綺麗。
鬼の眼。
真っ赤で、とても、綺麗。
私の眼と、同じ色。
「花龍」
彼が私の名前を呼ぶ。
・・・幸せ。
「花龍、痛い?」
痛い。
皮膚を破られる痛み。
肉を裂かれる痛み。
骨を噛み砕かれる痛み。
それでも。
貴方がくれる痛みならば、悪くはない。
「・・・なるべく、優しくするつもりだけど」
大丈夫。
十分に、貴方は、優しい。
だって、ホラ。
今も貴方は、私の身体を抱き締めてくれている。
貴方の匂いが濃い。
鬼の気配が、濃い。
貴方の体温が、近い。
ああ、幸せ。
「・・・辛い?」
いいえ。
辛くは、ない。
だから狗守鬼。
貴方も、どうか辛そうな顔をしないで。
まだ鬼になりきれない、優しい貴方。
どうか、どうか。
貴方がまだ貴方である内に、早く私を。
「・・・花龍」
狗守鬼の牙が私の胸を食い破る。
心の蔵が見えそう。
名前すら知らない臓器が飛び出て、狗守鬼の牙がそれを食い千切る。
そこから噴き出る血液は、私と父の眼の様。
ああ。
父者。
母者。
今までの礼さえ言えぬまま。
ごめんなさい。ごめんなさい。
でも。
私はこうなる事を望んだから。
狗守鬼が鬼になるその前に。
”狗守鬼”と言う存在が死ぬ時に。
狗守鬼に喰われるのは、私の望みだから。
ああ。
それなのに。
どうして皆の顔がちらつくの。
ああ。
みな。
・・・皆の笑顔が、霞んでいく。
「・・・花龍、泣いてるの?」
狗守鬼の、血に塗れた舌が、私の目尻をなぞる。
生臭い鉄の香りは、痺れた私の鼻には随分甘い。
ああ。それより。泣いている?
私が、泣いている?
言われてみれば、目頭が熱い。
その熱を孕んだ液体が、目尻より伝うのを、今更ながらに感じた。
・・・泣くのなんて、初めて。
思ったより簡単な物だと、朦朧とした頭で、考えた。
「・・・く、す、ぎ」
声が出る。
掠れた声が出る。
なんて惨め。哀れ。それでも幸せ。
「なに、花龍」
狗守鬼が返す。
私が事切れる前に、せめて、貴方に伝えたい。
口の少ない私が、貴方に一度も言葉として伝えなかった事。
「・・・すき」
狗守鬼の口が、私の口に触れる。
血の匂い。生臭い匂い。
それでも、合わせた口は暖かかった。
「・・・ありがと。俺も、花龍の事、好き」
嬉しい。
幸せ。
貴方に言えて。
貴方から言って貰えて。
貴方に殺されて、幸せ。
狗守鬼の牙が首筋に当たる。
脆弱な皮膚は、すぐにプツリと穴が空き、生温い血液が溢れ出す。
ああ、きっと、コレが最期だ。
次の瞬間、狗守鬼の牙は、私の首を食い千切るのだろう。
それが、私の最期。
そして、”狗守鬼”の最期。
だから。
最期に貴方に。
「・・・さよ・・・なら・・・?」
狗守鬼が、赤い眼で笑う。
それでも、貴方はまだ”狗守鬼”。
私が死んだ時が、”狗守鬼”が死ぬ時だから。
「違うよ、花龍」
お別れじゃないよと、狗守鬼が笑う。
何故?
「ずっと一緒だよ。・・・花龍はずっと、俺と一緒」
血となり。
肉となり。
骨となり。
貴方の全てと混ざり溶け合って。
そうして貴方と、ずっと一緒。
貴方が存在する限り、私は貴方とずっと一緒。
そう。
お別れじゃ、ない。
そう。だった。
私はずっと、狗守鬼と一緒。
ああ。
「・・・しあ、わ、せ・・・」
俺も幸せだよ。と、その彼の言葉。
その声は
私の首の筋がブツリと喰い破られる音の中で、辛うじて耳に届いた。
END.
花龍の最期は元々決まっていました。
狗守鬼に喰われる。決定事項。
でも2人は幸せかと。ずっと一緒。離れる事は無い。
花龍が死んだ時、今の狗守鬼も死ぬので。
と言うか、花龍初めての一人称視点が死にネタ・・・だと・・・?