「あーっ・・・もう・・・ぜんっぜん減らないわねぇ・・・!」
「無駄口を叩くな・・・っ・・・この、能無し娘・・・!」
「うっ・・・さい、わよ・・・顔だけ男っ!」
囲まれている。
減らない、敵。
互いに流れる血液が、互いの足元に水溜りを作る。
息をする事さえ、痛い。
「あの石柱さえ・・・破壊出来れば、こいつ等の暴走も収まるんだが、な・・・」
どこぞの誰かが持ち込んだ、あの禍々しい石柱。
遥か遠くにある癖に邪気が薄れる事のない、あの柱。
それさえなければ、こんな輩共、刀の錆にしてやれるのに。
と、斬っても裂いても再生する魔物を前に、舌を打つ。
「あれ、硬いじゃない!無理よ、無理!」
「・・・そうだな・・・」
自身の刀すら弾き返す、何よりも固いあの柱。
つばきの爆弾でも、ヒビすら入らなかった。
圧倒的に不利な中、こうして心を保っていられるのは、互いの存在。
日常的に交わしていた悪態を、互いに吐き合う。
「全く・・・こんな時までお前と一緒とはな・・・!」
「なによぅ、こっちの台詞よ、牛若丸!」
「死々若丸だと何度訂正させれば気が済む!!」
「いい加減慣れなさいよぉ!こっちのが言い易いのよっ!!」
「黙れ、阿呆女が!!」
「アンタこそあたしの名前、ちゃんと呼んだらどぉ!?」
「誰が呼ぶか!!」
飛ぶ唾の中に血液を混じらせながら、叫ぶ。
いつもの遣り取りの筈なのに、死の気配は、近く、強く。
「っ・・・大体、柱に傷すらつけられない癖に、偉そうにしないでよぉっ」
「それは、貴様にも言えた事だろうが・・・!」
「そうだけどぉっ!男でしょぉ!!アンタ何とかしなさいよぉ!!」
「うるさい!貴様こそ支配者級なら、爆弾背負って特攻でも何でもして来い!!」
死々若丸の言葉に、つばきが止まる。
その彼女の反応に、死々若丸もつられた様に言葉を飲み込んだ。
「・・・おい、どうした」
迫り来る敵に構いもせず考え込んだつばきに、死々若丸が声を掛ける。
・・・嫌な予感が、した。
「・・・牛若丸」
今は、名前を訂正している場合ではない。
怒ったか。傷ついたか。悲しんだか。
ガラにも無く、自身の発言へ後悔の念が滲む。
しかしつばきの口から零れた言葉は、まったくもって予想外。
・・・そうして、最悪の選択。
「・・・それ、良いわね」
つばきの不敵な笑みに、死々若丸の眼が見開かれる。
何を言った。この女は。ああ、馬鹿な事を!
「っ、ふざけている場合か!」
「ふざけてないわよ。爆弾背負うのは無理だけど・・・あたし自身が爆弾代わりに突っ込めば良いのよ」
そうしたら、派手に爆破してあげるわ。
あたしの命を火薬代わりにして。
つばきが笑う。
まるで楽しむような笑みに、死々若丸は彼女の肩を強く掴む。
血に塗れた指先が、傷だらけの彼女の肩を、強く、強く。
それでも、感じている筈の痛みすら素知らぬ様子で、つばきは言葉を付け足した。
「でも、それでも柱が破壊出来なかったら、あとは頑張ってねん♪」
手をヒラヒラと振りながら、つばきが笑う。
手を動かした拍子に、いくつかの血痕が地面へ飛び散った。
それに眉を顰めながら、彼女を止める言葉を考える。
それでも。
いつもなら簡単に出て来る筈の悪態さえ、今は。
ああ、行ってしまう、彼女が!
「っ・・・待て、別の方法を考えろ!」
「そんな時間ありゃしないわよ!」
肩を掴んでいた死々若丸の手を振り払い、つばきが叫ぶ。
その眼は、少女とは思えぬ、強い意志を孕んで。
何処か、あの女に。幻海に似ていると、死々若丸は頭の片隅で思った。
「っおい!本当に・・・」
「大丈夫よ、こんだけ離れてれば、アンタに被害、いかないから!」
「おい!!貴様!!」
ああ、こんな時まで自分を名で呼ばぬのかと、つばきは少し寂しげに笑う。
それならば、自分から呼んでやろう。
最期に初めて、彼の名を。
「・・・じゃあね、死々若丸」
死々若丸の眼が見開かれる。
全く、この女は。
最期の最期で!
つばきが櫂に乗り、空色の髪を揺らしながら地面を蹴る。
最期に見た顔は、悲しい哀しい、可憐な少女の微笑み。
「っ・・・待て、つばき!!!!」
そう叫んだ、死々若丸の声は。
初めて彼の口から零れた、可憐な少女の名は。
彼女を引き止めようと伸ばした腕と共に。
空色の花へ届く事はなかった。
END.
つばきは多分、一番最後に死ぬ。
順番としては花龍&狗守鬼→小瑠璃→つばきです。
大切な仲間を次々失った彼女は、死への概念が希薄。
死々若丸と言う喧嘩仲間が、最期の会話相手。
最期に名前を呼んで、名前を呼ばれた相手。
お互い初めて名前を呼び合ったのですが・・・
そこの至るまでの経緯は、私の頭の中のみに存在。