諸国を流浪する1人の男。


そして、同じく旅をする1人の女。



この2人が出会ったのは、互いが迷った森の中。








『邂逅』








「ふぅむ・・・迷ったか・・・」


左頬に十字傷のある男

緋村剣心は、太い木の幹に背を預け溜息を吐く。

このだだっ広い樹海の中で迷えば、溜息も吐きたくなるだろうが・・・。


「困った・・・」


そろそろ食料も無くなって来ているし、今日には森を抜けたかったのだが・・・と、頭を掻く。

もう空は橙から紺碧に色を変え始めていると言うのに・・・。



さてどうした物か・・・と思案顔になったその時



ガサッ。

ガサッ・・・。



何者かが、草を掻き分けて近寄って来る。

敵意は無いものの、剣心は咄嗟に刀に手を掛けた。






「あ?何だ・・・人がいたのか」






少しの間を置き顔を出したのは、精悍な顔立ちをした女。

それを見止めると、剣心は刀から手を離した。


「お主は?」
「あ?ああ、ちょっくら旅してるモンだよ。アンタは」
「拙者も同じでござるよ」
「ふーん」

あまり礼儀が良いとは言えない口調で、美しい顔の女が答える。
それに、剣心も簡潔に返した。

「アンタ、出口わかる?」
「え?」
「この森の出口」
「あ、いや・・・」

突然の女からの質問に、剣心は少し言葉が篭る。
不意を突かれたのだから仕方が無いが。

「すまんでござる。拙者も今迷っているのでござるよ」
「なんだ、そうか・・・。ま、仲間がいて良かったわな」

剣心の返答を聞いても、元より然して期待をしていなかったのか、女は平然と言う。
それどころか、仲間がいて良かったとケロリと言ってのける。

そしてドサリと剣心の隣に腰を降ろすと、腰にぶら提げていた酒を煽り始めた。

「おろ・・・酒でござるか?若いおな子がそんなに・・・」
「若いっつっても、27だぜ。10代には敵わんね」
「まだ若いでござらぬか」
「そーゆーアンタは幾つだよ。若作りっぽいけど」
「わ、若作り・・・・若作りしているつもりは無いのでござるが、28でござるよ」
「1上かぁ・・・見えねぇな。っつかもう30じゃねぇか」
「まだ20代でござるよ」
「ほぼ30だろ」

冷ややかに整った顔に合わない粗暴な言葉遣いと仕草に、剣心は少し不思議な気持ちになる。

今までこう言った女性をあまり見た事がなかったし、何より雰囲気が違う。

だがその野生の獣の様なオーラの中に馴染み易い空気があるのだ。


何となく、外見は自分の初恋の人に似ている。

が、酒好きな所や口の悪さは、久しく会っていない師に似ている。

その事に気付き、剣心は困惑した。


「で、アンタ名前は?俺は
「あぁ・・・拙者は緋村剣心」
「フーン・・・・・・・刀持ってるね。剣客さん?」
「そうでござるよ。とは言っても、この刀では人は斬れぬが」
「へー」

女は興味が無さそうに相槌を打つ。
そして再び酒を煽りながら、話を続けた。

「アンタも旅してんだろ」
「そうでござるよ。確か、殿も・・・」
で良い。殿なんかいらねぇ」
「そうでござるか?」
「背中がこそばゆくなるから」
「では・・・

女性に殿をつけずに呼ぶのは、巴以来かも知れない・・・と、呼びながら朧気に考える。
殆どの女性には”殿”をつけて呼んで来たから、何だか慣れない。

も、旅をしていると言っていたでござるな」
「ああ。ちょっと流れてみたくなってな」
「そうでござるか・・・・・」
「そ」
「・・・って、どれだけ酒を呑むのでござる」

ぐいぐいといくに危機感を覚え、苦笑いを浮かべながら止めてみる。
だがは全く意に介していない様子で返した。

「平気だよ。いつもだ」
「いつも・・・;;」

毎日そんなに飲んでいたら、自分なら確実に死ぬ。
実際、毎日毎日酒を飲んでいる師匠を見ているだけで、気持ちが悪くなった事もあった。
最もそれは子供の頃の話だが・・・。

「で、だ」
「?」
「アンタも迷ってんだよな。確か」
「あぁ・・・そうでござるよ。食料も尽きて来たし、今日にも抜けたかったのでござるが・・・」

この調子では無理そうだ。
と、苦笑いで言ってみた。

「やっぱねぇ・・・この森色々複雑だよなぁ・・・」
「おろ。知っているのでござるか?」
「入ってみりゃわかんだろ」
「・・・そうでござるな」

ふぅ。とやっと酒の蓋を閉めたに何となく安堵しながら、チラリと見てみる。

顔は冷たいながらも整い、身体も、女性ですら見惚れてしまいそうな程の美しい肢体だ。

なのに無造作に束ねた短い髪とその口調、そして仕草は、どう見ても男。

少し勿体無い様な気がしなくもない。

「何だよ、人の事じろじろ見て」
「あ、失敬・・・って、その風呂敷は?」
「あ?あぁ、コレか・・・さっき酒と一緒に、野党共からかっぱらって来た飯」
「・・・追い剥ぎでござるか」
「ちょっと違う。向こうが喧嘩吹っ掛けて来やがったから、ちょっと交渉して酒と食料頂いたのさ」
「・・・交渉?」
「・・・・拳で」

