凄まじい破壊音が響いた。



ベッドで寝ていたリンクが、淡い意識を取り戻す。

ズシリ。と、赤ん坊1人分の重みが増えた自身の身体。

それになるべく負担が掛からぬ様にと、ダンテが気を遣って良い素材に変えてくれたベッド。

そのベッドが激しく揺れた。


何事だろうか。


頭は一気に覚醒した。

が、重い身体を素早く動かす事が出来ず、のたりと上体だけを起こし、耳を澄ます。


ドアの向こうからは、ダンテの声。

まだ事務所にいたのだろう。

彼は満月の日には眠らない。

今日も今日とて、何か面白い事でも起こらないかと待っていたのだろう。

身体を労われと、自分をベッドに押し込めておきながらコートを纏う彼を思い出す。


緊急事態ではないのだろうか。


ダンテの声はあくまで愉しんでいる様な響きを残し、特別殺気も感じない。

続いて聞こえたのは女性の声。

もしや、誰かが仕事の依頼にでも来たのだろうか。

ああ、だとしたらダンテに任せておくのが良いだろう。




そう思い、安堵の溜め息を漏らしながら再びベッドに潜ろうとした、その時。







「!!?」







先程の破壊音とはまた違った、轟音。

何かが叩き付けられる音。

電気にも似た火花の音。

その激しい音に隠れて聞き取り辛いが、女性の嘲笑う様な声。

突然の事態に一瞬硬直したリンクの身体が、次の瞬間にはガバリと毛布を跳ね飛ばす。

身篭っている身体。無茶だけは避けたいが、今はそうも言っていられない。


事務所へ繋がっているドアを勢い良く開け放つと、まず見えたのは女性。

長いブロンドの髪が美しい、モデル顔負けのスタイルを持つ女性。

次に、その女性が持ち上げ、軽々と放り投げた赤いバイク。

そのバイクが目掛けて飛んだ先には、お腹の子の父親。

つまり、ダンテ。


胸に剣を突き刺され、壁に身体を預けている彼。

今までの経験上、それが致命傷ではないと言う事は理解出来たが、それでも気は動転する。



「ダ、ダンテさん!!」



思わず、バイクから彼を庇おうと足を踏み出したが、ダンテの鋭い視線に動きを制止された。

魔法でも掛けられたかのように、リンクの細い足がピタリと止まる。


その間にも、ダンテは愛銃2丁を軽やかに操り、余裕たっぷりの笑みで投げられたバイクに銃弾を雨の様に打ち込む。

逆にバイクを飛ばされた美女は、先程の騒ぎの所為で燃え盛る事務所の床に叩き付けられていた。

リンクが戸惑っていると、ダンテは胸に刺さった剣をまるで気にしていない様子で立ち上がる。

そしてリンクの頭を軽く撫ぜると、銃を握り締めたまま女性へと歩み寄って行った。


彼と女性の遣り取りを呆然と聞きながらも、もう1度辺りを見回す。


燃え盛る事務所。

破壊されたドア。

ダンテの血がこびり付いた壁。

その他諸々、破壊された備品達。


ああ、何かデジャヴな光景。と、リンクが頭とお腹を押さえてクラリと眩暈を起こした。

コレでダンテがくしゃみの1つでもしたら、また事務所が崩壊しそうである。


頼むから崩壊だけはしないでくれと祈りながら、収束しそうなダンテと女性の会話へと意識を戻す。

丁度、女性がサングラスを外した所であった。


その顔は、以前写真で見せて貰った、ダンテの母と瓜二つだった。











トリッシュと名乗った女性は、翌朝来ると言い残し、事務所を壊すだけ壊して去って行った。

嵐の様に去った彼女を見送りながら、リンクはハッと燃え盛る炎を見る。

それは先程よりも威力を増し、事務所の半分を侵食し始めていた。


「ああ、火が・・・!」
「落ち着けリンク」
「で、でも!」


慌てるリンクの額に軽くキスを落とすと、ダンテが壁に掛けてあったルドラを手に取る。

そして、それを軽く炎に向けて振り降ろすと、強靭な風があっと言うまに勢い良く燃えていた炎を消し去った。

