珍しい物を見つけた。
氷色の髪に、血色の目をした、女。
若いが、見目麗しい、氷の女。
「あ・・・・」
木陰に潜んでいたソイツは、俺の顔を見ると脅えた様に肩を揺らした。
丸い、血色の瞳は、絶望と恐怖の色でドス黒く濁っている。
「こ、殺さないで・・・」
「・・・・何を脅えている」
鈴を転がした様な声が届いた。
だがそれは細く、今にも途切れてしまいそうだ。
「お前、氷女だな?」
「そ、う・・・です・・・お、おねがい・・・殺さないで・・・」
「フン、氷女がこんな所で何をしている」
問うと、その氷女はビクビクと俯いた。
元より氷女は、結界に閉ざされた氷河の国に生息する種族。
それも、その国は遥か上空に存在する。
そこに住まう氷女が、こんな血と死の匂いに塗れた下界に?
「落ちたのか?・・・いいや、落ちたのなら、生きてはおらんな」
「・・・・あ・・・・」
「・・・まぁ良い。どうせお前はこのまま死ぬんだろう」
「・・・・・・・・・・」
「その辺にいる下衆共に喰われるか、野垂れ死ぬか・・・どちらでも良いがな」
「あ・・・・の・・・・」
「俺には関係無い事だ。・・・まぁ、精々頑張って生き延るんだな」
特に興味が無かったので、その場にソイツを放置し、さっさと後にする。
俺も、あまり時間を無駄にしたくない。
その氷女は、何か言いたげに俺を見詰めていたが、特に何もしてこなかった。
それにしても、氷女、か。
実物は初めて見たが・・・。
何とも死んだような面をしている物だ。
あの氷色の髪に血色の眼。
そして、死体の様な肌。
加えてあの、何とも生気の無い骸の様な顔。
だがまぁ、良く考えれば、あの面も納得が行く。
氷女は心を閉ざして生きる種族。
心も閉ざし、国も閉ざし、全てを閉鎖的に生きる女共。
一面白い無に覆われた氷の世界では、死体の様になってもおかしく無い。
あの眼の澱み具合から見るに、それこそ死んだ様な生活をしていたのだろう。
そんな穢れを知らぬ氷女が、この下界で生き残れる物か。
氷女は戦闘能力を持たない。
少しばかり冷気を放出する事も出来るが、子供騙しに過ぎん。
他に持っている能力と言えば・・・治癒か。
治癒能力については良く知らないが、己の身を守る為には必要無いだろう。
更に、氷女は貴重だ。
ただでさえ氷河の国にしか生息しない女。
それも、無駄に妖力が高い癖に戦う事を知らない。
俺等にして見れば上等な餌だし、見目麗しい女しかいない訳だから、性玩具には持って来いだ。
俺は、いらんが。
俺は元々生物を生では食わないし、奴隷にも興味が無い。
あの女も、どうせその内死ぬだろう。
氷河の国で死体の様な生活をしていれば、取り敢えず命は保てただろうに。
馬鹿な女も、いたものだ。
紅い月が覗く。
魔界にだって、昼や夜はある。
だが、どちらも大して明るくはないが。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんな事よりも、俺には今、気になる事が1つ。
そこの、茂み。
脅えた様な、どうにも弱々しい、氷の妖気がある。
いつまで経ってもそれが出て来ないので、少々苛立って来た所だ。
「・・・・・・・・フン」
待ってやっても現れないなら、こちらから。
痺れを切らし、俺はその茂みへ歩み寄り、一気にその葉を退けた。
「きゃっ」
