「、、起きて!」
幻海の寺に、明るい声が響く。
それを聞き、眠っていたは苛立った様に眼を開いた。
その氷色の瞳に、人間界の白い太陽が差し込む。
「っ・・・」
「ど、どうしたの?」
「・・・馬鹿が、俺は日の光が嫌いだと知っているだろう」
「あ・・・ご、ごめんなさい」
低いの声に、雪菜が脅えた様に謝罪を口にした。
そんな彼女に溜息をつきながら、初めて訪れた人間界の空気を吸う。
そして、雪菜の姿を視界に入れ、少し驚いた様に眼を見開いた。
「・・・何だ、その衣装は」
「え?・・・あ、人間のお洋服よ」
雪菜がふわりとスカートを摘む。
白いふわふわとしたそれは、随分と愛らしい。
上に羽織っている紅いカーディガンと、良く合っていた。
だが、は少し眉を顰めるだけで、何も言わない。
不安になった雪菜が、心持肩を落としながら問う。
「あ、あの・・・その、どう・・・かな・・・」
「似合わない」
「・・・・そ、そう」
のハッキリした回答に、雪菜が残念そうに俯く。
自分でも似合うと思っていた訳ではないが、折角気に入っている服を着たのに。と。
「・・・お前は、和服の方が良い」
「え・・・」
「そっちの方がお前らしい」
ま、どうでも良いがな。と、が興味ゼロの様子で起き上がる。
「で、何か用か」
「その・・・折角貴方と会えたんだから、少しでも一緒にいたいと思って・・・」
「いれば良いだろうが」
「で、でも、貴方が寝ていると、話したり出来ないから・・・」
「ほぅ」
雪菜の可愛い言葉にも反応を示さず、くっと腕を伸ばすと、さっさと縁側へと出た。
それに、慌ててついて行く雪菜。
久々の再会にも関わらず、彼は感慨と言う物が希薄らしい。
だがそれは昔からなのか、雪菜も然して気にしている様子は無かった。
さっさと縁側に座ったの隣に、そっと腰を下ろす。
「・・・眩しいな」
「そうね、人間界の太陽は、とても暖かいから・・・」
「フン、氷女のお前が、よくこんな日差しの中にいられるな」
「私は他種族の血が混ざっているもの。平気よ」
「ああ、そうだったな」
雪菜の言葉に納得しながら、は手を太陽に翳し、眼を守る。
白い日差しに透けた皮膚は、それよりも更に白く。
彼が吸血種族である事を示していた。
「・・・・・・」
「何だ」
「本当に・・・貴方が無事で、良かった・・・」
「昨日も話た」
「・・・貴方にまた会えた。隣にいる今でも、信じられないの」
「ほぉ」
雪菜の言葉に、が無表情のまま、彼女に手を伸ばす。
小首を傾げて見詰める雪菜に構わず、そのまま柔らかい頬を摘み、引っ張った。
「いっ、痛いっ・・・痛い、・・・っ」
「現実だとわかったか」
コクコクと雪菜が頷く。
それを見てから、はさっさと手を離した。
「フン」
「痛い・・・」
「良かったな」
「も、もう!」
表面では怒りながらも、内心喜ぶ。
彼が戻って来た。
それが現実なのだと、改めて実感していた。
「おや、起きてたのかい」
嗄れた、けれど、何処か優しい声が届く。
と雪菜が振り向くと、そこにはいつもの胴着を着込んだ幻海が立っていた。
「ああ・・・何と言ったか」
「幻海だよ、幻海」
「ああ、そうだったな」
「おはよう御座います幻海さん」
「ああ、おはよう。アンタは良く眠れたかい?」
「人間界は月すらも眩しいな。眼が痛い」
「そうかい。ま、その内慣れるだろうさ」
幻海が、の答えに返す。
もそれはわかっていた様で、ああとだけ頷いた。
「だが、人間界に留まるつもりはない」
「え・・・?」
「ほぅ」
の言葉に、雪菜がショックを受けた様に見遣る。
「どうして・・・?」
「人間界は合わん。魔界で過ごしている方が良い」
「そんな・・・・・」
「何だ、文句でもあるのか」
「・・・・折角、会えたのに・・・・」
雪菜が俯きながら、か細い声で言う。
その様子を見て、はふぅと溜息を吐いた。
「・・・別に、会いに来ない訳じゃない」
「でも・・・」
「煩い。偶に来てやる。それで良いだろう」
それ以上の要求は聞かないと言う風に、は立ち上がる。
そして幻海に向かって、取り合えず礼を述べておいた。
「昨夜は突然来たにも関わらず、泊めて貰って、感謝する」
「ああ・・・いや、構わないさ。それより・・・」
「何だ」
「雪菜と折角会ったんだ、人間界でも散策したらどうだい」
「人間界の太陽は好かん」
「慣れりゃあ、どうって事無いだろう」
「・・・・・・だが、この姿で?」
が表情を変えぬまま、自身を指す。
人間は中々着ない、衣装。
明らかに人間だとは思えぬ、白い肌。
そして、体に浮き出た紅い線。
流石に人間ではいないだろうと、は思う。
だが幻海は、特に気にした風も無く言う。
「服なら、幽助にでも借りたらどうだい」
「・・・ゆうすけ?」
「ああ、丁度サイズも良いだろう」
「・・・誰だ、人間か?」
「そうだよ」
幻海がそう提案すると、雪菜も明るい表情を取り戻した。
「そうよ!日差しを遮る帽子も、貸して下さるかも」
「・・・・・」
「ね?」
「・・・・仕方ない、今日だけだ」
「ええ」
が折れ、ふぅと肩を竦める。
その様子に、雪菜はとても嬉しそうだった。
「あの馬鹿には、あたしから連絡を入れておいてやるよ」
「あ、ありがとう御座います、幻海さん」
「気にしないで良いさ。行っておいで」
「はい!」
「・・・行くぞ」
「きゃっ」
嬉しそうに微笑む雪菜を、が突然抱える。
抱えると言っても、荷物の様に脇に持っているのだが。
そしてそのまま踵を返すと、すぐさま姿を消した。
どうやら、屋根の上を伝って行くらしい。
「ったく、そっちのが人間離れしてると言うに」
体の模様だの何だのよりもな。と、幻海はやれやれと言った様子で彼等を見送った。
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『紅い月夜』で見せた優しさは何処へやら。
これがデフォルトの彼です。
和服の方が似合ってる。と素直に言えば良い物を・・・。