激しい雨。
噎せ返る空間を支配するのは
湿った青の匂い。
煙草の匂い。
女の、声。
『破壊衝動』
「あー・・・ダル」
が、黒い髪を散らしながら、言う。
光の差し込まぬこの部屋で、彼女の白磁の肌は蛍火の様に映えた。
雑に敷かれた警官の制服。
その上に、無気力に四肢を投げ出したの隣。
「うるさい」
紫煙を肺から吐き出し、髪を掻き上げる男。
いつもは纏めている髪は、汗ばんだ肌に少しほつれている。
痩せている割にはしっかりと付いた筋肉の束が、薄い皮膚越しにハッキリ見えた。
「うるせーだぁ?あー・・・何か言う気も起きねー・・・」
「だったら黙ってろ阿呆」
「テメ・・・」
サラリと言われた台詞に、は苛立ちを隠さず舌打ちをする。
斉藤は、何も言わずまた煙草を吸い込んだ。
「まーた抜っさんに愚痴愚痴言われっぜ、朝帰りだと」
「フン、勝手に言わせておけ」
「ほーぅ?テメェ、アイツのしつこさ知らねーなぁ?」
額に腕を乗せ、ニヤリと気だるそうに笑う。
その声に、初めて斉藤は顔を彼女に向ける。
狼の様な鋭い眼が、を捕らえた。
「アイツも粘着質だからな」
「わかってんじゃねーか」
「貴様に対しては、特にな」
「嬉しかぁねーがな」
好きに酒も飲めない。と、相変わらずの悪態。
これを彼が聞いていたなら、また、小言の1つもあっただろう。
「なぁ、おい、三番」
少しの沈黙の後、が背を向けている斉藤を呼ぶ。
「何だ」
「灯りねぇの?」
不意の疑問に、斉藤は答えない。
ただ、手をヒラリと振り、無い事を示した。
「暗ぇんだよな・・・雨降ってっし、夜だし」
ほとんどと言って良い程に、何も見えぬ部屋。
ただ、斉藤の銜えた煙草の赤い火が、唯一の灯りだった。
勿論互いの顔なぞ、近づかなければ見えない。
視力の良いでも、ぼんやりと斉藤の輪郭を捉えるのが精一杯だ。
「別に困らんだろうが」
「いや、何かなぁ・・・酒の場所もわかんねーし」
「結局それか」
お約束だな。と、斉藤が呆れた様に言い捨てる。
それには構わず、は取り敢えず腕を伸ばし、酒瓶を探った。
ペタペタ・・・と、何かを触る。
「・・・コレ、お前?」
「俺以外にいるか、阿呆が」
「あー、テメェじゃなくて酒瓶触りてぇんだけど・・・」
すっと斉藤の身体に触れた手を引く。
いいや、引こうとした。
「!」
の腕が離れるより早く、斉藤が彼女の腕を掴む。
大男を軽く薙ぎ倒すその腕は、白く、細かった。
「・・・なんだよ」
「お前も、女だな」
「は?」
ボソリと呟いた直後、を己の下に組み敷く。
斉藤の空気に異常を感じ取ったのか、は微かに焦りの色を見せた。
「な、何だ。退けよ。つか酒取れ酒」
「憎たらしい女だな」
「何を今更」
嗤う様に言うが、斉藤には見えない。
だが、雰囲気と声色でそれは悟った。
ふ。と、斉藤の口の端が釣り上がる。
「っ!」
途端、の腕に力が入る。
本能が危険を感じていた。
知らず冷や汗が頬を伝う。
「フン、何をそんなに慌てている」
嘲るような斉藤の声。
血色の混ざる冷たい声。
「おいおい、テメェ、酔ったか?」
「貴様と一緒にするな」
「いや、お前変だぞ。いや、元からだけど、今は更に」
「殺すぞ」
は、腕力には自信がある。
剣心には腕相撲で勝てる程だ。
だが、目の前のこの男は、細身の癖して、中々に力が強い。
床に両手を押さえつけられると、身動きすら出来なかった。
「お、おい、三番、ちょっと嫌な予感すんだけど・・・?」
身体に緊張が走る。
雨の湿った空気に混ざった、異常なまでの殺気。
そして、狂気に。
「細い首だな」
斉藤が、優しく誘う様に呟く。
それが冷たく、恐ろしく、身が戦慄く。
するり。と、自然な動きで斉藤の手がの肌を滑る。
そしてそのまま、骨張った指の長い両手で、自らが細いと言った首を締め付けた。
ギシリ、ギシリと、軋む音がする。
「っ!?・・・っ・・・」
が眼を剥く。
いつも、ふざけ混じりに首を絞められた事は多々あった。
だが、今は違う。
異常なまでの殺気と、恐ろしい程の強圧な掌。
それらが、本気で殺しに掛かって来ている事を物語っていた。
「なっ・・・何すっ・・・っ!!」
「雨の所為だ」
斉藤は、緩い口調で答える。
だがその中に混ざった紅い狂気は、を戦慄させるに十分だ。
ギチギチと骨が鳴る中、雨の音だけが無情に響く。
「お前を見ていると殺したくなる時がある」