「・・・で、何か用か?」
そこにはやはり、昼に見た氷女。
相変わらず眼は恐怖で埋もれているが、それでも行動を起こした事は褒めてやろう。
・・・だが、何故ここに。
「あ・・・あの・・・」
「昼間の氷女か。・・・何だ、俺に喰われに来たのか?」
「ひっ・・・」
口角を吊り上げ、牙を見せながら言ってやると、氷女はガタガタと身体を揺らして脅えた。
・・・怖いのなら、ついて来なければ良い物を。
「・・・貴様、俺の後をつけて来たのか?」
「あ、あの・・・・・」
「答えろ」
「ご、ごめんなさい・・・そ、その・・・」
「・・・・・それにしても貴様、厄介な物を連れて来たな」
「え・・・・」
キョトンと見遣って来る氷女を無視し、その後ろへと視線をやる。
そこには、下等妖怪が1匹。
大方、この氷女を上等な餌だと付け狙っていたのだろう。
・・・全く、静かに休ませて貰いたいな。
この女も、余計な物を連れて来やがって。
「オ、オゲ、ソ、ソノ女、ク、ク、食イタイ・・・」
「だと。どうする?喰われてやったらどうだ」
「えっ・・・い、いや・・・っ」
「フン、どうせ氷女なんぞ、この下界では生き残れまい。この辺りで死んでおいたらどうだ」
「い、嫌っ・・・嫌っ・・・た、助けて・・・助けて、くださ・・・」
氷女がガクガクと身体を震わせながら、俺に縋る。
・・・まぁ良い、今回くらいは、生かして置いてやるか。
「離れろ」
「あ・・・」
「グゲ?」
女の腕を振り払い、目の前にいた下等妖怪を爪で切り裂く。
余りに柔らかく、ソイツは一瞬にして布の様に引き千切れた。
間を置いて、面白いように噴き上がる血飛沫。
顔に掛かったので試しに舐めてみたが、好みの血じゃなかった。
「・・・・あ・・・・」
氷女が小さな声を上げる。
見てみると、そいつも血を被ったらしく、白い着物が紅く染まっていた。
そのまま、ガクガク震えたかと思うと、バタリと受身も無く倒れた。
「・・・おい、死んだのか?」
軽く背中を蹴ってみるが、ピクリとも動かない。
呼吸はしているから、生きているんだろう。
・・・初めて血を見たのか。
氷河の国で暮らす妖怪だからな、無理も無いか。
・・・本当に脆弱な種族だな。
どうせその内死ぬんだろうが、ここに放っておいたら蟲でも集るかも知れん。
生憎、汚いのは見たくない。
「ふぅ・・・」
仕方なく、氷女の片足を引っ掴み、そのまま引き摺って運ぶ。
ザリザリと氷女の体が地面に擦れているが、まぁ平気だろう。
わざわざ抱き起こして運ぶのも面倒だ。
「・・・・・・・・・・・」
先程座っていた洞窟まで辿り着き、持っていた足をバサっと地面に落とす。
掴んでいた足首が赤く痣になっているが、知った事じゃない。
「・・・ん・・・」
「・・・・・・・・・・・」
氷女が一瞬身じろぐが、起きない。
朝まで目覚めないかと勝手に考え、この女について思考し始めた。
このまま捨てて行こうか。
・・・いいや、この女の事だ、またどうせ俺の気配を辿ってついて来るだろう。
そもそも何故コイツが俺について来たか。
どうせ、1人でいるのが怖くて、偶々話しかけた俺について来たのだろう。
・・・声なんぞ、掛けなければ良かったか。
面倒な物がついて来た物だ。
コレをつれて旅をするのか?
戦闘能力の無い、自身の身すら守る術を持たない、この女を?
