ああ、死とは、こんなにも呆気ないものか。
痛みはとうに感じない。
意識はクリアなのに、視界は闇に覆われて、よく見えない。
ああ、随分暗いと思ったら、僕の眼はもう閉じられているんじゃないか。
寒い。寒い。とても寒い。
怖い。怖い。とても怖い。
哀しい。哀しい。とても、哀しい。
動かなくなっていくこの身体。
冷たい、冷たい、この身体。
それはどこか父と似ている気がして、動きもしない口元に笑みを浮かべようとする。
でもやっぱり、口の端すら吊りあがらぬまま。
ああ、どうしてこうなったんだろう。
それは良く覚えてないけれど、死はもう僕を誘おうと、指先を絡めてきている。
もう、命の灯火が、微かな吐息で掻き消されようというこの時。
思い出すのは、愛しい人々の顔。
狗守鬼。
貴方がいてくれたら、僕はもうちょっと生きていられたかも知れません。
花龍さん。
貴女が僕を呼んでくれる事は、結局一度もありませんでしたね。
つばき。
お前1人残して、ごめんね。あまり、無茶はしないで下さいね。
母さん。
先に逝って、ごめんなさい。どうか、お体に気をつけて。
コエンマ様。
どうか、母と妹の事を、お願いします。
あとは・・・・
あと、言葉を伝えたい。
一番大好きで、一番大嫌いだった、あの人は・・・
「小瑠璃!」
そう。
こんな声をした、あの人へ。
こんな風に僕を強く呼んだ事は無いけれど、とても声が似ている。
幻聴だろうか。
誰の声?・・・あの人に良く似た、父に良く似た声を持つ人。
「小瑠璃・・・眼を開けろ、小瑠璃・・・」
そう僕を呼ぶ、貴方は誰。
父に良く似た声で、必死な様で僕を呼ぶ貴方は誰。
冷たい地面に横たわっていた僕を抱き上げるのは、誰。誰。
それが知りたくて、最後の力を振り絞って、重く閉ざされた目蓋を開ける。
ほとんど霞んで、良く見えない僕の視界に、黒が映る。
黒い。黒い。髪。
白い。白い。肌。
僕と同じ、アメジスト色の眼。
ああ、貴方。
声だけじゃなく、顔まで、父と良く似ていますね。
でも、違う。
あの人は。父は。
こんな風に、僕を抱き上げてくれたりしないから。
こんな風に、必死な様子で、僕に呼びかけたりしないから。
「小瑠璃・・・意識を保て、すぐにぼたんの元へ連れて行ってやる」
「・・・・・・」
良いんです、そんなの。
父に似た、誰とも知れないその人に言おうとするも、声が出ない。
出る物と言えば、喉に引っ掛かる様な吐息。
そして、止まる事の無い、血。
ああ、それより、貴方。
父に良く似た、貴方。
今から死に行く、僕の言葉を聞いて下さい。
そうしていつか、僕の父に会う事があったなら、伝えて下さい。
貴方と良く似た人だから、すぐにわかると思います。
ですから。
僕がずっと、言えなかった。
父に、ずっとずっと、言えなかった言葉を。
「・・・父、さん・・・さよう、なら・・・・・・だい、すき・・・・・・」
笑おうとしたのに、きっと、歪な顔になっただろう。
ああ、最期の最期に、泣いてしまうなんて、僕は、やっぱり情け無い。
歪んで、ほとんど何も見えない視界が急速に闇に閉ざされる。
声も、父に良く似た誰かの声も、届かない。
「小瑠璃・・・っ!」
・・・ああ。もしかして。
・・・貴方は、父に良く似た誰かではなく。
・・・・・・本当に。
彼が、僕の身体を力いっぱいに抱き締めてくれた。
懐かしい匂いが、僕の血臭に冒された鼻先を掠める。
でも、その感触を感じる前に。
その匂いが懐かしい理由を、思い出す前に。
”父”に、初めて抱き締められたと、理解する、前に。
僕は・・・・・・―――
END.
初めて父の腕の体温を知る前に、死亡。
多分小瑠璃が素直になれるのは、自分が死ぬ時じゃないかと。
最期の最期で、大好き。って、言いそうな気がする。
小瑠璃はすごく呆気なく死ぬイメージがあります。
戦闘中に、不意打ち喰らって、あっさりと。それも1人で。
でも狗守鬼も花龍も既にいない設定なので、仕方ない。
余談ですが、小瑠璃の死後、彼の愛用コートは、つばきが着用。
そして、兄のコートを着たまま、つばきも死亡(自爆)します。