この状況はどうした物か。
と、は頭を掻きながら思案する。
今のこの状況。
周囲には柄の悪い大男が数人。
まぁ、軽く伸せる相手ではあるが・・・
こんな良い陽気の日、無駄に汗を掻くのは些か避けたかった。
(さぁて、どう逃げるかな・・・)
と、考えを巡らせた、その時。
「何してるんだ、貴様」
良く通る良い声が、の元へと届いた。
『警官と逢い引き』
「お。三番じゃねぇか」
その声ぬ主は、元新撰組三番隊隊長、斉藤一。
最も、現在は警部補藤田五郎として生活しているが。
何やら騒動を聞きつけ、イヤイヤながらも来たらしい。
「・・・ちょーど良いな」
「何がだド阿呆」
「おーまわーりさーん、後は頼んだ!!!」
「なっ・・・」
素早く斉藤の背後に回り込み、蹴りを入れる。
不意を突かれ、斉藤はそのまま男達の中によろめく。
その隙には素晴らしいダッシュで逃げたらしく、もう後姿も見えなかった。
「・・・・・あの女豹・・・・・」
残された斉藤は、不機嫌そうに煙草の煙を吐き出した。
「あーぁ、疲れた疲れた」
斉藤に無理矢理あの男達を任せた後。
は誰も居ない土手で寝そべっていた。
お約束の様に、酒瓶は片手にしっかりと持っている。
「・・・アイツ、もうそろそろ片付けたかぁ?」
まぁ、あの男の事だ。
どうせ無傷だろう。
と、勝手に自己完結。
そのまま何をするでもなく、高い青空ををぼーっと眺めていた。
その時。
ゴッ。
と、鈍い音と共に頭に響いた、鋭い痛み。
「〜〜〜っ・・・・てぇなぁこの狐野郎がよぉ!」
「うるさい馬鹿が」
「・・・三番、テメェ女の脳天蹴り飛ばすたぁどう言う了見だ、ぁあ?」
「貴様の何処が女に見える」
「見た目からして女だろうが」
「中身は男だがな」
「女だっつーの、見た目が女で中が男なのは、抜っさんだ」
「・・・確かにな」
そこは特に否定せず、サラリと認める斉藤。
ここに剣心がいたなら、顔を真っ赤にしながら、激しい身振りで激昂していただろう。
「さて・・・と」
「あ?」
斉藤が、一息吐いてからの真後ろに腰を下ろす。
何だ。とが振り向こうとした瞬間
「っ!!・・・っ、て、め・・・・!!」
す・・・っと斉藤の両腕が伸ばされ、そのまま勢い良くの首と頭を締め付ける。
ギチギチと音が聞こえて来そうな程、強く。
不意の攻撃に、は苦しそうな声を絞り出した。
「こっ、の野郎・・・っ・・・・っだぁぁ!折れるっての!首!首!」
「そうか、良かったな」
「良くねーっ・・・ての!っの・・・真昼間から、女をオトそうなんざ、良い度胸じゃねぇかよぉ!」
「オトす?フン、殺そうとしてるだけだ」
「尚悪ィじゃねぇかクソ・・・!!」
苛立った様に口を吊り上げて笑うに、斉藤は無言で更に力を加える。
ミシミシ・・・と、微かな音がの首から聞こえた。
「ま、待て待て待て!折れる!本気で折れるっつーの!!」
「折ろうとしてるんだ」
「クッソ狐・・・!!」
悪態を吐くも、斉藤の両腕は一向に緩まない。
そろそろ本気で生命の危機を感じ取ったは、投げ遣り気味に叫ぶ。
「わぁった!わぁったって!!礼はするよ仕方ねぇなぁ・・・っ!!」
「何が仕方ない、だ。当たり前だろうが」
「大体、率先して揉め事解決すんのは警察の役目だろぉが・・・っ」
「貴様が勝手に起こした喧嘩なんぞ、俺が始末する時間が勿体無い」
「テメ・・・言うじゃねぇかクソ警官」
漸く斉藤の腕から開放され、ケホッと軽く咽る。
そして、首を少し動かした後、先程締められた時に落とした酒を手に取り、立ち上がった。
「あー・・・ったく、昼でも奢るって。蕎麦で良いだろぉ?」
「安上がりだな」
「っせーな、さっき酒買ったからあんま持ち合わせねーんだよ」
「左党」
「自覚してる」
さっさか歩くの半歩後ろを、紫煙を揺らしながら斉藤が歩く。
鳶の甲高い鳴き声が、抜ける様な空に円を描いて響いた。
「蕎麦なんざぁ、久々だな」
「お前は酒さえあれば何でも良いんだろうが」
「馬鹿にすんなよ、ツマミは大事だぜ」
「そうか、良かったな」
「聞いてねーな、テメェ」
構わず蕎麦を啜る斉藤に、は苛立ちを交えて呟く。
だがこの程度で青筋を立てていては切が無い。
経験上良くわかっているので、自分もとっとと箸を付けた。
「つーかよぉ」
「何だ」
「俺、またそろそろ旅に出ようかと思ってんだよな」
「・・・抜刀斎はどうする」
「そこが問題」
の突然の台詞に、最もな疑問を呈する斉藤。
何せ、ずっと共に旅をしていた2人だ。
ここで袂を分かつのは、そう簡単な事ではない。
「前にさぁ、東京着く前な。1人で旅するっつったら怒られたよ、三十路に」
「アイツも他人に対する依存が大きいからな」