・・・・面倒だ。
・・・・・いや、利点を考えてみよう。
まずコイツは氷女だ。
この辺りでは見る事の出来ない貴重な生物。
何かの切り札に使えないか。
いいや、切り札に使えずとも、取り敢えず囮くらいにはなるだろう。
情報を聞き出したい時にでも、使えるかも知れん。
それに、コレは女だ。
肌は冷たそうだが、血は暖かいだろう。
俺は元々女の生血を吸って生きる種族だ。
餌には持って来いじゃないか。
・・・・それを考えると連れても良いかと思うが・・・・
やはり、面倒だ。
利点があるにしても、リスクの方が大きい。
まぁ、コイツは襲われそうになったら、捨てて行っても良いが。
「・・・・・・・ん」
「・・・・・・・・・・・・」
そんな事を考えていたら、女が起きた。
てっきり朝方まで気絶しているかと思ったが、思いの他早く目覚めた。
「あ・・・・・・」
「起きたか」
「あっ・・・・は、はい」
ガバリと女が飛び起きる。
だが次の瞬間、うっと呻いて体を押さえた。
先程引き摺った時に、傷でも出来たか。
「何だ」
「い、いえ・・・何でもありません・・・」
「そうか」
自分の意思は出さない性格らしい。
・・・別に関係ないが。
「・・・ご、ごめんなさい、その・・・血を見たのが・・・」
「初めてだったんだろう。氷女なら仕方ない」
「は、はい・・・・」
「・・・で、何故ここに来た」
「・・・・・・・・・・」
「大方、俺を頼りに来たんだろう。だが、俺がお前を殺すと考えなかったのか」
「・・・・貴方は、私に初めて、声を掛けてくれた方ですから・・・・」
「ほぅ」
「他の方々は、私を殺そうとしたり・・・捕まえようとしたりして・・・」
「まぁ、それが普通だな」
「・・・・・・・・・」
氷女は俯いた。
己が想像していた下界とは、違うのだろう。
「ごめんなさい・・・・あの、ご迷惑・・・・ですよね・・・・」
「ああ」
「・・・・・・・・・・ごめんなさい」
「・・・だが、少し提案がある」
「・・・・はい」
「お前を利用出来る場面があるかも知れん」
「・・・え?」
女は意外そうに顔を上げた。
その血色の眼は、相変わらず死んでいる。
「お前、俺に連れてって欲しいか?」
「は、はい!」
「・・・条件がある」
「は、はい」
「いざと言う時、俺はお前を囮に使う」
「お、とり・・・?」
「俺の目的を達成する為に、お前を犠牲にするかも知れん」
「・・・・・・・・・はい」
「それと、俺はあまり食欲を感じない方だが、時折腹が減る事がある」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・お前を食うかも知れんぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
女は俯いた。
躊躇っている様子だ。
暫し待ってみると、女はゆっくり顔をあげ、俺を見据えて来た。
その血色の眼は、先程より、輝きを取り戻している様に見える。
「私でも・・・・」
「ん?」
「私でも・・・・お役に立てるんですか」
「何がだ」
「私の様な物でも・・・誰かの・・・お役に」
「・・・少なくとも、俺の食料にはなるな」
「・・・・貴方のお役に、立てますか」
「まぁな、使える事は使えるだろう」
言うと、女は決心した様に頷いた。
「連れてって下さい。私の事は、好きな様に・・・して下さい」
「ほぅ」
意外な答えだった。
てっきり怖がって、答えすら出さないかと思っていたが。
「このまま、1人で朽ちていくなんて、嫌です。でも。
・・・初めて私に言葉を掛けてくれた、貴方のお役に立てるなら・・・
・・・・・・・危険な事でも、我慢します」
「なるほどな・・・1人は嫌、か」
「・・・・・・・・・・・・・・」
女は俯く。
・・・まぁ、良い。
「・・・・良いだろう」
「あ、ありがとう御座います!」
「・・・だが、やはり邪魔だと思ったら、その場で捨てて行くぞ」
「・・・・・・は、い」
「良し・・・・・では、まずお前の名を聞いておこうか」
「え・・・・」
「名無しでは呼び辛い」
女は、俺の顔を見詰める。
血色の瞳は、まだまだ濁っている。
「・・・雪菜。・・・・・・雪菜と、申します」
女が、ハッキリ名を口にした。
雪菜。か。
「俺はだ」
「・・・さん」
「さんはいらん」
「で、でも」
「いらん、付けるな」
「は、はい。・・・・・・・・・・?」
躊躇いがちに呼ぶ女・・・雪菜を放って、さっさと横になる。
「あ、あの」
「煩い。寝ろ」
「・・・・は、はい」
背を向けるように寝返りを打つと、雪菜もゆっくり横になった様子だった。
「・・・・・ありがとう御座います・・・・・」
「敬語はいらん」
「え・・・で、でも」
「・・・まぁ良いがな」
「は、はい・・・」
明日に備えてとっとと休もうと、意識的に結界を作り、眠りに落ちる。
その寸前に
「・・・・・・・おやすみ、」
雪菜の、少し弾んだ声が耳に届いた。
END.
2人の初めての出会い。
場所は魔界。
雪菜ちゃんは国を逃げ出した設定。
紅夜は最初とっても冷たいです。あまり気にしないで下さい。