「なぁ狗守鬼よォ」
「何」


紫暗と赤黒い雲が混ざり合う空が、窓の外に広がる。

雷禅の要塞は相変わらずの薄暗さで、幽助と狗守鬼の顔は何処か灰掛かっている。

狗守鬼は腕と足を組みながら。

幽助は側近が持って来たコーヒーを飲みながら。

向かい合ったソファにゆるりと座っていた。


「前によぉ、蔵馬とか躯には”さん”をつけるっつってたよなぁ」
「言ったね」
「それじゃアレはよ、つばきとか小瑠璃は」
「呼び捨て」


突然の幽助の話にも一切疑問を抱かず、素直にそれに応える狗守鬼。

だがやはりそれは簡潔で、幽助も予想はしていたが、やはり何となく寂しい。


「・・・アイツ等は呼び捨てか」
「年下だしね」
「まぁ、そうだけどな・・・・」


狗守鬼も、目の前に置かれていたコーヒーを含む。

苦いのは好かないが、コーヒーは何故か好きだった。

ブラックのまま平然と飲む息子に、ミルクだけは淹れる派の幽助は少し顔を顰めた。


「苦くねぇ?」
「苦いけど?」
「・・・・あ、そ」


機械の様な返答に、幽助はもう諦めて話を先に進めようと決意する。

そして自分ももう一度コーヒーを口に流し込むと、再び話を振った。


「・・・そう言えばよ」
「何」
「花龍って、他の奴等の事、何て呼んでんだ?」
「え?」


狗守鬼が、意外な方向に話が向いた事に、軽く首を傾げる。

何故彼女に話が行ったのかと視線で問うと、幽助はそれに答えて返した。


「いや、花龍が喋ってんトコ、あんま見ねぇからさ」
「まぁ、確かにね」
「性格もあんま良くわかんねぇし・・・ちょっと気になってな」


とても飛影と幻海の娘とは思えない、口の少なさ。

色合いや、顔立ちなどは親の血を感じる事が出来るが・・・

あまりに話さない為、彼女の性格もほとんど把握出来ていないのだ。

少なくとも、飛影には似ていない様ではあるが。


「ふぅん」
「で、何て呼んでんだ?」
「俺の事は、狗守鬼って呼んでる」
「・・・他の奴等は?」
「幻海さんの事は母者。飛影さんの事は父者」
「・・・他は?」
「知らない」
「は?」


狗守鬼の意外な答えに、幽助は間の抜けた声を上げる。

あれほど、それは24時間共に行動していると言っても過言では無い程一緒にいるのに。

他者を何と呼ぶか、知らないらしい。

驚いた様子の父に、狗守鬼は軽く肩を竦めてから、無機質に返す。


「呼ばないんだよ」
「呼ばない・・・?」
「つばきの事も、小瑠璃の事も、志保利の事も、雨菜の事も」
「・・・どうやって会話してんだ・・・?」
「俺が通訳」
「・・・・・あ、そ」


外国人か。と突っ込みたかったが、息子の事だ。『違う』の一言で終わるに決まっている。

これ以上無駄に傷つきたくないと、その思いを飲み込んだ。


「・・・あんだけ一緒にいても、聞いた事ねぇのか・・・」
「うん」
「何て呼ぶんだろうな」
「さぁね」
「・・・想像出来ねぇトコがすげぇよな・・・」
「・・・まぁ、確かに」
「・・・・・俺の事は何て呼ぶと思う?」
「多分・・・”さん”付けじゃないの」
「・・・何かちょっと気になるよなぁ・・・」
「気にしてても呼んではくれないと思うけどね」


相変わらず息子は淡々と話すが、それでも普段より饒舌な気がしなくもない。

彼女関連なら会話が少しでも弾むかと、もう1つ花龍の話題を振った。


「・・・・花龍って、一日どんくらい喋る?」
「おはよう。いただきます。ごちそうさま。おやすみなさい。・・・くらい」
「・・・・・・・挨拶のみか」
「大体は」


自分には考えられないその生活に、幽助は知らず嫌そうな顔をする。

言葉が挨拶のみ。息苦しいを越えて不自由である。

あの美しい少女は、そこまで言葉を発さない理由でもあるのだろうか。


「・・・何で喋らねぇんだ?」
「面倒なんじゃない」
「いや、面倒って」
「本人曰く、”なんとなく”らしいけど」
「・・・・・・誰に似たんだ、その性格」
「さぁ」


確かに飛影も、出会った当時はさて置き、口数の少ない男である。

時折饒舌になったり気障な台詞を言ったりするが、無口である事は確か。

幻海も、特に煩く喋るタイプでも無く、どちらかと言えば無口の部類なのだろう。

・・・無口と無口が合わさった結果なのだろうか。

幽助にしては珍しく、色々と生命と遺伝の神秘についてゴチャゴチャ考えてみた。


「・・・父さん、無理して難しい事考えない方が良いよ」
「っるせぇ!!俺だってちょっと難しい事くれぇ・・・」
「頭パンクするよ」
「・・・・・・ケッ、冷てぇ息子だなぁ!」
「どうも」


狗守鬼は涼しい顔でコーヒーを啜る。

幽助もそっぽを向きつつ、息子と軽い遣り取りを交わす事が出来、少し嬉しくなったりした。


「・・・まぁ、花龍が名前で呼ぶのは、俺だけだよ」
「・・・・・・・・何か、惚気みてぇだな」
「そう捉えても良いけどね」
「あーへーへー、ご馳走様でした」
「お粗末様」
「・・・・花龍も親に似てねぇけど、お前のがやっぱ、似てねぇよな・・・・」


脱力した様に、ソファに凭れ掛かる幽助。

そんな父の姿を呆れた様子で見遣りながら、狗守鬼は最後の一口を一気に流し込んだ。










後日、狗守鬼から言玉が1つ届いた。

どうやら花龍が幽助を何と呼ぶか聞いたらしい。

狗守鬼曰く、彼女は幽助を『幽助さん』と呼ぶと言う。

1つ疑問が解決してスッキリした幽助が、その事を飛影に伝えに行った所。

何故か苛立った飛影に殴られている姿が百足にて目撃された。





























END.


幽助が名前で呼ばれている事が気に食わなかったらしい飛影。
一応『父の奮闘』の続編となっていますが、単体でも読めます。
前回よりは少し話している狗守鬼。
花龍がつばきや小瑠璃を何と呼ぶのか、考えていません。
一生呼ばないと思います。
年上の方々には、狗守鬼と同じく”さん”付けかも。