「?っ・・・っ」
「別にお前に憎しみを抱いてはいない。
だが、何故だろうな。
こうしてお前を抱いた後。
そのまま手を掛け、縊り殺したくなる」
淡々と機械の様に紡がれる異常な告白。
それを、は他人事の様に聞いていた。
いいや、きちんと考えられないだけ。
酸素が薄れる。意識が遠のく。耳が聞こえない。
けれど、何故か斉藤の声は良く聞こえた。
何。何だって?縊り殺したいだと。ふざけた事を。
言ってやりたい。が、声が出ない。
出る物と言えば、絞り出した呻き声、苦しそうな呼吸。
嫌でも響く、自分の骨が悲鳴を上げる音。
斉藤の力は一向に緩まない。
本気で殺す気だと、改めては思い知った。
せめてもの抵抗に、斉藤の腕に爪を立てる。
綺麗に整えられた桜色の爪は、斉藤の薄い皮膚に食い込み、破った。
爪と肉の間から流れ出す、煙草の火の様な、真っ赤な血。
「その顔が良い」
「?っ」
「苦痛に苦しむ、女の顔だ」
哂う斉藤を睨み付ける。
随分良い趣味をしているじゃないか、と。
「お前は、良い女だな」
それはどうも。と、話せる状態ならば言っていただろう。
けれど今は、話す所か、顔の筋肉すら自由に扱えないのだ。
いよいよ、軋む音が近くなる。
目の前が急速に暗くなる。
手に力が入らなくなる。
途端に楽になった。
ふっと意識が消える瞬間
――――!!!
一瞬の閃光の後、間を置いての、轟音。
恐らく何処かの木か何かに落ちたのだろう、凄まじい破裂音。
その瞬間、斉藤の手の力がほんの僅か緩んだ。
こんな隙を見逃す訳が、ない。
「っの!」
「!」
ドンッと、注意の逸れた斉藤の身体を思いっ切り蹴り飛ばす。
不意を突かれた斉藤は、の身体の上から消える。
急いで上半身を起こし、荒く呼吸を整えた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ」
「フン、良く生きてたな」
「テッ・・・テメッ・・・」
涼しい顔で言ってのける斉藤に、は涙の浮かぶ眼で睨む。
顔は酸欠の為青白くなっていた。
身体は異常に熱いが、今は構っていられない程、混乱している。
「つーか・・っ本気だったな・・・っ」
「ああ」
「野郎・・・っ・・・ざけんなってのっ」
「ついな。寝た後はどうしてもお前を殺したくなる」
「女抱いた後にソイツを殺すたぁ、中々良い趣味じゃねぇの」
漸く呼吸の落ち着いて来たが、先程言えなかった憎まれ口を叩く。
だが斉藤はまた新しい煙草を手探りで見つけ、火をつけていた。
「この・・・っ」
「雨の日は、調子が狂うな」
「俺を殺す理由が雨降ってたから。とか言ったら俺が殺すぞ、テメーを」
「好きにしろ」
「・・・テメー、今度俺を殺そうとしたら道連れにしてやっからな」
すっかり何時もの調子に戻り、下らない遣り取りを再開する。
はぁ。と、今生きている事への安堵を溜息として漏らす。
「それで。お前はいつまで裸でいる気だ」
「いや、服が何処だかわかんねー」
「また襲われたいか?」
「首絞められるのは却下だが、そっちは別に構わねーよ」
ふざけた口調で言うの頭を、斉藤が叩く。
「って・・・」
「阿呆」
「テメー、人の事言えた義理かよ」
「何がだ」
「殺人快楽者一歩手前じゃねーか」
先程の行動を、そう例える。
斉藤は特に反論しない。
「そうか」
「・・・そうかじゃねーよ」
「強ち間違ってもいない」
「うわ・・・」
お前は鵜堂か。
と、心の中で吐き捨てる。
だがまた気に障って首を絞められるのも嫌なので、黙っておいた。
「あー・・・首おかしい」
「良かったな」
「良くねーっつのクソ」
「だが・・・」
斉藤が言葉を切り、再びに向き合う。
先程の光景がフラッシュバックし、は無意識に構えた。
「俺はやはり、お前の苦痛に歪む顔が好きな様だ」
「あー、そりゃあ、どうも。俺はテメーが屈辱に塗れてる顔とか好きだぜ」
ヒクリと眉をひくつかせ笑う。
斉藤は、そんな彼女の髪を鷲掴み
の胸元に煙草を押し付けながら、噛み付く様な口付けをした。
END.
すみません!!(即謝る)
えっと、このシリーズでは、斉藤さん、ドSです。(!?)
主人公と剣心は、斉藤さんの良い玩具です。
オトナな関係、だけど・・・何か、悪友?みたいな感じで。
人の首を絞めたり、肌に煙草を押し付けるのは止めましょう。(当たり前)