「そうなんだよなぁ・・・精神脆いし、人は殺めないなんっつって、簡単に抜刀斎に戻るし」
本人がいないのを良い事に、斉藤とは剣心に対して少々手厳しい事を言う。
最も、昔を知っている2人だからこそ、言うのだろうが。
「あー、本気でうぜぇなぁ・・・偶には酒飲んでも文句言われねぇで生活したい」
「抜刀斎がいる以上、無理だろう」
「だから言ってんじゃねぇか」
「・・・それに、もし旅に出るとして、何処へ行く」
「そうだなぁ・・・京都にでも行くかな」
意外な場所に、斉藤は思わず箸を止める。
「・・・葵屋にでも泊まるのか」
「ま、頭目に頼めば何とかなるだろ。いざとなったらお師さんもいる」
蒼紫と比古。
彼女はこの2人と親しいし、葵屋の面々とも仲が良い。
確かに、旅の支度を整えるには、丁度良い滞在場所だろう。
「・・・あっちには、墓もあるしな」
「墓?」
「おう、姉の」
「・・・そうか」
斉藤は、それだけ言ってまた箸を進めた。
あまり詮索すべきでは無いと判断したらしい。
意外と気が回る男だと、は軽く笑う。
「あー・・・こんな話してたら、行きたくなった」
「上手く抜刀斎を撒ければの話だがな」
「・・・・夜こっそり抜け出す・・・・とか、無理だよなぁ」
「アレでも一応、最強を名乗った男だぞ」
「やっぱ?」
最初から無理だとわかっていたらしく、サラリと諦める。
しかし一人旅をしたいのは本気なのか、また新たな案を練り始めた。
「そぉだなー・・・酒買いに行ってる最中に、東京出るか」
「それも良いんじゃないか」
「そうすっか・・・」
「・・・で、お前は何でそんなに出て行きたがる」
「いや、気分」
それ以外に何がある。と、は眼で斉藤に言う。
そうか。と、斉藤は興味なさ気に相槌を打った。
「それに、アイツ俺に依存してるし」
「確かにな」
「・・・一緒になんざいらんねーんだし、ここいらで離れても良いだろ」
「いずれ消える気か」
「まぁ、何つーか・・・・な」
何か過去に、抜刀斎と因縁を匂わせる。
いつもそれが何なのかはわからなかったが。
それでも、一言で片付けられない事情があるのを、斉藤は感じていた。
「お前も中々複雑な女だな」
「お?何だ、テメーに話したか?俺の過去」
「・・・聞いた事はないな」
「ふぅん・・・ま、今度話してやるよ。酒でも飲んだ時に」
「今夜にでも飲むか?」
「・・・・・奢らせる気だろ」
「無論だ」
「この野郎・・・」
涼しい顔で言う斉藤に、は眉をひくつかせる。
「・・・・まぁ、お前が京都に行ったら、抜刀斎は荒れるだろうな」
「宥めてやれよ、また人斬りに戻ったりしねー様に」
「ふざけるな。アイツが荒れて抜刀斎に立ち戻るなら、願ったりだ」
「あー、確かに」
コイツは抜刀斎にしか興味ねーんだった。
と、今更ながらに思い出してみる。
結局決着はどうすんだかなぁ。とも。
「アイツが抜刀斎に戻らなかったら、テメー決着つけらんねーな」
「あぁ。以前神谷道場で折角アイツが戻ったのに・・・貴様が、な」
「いや、俺の所為か?」
「それ以外にあるのか」
斉藤に不機嫌そうに睨み付けられ、はあー・・・と仰ぐ。
確か、初めて斉藤が道場に来た時。
抜刀斎に立ち戻った時に止めたのは、だった。
「だってよぉ。アレだよ、前々から頼まれてたんだよ」
「何をだ」
「自分が抜刀斎に戻る様な事があれば、止めてくれーって」
「・・・ほぅ」
「・・・まぁ、甘ったれてんじゃねぇ。って話だがな」
一回ぐれーは大目に見てやろうと思ったんだよ。
と悪びれなく言うを、斉藤は少し恨みがましく見遣った。
「あー・・・アレだ、次はもう俺ぁ手出ししねーから、殺すなり何なり好き勝手にしろ」
「貴様に言われずとも」
「だよなぁ」
遠慮はしないだろう。
特にこの男は、冷静に見えて意外と好戦的だ。
「・・・そうだな」
「あ?」
「貴様が消える事で緋村が抜刀斎になり掛けると言うなら、手伝うが」
「何、撒いてくれんの?」
「フン、まぁ貴様と抜刀斎次第だな」
「・・・今夜奢るって。なんだったら今天麩羅つけてやっても良いぜ?」
斉藤の言葉に、は真顔で言う。
「・・・・夜、徹夜で付き合う覚悟はあるな?」
「ハッ、上等じゃねーの。何だったら三日ぐれー相手してやるけど?」
「ド阿呆が」
の軽口に、斉藤は溜息を吐く。
そして店員を呼び、が言った通りに天麩羅を注文していた。
が旅に出る少し前の、良く晴れた一日。
END.
この数日後、彼女は東京から姿を消します。
京都の地へと向かったのです。
勿論、剣心は必死で追い駆けます。
多分その時は、薫達の心情を身を以って経験するのでしょう。
主人公が京都に着いた話は・・・。
・・・・えっと、気が向いたら書きます!