まるで血液が泡立つ様に


全身へ。隅々まで。


核から送り出される、鬼の証。




核から頭へ。指先へ。爪先へ。




血の様に赤い。余りに鮮やかな。

鮮やかで、哭したくなる様な。




鬼の血。魔の色。




視界が赤くなる。


自分が変わる。




久々に、魔物へと戻った。












「ヒッ・・・ヒギッ・・・ゆ、るし・・・ゆる・・・ゆ」



引き攣った声が聞こえる。

なんだか、蟾蜍の様で、気分が悪い。



「ぴぎゃ」



あ。死んだ。


死体を見てみると、何の物体だか、良く分からない。

体液が飛び散ってて、皮膚だか血だか脳漿だか・・・全部混ざってる。

多分、そこら辺の妖怪だろう。

別にどうでも良い。興味無い。



「ひっ・・・ひぎゃああああああ」



ああ、煩い。煩い。

何をそんなに叫んでるんだ。

俺は別に、何もしちゃあいないだろう。


頭を抱えて翻筋斗打つソレを、見る。



アレ、顔が変。



どうして、右目が口の横にあるの?



鼻だって、もげている。



緑色の皮膚が腐った様に滴り、赤黒い、てらてら光る生肉が見えた。



「溶ける・・・溶ける溶ける溶ける溶け・・・・」



そう、狂った様に呟く。

頭を掻き毟って、自分から皮膚を剥いでいた。

そのまま、甲高い絶叫。


して、死んだ。



溶ける?



ああ、そうか。

俺が妖気を解放したからか。

それはそれは、ごめんごめん。

忘れていた。

でも、そんなに、俺の妖気は兇悪かな?


妖気に当たっただけで溶解するなんて。


お前等がひ弱過ぎるんじゃないか。

別に俺は、殺そうと思ってる訳でもないのに。




「う、うわあああああああああ!!!!!!」




ああ、今度は、何?


振り向くと、同じ様に溶け掛けた男が、俺に向かって来ていた。


ボタボタ。ボタボタ。溶けた肉と皮膚が粘液の様に床へと滴る。


不味そう。




「ひっ・・・ひぃぃっ・・・」




何を脅えてるの。

別に俺は、アンタを殺したいと思ってる訳じゃないんだから。



あ。腕を掴んで来た。



「は、はぎっ・・・ぎやああああああああああ」



あーあ。ホラ、無茶をするから。



俺の腕を掴んだ、その手。

それが、一瞬にして蒸発する。

溶けたってより、本当、消えた。


馬鹿だなぁ。近くにいるだけで溶けちゃうくらい弱いんだから

触ったらどうなるかなんて、わかり切ってるだろうに。


「ひっ・・・・・ひ・・・・・」


ホラ、無理するから。

・・・ああ、顔が、もう溶けちゃってるね。

ぐちゃぐちゃで、良く分からない。





「ひぃ・・・・・・ぴ・・・・・・」





あ、まだ息があるんだね。

大丈夫?

・・・あ、もう、無理そうか。




顔面が溶けて、腕が蒸発して、もう、辛いでしょう?




大丈夫だよ、今、楽にしてあげる。









足で、倒れ込んだソイツの頭を、踏み抜こうとした。









丁度、感じたのは、その時。


清浄過ぎる、透明の霊気。









「・・・花龍?」









背中に張り付く、柔らかい身体。


それはあまりに脆弱で、儚くて。


ああ、魔の顔が、そっと心に巣食う。



「・・・・花龍、離れろよ」
「・・・・・・・・」



ねえ、ホラ、辛いだろ?


さっきの妖怪達は、俺の妖気を浴びただけで溶けたんだ。


妖気が苦手なお前じゃあ、耐えられないよ。



「花龍」
「・・・・・・・・」




血の臭いがした。




「花龍、血、吐いた?」
「・・・・・・・・」




俺の妖気の影響らしい。


見えないけど。感じる。背中に、血の気配を。


花龍が吐いたんだ。俺の妖気に耐え切れず。




「死ぬよ、花龍」
「・・・・・・・・」




ああ、そんな事になったら、俺も飛影さんに殺されるかな。





いつまで経っても花龍は離れない。

これは、本当、死んじゃうかな。


少し不安を覚えて、俺の身体に回る細い腕を外した。


そのまま、花龍に向き直る。





「・・・・・・・血が凄い」
「・・・・・・・」





花龍の口から、眼から、鼻から、血が溢れている。


ああ、ホラ、言わんこっちゃない。


お前、これ以上俺の傍にいたら、死んじゃうよ?




でも。




「・・・・・・口紅みたいで、綺麗」
「・・・・・・・」




薔薇みたいな血に濡れてる、口。

小さいその口は、やたらと綺麗で。




「・・・・花龍?」




花龍が眼を瞑る。


途端、閉じた瞼から新たな血が溢れ出した。




そのまま。




眼を閉じたまま、花龍が顔を、俺の胸元に近づける。






「・・・・・・花龍?」






触れる。


押し付けられる。




俺の胸のど真ん中に。

核が存在する、その位置に。





花龍の血に塗れた唇が。





「・・・・・・・・・・・・・・」





暖かい、柔らかい。


その感触が、すっと引く。




口付けの痕を見てみると、それは、てらてら赤く光ってて。




少し、紋章と混じって、良く見えないけど。


それでも、花龍の血は、綺麗に見えた。











まるで波が眠った様に。


全身から。核へと。


漣の様に戻って来る、鬼の証。




爪先から。指先から。頭から。核へ。




血の様に赤い。余りに鮮やかな。

鮮やかで、哭したくなる様な。




鬼の血。魔の色。




視界が明瞭になる。


自分が戻る。









花龍が淡い意識を手放したその時。









俺は、”狗守鬼”へと戻った。


























END.


狗守鬼は基本的に無頓着。
自分にも誰にも。
ただ、花龍には、鬼になっても気を配ってる。
鬼へと変化した姿はイラスト部屋にもあるコレ