姉さんは殺された。
抜刀斎に殺された。
弟の叫びに、少女は立ち尽くした。
『赤い髪に、十字傷』
少女はフラリと訪れる。
赤い・赤い、夕陽の沈む空の下。
先日消えた弟の言葉を思い出しながら。
『殺された。姉さんは殺された。
男に殺された。抜刀斎に殺された』
何故か、黒い髪が白く染まっていた弟。
そんな弟は先日音も無く消えた。
自分の父と同じ様に。
抜刀斎。抜刀斎。
少女もその呼び名は知っていた。
東京に住んでいても、その名は耳に入った。
そして姉は、その男と、共にいたのだ。
「お嬢ちゃん」
呼ばれ、少女が振り向く。
見知らぬ、男。
「・・・はい」
「・・・・どうしたんだい、こんな所に」
「少し、用事があって・・・」
透き通った声で答える少女に、男は目を丸くする。
「・・・・・似てる」
「・・・え?」
「・・・お嬢ちゃん、ひょっとして、姉ちゃんがいねぇか?」
男の問いに、少女は眉1つ動かさず、淡々と返す。
「はい。先日、雪の降る日に殺されました」
「・・・・・・・・付いて来な」
機械的で、無表情な少女。
男は、手招きをする。
少女は、黙って後に続いた。
「・・・・・・・・・コレは」
「・・・探してたんじゃねぇのか?」
「・・・・・姉の墓、ですか」
少女は黙って見つめる。
目の前に無言で置かれた、冷たい石を。
刻まれた名は、確かに、姉の名前。
「白梅の香りのする、良い女だったぜぇ?」
「・・・・そうですか」
少女がしゃがみ込む。
そして、石の前に、手に持っていた花を添えた。
手を合わせ、じっと黙る。
「・・・・お嬢ちゃん、泣いても良いんだぞ?我慢しなくたって・・・・」
「我慢はしていません。ただ、悲し過ぎて、涙が出て来ないんです」
男は黙る。
少女の声は、あまりに冷たく。
その言葉は、あまりに痛かった。
整った横顔。
美しい黒髪。
そして、白梅の女と被る影。
「・・・よぉ、お嬢ちゃん」
「はい」
「姉ちゃんの他に、家族はいるのか?」
「・・・いました」
少女は答える。
その言葉に、男は哀しい予感を覚えた。
「母は幼い頃病で死にました。
父は戦に行き、消息を絶ちました。
姉は、この通り殺されました。
弟は、先日行方を暗ましました」
あくまで無表情な少女。
こんな所も、この少女の姉と被る。
だが、この冷たい表情の下に、どれだけの苦痛を隠しているのか。
まだ、14程の少女を思い、男は戦慄した。
「・・・・そう、か」
「・・・私も、消えます」
「おいおい、馬鹿な事考えちゃいけねぇ」
少女の一言に、男は焦りを見せる。
「・・・いえ、違います。ここを発つだけです」
「お嬢ちゃん1人でかい?」
「はい」
「・・・お嬢ちゃんぐれーの子なら、何処か面倒見てくれるだろうよ」
たった1人で旅路を行くと言う少女を、男は止める。
だが、少女は既に心を決めていた様だった。
「行きます。・・・そうしなければ、なりません」
「・・・・・・・」
何かを予感しているのか。
この少女は。
家族を惨たらしく奪われるこの人生に。
一体、何を見出しているのか。
「・・・・・・・そうか」
「はい」
何も言えなくなった男は、俯き言う。
そして、少女と共に、墓石を見つめた。
「・・・1つ、尋ねても良いですか」
少女が、不意に男に問う。
「おう、何でも聞きな」
「・・・姉を殺した男は」
男は聞く。
「・・・抜刀斎と言う男は・・・姉を愛していましたか」
そして、眼を見開いた。
あまりに、予想外な言葉に。
「・・・お嬢ちゃん・・・」
「姉を愛していましたか。姉は幸せでしたか」
「・・・・・・・・ああ、幸せそうだったよ」
知らない。
本当は、彼女がどう思って暮らしていたかなんて。
だが、こう言わなければならなかった。
少女は、相変わらず無表情である。
「・・・・そうですか」
「・・・・・怨むかい?抜刀斎を」
「いいえ」
ハッキリとした否定。
「姉は幸せだったのでしょう。
男に愛され幸せに暮らしたのでしょう。
愛した男に殺されても、幸せなままで逝けたのでしょう。
・・・なら、何故私が抜刀斎を怨む事が出来ますか」
姉が愛した男を。
姉を愛した男を。
姉を幸せにした男を。
姉が幸せに想った男を。
怨む理由などありはしない。
少女の言葉は、重かった。
「・・・・・姉ちゃんが、本当に大切なんだな、お嬢ちゃん」
「はい」
男は、熱くなった目頭を押さえながら、言った。
「・・・だが、まぁ、姉ちゃんの愛した男が、どんな奴かぐれぇ知っておけや」
「・・・はい」
「・・・・・赤い髪に、左頬の十字傷。それが、抜刀斎だ」
「・・・赤い髪に、十字傷・・・」
「ああ、そうだ」
此間まで十字じゃなかったがな。
と、男は笑った。
「そうですか」
「ああ。・・・いつか、会う事があるかもな」
「・・・そうですね」
「どんな顔して会う?」
「・・・わかりません」
少女は、調子を崩さず答える。
本当に、姉妹揃って似る物だと、男は少女を見た。
「・・・・・・そろそろ、行きます」
「おう、そうか・・・」
「色々、ありがとう御座いました」
丁寧にお辞儀をし、礼を述べる少女。
姉譲りの黒髪が、サラリと揺れた。
「ああ・・・・・・達者でな。お嬢ちゃん」
「はい」
少女が、踵を返し去ろうとする。
男は、反射的に声を掛けた。
「お嬢ちゃん!」
「・・・はい」
少女が振り返る。
「せめて、名前を教えてくれや」
男の言葉に、少女は止まる。
そして、間を空けてから、機械的な声で答えた。
「。・・・雪代です」
少女はフラリと去る。
赤い・赤い、夕陽の沈む空の下。
姉を殺した男の髪は、この様に赤い色なのかと。
この様な血色の髪なのかと。
少女は、初めて笑いを浮かべた。
END.