「おいおいお嬢、鍋焦げてんじゃねぇ?」
「え?きゃーーっ!!ヤダ!早く言ってよさん!!」


薫殿の事は、『お嬢』と呼ぶ。


「おい童、剣術修行は良いのか?」
「童っつーなってば!!」


弥彦の事は、『童』と呼ぶ。


「おい小僧、テメーちょっと酒買って来いよ」
「なっ・・・パシリに使うんじゃねぇっての!!」


佐之の事は、『小僧』と呼ぶ。


「やべー、縫い針さんに包帯貰いに行くかー」


恵殿の事は、『縫い針さん』と呼ぶ。





では、俺の事は何と呼ぶかと言うと・・・





「おーい抜っさん、何呆けた面してやがんだ?オイ」





嫌がらせとしか思えない呼び名で、呼ぶ。












『2人の関係』











「嫌がらせに決まってんじゃねぇか」
「お前・・・」


サラリと言ってのけたこの女。

顔立ちは冷たい程に整っているのに、口を開けば落胆も激しいガサツな性格。

やたらと顔は、初恋の人に似ているのに、性格は今は懐かしい師匠の様だ。

乱暴だし、やたら自信家だし、背丈なぞ男の様に高い。

粗暴な言動に加え、喧嘩好きなのも頂けない。

いや、もっと頂けないのは、酒だ。

呑みすぎだろうと思う程に、飲む。兎に角飲む。

一瓶軽く空けてしまうのだから、見ているだけで吐き気がして来る。

更に、杯を使わずそのまま直接飲むのも、女としてどうかと思うのだが。

何処の親父だコイツ。


「おいおい抜っさん、すげー聞こえてるぜ」
「聞こえる様に言ったんだ」
「テメー、そう言うのは口に出さねーで心の中で愚痴るモンだろぉが」
「うるさい。お前に言われたくない」
「あー、はいはい。悪かったなぁ三十路」
「まだ28だと何度言ったらお前は・・・!!!」
「うっせーなぁ、どーせ30近いだろぉがテメー」
「お前だってそうだろうが!!」
「テメーよか若いぜ、1つ」

こちらを見ようともせず、相変わらず酒を煽るこの女は、本当に腹の立つ。

もう少し淑やかしてみたらどうなのか。

「・・・俺が淑やかに振舞うトコ、見てーのか?」
「・・・・・悪かった、気持ち悪いからよせ」
「素直が一番だよなぁ、三十路」
「だから・・・!!!」

ああ、もう。

この女には何を言っても無駄だと、わかっているのに。

・・・すっかり習慣になってしまった、この遣り取り。


「あ、剣心!」
「ん?・・・おろ、弥彦、どうしたでござるか?」
「なー、ちょっと剣術稽古してくれよー、薫じゃやる気んなんねぇよ」

最近はやっと薫殿の言う事を聞く様になって来た弥彦だが、歳が近い所為か、やたらと反発している。

その為か、こうして俺に稽古を頼みに来るのだ。

困った物だ・・・。

「いいや、ここはやはり薫殿に教えて貰うべきでござるよ」
「えぇー・・・・・うー・・・・・じゃあ、!」
「ダメでござるよ弥彦、あんなのに物事を教わっては、ロクな人間にならんでござる」
「言ってくれんじゃねーかテメェよぉ」

俺の本音に、が漸く視線をこちらに向ける。
だが相変わらず酒瓶は手にしっかと持ったまま。
どれだけ酒が好きなんだこの女は。

「大体、テメーに物事教わったってロクな人間には育たねぇだろ」
「・・・お前よりはマシだろう」
「どっこいどっこいじゃねぇ?」
「・・・・・・・」

まぁ、確かに俺の生き様を真似してみた所で、人生が狂うだけだ。
だがコイツの真似するより良いと思うのだが。

「・・・お嬢の料理の味見、して来るか?」
「夕飯時に食うのだから、良い」

薫殿には悪いが、流石に摘み食うにはご遠慮願いたい・・・その、味付け。
いや、悪気がある訳では無いのだが・・・俺も人間だ、無理な事もある。

「お嬢が泣くぜ?」
「だったらお前が行ってやれ」
「おーし童、テメーお嬢の飯味見して来い」
「な、何でだよ!?」

・・・お前も食いたくなかったのか・・・。
弥彦も可哀想に。

「いーから行って来いよ、そしたら相手してやらぁ」
「え、ほ、ホントか?」
「あー、本当本当、だからちょっくら行って食って来い、試練だ試練」

お前、薫殿の料理をそこまで言うか。
・・・わからなくもない自分が、少々悲しいが。

「お、おう・・・でも、絶対だぞ!?」
「わーったって」



の言葉を受け、弥彦が渋々薫殿の所へと向かう。

・・・いや、何もわざわざ味見なぞさせに行かんでも・・・。

何がしたいんだ、コイツは。


「暇潰しに決まってんだろ」
「・・・聞いた俺が間違いだった」
「ま、童が無事に戻って来たら、テメー相手してやれよ」
「な・・・お前が相手すると言ったんだろうが!」
「アイツが習いてーのは剣術だろぉ?だったらテメーの出番だろぉが」
「・・・・お前・・・なぁ・・・・」
「あー、俺ちょっと酒買いに行ってくらぁ。じゃ、後よろしく」
「待てこら!!」


