ピンポーン。ピンポーン。
雀の囀りに混じり、只管同じ音を繰り返すチャイム。
それは、マンションの一室。
部屋の主を呼び出す為に、喧しい程の音を立てている。
ピンポーンピンポーン。
しつこくチャイムを押すのは、明るい緋色の髪と頬の十字傷が目立つ人影。
短い髪をしているが、その容貌は女と見紛う程愛らしい。
見た目は、少々身長の低い少女だが、歴きとした男である。
更に若い容姿だが、コレでも28。
そろそろ若者を卒業する時期に差し掛かっている青年だ。
そんな彼が、まだ人気の薄い早朝に呼び出そうとしている人物は
「っせーなぁ!テメー馬鹿の1つ覚えみてーにしつこく鳴らしてんじゃねーよ」
ヤンキー丸出し。と言った様子で乱暴にドアを開けた人物だ。
青年と比べている所為か、元より高めの身長が更に高く見える。
中性的に、やけに整った顔は、まだ起ききっていないのか不機嫌そうに眉を寄せていた。
ちなみにこう見えても、女性である。
女性として見れば割りに美人だが、遠目から見れば顔の良い男性にも見える。
一応髪を纏めている所を見ると、身支度の途中だったらしい。
「誰が馬鹿だ。起こしてやったんだろうが」
「起きてたっつーんだよ。毎日毎日寝坊しねーよるせーなぁ」
「そう言って、毎日寝過ごしてるだろうがお前!」
口の悪いのはいつもの事なのか、青年は呆れながら返す。
しかし時間も無いのか、強引に話を切り替え、急かし始めた。
「ホラ!早くしないと日直の生徒が来るだろう!」
「あ゛ー。わぁったわぁった。わぁったからちったぁ落ち着けや緋村ー。センセーだろぉ?」
「お前も教師だ!!」
「あーへーへー。わっかりやしたよ緋村センセー」
「!!」
緋村と呼ばれた青年は、短い髪を振り乱しながら、怒鳴る。
と呼ばれた彼女は、手をヒラヒラ振りながら軽く彼をあしらった。
この2人、朝っぱらからこんな傍迷惑な遣り取りをしているが・・・
これでも、将来有望な若者達を育成する役目を担う、高校教師である。
「まったく、本当に教師としての自覚が無いなお前は!!」
「朝っぱらから耳元でギャーギャー騒ぐんじゃねーよ。キンキンすらぁ」
「お前が真面目になれば、俺だって小言を言う必要が無くなるんだ!!」
「別に言わなきゃ良いじゃねーか」
「・・・うるさい」
まだ殆ど人影の無い道を、2人(主に緋村が)騒ぎながら歩く。
とんだ近所迷惑である。
「大体よぉ、バイクで行けば間に合うじゃねーか」
「バイクでの登下校は禁止されてるだろうが!!」
「ったく、頭がかてーなぁ。学校のちゃちぃ規則なんて守らなくて良いんだよ」
「お前教師だろうが!!もっと生徒の手本となるように振舞え!!」
「ンな口うるせー教師は学校に1人いりゃあ良いんだよ」
「・・・誰だ?」
「お前」
「・・・お前なぁ・・・!!」
テンションの低いに、緋村が拳を震わせながら怒鳴る。
いつもの朝の遣り取り。
「・・・アレ、今日の日直誰だっけかー・・・」
「・・・・・お前、自分のクラスの事くらい把握しておけ」
「お前のクラス誰よ」
「相楽だ」
「フーン」
「・・・で、お前は?」
「あー・・・アレだ。・・・神谷、神谷」
「そうか・・・」
思い出したに、緋村はふぅと安堵の息を吐きながら言う。
「ンだよその溜息」
「お前が思い出さなかったら、頭殴ってやろうと思っていたからな。良かった」
「女に手ェ出しちゃいけねーだろ」
「男女平等だ」
「ンなジェンダーフリー、クソ喰らえだっつーの」
前髪を掻き揚げながら舌打ちをする。
相当柄の悪い性格らしい。
「あー、つーかよぉ」
「何だ」
「お前、テスト作ったか?」
「・・・・半分くらいは」
「げ、半分作ったのかよ」
「・・・お前、手、つけてないだろ」
「まぁ・・・」
「まぁ・・・じゃ、ない!!」
そろそろ中間の始まるこの時期。
まだテストを制作していないと言うに、緋村が額を押さえる。
「・・・・・早く作れよ、お前」
「いや、ンな事言ってもよぉ、お前俺保健だぜ?子作りから出題しろっつってもなぁ」
「もう少し別の言い方無いのかお前・・・!!」
「オメー、アレだろ。古典、何出すんだよ」
「・・・今は漢文をやっているから、漢文だな」
「あー・・・嫌ぇだ」
「お前の好き嫌いなんざどうでも良い」
「あ、そ」
お互い疲れて来たのか、静かな調子で会話を始める。
だがこの2人が騒がないと、本当に閑散とした住宅地。
