「父さん」



狗守鬼が父を呼ぶ。

だが幽助は、難しい表情を息子に向けたまま、返事をしない。



「父さん」



もう一度呼ぶ。

しかし、まだ幽助は狗守鬼をじとっと睨んでいる。

自分は何かしただろうか?と考えてみるが、何も思い出せないのでやめた。



「父さん」
「なぁ」



駄目元でもう一度呼ぶと、ようやく反応が返って来た。

けれど、幽助は自分の問い掛けに答えず、自身の疑問をまずぶつける。

狗守鬼の方もそれに対して何とも思わなかったらしく、ごく普通に返した。



「何」
「お前さぁ、俺の事、”親父”とかって呼んでみろよ」
「どうして」
「いや・・・・俺ぁ温子の事、お袋っつってたしよぉ・・・」
「だから?」
「・・・・・・・・・そう呼んでみたくなったり、しねぇ?」
「しない」
「・・・・・・・・・・・」


息子の淡白な回答に、幽助はガクリと肩を落とした。

せめてもう少しやんちゃで、元気で、自分に似ていてくれたら、こんな悩まなかったのに。
どうしても目の前の男が、自分の息子だと思えない。
血の繋がりが見出せない。何だか憂鬱だった。


「はぁぁ・・・・・」
「失礼だね、息子に向かって溜息吐くなんて」
「つきたくもなる・・・・」
「どうして」
「・・・・・・・・・お前、誰に似たんだよ」


幽助がテーブルに突っ伏しながら言う。

冷たい魔界の鉱物で覆われたそのテーブルは、奇妙な冷たさを彼に伝えた。


「さぁ」
「・・・・・お前、俺の子だよなぁ・・・・・」
「さぁ」
「そこは肯定しろよ!!!」


トーンを変えない狗守鬼に、幽助がバッと体を起こす。
ただでさえ不安なのに、息子までハッキリ肯定してくれないのでは、益々不安。
小兎を疑う訳ではないが・・・こうまで似ないと、少し怖い。


「・・・・はぁ・・・・」
「・・・平気平気、父さんの息子だよ」
「・・・・・・何だその取り繕った言い方」
「まぁ、ホラ。俺、父さんと母さんには似てないけど・・・祖父さんにはちょっと似てるし」


狗守鬼が言う。
祖父さんとは、勿論雷禅の事だ。
確かに雷禅とは似ている。
性格ではなく、妖気だとか、種族だとか・・・
・・・だがそれでも、何だか血の繋がりは薄い様に思う。


「・・・性格は、誰に似たんだろうな・・・」
「祖母さんの方じゃない」
「・・・会った事ねぇしなぁ・・・」
「まぁね」
「・・・・・・だからさ、お前、もうちょっと会話を持たせようとか思わねぇのかよ」
「話す事があれば話すよ」


冷たい。
テーブルの冷ややかさにも負けない息子の心。
別に意地悪く言っている訳ではないのだが、幽助にとっては氷の如く冷たい言葉。

もっと、こう、色々話したい。
例えばバトルの話でも良い。魔界と人間界の近況でも良い。
わーっと盛り上がって、笑いあって、楽しく話したい。

たったそれだけなのだが・・・と、目の前の息子を見る。


「何」
「・・・・いや、何でも・・・・」


だが返って来るのは、やはりヒンヤリと冷たい声。

無機質にも程がある、光の無い眼と鉄仮面の様に変化を見せない顔。
声も、いつもいつも同じトーンを保っている。
そのトーンすら、低い・暗い・冷たい。

何だか泣きたくなって来る。


「・・・・・・・・はぁぁぁ」
「何」
「・・・・楽しく話さねぇ?」
「話してる」
「楽しくねぇだろコレ!!!」


幽助が素早く突っ込む。
淡白で、一言返され終了する会話。
それが楽しいとはお世辞にも思えない。


「そう?」
「全然!!」
「・・・じゃ、楽しい会話って、どんなの?」
「え・・・・・そ、そりゃあ、大声で笑ったりよぉ・・・・・」
「ふぅん」
「・・・もっと長続きさせようとしたりすんだよ普通は!!!」
「そ」
「・・・・・・・・・・・」


長続きさせる気ゼロの息子に、幽助は再びテーブルに突っ伏した。
諦めたくはないのだが・・・今日はもう気力が無い。
と言うより、これ以上言ってもどうせまた『ふぅん』で終わらせられる。
これ以上淋しくなりたくなかったので、取り合えず他の事を手当たり次第に問い掛けた。


「・・・人間界はどうよ」
「相変わらず」
「・・・花龍達は」
「元気」
「・・・・・・・コエンマとかは」
「仕事してる」
「・・・・・あ、そ」


本気で泣きたい。
息子の声と表情も相俟って、非常につまらなそうな会話だ。
もしや息子は自分と話すのが嫌なのかと、少々不安になる。


「なぁ・・・・」
「何」
「・・・お前、俺と話すの嫌な訳?」
「別に」
「・・・どっちだよ」
「嫌じゃないけど?」
「・・・・・あぁ、そぉかよ」


不機嫌な父に、狗守鬼は首を傾げる。
何をそんなに不貞腐れているのか。

先程から散々会話を長続きさせろと言っているのにしないから。なのだが。

狗守鬼は生憎気付いていない。


「・・・他の奴等には会ったか?」
「例えば」
「・・・・飛影とか、蔵馬とか、躯とか・・・・」
「飛影さんには会ってない。
 蔵馬さんにはさっき会った。
 躯さんにも会ってない」


事務的に返答を寄越す息子。
お前は機械かと突っ込みたかったが、そんな元気も無い。


そこでふと、また、気付いた。


「・・・お前さぁ、アイツ等の事、”さん”付けで呼ぶよなぁ・・・」
「うん」
「何でだよ」
「年上だから」
「・・・それだけか?」
「うん」


やっぱり自分に似ていない。
幽助は、そう再認識した。

自分は年上だから。何て理由で”さん”なぞ付けなかった。
コエンマだろうと、幻海だろうと、蔵馬だろうと躯だろうと黄泉だろうと。
全員呼び捨てのタメ口だ。

狗守鬼もタメ口ではあるけれど、一応の敬意を払って、”さん”は必ず付けている。


「・・・たまにはよぉ、”躯”!!とか、”蔵馬”!!とか、呼んでみりゃあ?」
「呼ばない」
「・・・・・どうして」
「別に呼びたくないから」
「・・・・・・・あ、そ」


バッサリと切り捨てて来る狗守鬼。
幽助は頭を抱えながら、再び縋る様に言ってみる。


「・・・なぁ・・・頼むから・・・少しは楽しそうにしてくれよ・・・」
「・・・・・・楽しそう?」
「だから!さっきから言ってんだろぉが!大声で笑ったり・・・」
「・・・あははははは。」
「・・・・・・・・・・・もう、良い」


トーンを一切変えず、それこそ本当に機械の様に笑った?息子。
笑ったと言うより、単語を一つ一つ声にした様な物だが。


そんな無表情で嘘笑いをした息子に、幽助は今度こそ号泣したくなった。





















END.


何とか息子と親子らしい会話がしたかった幽助。
でもそんな些細な夢も悉く打ち砕かれた。可哀想。
自分みたいにやんちゃになって欲しかったんですよ。
血の繋がりをハッキリ実感したかったんですよ。
・・・大丈夫だ幽助、いつの日か、きっと、笑ってくれるさ・・・。
・・・・自分に似て欲しいって願いは、捨てた方が良いけど。