東京の前。
旅の合間に立ち寄った小さな村。
そこで2人は、ある少年と出逢った。
『人殺し』
「ん?」
雨が降り止まぬ、この日。
小さな村と言っても宿はあり、これは幸いと泊まった剣心と。
いつもの様に窓の縁に腰掛け酒を煽っていたは、何かに気付いた様に声を上げた。
その声に剣心も反応する。
「何だ?」
「見てみ」
「?」
に言われ窓を覗き込むと、色とりどりの花を持った、少年。
まだ9つ程だろうか。
傘も持たず、ぬかるんだ道を懸命に歩いている。
「・・・少年?」
「あのガキ、さっきこの宿屋にいなかったか?」
「あぁ・・・女将と一緒にいたな」
「・・・ま、ちょっくら気になるな」
「そうだな・・・」
の言葉に剣心が同意する。
あまり他人の過去を詮索する気はないが、少々聞いてみるだけでも良いだろうと。
は、それ以上何も言わず、雨の音を肴に酒を再び煽った。
『ああ、あの子はね、両親が殺されちまったのさ。
酷いモンだよ。何もしてないのにさぁ。
他に身寄りも無くてね、ここで預かってるんだけども・・・・
毎日毎日、ああして墓に花を添えに行くんだよ。
すっかり元気も無くなってねぇ・・・
本当、不憫で不憫で、しょうがないよ』
雨の中、が1人歩く。
酒が切れたと剣心に告げたが、足は別の方へと向いていた。
「おい、ガキ」
と、墓石の前で座り込む少年を呼ぶ。
少年は、少し驚いた様に顔を上げた。
「風邪ひくぜ、傘ぐれぇ差せや」
「あ・・・・」
自分が持っていた傘の下に、少年を入れてやる。
少年は、俯いたまま、礼を言った。
「・・・ありがとう」
「別に」
そこから、少年は何も言わない。
も、特に何も言わず、花に彩られた墓を見る。
「・・・お前の親か」
「・・・・・うん」
「そうか」
そこで、また途切れる会話。
雨の音だけが、うるさい程に、絶え間なく続く。
「・・・・お姉ちゃん」
「何だ」
「どうして、お父さんとお母さん、死んじゃったのかなぁ」
ふと、少年が漏らす。
突然何だ。とは少年を見遣るが、俯いている為顔は見えない。
だが、その震えている声から、泣きそうなのだろうと考える。
「・・・さぁな。運が悪かったんじゃないか」
「運・・・?」
「ああ。人間の一生なんて、運で決まるモンだ」
「お父さんとお母さん、運がなかったのかな・・・」
「きっと、そうだろう」
表情を変えぬまま言うに、少年は漸く顔を上げる。
その顔は濡れていたが、雨の所為か涙の所為かはわからない。
「・・・僕、もっと強ければ良かった」
「ん?」
「僕が強ければね、お父さんとお母さん、運が無くても、死ななかったよ」
「そうか」
「うん。でもね、僕、お父さんとお母さんが殺されるの、見てただけ」
「・・・・」
「僕、強かったら、守れたのに。
お父さんとお母さんは、僕を守ってくれたのに」
両手で目を擦る少年の頭を、が軽く撫ぜる。
突然の行動に驚いた様だったが、特に何も言わず、少年はじっとしていた。
不意に、が言う。
「強くても、守れない物はある」
「・・・そうなの?」
「ああ。だって、お前の親父は、特別強かったか?」
「ううん・・・」
「でも、お前を守っただろう。家族を守っただろう。強さは関係ない」
少年は、目を少し丸くしながら、の話を聞いている。
ゆっくり、ゆっくり、その言葉の意味を噛み砕いて、理解しているのだろう。
呆然と、でも、しっかり、を見上げる幼い瞳。
「お前はまだ子供だ。これからを生きなければならないだろう」
「うん・・・」
「そして、お前の親が守ってくれた命、大切にして、家族を守れる大人になれ」
「うん、そうする・・・」
頷く少年。
は、そんな少年の頭を、もう一度撫でた。
「大丈夫だ。まだ癒えていない傷を広げる覚悟で事を話した。
それだけでも、十分にお前は強いから」
少年は、また少し、泣いた。
帰り道。
ぬかるんだ道を歩くと少年。
少年はもう泣かず、必死に転ばぬよう歩いている。
は特に手は貸さず、ただ少年が濡れないように歩調を合わせているだけだった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん」
「お姉ちゃんは、家族いる?」
少年の意外な問い掛けに、は少し考える。
そして、軽く笑いながら、教えてやった。
「5人家族だった」
「だったの?」
「ああ、まず、母親は病で死んだ」
「そっか・・・」
「父親と弟は行方知らず。生きてるのかどうかも知らない」
「後の1人は?」
その疑問に、は一瞬だけ黙る。
けれど、次の瞬間には、もう普通の表情へと戻っていた。
「・・・殺されたよ、姉は」
何て事無い様に、サラリと平坦な口調で言う。
少年の方は、ショックを受けた様だった。
「・・・お姉ちゃんも、家族、殺されたんだね」
「ああ。ま、殺されたのは姉だけだ。後は全員どっかに行っちまっただけ」
母は死んだが。と、軽く付け足す。
少年は、当たり前の様に言うが、とても強い様に思えた。
「悲しかったよね」
「まぁな。けど、死に目に会った訳じゃない。
弟が教えに来たんだ。姉は殺されたって。
・・・後は、墓参りに行って、それきりだ」
「そうなんだ・・・」
少年は、歯切れ悪く黙る。
何かまだ聞きたいのだろうと、は察してやった。
そして、少年に何気無く声を掛ける。
「他に、何か聞きたい事あるか?」
「あ、えっと・・・」
「別に、何でも答えてやるよ」
「・・・・お姉さんを殺した人、知ってる?」
犯人の事だろうか。
まぁ、そうだろう。
そう考えつつ、また少し間を空けてから、答える。
「・・・さぁ、な」
「?」
先程までハッキリと答えていたの、突然濁した答え。
けれど、少年は聞かなかった。
聞けなかった。
「おら、この傘持って、先帰ぇれ」
「え?」
漸く開けた道に出た途端、は少年に傘を押し付けた。
「俺は、酒買ってから帰るからよ」
「でも、お姉ちゃん、濡れちゃうよ」
「馬ァ鹿、ちょっと濡れた所で、何て事ねぇよ。ガキは素直に甘えてな」
笑うに、少年は漸く笑顔を浮かべる。
そして、渡された傘をしっかり握り、に手を振った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
そう、元気の良い声で言うと、行きには見られなかった足取りで、帰路を辿って行く。
その後ろ姿を見送った後も、はその場で立ったまま。
ありがとう。それは何の礼だろう。
傘の礼か、それとも・・・。
まぁ何にせよ、心からの礼は受け取っておこう、と、は口元に笑みを浮かべる。
姉を殺した人間か。
さぁな、と濁した物の、実は知っている。
その、姉を殺した奴とは
「!」
緋色の髪をして
「おい!何やってるんだ、そんな所で!」
左頬に、大きな十字傷を持った
「全く、あまりに遅いから様子を見に来て見れば・・・さっき、少年と擦れ違ったぞ」
嘗て
「おう抜刀斎さんじゃねぇか、出迎えご苦労さん」
と、呼ばれた男。
END.