「・・・で、俺に何か用か?」
雪菜を置き去りにしたがいるのは、廃ビルの屋上。
やたらと空の近いそこは、色素の無い肌に痛かった。
「・・・・何だ、折角人気の無い場所まで移動したんだ、出て来たら良い」
が、そこらに向かって言う。
眼には捉えられないが、誰かがいるらしい。
暫しの間の後、風の音と共に、黒い塊が姿を現す。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・邪眼?」
その人物を目の当たりにし、がポツリと呟く。
姿を見せたのは、黒の衣装に身を包んだ、邪眼師飛影。
だが既に額の布は取り払われ、第3の眼が零れんばかりに見開かれていた。
「・・・・・・・・・・・ほぅ」
「何だ、貴様・・・」
「なるほどな・・・」
「・・・何だと聞いている」
が突然、軽い笑いを口元に浮かべる。
その反応に、飛影は不快感を顕わにして問い掛けた。
それに、は鋭い声で、サラリと言ってのけた。
「貴様、雪菜の兄だな?」
あまりに予想外な、そして、初対面で事実を言い当てた彼に、飛影はすらっと刀を抜く。
そして、その鋭利な切っ先をの喉元に突きつけつつ、問う。
「・・・何者だ」
「貴様に教える義理は無い」
「・・・ならば、無理にでも答えさせるまでだ」
ビッと、銀色の弧を描く刀。
だがそこには、もうの姿は無い。
「性格や見てくれはまるで似ていないが・・・眼だけは良く似ている」
「・・・眼・・・だと?」
何時の間にか飛影の背後に移動したが、淡々と言う。
飛影もそんな彼を眼で追いながら、短く返した。
「そう、眼だ。その血色の眼」
「・・・・・・・・・」
「辛気臭く沈んだその眼。良く似ている」
「・・・貴様」
口角を吊り上げながら言うに、飛影は搾り出した様な低い声を投げる。
苛立っている様子だった。
「だが、雪菜は兄を見つけていないと言っていた・・・」
「・・・・・・・・」
「名乗り出ていないのか?」
「・・・・貴様の知った事ではない・・・!!」
「まぁ、それもそうか」
案外サッパリと追求を止め、が軽く肩を竦める。
どうやら、飛影とやり合う気は無いらしい。
敵意を感じさせないに、飛影も漸く刀をしまう。
しかし苛立ちは隠さぬまま、再びに問い掛けた。
「もう一度聞く。・・・貴様、何者だ」
「知りたいなら雪菜に聞け」
「・・・気安くアイツの名を呼ぶな・・・」
「そう言う事は、きちんと兄になってから言うんだな」
「・・・・・・・・・・」
の一言に、飛影はギッと彼を睨む。
だがはフンと笑うだけで、何も言って来なかった。
「・・・別に、俺には関係無いがな」
それだけ言うと、はクルリと踵を返す。
もう、飛影に興味を持っていない様子だった。
「貴様・・・」
「・・・フン」
飛影が何かを言いたげに呼び止めたが、はさっさと風へと紛れて消えてしまう。
「・・・チッ」
残った飛影も、同じ様に鼻を鳴らすと、知らぬ間にざっと姿を消していた。
そろそろ夕暮れになろうと言う頃。
空は茜の色に染まり、黒い鴉が空を舞っていた。
雪菜は、先程の場所から一歩も動かず、彼を待っている。
雪菜の目の前を、ほとんどの人間が素通りしていくのは、結界の為らしかった。
彼女の周りに薄い結界が張られている為、人間は雪菜の存在に気付けていないらしい。
雪菜は地面を見たり、が去った方を見たりと、視線を忙しなく動かしている。
そして、それをもう一度繰り返した後、ハッとした様子で空を見上げた。
「・・・・・・!」
ぱぁっと、先程まで沈んでいた顔が明るく輝く。
雪菜の視線の先には、電柱の上に立っている、。
そのまま羽の様に軽く下りて来ると、雪菜が慌てた様子で駆け寄った。
「・・・お帰りなさい・・・」
「・・・どうせ、ここにいるだろうと思った」
「・・・・うん」
の呆れた様な声に、雪菜は嬉しそうに頷いた。
こんな遣り取りも、懐かしい。
「・・・で?お前はどうするんだ」
「え?」