思い切り訝しんでいる剣心の声に、は素直に答えた。
その言葉に、やはりか・・・。と、呆れた表情を浮かべる。


会ってまだ半刻も経っていないのに、この馴染み具合は何なのだろうか、と、自分で疑問に思う。


元より人付き合いは上手い方だが、心休まって会話出来る相手など、師匠と巴くらいだったのに・・・と。

人見知りが激しいのだな。と思っていたが、そうでも無いらしい。

「アンタ次は何処行こうと思ってんの?」
「次でござるか?そうでござるなぁ・・・特に決まってはおらんのでござるが」
「ふーん。・・・だったらさぁ、俺と東京行かねぇか?」
「東京でござるか?」
「そ。東京見学」

思いもよらない言葉に、剣心は目を丸くする。

「こっから結構近ぇしな。森抜けられりゃぁ、すぐなんだよ」
「そうでござるか・・・それも良いでござるな。しかし、拙者とで良いので?」
「ああ、アンタが嫌じゃなけりゃあな。短い間でも、話し相手がいりゃあ何かと楽しいだろ」

それはそうかも知れない。
それにには、何となく心が開けそうな気がする。
と、頷き了承する剣心。
その反応を見て、は狼の様な軽い笑みを浮かべた。


「・・・男みたいでござるな」


ついぽろりと出た本音に、剣心がハッと口を閉じる。
初対面の人間に、流石に失礼だったろう・・・と、を見てみると、やはりポカンとしていた。
しかし次の瞬間には短く噴出し、先程と変わらぬ口調で話し始めた。

「へぇ・・・ま、アンタは結構女みてーだよなぁ」
「・・・そんな事はないでござるよ」
「ンな事ぁねーだろ。少なくとも俺よりは女っぽいんじゃねぇの?」

剣心の言葉は、全くと言っても良い程気にしていないらしい。
従来そう言う性格なのであろう。
それに気付き、ほっと溜息をつく。


そのまま、互いの事を殆ど知らないまま、時間を過ごした。








夜も更け、の食料を分けて貰い、何とか人心地つく。

アレから色々と話し、自分でも驚く程に溶け込んだ。

最も、互いの出生等の事は話してはいないが。


「・・・?」


そう言えば、と言う風に、の名を呼ぶ。

火を燃やす為の枝を取りに行ったなのだが、暫く戻って来ていない。

まさか迷ったか・・・?

と、案じていたその時、の気配が近づいて来た。


「よぉ」
「遅かったでござるな・・・」
「まぁな。ちょっと来いよ、面白ぇモンがあった」
「?」

相変わらず不敵な笑みを口元に湛えながら、が先を行く。

その闇に溶け込みそうな後姿を、見失わぬようにと慌てて追った。






「・・・・熱気?」


の背を追って少し、何やら頬に包み込む様な熱気を感じる。

加えて、湯の匂い。


「ほら、見てみろよ」
「・・・これは・・・・・温泉でござるか?」
「そ。たまたま見つけたんだよ」

そこには、自然に湧き出ている温泉。

岩で囲まれたその湯は、ゴポゴポと下から溢れて来ている。

「ほぅ・・・良いでござるな」
「だろぉ?酒もあるし、飲もうぜ」
「まだ飲むのでござるか・・・って」
「あ?」
「今のは、拙者も共に湯に入れ・・・と?」
「そうだよ」

何を当たり前な事を聞いているんだ。とでも言いたげな表情のに、剣心は頭を抱えた。


今し方出会ったばかりの女性と、風呂に??


常識で考えたら、そんな事出来る訳もない。
それに濁り湯とかならば兎も角、ここの温泉は綺麗に透き通っている。

勿論、身体を覆う布など無い。

あると言えば彼女の持っている酒くらいだ。


「出来る訳なかろう・・・」
「何だよ、遠慮してんのか三十路」
「なっ、まだ28だと・・・って、そんな事は関係ないのでござるよ;;」
「ま、良いじゃねぇか。裸の付き合いってのも大事だぜ」
「しかし・・・;;;」
「よしわかった。俺ぁ今だけアンタの事を女だと思ってやるよ。そうすりゃ恥ずかしくねぇだろ」
「馬鹿かお前は!!」


のからかいに、思わず地が出た。


あ。と思い、慌てて口を塞ぐ。


確かさっきもこんな事が・・・とちょっと余計な事を考えていると、の喉から笑いが漏れた。


「ククッ・・・アンタ面白いな。そこまでして猫被ってんのも珍しい」
「・・・・・・・・」
「別に普通に話せば?ま、無理にとは言わねぇけどよ」
「・・・・・・・・」
「オラ、入ろうぜ。お・ね・え・さ・ん」
!!!」
「あははは」


わざとらしく区切って言うに、思わずカッと顔が熱くなり、デカイ声を上げる。

その反応が面白かったらしく、声に出して笑う


ならお前の事を男と思ってやろうか・・・と、剣心はその反応を見て密かに考えた。


















END.


出逢った時の2人。逢った時からこんな感じ。