相変わらずの威力に、リンクは思わず感心する。

・・・が、炎は消えても事務所の惨状は変わらず、これはまた修理を頼まなくてはと、リンクの口から重い溜め息が漏れた。


「・・・全く、困った客だ」
「あ、あはは・・・それで、明日はお仕事に行くんですよね?」
「ああ。・・・けど、お前は勿論留守番だ」


リンクのお腹を優しく撫ぜながら、ダンテが再びキスを落とす。

以前はダンテの仕事にパートナーとして付き合っていたが、身篭ってからはそれも無くなった。

何かあったらどうするんだ。と言うダンテの一点張りの拒否で、ここ数ヶ月は仕事へ赴いていない。

今回も、勿論そうである。


「わかってますよ、大人しくしてますから」
「当たり前だ。俺がいない間も、絶対に仕事を請けたりするなよ」
「わ、私だけじゃ悪魔退治なんて出来ませんから、大丈夫です」


両手を振って否定するリンクに、ダンテは訝しげな視線を向ける。

明らかに信用されていないその目に、リンクは知らず苦笑いを浮かべた。

そんな彼女の肩を抱き寄せ、ふぅと息を吐きながらダンテが続ける。


「それにしても、さっきのは頂けないな」
「え?」
「俺を庇って、お前と子供が・・・なんて事になったら、俺はどうすれば良い?」
「・・・あ、さっきのバイクの事ですか?」
「それ以外にあるのか?」


心底呆れ顔のダンテに、リンクは誤魔化すような笑いを零す。

そうは言われても、体が勝手に動いたのだと弁明しようとするリンクを遮り、ダンテが更に言う。


「俺が簡単にくたばる訳がないだろう?少しは信用しろ」
「し、信用してないのはどっちですか・・・」
「・・・何か言ったか?」
「い、いえ!何も!」


じとりと睨まれ、リンクが即座に否定する。

暫く彼女の顔をねめつけていたが、再び息を吐くと、大きくなったお腹に負担をかけない様に抱き締めた。

リンクの身体が、ドキリと揺れる。


「あ、あの・・・」
「悪かったな、起こして。もう寝るぞ、身体に響く」
「大丈夫ですよ、別に」
「良いから。俺も明日は仕事だ。今の内に睡眠を取っておく」


彼女の身体を抱いたまま、寝室へと足を進めるダンテ。

リンクはそれに身を委ねながら、ふと彼に問うてみた。


「・・・今回のお仕事、何だか大変そうですね」
「ん?・・・ああ・・・それに、久々に”当たり”な予感もする」
「そうなんですか?」


彼の言う”当たり”。

付き合いの長いリンクは良く知っている。

彼が捜し求める、”当たり”の仕事。

それを予感していると言う事は、それだけ危険も伴うのだろう。


リンクの不安そうな視線を感じ取ったのか、ダンテが軽い笑みを浮かべ、彼女の耳元へ口を寄せる。


「心配するな。1日で終わらせて来る」
「・・・無理だけはしないで下さい。無事に帰って来て下されば、それで良いですから」
「わかってる。だからお前も、大人しく待ってろよ」
「はい。・・・でも、本当に無事に帰って来て下さいね。
 もし貴方に何かあったら、私、ショックで流産してしまいそうですから」
「・・・・・・・・絶対に帰って来るから。頼むからそれだけは勘弁してくれ」


リンクの一言に、ダンテが搾り出す様な声で懇願する。

そして、その恐ろしい言葉を拒否する様に、もう1度彼女の身体を強く自分の腕の中に収めた。




満月が、少し傾き始めた頃だった。




























END.


リンクさん妊娠中。
臨月。みたいな感じです。
それなのに旦那(ダンテ)さんは危険な仕事へレッツゴー。
軽く残酷な脅しを掛けて夫の無事を祈ってます。
多分ダンテさんは全力で帰って来るよ。折角手に入れた家族を失うなんて恐ろし過ぎる。
仕事の後、一緒に帰って来たトリッシュさんを見て、リンクさんは素直に喜ぶんだと思います。
嫉妬も何もしないリンクさん。ダンテさんは不安だったり不満だったりすれば良い。