その言葉の意味を悟れず、雪菜が眼を丸くして聞き返す。
「・・・戻るんだろう、幻海の元へ」
「・・・・・貴方は?」
「俺は魔界に戻る」
「・・・・・・・・・」
当たり前の様に言う彼に、雪菜はどうしようもない寂しさを覚える。
折角、会えたのに。
また離れ離れになるのだ。
片時も離れず共にいたいと言うささやかな願いは、叶いそうに無い。
「・・・・・・どうしても?」
「先から言っているだろう」
「・・・・・・・・」
視線で縋ってみても、はこちらを向こうともしない。
どうせ、いつもの様に無表情だろう。
それか、不機嫌。
雪菜は、良くわかっている。
「・・・・・これをやる」
「え?」
暫し物悲しい沈黙が降りた時、が何やら光る物を差し出した。
雪菜は首を傾げながらも、素直にそれを受け取る。
「・・・なぁに?コレ」
「通信機だ」
「?・・・綺麗、イヤリングみたいね」
「その通りだ。耳に飾って使う」
「・・・そうなの?」
キラリと、ガーネットの様に光るその物体。
イヤリングとしては少々大きめだが、それは美しい。
「でも、コレ、どうやって使うの・・・?」
「自分で考えろ。・・・それは、俺に繋がる電話みたいな物だ」
「な、なら、ちゃんと使い方を教えて・・・?」
「お前が自分で使い方を理解したら、いつでも話し相手になってやる」
「・・・・・・・・意地悪ね」
どうあっても使い方を教える気は無いらしい。
雪菜もそれを悟り、帰ったら懸命に使い方を理解しようと決意した。
「・・・・戻るんだろう」
「うん。・・・・明日は?」
「何がだ」
「・・・明日は、来てくれないの・・・?」
「・・・今日来たばかりだろうが」
「・・・・そうだけど・・・・」
雪菜は俯く。
彼は、絶対に自分の頼みを聞いてくれない。
魔界にいた時も、そうだった。
「・・・・そうだな」
「?」
「・・・・・こちらの世界の太陽が無い時」
「・・・曇りの時?」
「ああ。人間界は月すらも眩しいからな。・・・それが隠れているなら、構わん」
「・・・・本当?」
「ああ」
「・・・・・じゃあ、その時には、コレで教えるから・・・・・」
シャラっと音を立てて、通信機のチェーンが揺れる。
それは既に、雪菜の左耳に飾られ、光っていた。
夕陽が反射し、は眼を眇める。
「ああ」
「・・・使い方、早く理解するわね」
「ああ」
「・・・・聞いてる?」
「ああ」
もう自分への興味を無くしているへ少し淋しい感情を抱きながら、そっと彼の手を握る。
は、特に何も言わない。
「・・・もう、いなくならないでね・・・」
「・・・・・・・・・・」
カロン・・・と、雪色の涙が地面へと零れ落ちる。
はそれを眼で追ってから、彼女の手を振り解き、その軽い体を抱えた。
行きの、荷物の様な抱え方ではなく、きちんと、落とさない様に。
「・・・・・・・・戻るぞ」
今度は、雪菜が答えない。
ただその代わり、まだ一筋涙の伝う顔を、の胸に押し付けた。
「・・・・・明日・・・・・」
「何だ」
「・・・・明日が、曇りなら良いのに・・・・」
雪菜の小さな願いに、は何の反応も示さない。
そして、そのまま一陣の風と共に、霧の様に姿を消した。
「・・・・・・・・・」
その場に。
1人の黒影が、ふっと姿を現す。
「・・・・・・・・・」
その影・・・飛影は、その場に寂しく置き去りにされた石を、そっと摘んだ。
雪色の、妹の氷泪石。
「・・・・・・・フン」
先程の血色の髪を思い出し、妹の笑顔を思い浮かべ。
「・・・下らんな」
その氷泪石を握り締めたまま、彼もまた、風の様に姿を掻き消した。
END.
取り合えず皆と初顔合わせ終了。
秀一を忘れましたが気にしないで下さい。
彼は多分幽助とか桑ちゃんから聞くと思います。
雪菜ちゃんがちょっと可哀想でしたが、主人公はちゃんと想ってます。
最後に渡した通信機がその証拠!・・・だと思う。
しかし主人公、桑ちゃんと飛影の両方にマークされました。前途多難。
つか、全然友好じゃない。(幽助くらいだ)