「どうしたんだい?雪菜」
「幻海さん・・・」
「まだ春って言っても、冷え込むよ」
満月が全てを蔑む様な夜、雪菜は縁側に座り、空を眺めていた。
しかし、月はその紅の瞳に映っておらず、何処か虚空を見つめていた。
「思い出していました」
「何をだい」
「私の、好きだった方を・・・」
「おや、意外だねぇ・・・お前に好きな男がいたのかい?」
「はい・・・私が、氷河の国から出たばかりの頃・・・知り合った男性がいました・・・。
・・・生まれて初めて、愛しいと感じた・・・方が」
雪菜がポツリポツリと話し始める。
いつもの雪菜と様子が違うが、今は雪菜の話を聞く事に専念した。
「私が氷河の国から出た時、1人の男性と知り合いました。
彼は、血の様に赤い髪と氷の様な瞳。
そして、紅い模様を持っていました・・・・・・・・」
「紅い模様?」
「はい。
彼は、顔に二本、身体に幾つもの紅い線の様な模様を持っていました。
それはそれは、とても綺麗につけられていました」
相変わらずポッカリと暗い瞳を開け、義務の様に話す雪菜。
その様子に幻海は、いよいよ戦慄した。
氷の女。
雪の少女。
その謂れを垣間見た気がしたのだ。
「その人はとても強い人でした。
そして、私と同じく、肉親を探していました。
彼は、最初こそとても冷たい心の人だったけれど、触れ合う内に少しずつ優しく接してくれました。
とても。魅かれて行きました。
私はその時、まだ心が一部凍ったままでした。
死人の様な氷女に囲まれての生活。
蔑まれ疎まれながらの生活。
自分を保ち、生きている兄を想う事だけが命を感じられる時でした。
しかし、その人に触れ、その一部も、少しだけ溶けた様な気がしたんです。
冷たいけれど、暖かい人。
私は、とてもその人が好きになりました」
雪菜が一旦言葉を区切る。
涼やかな風が、幻海と雪菜の間に吹いた。
それと同時に、雪菜の表情も、今の風に攫われたかの様にふっと消える。
恐ろしい光景だった。
「けれどある時、突然に恐怖が訪れました。
私と彼は、逃げました。
逃げて逃げて逃げて、でも、もうダメだと、2人で直感しました。
狙いは私。
氷泪石。
彼は何もしていないのに、殺されてしまう。
私も、殺されるよりも辛い目に合うかもしれない。
ならば。と、思いました。
私は彼にこう言ったんです。
貴方の子が欲しいと」
それを聞いた幻海は、血の気が引くのを感じた。
少し慌てた口調で、雪菜に問う。
「お前達氷女は、男と交わると・・・」
「はい。自分の分身とその相手の生き写しを産み、命を落とします」
「お前は・・・」
幻海の言わんとする事がわかっている雪菜は、軽く微笑むと話を続けた。
「彼もそれを知っていました。
だから、初めは反対されたんです。
でも、どうせここで貴方がいなくなるなら。
貴方といられなくなるのなら。
それならば、貴方の代わりでも良い。
例え、その子の姿を自分の目で見られなくても。
一時でも、自分の中にいてくれる。
自分と一緒にいてくれる。
自分を一人にしないでいてくれる。
貴方と、共にいたい。
そう言うと、彼は暫く熟考した後、深く頷きました。
私は、彼と契りを結びました。
しかし、子は出来ませんでした。
彼が、私の中に命を残さなかったんです。
私は悲しい思いをしました。
彼との繋がりが消えてしまう。
彼の命を残す事が出来ない。
そう嘆いた所に、いよいよ人間がやって来ました。
私を無理矢理捕まえ、縛り付け、地面を引き摺って連れて行こうとしました。
残された彼を見ると、私を追おうとした所を、銃で撃たれた所でした。
私は叫びました。
彼の名を叫びました。
彼が殺される理由は無い筈でした。
でも彼は、最後まで私を追おうと、地面を這って身体を進めました。
もう、私は離れた場所へ連れ去られ、彼の姿を最後まで見る事が出来ませんでした。
ただ最後に、もう一度だけ銃声の音を聞きました」
話し終えると、雪菜はポツリと一粒、氷泪石を零した。
コツンと音を立て、地面に転がる。
「それから、そいつの行方はわからないんだね?」
「はい。・・・出来れば生きていて欲しい。でも・・・」
「・・・でも、何で突然そんな話をしたんだい」
「夢に見たんです」
「そいつの事をかい?」
「はい・・彼が出て来ました。笑って私に言いました。
・・・もうすぐ逢いに行くって・・・」
少し嬉しそうに、そして悲しそうに、雪菜が微笑む。
在り得ないとわかっているのに、心の何処かで期待しているのだろう。
「後は・・・月・・・ですね」
「月?」
「はい」
そう言われ、幻海が空を見上げる。
そこには、相変わらず憎たらしい程に輝く丸い月が浮かんでいた。
「月がどうかしたのかい?」
「月が・・・・紅かったから」
「紅い?」
「はい。私には、今日の月が何だか・・・紅く見えます」
雪菜が笑う。
勿論、月は青白く光を放っている。
それが、雪菜には紅く見えたらしい。
「彼の色。紅い色。いつもの月も美しいけれど、今日の月は、一段と美しいと思います」
幻海は、言葉を無くした。
満月。
全てを見下す、狂った様な光を放つ月。
紅い月。
その紅い月が放つ光は。
雪菜の瞳のそれに似ていた。
END.
えっと、ごめんなさい。(謝るの早い)
ちょっと壊れた感じの雪菜ちゃん・・・良いなぁ。
清純で可憐な女の子が秘めてる闇って、妖しい魅力がありますよね!
・・・アレ?どうして皆さん、引いてらっしゃるの?