さっさと外へと繰り出したを慌てて追い駆ける。

勝手な事を押し付けて、出て行くのか普通。


「何だよ抜っさん、アンタも酒買うのか」
「違う!」
「じゃ何だよ、ついて来んなよ気色ワリーなぁ」
「・・・お前・・・好きで追い駆けているんだと、思うか?」
「ハッ、随分物好きだなぁ」
「好きで追い駆けてるんじゃない・・・!!」
「じゃ、来んなよ」

確かに、嫌なら追い駆けなければ良い。
だが、コイツを1人にさせておくと、何を仕出かすかわからん。
少しでも心の負担は減らしておきたい。

「おいおい抜っさん、だからそーゆーのは心ン中で考えてろって」
「・・・それよりお前、いい加減その呼び名、どうにかならんのか?」
「何が」
「抜っさん。かなり嫌なんだが」
「俺は気に入ってんだけど、この呼び方」
「俺は嫌だ」
「テメーが嫌だからって、何で俺が変えなきゃなんねーんだよ」

コイツ・・・。
自己中心もここまで来れば褒めるに値するな・・・。

「大体、人の過去を抉る様な呼び名を・・・」
「テメー、自分でやった過去から逃げてんなよ。だから女顔なんだよったく」
「か、関係ないだろうが!!」

女顔なのは昔からだ・・・。
・・・あぁ、本当に腹立つ。

「るせーよ。過去なんざ、テメーが嫌で目ぇ逸らしたって、絶対そこにあるんだからよぉ」

不意に、胸を突く言葉を放つ。
だからコイツは侮れないのだと、思う。

「それに、今が平和だと、犯した罪なんざ薄れちまうモンだぜ」
「・・・そんな事は、無い」
「けどま、適度に自分は痛めつけて置いた方が良いぜー」
「そうか?・・・そうは思えないがな」
「微温湯の中に浸かってたら、何時の間にかその心地好さに慣れちまうもんだ」
「確かにな・・・」
「そんなのは、テメーがくたばりそうな時だけで良いんだよ。後は氷ン中に埋もれる方向で」
「何が方向だ。馬鹿」


時折。

本当に時折だけれど、コイツが浮かべる憂いを含んだ顔。

その横顔は、どうしても、初恋のあの人と被る。


その度に目を奪われるのは、自分でも癪なのだが・・・


「お?何だテメー、人の顔ジロジロ見やがってよぉ。惚れたかぁ?三十路」
「だ・・・から、お前は何度言ったら・・・!!!」




すぐにこうして現実に戻される。





あぁ、本当腹立つ。





「あー、童、今頃どうなってんだろうなぁ」
「薫殿の飯を食って、死に掛けてるんじゃないか?」
「おいおい、テメーも意外と言うよなぁ」

コイツ程ではない。

「ま、女顔との散歩も飽きたしなぁ・・・テメー、先帰って童の手当てしてやれよ」
「女顔と言うな。・・・それに、手当てと言っても・・・何をしろと」
「そうだなぁ、縫い針さんに胃薬でも貰って来てやったらどうだ」
「あぁ・・・」

それは効果がありそうかも知れない。
・・・いや、こんな事を考えては失礼か。

「・・・そうする」
「おー、素直が一番だよなぁー」
「うるさい」
「んじゃ、変な男に声掛けられんなよー?オネエサン」
「っお前は!!!」


そう怒鳴ったが、は既に後姿で、ヒラヒラと軽く手を振るだけだった。


そのまま、姿が遠ざかる。





ああ、本当に、腹の立つ女だ。


何が抜っさんだ。もう俺は抜刀斎ではないと言うのに。


本当に、人の神経を逆撫でる事に長けた奴。


淑やかにした所は流石に見たくないが、少々落ち着きを持っても良いものだろう。





だが、まぁ。





「・・・全く、結局、弥彦の相手をするのは俺か・・・」





そんなアイツとの遣り取りが





意外と心地好いのも、また腹が立つ要因の1つなのだが・・・なぁ。




























END.