、甘いから」
「俺を出場させない母さんも、花龍を出場させない飛影さんも、同じだけど」
「確かに」

皆、心配性だと狗守鬼は言う。
自分達が危険な仕事をし過ぎているからだとは、気付いていない。

「けど」
「何」
「一片、お前とトーナメントで当たってみてぇよなぁ」
「・・・あぁ、それは良いね」
「どうだ?ちょっと、エントリーしてみねぇ?」
「ダメです!」


幽助が提案した直後、小兎の声が鋭く響く。

振り向いてみると、お盆を持った小兎が立っていた。


「ダメですよっ、そんな危ない・・・」
「大丈夫だって、コイツ、強いから」
「狗守鬼はいつも危ない事してるじゃないですかっ」
「だから平気だって」
「ダメです!これ以上危ない事したら、大変ですっ」

頬を膨らませて怒る小兎に、幽助は苦笑いする。
狗守鬼と花龍は、その様子をじっと見ていた。
そして置かれた飲み物を、2人揃って飲む。

どうやらジュースの様で、爽やかな甘味と仄かな酸味が舌に広がる。

コレは魔界の果実か。と、狗守鬼は暇潰しに考えた。
昔飲んだ事がある様な気もするが、興味も無いのですぐに忘れてしまう。
まぁ良いか。と、その思考すらもすぐに忘れた。

「もうっ、幽助さんたら・・・っ」
「悪い悪い。でもよぉ、偶には良いじゃねぇか」
「良く無いですっ」

まだ続く2人の会話。
いい加減先に進んで欲しいので、狗守鬼は頭を掻きながら言葉を挟む。

「あーわかったわかった。出ないって」
「本当?」
「出ないよ。見に行くだけ」
「・・・それなら、良いけど・・・」

もうっ。と、小兎が幽助の隣に腰掛ける。

「母さん、心配性だよね」
「貴方が危ない事しなければ、こんな心配する必要無いんです!」
「あ、そ」

大して反省せずに、狗守鬼は飲み物をテーブルに戻す。
花龍は、まだちまちまとストローで飲んでいた。

「そう言えば、今年も母さん、実況やるの」
「ええ、勿論!」
「ふぅん・・・じゃ、抽選の奴も司会する訳?」
「そうねぇ・・・するかも」
「引くの誰」
「わからないわ。多分スタッフじゃないかしら」

まだ詳しくは決まってないらしく、小兎は首を傾げながら答える。
だが、アレだけの観客のクジを用意するのだろうか。
それはまた、気が遠くなりそうな話しである。

「面倒そうだね」
「ま、アレだ。俺ぁ瑠璃丸で作ったくらいだからな。平気だろ」
「なら良いけどね」

自慢げに言う父に、狗守鬼は何の反応も示さず返す。
その冷静な声に、幽助はガクリと肩を落とした。

「ま、楽しみにしてる」
「こ、こら!狗守鬼、もし抽選されても、ちゃんと辞退しなさいよ!」
「どうして」
「そうなったら、私が出場を止めてる意味が無いでしょう!」
「平気だよ。その一回だけだろ」
「何人相手がいると思ってるの!」
「平気だよ、40くらいなら相手に出来るから」
「もーーっ」

辞退する気は、ゼロの様。
それ以前に、当たると言う事をあまり意識していない様子だ。

観客の数は何千の単位なのだから、それも当然だが。

「花龍は当たったらどうする?」

ふと、狗守鬼が花龍に問い掛ける。
突然話を振られた花龍は、一瞬間を置いてから、頷いた。

「ホラ、花龍も出るって」
「だ、ダメですよ花龍さん!」
「大丈夫だって、花龍も強いし」
「ひ、飛影さんだって、心配なさるでしょうに!」
「平気なんじゃない?出ちゃえばこっちの物だし」

サラリと言ってのける狗守鬼。
小兎は、いよいよ心配になって来た。
抽選された場合、本当に挑戦者として出てしまいそうだ。
そうなったら、自分は仕事に集中出来そうに無い。

「もう・・・っ」
「ま、当たらないだろうし、心配ないよ」
「そう願うわ」
「そ。・・・・・・ん?」



会話が一段落した所に、一羽の鳥が舞う。



見覚えのある黒い鳥。

首に下げた映像を映す鏡が、その鳥の飼い主を教えた。

「・・・アレ。つばきの鳥だ」
「・・・・・・・・・」

狗守鬼と花龍がその鳥を覗き込む。
正確には、鳥が下げている鏡を。

幽助と狗守鬼は、そんな2人の姿を首を傾げながら見ていた。




『聞こえてる!?狗守鬼君、花龍ちゃん!』




鏡に突如映し出されたつばきの顔。

何だかやたらと慌てていて、緊急の事態が発生した事を窺わせた。


「何、どうしたの」
『大変!大変なのよぉ!』
「だから何が、早く言えよ」
『霊界で捕らえた魔界の蟲が、人間に寄生してるのが見つかったのよぉ!!』

つばきの報告に、狗守鬼だけでなく幽助も反応する。
何せ、朱雀の事件を思わせる一大事。
気にせずにはいられない。

「で?状況は」

冷静に聞き返す狗守鬼に、つばきは深呼吸をしてから告げる。

『まだそんなに広がってないわ。でも、急いで元を断たないと!』
「元はわかってんの?」
『人間界に潜伏してるわ。信号を出してるみたい。
 ソイツを探し出さないといけないの!早く来て!』
「何処に」
『私とお兄ちゃんは、今街中で蟲を駆除してるの。
 だから、狗守鬼君と花龍ちゃんは、霊界の方で元凶を探して!!』
「リョーカイ」

会話を終えると、両親への挨拶も抜きにすぐに出口へと向かう。

その後姿に、幽助は慌てて声を掛けた。

「お、おい!俺も行く!」
「何言ってんの。トーナメント近いんだろ」
「馬鹿、ンな場合じゃ・・・」
「また来るよ。じゃあね」
「ま、待てって!!」



幽助が止めるのも聞かず、狗守鬼と花龍は一瞬の内に消えてしまった。



「・・・・だ、大丈夫でしょうか・・・・」

小兎が、心配そうに呟く。
また、危険な事態に巻き込まれるのでは、と。

「・・・アイツ等も心配だけど、人間達の方が心配だな」
「そうですね・・・」
「・・・おっし、俺も、ちょっと行って来らぁ!」
「え、えぇ!?ちょ、ちょっと、幽助さん!?」
「すぐ戻って来るから!」


狗守鬼と同じ様に、小兎が止めるのも構わず走り去る幽助。


あまりに突然の事に呆然としつつ、小兎は溜息を吐く。

本当に、あの2人は変な所が似ている。と。


「もう・・・・」


人間界が心配なのはわかるけれど。
完全に魔族と化した幽助が行っては、逆に面倒だろうに。


「考えが足りていないのは、親の方ね」


そう1人零して、小兎は再び重い溜息を吐いた。






























END.


一先ず魔界旅行終了。
次は本戦トーナメント前の余興話。
・・・の、予定。