歩いている学生の姿も、殆ど見られない。
「・・・俺等んトコってさぁ、ウチの生徒いねーよなぁ」
「あぁ、確かにな・・・」
改めて周囲を見回し、言う。
緋村もそれには同感の様で、同じく少し首を動かした。
元より人が少ないが、偶に見られる生徒の姿も見知らぬ制服。
担当の生徒は勿論、違う学年の生徒すら見ない。
「ま、ここは遠いからな」
「だからバイクで行きゃあ早いっつーんだよ」
「だからだなぁ・・・!!」
再び似た様な遣り取りを繰り返しながら、20分歩いて漸く駅へと辿り着いた2人だった。
「あー、疲れた疲れた」
「俺がだ」
「お前一々突っ込むんだモンよ。黙ってりゃあ良いのに」
「まずお前が黙れ!」
職員室へと着いても、まだ同じ遣り取りを続けている緋村と。
近所だけでは飽き足らず、職場にまで迷惑を掛けている2人である。
「あのー、先生」
「あ?あぁ、神谷か。入れ入れ」
「失礼しまーす」
長い黒髪をポニーテールにした少女が入って来る。
可愛らしい顔立ちだが、少々釣り上がった目とキリッとした眉が、気の強さを物語っていた。
「あ、れ?緋村先生・・・」
「ああ、神谷さん。おはよう」
「お、おはよう御座います」
頬を赤らめて、俯き加減に言う薫に、緋村はごく普通に返す。
「猫被り面してんなよテメー。鳥肌立っちまったぜ」
「うるさい」
あえて否定はしない緋村。
自覚があったらしい。
「?」
「あー、何でもねぇよ。それよりホラ、日誌とプリント」
「あ、はい」
「わかってると思うが、日誌は放課後俺の机の上に置いときゃ良いから」
「え?先生に渡さなくて良いんですか?」
「あー、お前部活やってんだろ?俺その時間もう帰ってっからよ」
「は、はぁ・・・」
「・・・お前、教師の癖に生徒より早く帰るな!!」
「るせーなテメーよぉ。他人の事なんざ放っておけって」
「お前の何処が他人だ・・・!」
握り締めた拳を振り上げたい衝動を必死に抑え、緋村が絞り出した様に言う。
一方の薫は2人の遣り取りに圧倒され、少し不安げに見つめていた。
「あー、特に連絡ぁねーよ、以上」
「あ、はい・・・えっと、失礼します」
控え目に職員室を後にした薫を見送り、が頭の後ろに腕を組む。
態度が悪いと窘める緋村に構わず、ギシリと背凭れに寄り掛かる。
「青春だねぇ」
「は?」
「いや、何つーの?恋する乙女は可愛いねって話だよ」
「恋する乙女?」
首を傾げる緋村に、はあぁと1人納得した様に呟く。
コイツは鈍いんだった、と。
「テメーよぉ、女心ってのをちったぁ勉強した方が良いぜ」
「な、何がだ!大体お前に言われたくない!!」
「あ?テメ、俺ぁ女だっつーの」
「俺より男らしい癖に何言ってる」
「テメーがなよなよし過ぎなんだよ女顔」
「う、うるさい!・・・で、恋するって?」
すぐにカッと熱くなるが、今はの発言の方が気になるのか、すぐに声を抑える。
「お、少しは学習したか」
「う・る・さ・いっ。・・・まさか、恋する乙女ってお前の事じゃないよな・・・?」
「テメーもう鈍いとかそう言う次元じゃねーよ。ちょっと脳味噌アレだって」
「アレって何だアレって!・・・まぁ、乙女って事は、神谷さんだろう?」
「そーそー」
「・・・お前に恋してる、とか?確かにお前は男みたいだが・・・」
「おーい、保健室の先生呼んでくれやー。ここに重病患者がいらぁ」
「だ、誰が重病患者だ!!それに高荷先生は、今日出張でいないだろう!!」
憤りながらも律儀な返しに、は呆れた様な表情。
しかし説明するのは些か面倒だと悟ったのか、さっさと話を切り替えた。
「さーてと、俺ぁ便所で煙草でも吸ってくっかなー」
「こ、こら!まだ話は終わっていないぞ!!おい!!」
「1人で解けたら花丸やんぜ、緋村センセー?」
「!!」
馬鹿にした様な口調で言い捨て、職員室を後にする。
残された緋村は、それに憤りながらも、考える。
けれど、いくら考えてみても、良くはわからず。
またが戻って来たら再度聞こうと、一人心に決めた。
そうしてまた、同じ遣り取りを繰り返すのは、お馴染みの光景と化している。
ダメ教師2人の、いつもの朝。
END.
ダメ過ぎる。(主人公も緋村も)
どっちが生徒だみたいな教師。
多分お互い同じマンションで、隣同士だよ、部屋。
ほんの出来心なので、シリーズ化はしないと思う。
気紛れなので。